あらすじ
一九八〇年、吹奏楽部に入った僕は、管楽器の群れの中でコントラバスを弾きはじめた。ともに曲をつくり上げる喜びを味わった。忘れられない男女がそこにいた。高校を卒業し、それぞれの道を歩んでゆくうち、いつしか四半世紀が経過していた――。ある日、再結成の話が持ち上がる。かつての仲間たちから、何人が集まってくれるのだろうか。ほろ苦く温かく奏でられる、永遠の青春組曲。
...続きを読む感情タグBEST3
このページにはネタバレを含むレビューが表示されています
Posted by ブクログ
私自身、コントラバスを吹奏楽部が弾いていたので、すごくわかる。今アラフォーとなり、さらに気持ちが刺さる。役割を与えられ、初めて存在を得て。
自己表現の労を惜しんで、溜め込むことに慣れてきた。他に人から大事にされる方法を思いつかずで。
Noと言おうというまいと、砂時計の砂は勝手に落ちていく。早めに気づいて、ひっくり返して回るほかない。特に大事な人々の時計は
Posted by ブクログ
最初に登場人物がたっぷり書かれてて、飛ばしたけど懸念はあった。こんなに覚えきれるか、と。結局かなり混乱。途切れつつも今日一日で読み切れたのに。登場人物も多いし、高校時代と現代とがごっちゃに出てくるからさらに混乱。でも中盤から泣きそうになるエピソード満載。テューバを壊した唐木を笠井さんがユーフォニウムにもらったとこ、永倉が部活をやめたとこ。しかし吹奏楽部がいくら人数多いからって、こんなに辛い人生を送る人が多いもんかね。ちょっともう一回読みたいわ。安野先生と来生の関係がいまいち分からん。
Posted by ブクログ
大人の青春譚。
四十代に入った中年が高校時代を振り返り、吹奏楽部再結成に向かう話。
私はブラバン経験もないし、楽器も作中の音楽もてんでわかりませんでしたが、「ああ、青春の振り返りは甘いもので、けど現実に戻ったときの衝撃も大きいなぁ」と感じた作品でした。
年月が経って変わらない人もいれば、音信不通の人もいる、変わり果ててリスカする飲んだくれになっている者もいる。
発案者の桜井さんは土壇場で披露宴取りやめで、クライマックスは悲しみに溢れてしまう。
主人公も順風満帆とは程遠く、振り返った後は悲しみが残るような感じで描かれていました。
割と救いが無い人は完膚なきまでに無いよなぁ…
特に先生…
流産した子はやっぱり来生の子だったのかな?
それもひとつの人生で、宝石のように大事に取っておける青春を過ごしたことはかけがえの無いものなんだなぁ。
私も高校よりは大学で部活に精を出した者で、今でもその思い出は宝石のように輝いています。
割と救いがなくて暗かったり、楽器、音楽の知識が必要で、登場人物が多くて読むのが大変でしたが、年を取ってから読むべき一冊です。
Posted by ブクログ
グレン・ミラーが終わったので僕は『アルルの女』をかけた。すっかり酔ってしまった風情の笠井さんが僕をつかまえていう。「他片くん、ビゼーはええねえ・ビゼーの曲は優しいねえ」ビゼーを優しいと感じる、あなたが優しいのだ、と僕は思った。
顔を上げると、父は亀岡さんと話しこんでいた。僕のかかえている楽器を指し、あれはコピー商品ではないのか、なぜ他社の楽器をコピーするのかなどと不粋なことを訊いている。
「あれは一つの完成形なんで、もはや改良の余地がないんですよ」と亀岡さんは無難に答えていた。「ヴァイオリンやピアノは、いまあ全部同じ形でしょう」
「ほいでもこうして見たら、エレキはずいぶん色んな形がありますね」
「あえて変わったんを好まれるお客さんもおってんです。基本はいま、息子さんが弾きよっての形です」
父は納得したように見えた。僕に近づいてきて訊いた。
「その形でええんか」
「あーうん」と、いちおう頷いた。形はフェンダーと同じだから、なんの文句もないのだが、良い楽器かどうかはまったくわからなかった。父は亀岡さんを振り返り、「この本物はありますか?」
「フェンダーですか」と彼はたじろいだ。壁の高い位置を示して、
「あそこに一本ございますが」本物のフェンダー・プレシジョンベース。塗装はサンドバースト。もちろん僕はその存在を知っていた。アホみたいに立ち尽くして眺めた日もある。今日のところは見ないようにしていた。フェンダーが一本しかない楽器店? と若い人は首をかしげるかもしれない。当時はあるだけでも凄かったのだ。「弾いてみたいね?」と父は僕に訊いた。僕はぽかんとなってしまい、返事ができなかった。
「あれを弾かせてやってください」
「かしこまりました」
亀岡さんの言葉つきや動作は豹変し、父の十数年来の忠実なしもべのようになった。
「あの程度の女に惚れてしもうて、アホな男じゃ思いよろうが」
「ーーいえ」
「言い訳せんでもええ。顔を見りゃわかる。お前はそういう人間じゃ」
「誤解ですよ。桜井さんにも来る途中、意地が悪いいうて言われました。なんでなんでしょう」
「思うとることを口にださんけえよ。相手が見て欲しい部分じゃなしに、見てほしゅうない部分をさきに見つけて、しかも黙ったままでおるけえよ。それがみな怖いんじゃ。お前の先輩としてふるまうんはプレッシャーじゃった。ダイでさえお前は怖い言いよった」
「すまんの。いちおう上に相談したが無理じゃった。その代わりというわけじゃないが」彼は窮屈そうなポロシャツの胸ポケットから折り畳んだルーズリーフを取り出し、テーブルの上に広げてこちらに向けた。B♭cl(3)、Fl(2)、A.sax(1)、T.sax(1)、ーー。僕が全部読みきらぬうちに彼は続けた。「典則で長いこと使われとらん楽器のリストじゃ。何年もケースを開けとらんらしいけえ、修理が必要かどうかすらわからん。つまり音楽室からときどき消えても誰も気づかん。岸田先生以外は」僕は息を吸い上げた。
「頼んでくれたんか」
「べつに頼んじゃおらん。なんべんか一緒に飲みにいっただけじゃ。もし他片くんや桜井さんがもういっぺん頭を下げにいっとったら、同じ紙を渡されたろうよ」
僕は黙ってこうべを垂れた。
「やっと後輩じゃいうのをカミングアウトしたよ。儂も確かにあのクラブにおったもんの」
「おったよ。中心におったよ」
「なに言いよんや。こっちが永倉を追いかけとったんじゃ。まだ追いつかん」彼は頭を振った。それから腕時計を見て、行かにゃ、と腰を上げた。