【感想・ネタバレ】現代のファーブルが語る自伝エッセイ 蝶の唆えのレビュー

あらすじ

大人のための児童文学。

終戦直後の大阪郊外。製粉工場を買い取り事業を始める父、そこで雇われたインテリの経理、シベリア帰りで共産思想の叔父さん、子連れで食べ物を乞う深夜の訪問者、進駐軍の横流し物資を持ってくる伊達者などなど、敗戦直後の個性的な大人に囲まれ、少年はトンボや鯉をつかまえ、全身で自然を満喫して育ちます。
しかし好事魔多し、当時は死病とされる結核菌に襲われます。ストレプトマイシンが効を奏し、一命はとりとめたものの、学校は長期休暇、毎日寝て過ごさなくてはなりません。
病床の楽しみはラジオや新聞の絵物語。とくに山川惣治や樺島勝一の絵に魅了されます。そんなある日、従兄弟のお兄さんが持って来たのが昆虫標本でした。少年は「木組みがほぞ穴にはまる」ような快い衝撃を受けます。病床であるが故につのる昆虫採集への憧れ。戦前の図鑑を見ながら、遠く台湾への想いを深くする日々。
ひと昔前の日本人と社会風俗、そして少年の心象風景とあいまって、のちに虫好きフランス文学者の少年期が鮮やかに描かれます。ギンヤンマ、絵物語、カウボーイ、進駐軍、ラジオ……、懐かしいものがいっぱい詰まった「大人のための児童文学」です。

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Posted by ブクログ

奥本先生は1944年生まれ。幼少期と少年時代を大阪府郊外の田園地帯で過ごした。その思い出を綴る。全部で21章。
病弱で、肋膜炎や脊椎カリエスを患った。学校に行けず、病床三尺の生活。図鑑を眺め、雑誌や本を読む毎日。図鑑の昆虫や鳥や獣が空想のなかのよき友となった。
よく聴いたラジオ番組(テレビはまだない)、胸躍らせた絵物語や漫画、夢見た食べ物や果物、当時見た映画、歳末の街角の風景などなど、昭和20年代後半から30年代にかけての思い出や風物が並ぶ。各章の扉を飾るイラストも、どこか谷内六郎風で、昭和30年代を思わせる。
蝶がらみで、ポール・ジャクレー(1896-1960)のことも出てくる。彼は浮世絵の要素を採り入れた絵画や版画で知られるフランス人。実は、蝶の標本の有名なコレクターでもあった。彼の父は東京外語でフランス語を教え、大杉栄はその学生だった。大杉はその後、ファーブルの『昆虫記』第1巻を翻訳することになる。蝶や昆虫ですべてがつながるような、ふしぎな感覚。

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2025年05月09日

Posted by ブクログ

もう30年近く追っかけてる。
高校時代は氏が埼玉大学で教鞭をとられていると知り、
同じ県にいる事が嬉しくなり、
最近は同じ区内にファーブル昆虫館を建てられた事を知り、ご自宅はこんな近くにあったのだなぁと感慨深く思い。
一度ご紹介を受けてお会い出来たが、積年の情熱がほとばしり過ぎて、まともお顔を合わす事はおろか、会話すら一言も出来なかった。
きっとおかしなヤツだと思われたに違い無いが、
図鑑でしか見た事の無かった、憧れの蝶々と30年目にして初めて目の前に本物と対峙出来た、と、
そんなシーンを思い浮かべていただけるなら多少の酌量の余地はあるかもしれず、
いつか冷静に虫について話をしてみたい。

前置きが長くなったが、
こちらの本は「ほぼ日の学校 オンラインクラス」にて、
池澤夏樹氏との対談を聴いた際に、ランボーについて「kotoba」誌にエッセイを連載しており、それが本になるとおっしゃっていたので、もしやと思い、探してみたら見つけた一冊。
氏の自伝である。
今までにも時折幼少期の話は書かれていらしたが、
詳しく記述くださっているのは大変興味深い。

当時流行っていた、または聴いていた音楽の話、
文学だけでなく、氏の世界は様々な分野に及ぶ。
お父上の工場で働く工員さんや女中さんや猫やご家族の逸話の数々。
「銀の匙」やら「しろばんば」のような、自伝的名作文学には今の時代ではならないのかもしれないが、
学校の教科書くらいには何十年と掲載していただきたくなるくらい、滋味深い話の数々である。

これからも不死身かっ、というくらい、
長く長く虫と文学を愛で、
執筆を続けていただきたい。



*最近引越しをせねばならなくなり、
今の氏がお住まいになられているであろうマンション近くの物件をたまたま紹介された。
結果的にはそこには住まなかったが、
決まった新居はファーブル昆虫館の徒歩圏内であった。
氏の事が無くても、虫の生態には興味が尽きず、
時にフィールドワークにも出かける。
いつか、こちらの虫観察会にも参加してみたいものである。




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2020年06月18日

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