あらすじ
帝大出の文部官僚である砺波文三は、妻との間に3人の娘をもうけた。敗戦後、文三は公職追放の憂き目に逢うが、復職の歓びもつかの間、妻はがんで逝く。やがて姉たちは次々に嫁ぎ、無口な老父と二人暮らしとなった年の離れた末娘の静は、高度成長の喧噪をよそに自分の幸せを探し始めていた。平凡な家族の歳月を、「リア王」の孤独と日本の近代史に重ね、「昭和」の姿を映す傑作長編。
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Posted by ブクログ
・半年もたたぬ間に、総理大臣はもう二度代わっている。新しくなろうとしても、国の中枢はそうそう変われない。「これなら大丈夫だろう」と思われる人物を連れて来ても、国の中枢にふさわしいと思われる人物なら、なんらかの形で汚れている。「新しくなる」ということは、そう簡単なことではないのだ。
・人にはそれぞれの背景がある。同じ時、同じ場所にあっても、それぞれに得るものは違う。違うものを得て、同じ「一つの時代」という秩序を作り上げて行く。一切が解体された「戦後」という時代は、新しい秩序という収まりを得ることに急で、その秩序を成り立たせる一人一人の内にあるばらつきを知らぬままにいた。
・誰に言いつけられたわけでもない。「東大に行きたい」と言い出したのは、自分自身なのだ。「東京の伯父さんは東大を出ている。僕も東大に行きたい。東京に行って東京の子になりたい」と願って、それはかなえられた。東京でも有数の進学校に通い、寄宿先の伯父や従妹には愛された。秀和は「祝福された子供」だった。それがいつか、すき間風が吹き込むように、薄れて行った。誰かが秀和を追い詰めているわけではない。秀和を守っていたものの力が少しずつ後退して、秀和は「孤立」というものを感じるようになっていたのだ。
・それは政治でもない、思想でもない。政治や思想の言葉を使ってパラパラに訴えられたものは、その社会の秩序を形成する人間達の「体質」である。だからこそ、東京大学の教授達は、学生達から罵られ、嗤われ、困惑し怒っても、なにが問われているのかが分らなかった。秩序を形成する者の「体質」、形成された秩序の「体質」が問われるようなことは、かつて一度もなかった。なにが問われているのか分かったとしても、事の性質上、それはたやすく攻められることがなかった。だからこそ、事態は紛争へと至って、その紛争は、そう簡単に解決されることがなかった。仮に紛争が収まって「元の状態」へ戻ったとしても、問題を発生させた「元の状態」がいいものであるのかどうかが、分からないからである。
・「私、自分で探したいの。自分になにが出来るのか、出来ないのか、それが知りたいの。自分のこと、なんにも知らないの。だから、なにが出来るかを、自分で探してみたいの。私、この家の中のことしか知らないみたいな気がするの。いけない?」と言った。