あらすじ
自ら産んだ子を「取り替え」た、繭子。発覚
に怯えながらも、息子・航太への愛情が深ま
る。一方、郁絵は「取り替えられた」子と知
らず、息子・璃空を愛情深く育ててきた。そ
れぞれの子が四歳を過ぎた頃、「取り違え」
が発覚。元に戻すことを拒む郁絵、沈黙を続
ける繭子、そして一心に「母」を慕う幼子た
ち。切なすぎる「事件」の、慟哭の結末は……。
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
今まで読んだ本の中で1番面白かった。
登場人物の心情に勝手に寄り添っていき、読めば読むほど心が疲れる…そんな本。後半は何度と涙が自然と出ていました。
Posted by ブクログ
子育て世帯にぶっ刺さり
最初は変な事件を起こした変な人の話で終わるのかと思いきや主題は別の所にあって
子供との本当の関わり方を考えさせられる内容
素晴らしかったです
Posted by ブクログ
夢中で読んで一気読み。
もっと続きが読みたい。
子供が小学生、中学生、高校生・・・と成長していく過程で、取り違えについてどう思うか、どう考えるか、子供視点での話も読みたい。
Posted by ブクログ
繭子は自分で産んだ子どもを、同じ日に産まれた郁絵の子どもと取り替えてしまう。
繭子は事実を隠したまま、郁絵は我が子を取り替えるられたとは知らず4年がすぎた。
あるきっかけにより取り違えが発覚。
郁絵の「残念だったね」一言がきっかけだった。
繭子は分娩に時間がかかり自然分娩から帝王切開になったのだった。
一方郁絵は45時間以上の陣痛に耐え、出血多量になりながらも自然分娩で出産。
繭子は我が子をこんな自分が育てたら不幸、我が子には幸せになってほしいと取り替えてしまう。
第一章は繭子、第二章は郁絵の目線
どちらの母の気持ちもわかるだけに辛い。
できればこのままバレずに…バレても繭子の仕業とバレないように…そして子どもたちが傷つかないように…
この2人の子どもたちはどのように育つのか気になる。その後の繭子も気になる。みんな幸せになっていてほしい。
自然分娩と帝王切開、子どもを産むことに違いはないのに、面倒くさいこと言う人たちがいるおかげで
翻弄されてしまう母たちがいるんだよね。
Posted by ブクログ
自分が産んだばかりの息子を、新生児室に寝ている同じ日に生まれた隣の子供と入れ替えるというありえない行為を、誰もが実行してしまう可能性があるかもしれないと思えるほどの精神状態の描写を表現している。その後のいつバレるか分からないとビクビク暮らす日々、入れ替えられた家族の精神描写もリアルすぎて読み始めると止まらなかった。
Posted by ブクログ
取り違え出産の話。どうか、リクにもコウタにも幸せになってほしい。リクが結果的に繭子の元へ行かなくてよかったと思う。コウタと父親の玄関先で離れ離れになるシーンでは涙が出そうになってしまった。最後に、繭子視点のストーリが欲しかった。取り違え発覚以降の繭子の心情がどうだったのか気になる。
Posted by ブクログ
福山雅治主演の映画「そして父になる」では看護師が故意に取り違えたが、この作品は母親が取り替えた。でもそこには悪意なんてものはなく、十分に同情する状況でもあるし、なにより子供を愛していた。仮に取り違えなくても愛しただろうに。そして取り違えられた側ももちろん。同情してしまう感情もあり、でも取り返しのつかなすぎることでもあり。はやく映像化してたくさんの人に知ってほしい作品
Posted by ブクログ
こんなにも読むのが辛く、苦しい本は読んだことがないです。
同じ歳くらいの子どもを持つ母親として、そしてどちらかといえば(自分は母親になるべきじゃなかったのでは?と思う意味では)繭子寄りの自分にとっては共感なんでしょうか、震えるほど怖くなりました。
自分は大丈夫だと思う一方で、自分の子供がいなくなる恐怖を背後に感じながら、自分の子供が泣いている姿を思い浮かべながら読んでしまったので、本を読んでいるのが電車の中だったとしても涙目だったと思います。
本当に辛くて帰ってからは焦るように子どもを保育園に迎えに行って、抱きしめました。
実際に自分が他の子と取り替えをするかといえばたぶんしないけど、してしまうほどに追い詰められる気持ちは出産したからこそわかります。まだ母親になりきれない自分がこの子を本当に幸せにできるのか?そう思いながら私も育児をしてきました。
保育園でしっかりしている子を見て働く人を羨む気持ちも、本当はもっと子どもと一緒に過ごすべきなのでは?と思う気持ちもどちらもわかります。そして、いつか終わりが来るということを常に感じていないと子供との時間を本当に大切に出来ない皮肉も感じます。
私が思う母であることの辛さが全部詰まってる本でした。繭子がタグを取り替える前に踏みとどまる世界線を想像して幸せを願ってしまいます。
Posted by ブクログ
繭子に自然分娩以外を否定的に伝えてしまった助産院は非常に罪な事を言ってしまったと思う。その一方で郁絵の義母が言った、帝王切開での出産は赤ん坊へのリスクを母親が引き受けてあげるのだといった肯定的な言葉を繭子が聞いていたらどうだったのか。
繭子と郁絵はそれぞれに悩みを抱えながら子育てに邁進しており、頭が下がる思いで読んだ。ハッピーエンドになることはないと分かっていてもどこかに皆が幸せと感じる落とし所はないかと読み終わった今でも思わずにはいられない。
繭子も郁絵も素敵な母親であったと思う。
Posted by ブクログ
出産後の、最初に我が子を見た時に「もう逃れられない、この子の人生に全責任を持たなければならない」とその責任の重さに押しつぶされそうになったことを思い出す。
2人の母親の気持ちを丁寧に描写してあり、唸らされる。
後半、物語がうねり始めると、読んでいる私もそのうねりに飲み込まれてしまった。
読み応えがある一冊だった。
Posted by ブクログ
きっと繭子の気持ちをわからないと切り捨てられる人は、強い人。精神の不安定の末の行動は理屈じゃない。嫉妬や自尊心の揺らぎ、生々しい慟哭のような心理描写。2人の主人公それぞれの、弱さと強さ両面を捉えながら描かれていく。
Posted by ブクログ
産院で衝動的に自分の産んだ子と他人の子を取り替えてしまった母親が、精神的に追い詰められていく様を描いた前半。後半は、その4年後に取り替えられていたことを知った母親側の苦悩を描く。
読み手が男性か女性か、出産の経験の有無、普通分娩か帝王切開か、子育て時に専業主婦か仕事を持っていたかなど、その立ち位置によって受け止め方や衝撃度が大きく異なる作品だと思う。
私は子育てを終えて久しいが、二人の母親の苦しみが途切れることなく伝わってきて、胃が痛くなるような読書だった。
読後も、将来二人の子ども、特に取り替えた親の子どもが事実を知ったときどうなるのかを想像してしまい、憂鬱な気分がしばらくは抜けなかった。
余談だが、そう言えば我が家では断乳後の息子が耳たぶを触るのが好きで、私のはもちろん近くにいる人の耳によく触れていたなと、懐かしく思い出した。
Posted by ブクログ
面白くて一気読みした。
繭子の自分を犠牲にした母性もわかる気がしたし、郁恵の気持ちも痛いほど分かった。
普段、育児にかかる手間を厭うていた気持ちを、正してもらえた気がした。
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赤ちゃんの取り違え。
皆が辛い結末。わかった以上交換するのも辛い。しないのも辛い。子供も親も辛い。
仮にここで発覚しなかったとしても、やっぱり子供はこの先の人生でなんかしっくりこないことがあったりしたのかな。
その後が気になる。辛いことがあった分、幸せな人生を送って欲しいけど。
Posted by ブクログ
実際、自分が母親になり子供が4歳の時に取り違えが発覚したら最初は血の繋がりなんて関係なく、生まれてから4年間必死に育て上げた息子を手放すなんて考えられないのだろう、という気持ちで読んでいた。だが、途中に出てくる郁絵の母親の"自分の子供がこれから小学校、中学校へと上がりそこで虐められるかもしれないし逆に虐める立場になり相手を死に追い詰めてしまうかもしれないその時、血の繋がりを無視して応じれるのか"といった言葉に深く感心した。その文を読み、私は子供のためにも自分のためにも相手の家族のためにも、交換するべきだ、と思った。
自分の子供はいくら4年間他の親に育てられたからといって自分の子でなくなることはない。血の繋がりがある以上、容姿や性格の本質的な部分は実際自分を産んだ親に似るのだろう。
この本は繭子と郁絵の2人の視点から書かれていたが一冊を通して非常に心が揺さぶられた本だった。
内容は正直重かったし終わりもスッキリはしなかったが、事を理解できない子供や親の複雑すぎる心境が表されていて読んでいていくつかの部分で泣きそうになった。
Posted by ブクログ
母による子供の取り替え。何でそんなことするのかな?そこが理解できず、そんなことしたらそらそうなるよね、という登場人物の誰もが心から幸せを感じられないというイヤミス。時間が解決してくれることを願います。
Posted by ブクログ
読んでいてこんなにも苦しくなったのは、私も子育て中だからだと思う。
我が子は血が繋がっているから可愛いのか、と聞かれるとそうではないと思いつつも、どこかで自分と似たものを感じるというところも大きい気がする。何年であれ、子どもと過ごす濃密な時間は限られているのだろうから、写真や動画に収めることに囚われすぎず、自分の目で見ていきたい、と思った。
Posted by ブクログ
自ら産んだ子を「取り替え」た繭子。
発覚に怯えながらも、息子・航太への愛情が深まる一方、郁絵は「取り替えられた」子と知らず、息子・璃空を愛情深く育ててきた。
それぞれの子が四歳を過ぎた頃、「取り違え」が発覚する。
元に戻すことを拒む郁絵、沈黙を続ける繭子、そして一心に「母」を慕う幼子たち。切なすぎる「事件」の、慟哭の結末は・・・。
子の取り違えといえば、「そして父になる」が記憶に新しいところだが、この物語は取り違いを起こした人物が、当の母親だというところが大きく違った。
「そして父になる」も苦しくて、苦しくて、登場人物全てが苦しみぬくのだが、取り違いに差があるものの、この物語も終始苦しい、悲しい感情が自分に乗り移ってきてしまった。
物語の序盤では、普通分娩を望んでいた繭子が、急遽帝王切開になり、自分を責めるところから物語は幕が開く。
私にも子供が二人要るが、どちらも普通分娩で生まれた為、帝王切開の人がここまで心を痛めるものなのか!?
その辺は全く理解が出来なかった。
繭子の母親も、心を病んでおり、そんなこともあってか、どんどん自分を追い込んでしまう。
序盤の育児の場面は、懐かしいなぁ~という気持ちで読んでいた。
育児は全てが初めてのことだから、何が正解なのかもわからず、右往左往してしまう。
自分にもそんな頃があったなぁ~と・・・。
自分は良い母ではない、何でちゃんと出来ないんだろう?なんて、他人と比較して自分を責めたこともたくさんあったなぁ。
子供が赤ちゃんで居るのなんて、ほんの短い時間でしかないのに、あの時間は永遠に続くと思っていたなぁ。
幸せと不安が交互に押し寄せてきたり、寝不足で死んでしまうんじゃないかと思ったり、自分の育児は間違っているんじゃないかと自分を責めたり。
そんな自分の過去を思い出しながら、繭子と郁絵の愛情深い子育てに、嵌り込んでしまった。
辛く切なく苦しい話だったけど、心掴まれて、ググっと最後まで一気読みしてしまった。
Posted by ブクログ
『ねえ、ママに、つたえて』『ぼく、だいじょうぶじゃないよ』 物語を開いた瞬間から心をどこに持っていたらいいのかわからなくなった。震えて読んだ。産まれたばかりの我が子を見て恐怖を感じた繭子の思いが痛い程わかってしまったから、もう震えて読むしかなかった。繭子の章。郁絵の章。じわりじわりと物語が取り返しのつかない渦へと飲み込まれていった。
Posted by ブクログ
子どもの意図的な取り違え事件を描いた本。
繭子が帝王切開きっかけで産後うつのようになっていくのはちょっと共感できなかったが、後半になるにつれ描写に圧倒されてなんと泣いてしまった。子どもの描写がとても上手。
Posted by ブクログ
自分は出産経験が無いのだけど、解説の方のように繭子のことは好きになれません。本人を含めて全員のことを苦しめ抜いてる繭子を本当に許せない怒りの気持ちでずっと読んでいました。本当に苦しくなります。航太に1日も早い穏やかな日が来ますように。
Posted by ブクログ
出てくる人たちの叫びが重かった…
読んでいて苦しくなって150ページくらいで一旦ストップ。でも、続きが気になって一気に読んだ。
妊娠・出産は明るいイメージがあるけど、命懸けだし、命がかかってるし、大人にとっても生まれてくる赤ちゃんにとっても人生を左右するもの。
だからこそ言葉には気をつけたいと思いました。
Posted by ブクログ
同じく4歳3か月の息子がいるので、辛くて何度も涙が出ました。
息子は夜たまに目覚めたとき私がいないと、たとえパパが隣にいても大泣きするので、ほかの親に慣れることはありえないだろうと思い、私なら交換するなんて1%も考えられないと思いながら読みました。
Posted by ブクログ
普通分娩か帝王切開か。有痛か、無痛(和痛)分娩か。
そんなもので子供に対する愛情が変わるわけがない。
けれどもそれに対して良いとか悪いとか周りが言うことで産後の母親は自信をなくしてしまうのだ。
小さく産んだこと、病気を持ったこと、早く産んだこと。
悪いことなんかしていないのに、母親は自分を責める。
周りは赤ちゃんのことで頭がいっぱいで、心も体もボロボロになった母親のことは二の次三の次。
それでも母親はこの弱い生き物を育てなければならない。
でも、私に、そんなことできるんだろうか?
自ら子供を取り替えた繭子には同情する。
自分の子供が幸せになって欲しくて、そして少しだけ郁絵への暗い気持ちがあったのだろう。
それが取り返しのつかないことになると分かっていたのに。
子供の心に消えない傷をつけたことは間違いない。
糾弾されても仕方がない。
そもそもどうして誰も繭子に寄り添わなかったんだろう?
本当は繭子の夫の母は気にしてくれていたのだけれど、繭子にはそれを受け入れられないくらい弱っていた。
愛とは、どうしてこんなに難しいのだろう。
いつだって育児は手探りだ。
愛情と思っていたことが違うのではないか、あの時どうしてしてしまったのか、できなかったのか。
本書はそんな悩む親の心の中をさらに掻き乱す。
しかし、そのことで自分の心が整理されるような気もするのだ。
あなたと共に。
小さな手足をばたつかせる我が子を抱きながら自分の心を見つめた。
Posted by ブクログ
2017年 第6回 新井賞受賞
自ら産んだ子を 同日に生まれた他の子と取り替えた母親
ちょっとしたトラブルによる衝動的な行動だった
妊娠中の不安、出産時の苦痛、育児への憂慮
その一瞬の出来心に背景はある
告白する機会を失ったまま、子供達は4歳となる
自分の子ではないと知っている母親と
自分の子供と信じている母親
二人の母親の育児と生活の違いは、考えさせられる 母親に期限があるとすれば子供を預けて仕事をする事ができるのか?日常生活をもっと大切に過ごすのか?
この小説の読みどころは、DNA鑑定により本当の両親が確定した後、二人の子供達と育ての親との分断の場となるのだけれど
取り替えの犯人となる母親は、育てる間の苦悩も大きかったとは思うが 告白だけでは、罪のない子供達の痛々しい辛抱への償いは、終わらない
Posted by ブクログ
めちゃめちゃしんどくさせるという意味ではすごいと思う。が、とにかく読んでいてしんどい。あとは疑いもなく自分は子育てできる、保育園にも入れない、と考えていたが、そんなことが果たして絶対にできるのだろうかと、考えさせられた。
Posted by ブクログ
読みごたえはありました。
内容は背表紙に紹介されていた通り。
「自ら産んだ子を「取り替え」た繭子。発覚に怯えながらも息子・航太への愛情が深まる。一方、郁絵は「取り替えられた子」と知らず、息子・璃空を愛情深く育ててきた。
それぞれの息子が四歳を過ぎた頃「取り違え」が発覚。元に戻すことを拒む郁絵、沈黙を続ける繭子、そして一心に「母」を慕う幼子たち。切なすぎる「事件」の慟哭の結末は・・・」
芦沢央の作品でこの気分は初めてであるが、イヤミスであればもやもやが残るのもしかたないのか。
面白くないわけではない。
郁絵の「残念だったね。普通に産めなくて」という言葉で、実の母の「あなたがひとりで育てられるわけがないでしょう」繭子には打ち消してきた不安が確定してしまう。
その前にも助産院で「自然なお産。本当のお産をすることで女性は母親になれる。うちで産んだ人で赤ちゃんがかわいく思えない人なんかひとりもいませんよ」という言葉も覆いかぶさる。その助産院にはお産の予約を入れなかった。
人それぞれ考えはあろうが、帝王切開でしか産めない人、母乳の出ない人もいるので根拠のない神話を押しつけるのはどうかと思う。
繭子は30時間を超える陣痛に耐えかねて、帝王切開に切り替えた。帝王切開の基準は満たしているので、自然分娩に失敗したわけではない。
30時間と一言でいうが痛い1分はとてつもなく長い。
1分が長いのに30時間なのだから。
医師だって30時間横に待機なんかしていない。状況が変われば見に来るだけなので、立ち合いも廊下で待っている家族もいない繭子はひとりで頑張ったのだ。
そして、痛い、つらい、苦しい。帝王切開の後がこんなに痛いなんて知らなかったと更に術後の痛みが繭子を襲う。
私は帝王切開だったが、4日間はいろんな管でベッドに縛り付けられ、トイレさえ行けなかったので、時代が変わってすぐに新生児室に行くのだなあと思ったが、繭子の産院も母子別室なのは「おかあさんをなるべく休ませるため」なので、行かなくてもよかったし、自分の赤ちゃんの顔がどうしても見たいとも書かれてなかった。
そして「ベッドのプレートがなければ自分の赤ちゃんがどの子かさえ私にはわからない」とまた落ち込む。
「誰だってわからないってば」と思わずツッこむが繭子には聞こえないよね。
「取り替え」のために新生児室に行ったのではないが、郁絵の赤ん坊がたった210g体重が多いだけでも「この子は残念な子なのか」と負の烙印を捺すばかりである。
「取り替え」てしまった後、「言わなければ」と思うのに言えない状況。これで「わかってしまう」と怯える気持ちと「わかってほしい、楽になれる」と思う気持ちが揺れ動くあたりも感情移入ができる。この心理状態ならそうだろうなと。
早く発覚して元に戻さなければいけないと焦るのだが、日が経つにつれ自分からは告白できずに「だれか気づいて」と願うばかりになる。
「どうして産みさえすればどうにかなるって思ってしまったの」という気持ちも幾度も出てくるのだが、
ひとつめの疑問は、「産まない選択肢はあったのか」ということ。
弁護士の義父、パイロットの夫、避妊や中絶って協力してくれそうにないけど。
ふたつめの疑問は「取り替え」たら「育てられるの」か。捨て子をしたわけじゃないのだから、取り替えたら郁絵の産んだ赤ちゃんを繭子は育てるのである。
育児ノイローゼになりそうないやいや期の壮絶さも含めて。
それを作家は書いていない。
郁絵さんなら保育士だし立派に子育てができるだろうと繭子が思っていることはわかるが、郁絵の子供だから何の問題もなく自分でも育てられるなんて考えがよぎることすら書いてない。
そして4歳で取り替えは発覚する。
産院の取り違えとして・・・
ここからは郁絵の物語だけになる。
今まで育ててきた璃空をどうしても手放したくない郁絵は、自分の産んだ子は選んでやらないのかと言われて悩むが、繭子にべったりな実の息子航太をみて、引き離せるわけがないとも思う。
交換したら別の土地で暮らし、二度と会えないことも郁絵が漠然と隣に住んでお互いの子供二人を二組の父親と母親で暮らせればいいななんて思っていたが、そうすれば、こどもたちはいつまでも前の親を忘れないだろう。
4年間の間に、そして交換までの間にとりこぼしたことはないかと哲平も璃空が忘れてしまっている2年前の約束の花火を冬空の下でしてみたり、いきなりあなたのお子さんではありませんと言われた夫婦ってこんなのだろうかって描写が丁寧である。
みっつめの疑問は、「取り違え」が発覚した時の繭子側の家族の反応や暮らしが一切書かれていないこと。
「違ったんですか。交換します。別の土地に住みます。新学期に合わせて顔合わせやお泊りなど準備していったほうがいいですね。産院は良心的な補償を考えていますよ。示談がいいと思います。」意向は郁絵たちに産院の弁護士を通じてもたらされるが、彼らの言葉では語られない。
別れまでの数か月を繭子の夫や両親、義父母は何を思ったのか。そちらも描いてほしかった。
結末は繭子の母が示談になんてしない、裁判にする、お金だけ払って罪にならないなんてずるいとわめきだしたので、繭子は自分が取り替えたのだと告白する。
この後の繭子側の家庭は何を思ったのか事情は聞いてくれたのか、何も説明がなく、繭子と離婚したこと、繭子には二度と航太を会わせないこと、こうなったらこの子もそちらで育てて頂いた方がいいのでしょうねと郁絵たちのもとに航太を捨てにくるのだ。
航太は繭子が「これが悪い夢を食べてくれるからね、大丈夫よ」と持たした獏のぬいぐるみを抱いている。
「ママ、ママ」と張り裂けんばかりに泣き続ける航太。
そしてごみ箱にぬいぐるみを棄てる。
「おばさん、ママに伝えて。ぼく、大丈夫じゃない。大丈夫じゃないよ」
4歳児の記憶は薄れるとは思う。
すっかり忘れることはなくて、何かいつも自分は捨てられるというトラウマがこの子に残る気がして
読み終わった感のない小説でした。
Posted by ブクログ
この本を読んで1番感じたことは「人にはどんな背景があるかわからないんだから、余計なことは言わない方がいい」ってことかなあ。
帝王切開だったことを「残念だったね」って、私だったら「は? 何が残念なわけ? うるせえなコノヤロウ」と思うだけだけど、とことん気にしちゃう人はいるだろうから。
それにしても産まれたてとはいっても、一度見た、しかも写真撮っておいた赤ちゃんがかわってることに気づかないかね?郁絵の旦那よ。
とはいえ、入れかわってしまった子をいまさら交換なんて、想像を絶する辛さだろうし、なにより子供たちがかわいそうでならなかった。
Posted by ブクログ
取り違えではなく、母親が我が子を取り替え。
何度も自らの罪を言い出す機会を逃し、罪悪感を抱えながら何年も他人の子を育てる繭子。
誰も救われないなんとも悲しい話だった。
2人の子供が幸せに育ちますように。