【感想・ネタバレ】白人ナショナリズム アメリカを揺るがす「文化的反動」のレビュー

あらすじ

白人至上主義と自国第一主義が結びついた「白人ナショナリズム」。トランプ政権の誕生以降、注目を集めるオルトライトをはじめ、さまざまな勢力が連なる反動思想だ。反共、反多文化主義、反ポリティカル・コレクトネスといった旧来の保守と共通する性格の一方、軍備拡張や対外関与、グローバル資本主義を否定する。社会の分断が深まるなか、自由主義の盟主アメリカはどこへ行くのか。草の根のリアルな動向を現地から報告。

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Posted by ブクログ

ネタバレ

コロナ禍、トランプ政権、大統領選挙と今読むには打ってつけの内容。
排斥する側の歴史から見る思想だったり、今まで起きた事例をびっしり書かれていて読み応えがあった。
本書でも何回か書かれていたが、この事象(何百万単位の移民がくるようなこと)が日本でも起きた場合、リベラルな立ち位置を保持しできるか、甚だ疑問が残るという考えだ。
とりあえず、より、大統領選挙は注目したくなる本だった。

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2020年11月15日

Posted by ブクログ

ネタバレ

 「保守」、「リベラル」の括りでは捉えられない勢力の一つである「白人ナショナリズム」について、その当事者や元当事者へのインタビューを通して見えてくる実態について。「反グローバリズムを掲げるナショナリズム勢力が擡頭し、人権、平等、民主主義、多文化主義などに基づくリベラルな国際秩序が揺らいでいる。そこに過激主義や陰謀論の付け入る余地がある。白人ナショナリズムはその一例」(p.190)として、トランプ政権下での人種問題をテーマにしている。著者はアメリカでの生活、研究経験のある大学の先生。
 昔(2016年)『見えないアメリカー保守とリベラルのあいだ』という講談社の新書を読んだことがあって、その著者も渡辺という人だったし、内容も似ていてとても分かりやすいので、てっきり同じ人の書いたものだと思ったら、別の人だった。現実の問題はいかに複雑で解決困難か、似たような主張で一括りにする中にも大小の差異があること、民主主義国家への挑戦、試練という意味では日本も全く例外ではないこと、というポイントは分かった。そのもう少し細かい部分について、以下に気になった部分をメモして、少し整理したい。
 まず事態を複雑にしていることの一つは、外側から見た時と内側にいる人たちの意識の違いによって呼び名が変わること、というのがあると思う。例えば「白人ナショナリスト」(white nationalist)も、その呼び名を快く思わない当事者もいるらしいということ、別の呼び名としては「人種現実主義者」(race realist)とか、「白人擁護者」(white advocate)とか、「白人至上主義者」(white supremacist)とか、もっと穏健な(?)言い方としては「人権活動家」(human rights activist)(p.40)とか。ということなので、呼称を整理することがまず必要、ということが分かった。なので知らなければトランプは「白人ナショナリスト」なのではないかと思ってしまうが、どうもそういうことではなく、当事者にとっては「表層的で、ご都合主義」(p.24)の政治家にすぎないらしく、白人ナショナリストは「反ユダヤ」が多いことからも、トランプとは違うらしい。(が、主張が近いので結局はトランプを支持することになる、という話。)呼称の話の続きで、この世界ではいろんな言葉が隠語、暗号、code wordとして使用される、というのも恐ろしい感じがする。例えば「反増税」→「反福祉国家」→マイノリティ差別の意味、「治安強化」=「犯罪者=マイノリティ(特に黒人やヒスパニック系)」(p.46)など。「多様性」→「白人大虐殺」(p.30)みたいな、良かれと思って使った言葉でも、「そのマイナス面の助長+極端な偏見や思想」という意味を伴わせて攻撃的な言葉に変えてしまうロジックが怖い。
 それから「ペイリオコン」(paleoconservative、原保守主義者)(p.16)という言葉を初めて聞いた。トランプの「米国第一主義」の世界観と近いらしく、「『黄金の五〇年代』と称される第二次世界大戦後の社会を、将来回帰すべき理想と捉え」、「従来の共和党の立場に比べると、反移民、反多文化主義、経済ナショナリズム、非介入主義(孤立主義)の傾向が強い」(同)という指向があるらしい。そして白人ナショナリズムと同一視されがちな理由として、トランプの発言を支えている思想に、「『移民は米国にいられることにひたすら感謝し、大人しく服従すべきだ』という優越主義の残滓が色濃く滲み出ている。米国例外主義(米国を『世界の縮図』と特別視する発想)や愛国心とも絡む複雑な言説であるが、トランプ氏が白人で、言及した相手が白人だったこと、それまでもトランプ氏には人種差別的な言動が多かったことから、この発言は白人ナショナリズムと結びつけられて論じられた」(p.77)ということがあるので、同一視されがち、ということも分かった。事実、「白人ナショナリストにとっても『米国第一』は伝統的なスローガンの一つ」(p.86)ということだから、細かい方法や思想は違っても行き着く先が同じだと同じものとみなしがち、ということなんだと思う。「もっとも、白人ナショナリストといっても力点を置く課題や活動スタイルはさまざま」(p.94)ということで、この本では、「反移民系」、「反LGBTQ系」、「ホロコースト否定系」、「クー・クラックス・クラン系」、「レイシスト・スキンヘッド系」、「ヘイト音楽系」など、SPLC(南部貧困法律センター)による分類が紹介されていて(pp.94-100)、全部で1020(p.100)あるらしく、これは一体多いのか少ないのか、日本にはこういうのはどれくらいあるのか、よく分からないが、なんかアジア人にとっても怖い国だなと思ってしまった。その中にも「加速主義」というものがあるらしく、これに影響を受けて、「敢えて中東やアフリカなどからの移民の流入を促す者もいる。自らの人権意識に乏しい白人を覚醒させるには、移民の大量流入によって文化破壊を加速させ、危機感を喚起するほかないという考えからだ。『悪いほど良い』(worse is better)というわけだ。」(p.109)という、そんなディストピアの極みみたいな発想もあるのかと驚いた。
 そして、これは今のアメリカを語る時だけにはとどまらないが、人種問題なだけに「そもそも人種とは」、ということを考えないといけない。「白人ナショナリストの論理と心理」が第1章で説明されているが、「知能指数(IQ)や出生率、貧困率、犯罪率などをもとに、アフリカやラテンアメリカなどからの移民・難民の流入を否定する論法が多い。正直、私には白人支配を正当化した往年の優性学を焼き直した疑似科学にしか思えない」(p.14)ということだ。「人類学や社会学、歴史学、遺伝学などでは、人種概念を『所与』ではなく『構築』されたものとして捉えることーいわゆる社会構築主義(social constructionism)ーが主流となっている。」(p.124)という、確かに「ユダヤ人」という人種は存在しないことと同様、日常生活の雑談で「人種」という概念を用いて話すことがあったとしても、本当にそれを政策や決定に活かすというのは危険だと思う。「白人ナショナリストの場合、記述的概念である『白人』を科学的概念のごとく扱い、自らの政治的主張に援用している点が非科学的で危険に映る」(p.125)というのはよく分かった。意外なのはこの人たちは高学歴の人や知日家の人も多く「白人ナショナリストの九九パーセントは日本が好きです。」(p.20)と言ったり、「日常生活では黒人やヒスパニック系とも親しい」(同)ので、決して外国人恐怖症でも人種差別主義者でもない、ということだから、結局人間はどこまでも感情で動く生き物なのかもしれない。「科学と人種の関係を論ずる際に気をつけるべき点」が4つあり、重要だと思うのでここに引用しておく。「・差異の基準そのものが多数派や有力者の価値観を反映していないか。・多数派や有力者が上位にくるようにデータを収集、解釈していないか。・一見、生物学的に見える差異も、実は社会的、歴史的に育まれたものではないか。・分析に用いるデータセットやアルゴリズムに偏りはないか。」(pp.132-3)ということで、これは最近読んだ『客観性の落とし穴』という本でも同じようなことが書かれていた。ちなみに反ユダヤ主義といえば、自動車王のヘンリー・フォードも「第一次世界大戦のみならず、南北戦争やエイブラハム・リンカーンの大統領暗殺もユダヤ人の仕業だと公言していた」(p.144)って、英語の教材とかに時々出てくる人なだけに、そんな顔もあったなんて意外すぎる。ちなみに反ユダヤ主義とは、「ユダヤ教やユダヤ教徒を一括りにして紋切り型の色付けをする行動」(p.146)のことで、たとえ賞賛する内容だったとしても、「いつ反転するか分からない。そのときの怖さが私たちには歴史を通して身に染み付いている」(同)ということで、とにかくステレオタイプで集団にレッテルを貼るのは良くないし、ユダヤ人についての言説はその極端な例、と捉えることができると思う。
 著者の前作は『リバタリアニズム』で、白人ナショナリズムと並ぶ重要な2つのイデオロギーということで、本書は「姉妹編」(p.200)とも言える、ということだが、そのリバタリアニズムとの違い、というのも整理しないと、難しい。「連邦政府や二大政党制への不信」(p.27)という点では共通、過度なポリティカル・コレクトネスへの批判という点も同じだが、「リバタリアンは総じてグローバリズム(ヒト・モノ・カネの自由な移動)に肯定的で、個人の自由を束縛する集合主義(民族主義、人種主義、宗教原理主義、国家主義など)には否定的」(p.28)ということらしい。「リバタリアニズム」との関わりについては、p.135で紹介されている「ノーラン・チャート」(「『社会的自由』(個人の自由や権利vs. 集合的・道徳的価値)と『経済的自由』(大きな政府 vs. 小さな政府)を軸とする座標図」(p.199))が理解の助けになる。ちなみにポリティカル・コレクトネスへの批判、というのは言い換えれば「反エスタブリッシュメント」(p.71)とも言える。「『ポリティカル・コレクトネス』を国内外を覆う政治的・道徳的タテマエと一蹴し、『闇の政府』の解体を訴えるトランプ氏は、怒れるサイレント・マジョリティ(物言わぬ多数派)、とりわけ白人労働者層にとっての『救世主』となった。無論、白人労働者と白人ナショナリストはイコールではないが、少なくとも両者が交わる領域は存在する。」(pp.71-2)ということらしい。白人ナショナリストの「上の世代の場合は公民権運動が、下の世代では進学や就職の際のアファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)が大きな契機となっている場合が多い。そして、どちらの世代も、今日の米国を覆っている『ポリティカル・コレクトネス』(PC)は自由を脅かす『言論統制』の一種であり、その推進者や擁護者を『コミー』(commie, 共産主義者の蔑称)と糾弾する」(p.118)ということがあり、よく中高生に英語を教えている段階だったらmanは使わないようにとかMrs.とMiss.は古いからMs.で、でもちょっと行きすぎた言葉もあるよね(horizontally challenged peopleで太った人、とか)、くらいな話で済むけど、それどころではないくらい厳しいことになっている、というのがよくわかる。日本も「コンプライアンス」「ハラスメント」がブームだけど、これも行きすぎたら政治運動になって、これと真逆なことを言い出す人たちが生まれるような状況にまでなったりしないのかな、とか今思った。
 他にも「白人ナショナリズムとの訣別」(p.166)を果たした人と、再会した人が、かつて自分が暴力を振るった相手だったという話で、この2人が「寛容博物館」で働いている、という話は印象的。最後に、どういう人がどういう経緯でこういう思想に触れるのか、という話で、「オンラインゲームも勧誘の主戦場になりつつある。」(p.178)とか、そしたらゲーム好きな日本人だって容易に染められちゃうんじゃないの、と思ったり。最後に「トライバリズム」という言葉も初めて聞いたが、「人種や民族、宗教、ジェンダー、教育、所得、世代、地域などの差異に沿って、各自が自らの集団の中に閉じこもること」(p.189)を指し、さらに「近年、米国では専門家や専門知への敬意が失われ、正誤ではなく、好き嫌いによって政策を判断する風潮が強まって」(p.189)、「『客観的事実』なるものが消え去り、『部族』ごとに異なる事実が存在し、専門知も一部族にとっての事実に過ぎないというわけだ。(略)労働者層、とりわけ白人の多くもまた、ロシア疑惑やウクライナ疑惑があろうとも、同氏を固く支持し続ける。あたかも『トランプ部族』であるかのように。」(p.190)ということで、もう容易に自分が何を支持したらいいのかは分からないし、考えられないので、結局人を見てその好き嫌いで、ということがあるのだと思うが、その状況は日本も同じなんじゃないかなと思った。
 本筋とは関係ないが、自分の知らない英語や英語の使われ方、キーワードで勉強になったものは、replacementが「乗っ取り」、carnage「殺戮」、fringe「泡沫」、troll「荒らし」、character assassination「名誉毀損」、deep state「闇の政府」とかかな。ちょっと前に『世界をちょっとよくするために知っておきたい英語100』という本があったが、これの姉妹版みたいな感じで、英語にフォーカスを当てて今のアメリカについて勉強する本とかあったらいいな、とか思った。
 この本は2020年に書かれたものだけど、本書で述べられている傾向は、それこそ加速主義なみに加速しているような気もして、最近の日本での選挙を見ても、「日本人ファースト」とか書いてある政党のポスターも貼られていたりするので、これからの日本の未来を見る上でももっと今のアメリカを勉強しようと思った。(26/03/27)

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2026年03月28日

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