あらすじ
「最近、本の質が落ちた」と感じる人が多いと聞く。無類の読書家であり経済学者の著者は、そんな人にこそ「古典を強くすすめる」という。「古典に新しい情報はない」と思うのは早計だ。組織のメカニズムを知りたければトルストイの『戦争と平和』、人を説得する術を知りたければシェイクスピアの『マクベス』。人が作った組織や人間の心理は昔から基本的に変わっておらず、トルストイやシェイクスピアといった洞察力を持った作家が書いたものは、現代人に多くのことを示唆するのだ。著者が推薦する本を読めば、そのめくるめく世界観に心浮き立つだけでなく、仕事で役立つ知識も身につくこと、請け合い!
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Posted by ブクログ
"古典"というよりも、何回も読むことに耐えられ、その世界を持っていることがその人が生きるうえでの糧となり、その人が豊かでいられる、そういう本を持っていて、それを楽しめることがなんとすばらしいことか!ということを訴えている本。作者のテンションが高いのが伝わってきて、読むのが楽しい。
ただ、ひとつ言えるのは、そうした”豊か”な本は得てして長大で、若い時にしか没入して読み切れない、ということ。やはり若い時に”古典”を読む、ということは大事。もちろんいくつでも遅すぎる、ということはないので、いちばん若い”いま”に、思い立ったら読むべき。
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テレビで観た勝手な推測だが、野口悠紀雄氏は対面会話ではあまり面白い方の様には思えない。上から目線的な所を感じてしまうし、かみ砕いて手取り足取り手引きしてくれる感じを受けない。
ところが、著作(但し経済書を除く)においては、元々備わっている文章力にその性向が加わると非常に面白いものとなる。風貌と異なり、案外と感受性の強い面や涙もろい所も文章から読み取れる(というか、ハッキリ書いてある)。
今回はロシアものなどの長編小説や、私が避けてきているSF小説も出てくる。これからの読書計画に高い壁が出来てしまった。
彼の読書好きは学生時代からの様だが、彼の興味に火をつけた日比谷高校そしてその先生の授業を羨ましく思う。今でもその様な伝統は続いているのだろうか?
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本好きの一人として、古典は功利主義的、効率的で価値があるので読むべきという目的にはあまり賛同できない。淘汰の末に時代を経て残るものの価値については分かる。しかし、古典が現代でも読まれ続けるのは、考えようによっては偶発的な事象。教材として取り上げられたり、引用する新刊が多く、社会の共通言語と成り得たからだろう。公的にリンクが貼り付けられ過ぎて、リンク切れには出来なかった。一面では、ただの現象論とも言える。
古典の代表作は、聖書だという。キリストは譬え話を多用。人々は理解力が低いから、と。しかし譬え話は詐術。AだからBという論理形成においてAを誰もが納得するような譬え話でロジックを組むと、人はAを理解する弾みでBの理解を誘導され易くなる。例えば、ラクダが針穴を通れないように、金持ちは天国に行けないという説教だが、これなんか、全く何故金持ちが天国に行けないかなど説明していないのだ。古典と新書の関係もこれに通ずる。理解力の低い人々、いや、現代に合わせた理解の助長が必要な人々(私を含めて大半の人達)は、古典ではなく、譬え話としての新刊が必要だ。
古典の価値は様々だろうが、そもそも読み難い。読み難いから、文脈をあれこれ思考する。この対話作業が読書の充実感を齎し、対話の中で現在の自らに類推させて当て嵌める所作を経ることで、オリジナルの納得感に浸れるのだろう。勿論、真理を追求するに古典の方が一義的価値が高い事は否定しない。しかし、世の古典には現象論的に残存したものが多い事やその読み方は効率的とは異なるだろうと私的な感想を残しておく。
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自分の読書で圧倒的に足りないのが「古典」だ。
ということでガイドブック的に活用しようと本書を購入。
当初の目的に十分かなう一冊だったのだが、ちりばめてある一言一言が染みてくる本でもあった。
例えば…、
「歳をとれば肉体能力は低下しますが、知的な能力は高まります。問題は、高まった能力を使い切るだけの時間的余裕がなくなることなのです」
(能力が高まっているかは別にして…)まさに今の自分。積みあがった本を前に「これ死ぬまでに読みきれるのか?」。大量の楽譜の山を前に…、沼にはまったレンズを前に…、ずらりと並ぶ酒瓶…、趣味もリストラが必要かも。
オスカーワイルドは100年以上前に、「昔は、文学者が本を書いて、大衆が読んだものだ。いま、大衆が書いて、誰も読まない」と今の状況を予見していたとか。
今生きてたら、「いまビジネス書を読みたい人より、ビジネス書を書きたい人の方が多くて、誰も読まない」とか言うんだろうか。
SFも足りてないジャンルなのだが、熱い解説を読んで試してみたくなった。あ、また本が増えてしまうか 笑
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著名な経済学者による、外国文学の古典を紹介した本。恥ずかしながら、私はここに紹介されている古典は1つも読んだことがない。著者は、学生時代からこれら外国モノの小説を数多く読んでおり、その読書習慣が、著者の今の地位を築く基盤になったのだと思う。著者にとっては、かなり思い入れの強い本ばかりのようで、古典への想いを熱く語っている。今後の読書の参考としたい。また、今回は外国文学ばかりが対象となっていたが、日本文学についても紹介してほしいと思った。
「「昔作られたもの」の中で、現在、われわれが見たり聞いたりすることができるのは、長い淘汰の過程をくぐり抜けてきたものだけなのです。「淘汰されなかったものは、淘汰されたものに比べて価値が高い」と考えるのは、多分正しいでしょう。ですから、古典は平均すれば「淘汰されたものに比べて価値が高い」と言うことができます」p7
「これから分かるのは、沢山の情報を持っているからといって、事態の本質を正確に評価できるとは限らないことです。重要なのは、大量の情報ではなく、背後にある運動法則を正しく把握できるかどうかなのです」p51
「破綻した組織の中にも、ビジネスモデルの転換を熱心に主張した人がいたことに注意が必要です。問題は、それらの人々が組織内で権力を握れなかったことです。つまり破綻した金融機関は、破綻を回避できるようなトップを選べず、現場の情報を意思決定に反映できなかったということです」p59
「多くの人が望む内容の決定をする人が経営者に選ばれるのですから、会社も、トルストイが言う通り「関わりを持つ人々の総意の一致」によって動いてることになります」p60
「仮にサッチャーが現れなくても、彼女と同じように国営企業を民営化し、労働組合と闘った別の人が現れたはずです。その結果、実際にそうであったのと同じように変貌したでしょう。つまり、イギリス社会がそのような政治家を必要とし、生み出したのです。仮にゴルバチョフが生まれなかったとしても、彼と同じようにペレストロイカを進めた指導者が、衰退するソ連に現れたはずです。ヒトラーやスターリンについても、同じことが言えます」p61
「(どんな人にも効果を発揮する有効な褒め言葉)あなたは、本当は実力があるのに、正当に認められていない」p81
「古典というのは「長くて難しくてつまらないもの」と相場が決まっている」p99
「紙に印刷することが必要であった時代には、ある程度以上の価値のものしか供給されることがありませんでした。しかし、インターネット配信の場合には、複製と配送のコストはほぼゼロです。このため、極めて価値が低いものも供給されるようになってしまったのです。そして、供給量が爆発的に増えています。「昔は、文学者が本を書いて、大衆が読んだものだ。いま、大衆が書いて、誰も読まない」」p263
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古典というと日本の古典かとイメージしていたが、ロシア文学やヨーロッパの名著など西洋の有名な本が多かった。とにかく筆者が楽しそうに書いているのが、読んでみたい気持ちにさせる面白さがあった。
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著名な経済学者が自分の好きな古典について独断と偏見と良識に基づいて語る本。
トルストイの「戦争と平和」、「アンナカレーニナ」はちゃんと読んだつもりだが、驚く程あらすじを憶えてなかった。著者派瑞山性格に覚えているもんだ。
19世紀の小説は古典だが、1960年代の音楽は古いだけで古典とは言えない、という主張には全くもって賛同できず、リアルタイムで経験したものは古典とは思いにくい、ということだろう。
Posted by ブクログ
冒頭、本に囲まれているときが一番幸せという話が出てくる。これを目にしたのでこの本を手に取ったみたいなもんで、本当にその気持ちはよくわかる。
どんな本屋でもいいわけではないけど、なんか幸せなんだよな。でも時々、あれもこれも、まだ読んでないなとか、読まなきゃなとか強迫観念に囚われてしまうようなときがある。
だからかな、最近は、何度も何度も読み返せるようなそういう本を早く見つけたいと思うようになったことも、この本を手にした原因かもしれない。
そういう意味では、ちょっと残念だったけれど、マクベスとかアンナカレーニナとか、これらは読んでみようと思う。
最後にまるで、この本にはこういう“教養”がたくさん詰まってるんだぜと言わんばかりな索引がある。これはこれで面白いなと思った。