あらすじ
世界140の国と地域、国内2400の道場で愛好される合気道。稽古の根底にある高邁な思想。試合・競技はなく、稽古・鍛錬を通じ、互いに尊重しあうことで磨かれる真の強さ。世界で共感される合気道の技と心を宗家・植芝守央道主が説き明かす。
●目次
1・歴史――合気道のあゆみ
一つ一つの積み重ねから
合気道開祖・植芝盛平
「開かれた合気道」――吉祥丸二代道主の想い
初めての公開演武
出版による普及・啓蒙
組織の拡大
世界に広がる合気道――銀の架け橋
2・稽古とこころ
武は愛なり――現代に生きる武道
合気道練習上の心得――「練習は愉快に実施するを要す」の意味
稽古法そのものに合気道の理念がある
素直であること
構えと間合い
基本の体捌き――入身・転換・転身・転回
表技と裏技
呼吸力と呼吸法
天地と一体となるということ――自然の理に逆らわない
技の稽古を通じて体を練る
稽古を積み重ねた先に発揮される総合的な力
基本に極意がある
硬い稽古と柔らかい稽古
技に完成はない
なんのために稽古をするのか
合気道に試合はない
日本の心
合気道の稽古法「気形」
形を繰り返した先に個性が輝く
合気道の修行は合気道だけでいい
審査も演武も普段通りに
合気道で強くなれるのか?
礼に始まり礼に終わる
即結果を求めず
先人を敬うということ
3・道 統
祖父・植芝盛平
父・植芝吉祥丸
ともに道を歩む姿勢
一日一度、本部道場の稽古には植芝の人間が立つ
直系が道統を継ぐということ
道場という文化
合気道本部道場
決意
指導のはじまり
厳しい時代を乗り越えた強さ、おおらかさ
最大の試練を感じた時
道主継承
和を実践していくこと
感情タグBEST3
うえしばもりてる と読みます。
私事ですが、直接見た事がある人で、この人偉いなあ、と感じた人
1位、手塚治虫先生、2位、吉祥丸先生、3位、守央先生、4位、田中角栄
2、3位からは直接指導を受けました。名誉な事です。
神様になった、なる予定の方々です。4位除く。草葉の陰で自慢しよう。
補足をいくつか
盛平先生、軍人になるために学校に入学を勧められたのですが、
本部道場がある場所のすぐ北隣にあったそうで、地縁みたいなものを感じます。
吉祥丸先生、3男になります。長男次男とも亡くして
それで、やたらとおめでたい名前がつけらのかしら、
なんか、盛平先生の愛を感じますね。
盛平先生の演武をみて柔道の嘉納治五郎さんは御弟子さんを派遣したそうですが、
交流があったみたいです。ちなみに合気道の本部道場は東新宿、柔道の講道館は春日、大江戸線で一本です。
外人さんとかでハシゴしてる人がいても地理的にはやりやすいですね。
盛平先生にはやんちゃなお話がいろいろありますが、他の方々には無いです。
看板を立ち上げる、やりたいようにやる、のと、看板を守る立場の違いでしょうか。
盛平先生についた高弟と呼ばれる方々から、いくつか分派して、また分派して、とやってます。
柔道でも講道館から分派してますから、珍しい話ではない。
オリンピック選手の選定は、分派の方なので柔道の場合、力関係は微妙みたいですね。
我の強い高弟の方々に囲まれて二代目、三代目はストレス抱えながら生きてゆくのですが、
子供には恥ずかしい背中は見せない、恥ずかしい振る舞いはしない、できちんとしている方々なので、
分派した方々の崩れっぷりとは対照的に、お金も稼いでいます。本部道場のお隣にある、
植芝邸、Googleマップで確認出来ますが、これは豪邸でしょう。鉄筋コンクリート3階建ての二世帯住宅になります。
他所の会社に就職して、外の考え方を受け入れてこんにちある組織の基盤を作ったのは間違いなく二代目で、
優秀な方です。北隣にある早稲田の政経から他所の会社に就職されたのは本文にあります。
そこで組織のあり方について学習してフィードバックしてますね。
組織を立ち上げる際の貪欲さは我々も見習う所が有るでしょう。
韓非子の教えを受け秦の王様の政は中国を平定しますが続きません。
組織に根性の腐った悪い奴が少なくないからです。今日の中国にも受け継がれてますね。
反面、基本良い人達が運営する組織だからこその今日の姿と思います。
お好みで
Posted by ブクログ
未知なる「調和」の世界へ
これまで「合気道」という武道にはまったく触れてこず、自分にとっては完全に「知らない世界やな」というところからのスタートだった。だからこそ、あえてその未知の領域を覗いてみたいという好奇心で、2018年に出版された『合気道 稽古とこころ 現代に生きる調和の武道』を手に取ってみた。この「調和」という二文字がいかにこの武道の核心を突いていて、現代の我々に必要な考え方かということが。
三代にわたる伝播のストーリーと深い解釈
本書の前半では、合気道がどのような遍歴を経て現在に至るのかが緻密に語られている。開祖である祖父・植芝盛平が道を作り、二代道主である父・植芝吉祥丸がそれを体系化してわかりやすく世界へ伝播させていき、そして三代道主である著者(植芝守央氏)が現代へと繋いでいく。この「作った人、広めた人、そして今を継ぐその子供」という歴史の流れと、そもそも合気道とは何かという解釈が非常に濃厚に描かれており、純粋な読み物としてめちゃくちゃ面白かった。
「戦わない」という至極真っ当な生存戦略
中で一番「なるほどな」と感銘を受けたのは、合気道にはそもそも「試合がない」という事実である。ただひたすらに「技をかける」「技をかけられる」というセットを繰り返し、一生をかけて練習(稽古)を積んでいくもんだというのだ。相手を打ち負かすために自らの力を積極的に行使するんじゃなくて、危険なものには近づかない、対象から離れてなるべく争いを回避する。
そうした至極真っ当で理にかなったトレーニングを積むという考え方は、人間社会を生き抜く上でもかなり的を射ていると感じた。看護の現場で不穏な患者さんと向き合う時も、あるいは日常のちょっとした人間関係の摩擦においても、真正面からぶつかって無駄に消耗するより、相手の力を受け流し、危険な状況を未然に回避することの方がよっぽど重要だったりする。合気道の「相手を尊重し、和合をめざす」という精神は、物理的な護身術にとどまらず、複雑に絡み合う現代のストレス社会をサバイブするための究極のメンタルコントロール術だと言っていい。
知識と身体感覚の壁
この素晴らしい哲学に触れて、頭で理解できた気になって「おもろいな」と唸ったわけだが、結局のところ「本を読んだだけで合気道の技が盗めるわけではない」というのも、また紛れもない事実である。頭で理解した「回避」や「受け流し」の概念を、とっさの行動や無意識の領域まで落とし込むには、まさに著者が言う通り「一生の反復練習」が必要なのだ。
知識をインプットしただけで終わらせず、それをアウトプットしてPDCAを回していく。ブログ運営や投資への挑戦と同じで、結局は「行動(Do)」がすべてだ。いつか機会があれば道場に足を運んでみるのも面白いかもしれないが、まずは日々の生活の中で、人間関係の「合気」を実践していくことから始めてみたいと思える、奥深い一冊だった。