あらすじ
もし明日、急に重い病気になったら──
見えない未来に立ち向かうすべての人に。
【濱口竜介監督 最新作】
映画『急に具合が悪くなる』
2026年6月19日全国公開
第79回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品決定!
哲学者と人類学者の間で交わされる
「病」をめぐる言葉の全力投球。
共に人生の軌跡を刻んで生きることへの覚悟とは。
信頼と約束とそして勇気の物語。
もし、あなたが重病に罹り、残り僅かの命言われたら、どのように死と向き合い、人生を歩みますか?
もし、あなたが死に向き合う人と出会ったら、あなたはその人と何を語り、どんな関係を築きますか?
がんの転移を経験しながら生き抜く哲学者と、臨床現場の調査を積み重ねた人類学者が、死と生、別れと出会い、そして出会いを新たな始まりに変えることを巡り、20年の学問キャリアと互いの人生を賭けて交わした20通の往復書簡。
────────────────────────
1便:急に具合が悪くなる
2便:何がいまを照らすのか
3便:四連敗と代替療法
4便:周造さん
5便:不運と妖術
6便:転換とか、飛躍とか
7便:「お大事に」が使えない
8便:エースの仕事
9便:世界を抜けてラインを描け!
10便:ほんとうに、急に具合が悪くなる
────────────────────────
宮野真生子(みやの・まきこ)
福岡大学人文学部准教授。2000年、京都大学文学部文学科卒業。2007年、京都大学大学院文学研究科博士課程(後期)単位取得満期退学。博士(人間科学)。専門は日本哲学史。著書に『なぜ、私たちは恋をして生きるのか──「出会い」と「恋愛」の近代日本精神史』(ナカニシヤ出版)、『出逢いのあわい──九鬼周造における存在論理学と邂逅の倫理』(堀之内出版)、藤田尚志との共編著に『愛・性・家族の哲学』(全3巻、ナカニシヤ出版)などがある。
磯野真穂(いその・まほ)
国際医療福祉大学大学院准教授。1999年、早稲田大学人間科学部スポーツ科学科卒業。オレゴン州立大学応用人類学研究科修士課程修了後、2010年、早稲田大学文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。専門は文化人類学、医療人類学。 著書に『なぜふつうに食べられないのか──拒食と過食の文化人類学』(春秋社)、『医療者が語る答えなき世界──いのちの守り人の人類学』(ちくま新書)、『ダイエット幻想──やせること、愛されること』(ちくまプリマ―新書)などがある。
感情タグBEST3
このページにはネタバレを含むレビューが表示されています
Posted by ブクログ
『急に具合が悪くなる』のは誰にでも起こりうるけど、まさか著者の宮野さんがホスピスを探すように医師から言われた時の言葉だとは思いもよらなかった。
哲学者の宮野真生子さんと、人類学者の磯野真穂さんの20通の往復書簡。
映画が公開されることを知り、手に取った。
宮野さんにとって、医師の言葉はどれほどの衝撃だったことだろう。
でも宮野さんは患者として固定されるのを良しとせず、哲学者として考え続ける道を選ぶ。
偶然なのに、人がそれ以前と変わるほどの出会いがある。
二人の誠実さ、真剣さ、覚悟が怖いくらいだ。
最後はやはり込み上げてくるものがあった。
心に残った言葉を少しだけあげておく。
「分岐ルートのいずれかを選ぶとは、一本の道を選ぶことではなく、新しく無数に開かれた可能性の全体に入ってゆくことなのです。」
「不運という理不尽を受け入れた先で自分の人生が固定されていくとき、不幸という物語が始まるような気がするのです。」
「わからなさの前で、自分を取り返すために、私たちは問わねばならない。これは何なのだと。(中略)安易な物語に取り込まれない立脚点を、わからないことに怒り、それを問う力を、自分の人生を取り返す強さを、哲学は私に与えてくれたのです。」
「この先不確定に動く自分のどんな人生であれば引き受けられるのか、どんな自分なら許せるのか、それを問うことしかできません。そのなかで選ぶのです。(中略)選ぶことで自分を見出すのです。(中略)◯◯な人だから△△を選ぶ、のではなく、△△を選ぶことで自分が◯◯な人であることが明らかになる。偶然を受け止めるなかでこそ自己と呼ぶに値する存在が可能になるのだと。」
Posted by ブクログ
10便 ほんとうに、具合が悪くなる
哲学者 宮野真生子
「偶然を生み出すことが出来たのは、自然発生だけではなく、そこに私たちがいたからです。」
「それぞれに引き出す勇気をもち、偶然を必然として引き受ける覚悟をもって出会えたからです。」
この言葉と宮野さん、磯野さん二人の関係性に心を打たれた。人生の中で無数に広がる出会いがある中でこの出会いを互いに「意味」をもたせることができたこと、そこには他者との出会いを引き受ける勇気と覚悟があったから。
私たちはこの世に生み落とされ、必然である「死」に向かって、流れていく時間の中を生きる。無機質に過ぎ去るかもしれない「偶然」で満ちた世界でどう「生きる」のか、二人の対話で向き合うことができた。この作品に出会えて良かった。
宮野真生子さんのご冥福をお祈りします。