あらすじ
一九八〇年、吹奏楽部に入った僕は、管楽器の群れの中でコントラバスを弾きはじめた。ともに曲をつくり上げる喜びを味わった。忘れられない男女がそこにいた。高校を卒業し、それぞれの道を歩んでゆくうち、いつしか四半世紀が経過していた――。ある日、再結成の話が持ち上がる。かつての仲間たちから、何人が集まってくれるのだろうか。ほろ苦く温かく奏でられる、永遠の青春組曲。
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去年の大晦日東京より一時帰還した友人から頂いた小説。まさか小説をいただけるとは思っておらずめちゃくちゃ嬉しかった。お返しとして私も小説をプレゼントした。
吹奏楽部に所属していた友人らしい設定の小説でなんと言っても台詞のセンスがお見事でした。読んでいて軽快で何度もクスッときたシーンがありました。主人公のお店に訪れた柏木とそのお連れカリスマに本当はボイラーメーカーというお酒であるのにマックスウェーバーであると嘘をつくところ。出されたカリスマもそれに納得してしまうこのような軽快なやりとりが続き面白く読めました。
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古いアルバムをながめる時のように、優しい時間をくれる物語だった。
「人はなぜ音楽を奏でるのか」。
「そいつと共にいるかぎりは何度でも生まれ直せるような気がするから」。
音楽は生へのエール。
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なんだろ、20世紀の学生音楽経験者のキャラクターがうまく捉えられていると思う。学生時代に音楽していた人ならアラサー以上になって読むとなお良いかも。
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語り手の他片(たいら)は赤字続きのバーを営む中年男性。
そんな彼のもとへある日一人の女性がたずねて来る。
「披露宴で皆で集まって吹奏楽を演奏してほしい」と依頼したのは高校吹奏楽部の元メンバー、桜井。
桜井の一言がきっかけとなり、他片は今は散り散りとなった吹奏楽部のメンバーに再結成を呼びかけるが……
物語は語り手・他片の回想に沿ってすすむ。
吹奏楽部のメンバーはいずれも個性的。
登場人物はのべ数十人。吹奏楽部は大所帯、楽器の数だけ個性がある。
音楽小説であり青春小説であり八十年代ーグロリアス・エイティーの風俗小説である。
中年の他片が吹奏楽部で活動した過去を振り返る形で綴られる物語は、青春真っ只中の輝かしい黄金の光ではなく、ランプシェードで絞ったようなくすんだ黄金の輝きに満ちている。
それは夕暮れが訪れる寸前の、溶けて消えそうな黄金の空に似ている。
桜井と組んでかつての部員の足跡をたどるうちに、他片はさまざまな人生の変遷を知る。
変わった友人がいれば変わらない友人もいる、成功した友人がいれば破滅した友人もいる、そして死んだ友人も……
現在と過去が交錯するごと陰影は際立ち、部員たちのそれからの人生が浮き彫りになる。
吹奏楽部時代は先輩や友達との馬鹿騒ぎ中心でユーモラスなエピソードが多いが、現実はそうも行かない。
二十数年の歳月は人を変える。変わらないものもある。
幸せになったヤツもいれば不幸せになったヤツもいる。再結成は困難を極める。
それでも他片と桜井の熱心な勧誘にこたえ、一人また一人とかつてのメンバーが集まり始めるのだが……
音楽はひとを幸せにするばかりじゃない、音楽のせいで不幸になる人間だって確実にいる。
音楽を極めんと志すものこそ、狭き門にはじかれぼろぼろになっていく。
だけど人は音楽を愛する。音楽に情熱を捧げる。それが素晴らしいものだと信じてやまない。
音楽に命をやどすのも意味を与えるのも、人だ。究極的に人でしか有り得ない。
音楽は時としてローマ法王の説教より胸を打つ。
演奏シーンの一体感、上手い音楽と気持ちいい音楽の違いなど、示唆に富んだ考察に目からぽろぽろ鱗おちまくりでした。私が吹奏楽部だったらもっと共感できたんだろうなあ……。
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津原 泰水の大ファン。
なのに、リンダリンダリンダとかの流行に迎合した小説なんじゃねえの?
と思い込んで、若干敬遠、積読していたのを、ようやく読む。
自分の馬鹿。
文学少年・軽音少年であり、ブラバン少年では決してなかった自分でも、
共感的に楽しむことができた。
とはいえ、村上春樹の「ノルウェイの森」が単純な青春小説ではないのと同意義で、
この小説も多重構造、裏切りや謎、語り手による恣意的な隠匿、といったテーマを隠し持っている。
それを次回は意識して読みたい。
普通に読んでも面白いし、裏読みしても面白そう。
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始まった時点で、普通ならヒロインになるだろう存在が死んでるってのはなかなか凝った構成。
なんのかんので、柏木とか普天間とかとのエピソードが甘酢っぱい感じで、主人公モテモテだよなあ。元ブラバン顧問の先生ともそういう関係になっちゃうし。
父親にエレキベースを買ってもらうエピソードとか、事故で右腕を失った辻からベースを渡される話とか、バンド経験者にはたまらんな。名言もいっぱい。
再結成の話なのに、普通なら一番の見せ場になるはずの演奏シーンがないところが斬新。それでいてこれだけ魅力的な話をかけるということに驚いた。作者はホラーの人だと思ってたけど、こういう話を他にも書いているなら読みたいな。
以下は刺さったフレーズ。
すっかり酔ってしまった風情の笠井さんが僕をつかまえて言う。「他片くん、ビゼーはええねえ。ビゼーの曲はやさしいねえ」
ビゼーを優しいと感じる、あなたが優しいのだ、と僕は思った。
「どこ行っとった」
「平和公園に」
彼は目を見張った。「ローマ法王か」
「はい」
「聞いてわかったんか」
「日本語でした」
「ほうか」と彼は顎に手をあて、「ええ話じゃったか」
「僕らにじゃのうて、神様に祈っとられました」
「最後まで聞いたんか」
「はい」と僕は頷いた。
彼も頷いた。「ほいならええ。出席にしとく」
悪魔の手先ではなかった。
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40代の今を主軸に、高校時代を回想する形式。高校時は「一体何なんだ」と言葉にできない、掴みどころのない経験が、時間を隔てる事で肝がわかる感じになってると思う。
だから、つい自分の高校時代を思い出す。
行ったことないけど、きっと同窓会に行ったら同級生の事を「あの頃あんな事してたから今こんなだわ」とか、「上手いこと世渡りしよるんは、気づかんかったけど、あの頃から策士だったんだろうなぁ」とか、過去に結びつけるような解釈を、頭の中で勝手に繰り広げるんじゃないか。それを大掛かりにした感じの小説かもしれない。
一番気になるのは、来生が何者か。
少し前の小説なので違うと思うけど、もしも今、映画化されたら、きっと彼は黒幕だ。
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自分の結婚式で、高校時代のブラスバンドを再結成・演奏してもらおうと企画したのをきっかけで、当時の部員の今昔を描き出す。語り部となるのは立案した女性ではなく、彼女の一年後輩の男性となる。地元に残って酒屋(描写としてはバー)を営んでおり、昔の仲間とも
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私自身、コントラバスを吹奏楽部が弾いていたので、すごくわかる。今アラフォーとなり、さらに気持ちが刺さる。役割を与えられ、初めて存在を得て。
自己表現の労を惜しんで、溜め込むことに慣れてきた。他に人から大事にされる方法を思いつかずで。
Noと言おうというまいと、砂時計の砂は勝手に落ちていく。早めに気づいて、ひっくり返して回るほかない。特に大事な人々の時計は
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高校のブラスバンド部の仲間が、結婚式でブラスバンド部を再結成して演奏してほしいと言い出した。20年以上たった広島で、仲間を集めることができるのか。
最初に断っておくが、今回の評価は大甘である。
年末年始の読書運が無さすぎて、小川洋子すらのめりこめなかったのだが、久しぶりにのめり込んで読めた1冊。しかしまず表紙をめくって、人名の羅列と思い入れが羅列。あかんやつやーんと思いながら、いつもどおり羅列部分は飛ばして読み始めた。あらすじと人物紹介は読まない。
他片でたいらと読むらしい主人公なのだが、皆元でみなもとと読む同級生と出会ってようやく明かされる。始終この説明不足と後付情報でストーリーは続く。高校時代のブラスバンド部に入部から桜井さんがいなくなるところまでの話と、現代の40代になった話が同時並行に進んでいく。
きつい広島弁の会話は、一言一言が短く、全部改行を入れてくれているので理解できなくはないだろう。ただ、男言葉と女言葉が書き分けられているのであろうところがわからず、ずっと男だと思って読んでいたら、数ページ後に女であることが解ったり、最初の人物紹介を読まないスタイルなので結構辛い。
それでも、高校生バンドの成長を見せる部分と、40代のバンド仲間を集めるという目的が明らかになっていて、それぞれがしっかり同じ向きに向かっているため、なぜこの人はこういうことをするのか?と悩むところはなく、読みにくいなりにのめり込めた。
今、別のところで文章を書いているのだが、つい思いついたことを脱線して書いてしまうことが多く、1500字でまとめるつもりが2000~3000字になってしまうことがある。この作者もよく似た物を感じた。色々とエピソードなどが挟まれるが、それらは伏線でもなんでもない。普段、東野圭吾などの本しか読まない人にとっては、無駄が多いと感じてしまうだろう。でも、この作品から無駄を取ってしまうと、面白さは半減してしまうのではないか。
男女の書き分け、高校と現代の話の区切りが示されていたら、☆5であった。十分甘いとは思うけど、この前に読んだ本が悪いんや。
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20190911
高校時代、吹奏楽部に所属していたが、いつしか楽器からも過去からも離れていたところに舞い込んだ再結成。高校時代の思い出とそれぞれの現在が行き着く先。永遠の青春。
津原さんの作品のなかでは読みやすく、知名度も高い作品。過去は眩しく、でも美しすぎず、現在は苦しみもありながら、希望もある。この、描きすぎないところが本当に好み。何でもかんでもハッピーエンドにはならないが、それでもやっていくしかないよね、というなげやりさと明るさが、少しの感動と励ましになる。
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ベタベタスカスカした今時の青春小説だったら嫌だな・・・とは思いつつ、開いてみます。
「バスクラリネットの死を知ったトロンボーンとアルトサクソフォンは、ちょっとしたパニックに陥った。」という謎の文句から始まるのでしたが、おや、意外に、濃い。
話は、高校時代に「弦バス」として吹奏楽部に入った主人公の、「当時」のドタバタ体験の記憶と、かれらが40歳になり、とあるきっかけでバンドを再結成することになり、各人の消息がだんだん明らかになる「今」とが交互に語られる。
時代の空気感や音楽体験はまさにツボ。
クイーンのギタリスト(ブライアン・メイ)が自作のギターを使っていたとか、ジョン・ボーナム、ビル・エヴァンス、ジョン・レノンの死などのエピソードの数々。
「ブラバン」という呼称をめぐっての先生との衝突(ブラバンじゃない、吹奏楽、バンド、もしくはウインドオーケストラだ)とか、縦バスと横バスの違い(忘れてたけど、覚えてるわ)などのウンチクの様々。
たまんねっすな。
ラストの見事さとも相まって、実に鮮烈な印象を残してくれました。
1970~1980年くらいに高校の部活で「ブラバン」やってた人なら、間違いなく楽しめる小説ではないでしょうか。
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最初に登場人物がたっぷり書かれてて、飛ばしたけど懸念はあった。こんなに覚えきれるか、と。結局かなり混乱。途切れつつも今日一日で読み切れたのに。登場人物も多いし、高校時代と現代とがごっちゃに出てくるからさらに混乱。でも中盤から泣きそうになるエピソード満載。テューバを壊した唐木を笠井さんがユーフォニウムにもらったとこ、永倉が部活をやめたとこ。しかし吹奏楽部がいくら人数多いからって、こんなに辛い人生を送る人が多いもんかね。ちょっともう一回読みたいわ。安野先生と来生の関係がいまいち分からん。
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せつないねぇ…
振り返ると充実して楽しかったあの頃から20年以上、みんなそれぞれ想像もつかいないような人生を歩んできた。もう少し幸せな人がいてもいいような気がするけど、現実はこんなものか。未来から見ると学生時代は本当に輝いているよね。
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全体のバランスや構成の美しさという点では今ひとつか。テーマは万人にFitできるもの、いくら惜しんでも、いとおしくても、そのままの形では二度と残らない。でも何かしら共通の記憶(この場合は、いっしょに音楽をやっていたこと)のキーがあれば、そのキーを取り戻すことで、人生を二度以上、何度でも生きることができる可能性がある。
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小学校でちょっと齧っただけだったけど、楽しかったブラバン時代を思い出した。ブラバン時代に限らず、その後の学生時代・部活動生活と重なるところがあり、とても懐かしく思えた。
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高校時代のブラスバンド部のエピソードと、彼らが大人になってからのエピソードが交互に描かれる懐古小説。
ブラスバンド部の独特の雰囲気とか、ピリピリした青春の感じと、理想通りには生きられなかった大人時代のコントラストがほろ苦い。
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大人の青春譚。
四十代に入った中年が高校時代を振り返り、吹奏楽部再結成に向かう話。
私はブラバン経験もないし、楽器も作中の音楽もてんでわかりませんでしたが、「ああ、青春の振り返りは甘いもので、けど現実に戻ったときの衝撃も大きいなぁ」と感じた作品でした。
年月が経って変わらない人もいれば、音信不通の人もいる、変わり果ててリスカする飲んだくれになっている者もいる。
発案者の桜井さんは土壇場で披露宴取りやめで、クライマックスは悲しみに溢れてしまう。
主人公も順風満帆とは程遠く、振り返った後は悲しみが残るような感じで描かれていました。
割と救いが無い人は完膚なきまでに無いよなぁ…
特に先生…
流産した子はやっぱり来生の子だったのかな?
それもひとつの人生で、宝石のように大事に取っておける青春を過ごしたことはかけがえの無いものなんだなぁ。
私も高校よりは大学で部活に精を出した者で、今でもその思い出は宝石のように輝いています。
割と救いがなくて暗かったり、楽器、音楽の知識が必要で、登場人物が多くて読むのが大変でしたが、年を取ってから読むべき一冊です。
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実体験かと思うレベルのリアルさ
(起伏がない、音楽の話題に脱線しまくる、というあたりも含めて)
青春を完全に終えた年になったとき皆いろんな人生を背負って集まるんだな
この世に集まれない人すらいるのがかえってリアルだった。おそらくあともう少し歳をとればより味わい深いはず
Posted by ブクログ
懐古小説。高校卒業後20年以上経って吹奏楽部のメンバーをもう一度集めてブラスバンドを復活させる話。登場人物が多い。誰が誰やらわからない。マニアックな音楽の話と薀蓄と思い出がバラバラに配置される。一度読んだだけではわからない。
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中学高校の頃 感じたものをなんとなく思い出させてくれたような。楽器ほとんどやらないけどやる時の気持ちとか。まわりの男と女の子に関わる気持ちとか。そう なんとなく思い出させてくれたような。大人になってからのもどかしさとかも。ちょっとせつないです。
そう ジョンレノン。確かに亡くなるまでは堅かったようなイメージ。スターティングオーバーのアルバムから急に神に祀り上げられたような。気にもかけてなかったのに。人材とタイミングってのも音楽には必然なのかも。
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グレン・ミラーが終わったので僕は『アルルの女』をかけた。すっかり酔ってしまった風情の笠井さんが僕をつかまえていう。「他片くん、ビゼーはええねえ・ビゼーの曲は優しいねえ」ビゼーを優しいと感じる、あなたが優しいのだ、と僕は思った。
顔を上げると、父は亀岡さんと話しこんでいた。僕のかかえている楽器を指し、あれはコピー商品ではないのか、なぜ他社の楽器をコピーするのかなどと不粋なことを訊いている。
「あれは一つの完成形なんで、もはや改良の余地がないんですよ」と亀岡さんは無難に答えていた。「ヴァイオリンやピアノは、いまあ全部同じ形でしょう」
「ほいでもこうして見たら、エレキはずいぶん色んな形がありますね」
「あえて変わったんを好まれるお客さんもおってんです。基本はいま、息子さんが弾きよっての形です」
父は納得したように見えた。僕に近づいてきて訊いた。
「その形でええんか」
「あーうん」と、いちおう頷いた。形はフェンダーと同じだから、なんの文句もないのだが、良い楽器かどうかはまったくわからなかった。父は亀岡さんを振り返り、「この本物はありますか?」
「フェンダーですか」と彼はたじろいだ。壁の高い位置を示して、
「あそこに一本ございますが」本物のフェンダー・プレシジョンベース。塗装はサンドバースト。もちろん僕はその存在を知っていた。アホみたいに立ち尽くして眺めた日もある。今日のところは見ないようにしていた。フェンダーが一本しかない楽器店? と若い人は首をかしげるかもしれない。当時はあるだけでも凄かったのだ。「弾いてみたいね?」と父は僕に訊いた。僕はぽかんとなってしまい、返事ができなかった。
「あれを弾かせてやってください」
「かしこまりました」
亀岡さんの言葉つきや動作は豹変し、父の十数年来の忠実なしもべのようになった。
「あの程度の女に惚れてしもうて、アホな男じゃ思いよろうが」
「ーーいえ」
「言い訳せんでもええ。顔を見りゃわかる。お前はそういう人間じゃ」
「誤解ですよ。桜井さんにも来る途中、意地が悪いいうて言われました。なんでなんでしょう」
「思うとることを口にださんけえよ。相手が見て欲しい部分じゃなしに、見てほしゅうない部分をさきに見つけて、しかも黙ったままでおるけえよ。それがみな怖いんじゃ。お前の先輩としてふるまうんはプレッシャーじゃった。ダイでさえお前は怖い言いよった」
「すまんの。いちおう上に相談したが無理じゃった。その代わりというわけじゃないが」彼は窮屈そうなポロシャツの胸ポケットから折り畳んだルーズリーフを取り出し、テーブルの上に広げてこちらに向けた。B♭cl(3)、Fl(2)、A.sax(1)、T.sax(1)、ーー。僕が全部読みきらぬうちに彼は続けた。「典則で長いこと使われとらん楽器のリストじゃ。何年もケースを開けとらんらしいけえ、修理が必要かどうかすらわからん。つまり音楽室からときどき消えても誰も気づかん。岸田先生以外は」僕は息を吸い上げた。
「頼んでくれたんか」
「べつに頼んじゃおらん。なんべんか一緒に飲みにいっただけじゃ。もし他片くんや桜井さんがもういっぺん頭を下げにいっとったら、同じ紙を渡されたろうよ」
僕は黙ってこうべを垂れた。
「やっと後輩じゃいうのをカミングアウトしたよ。儂も確かにあのクラブにおったもんの」
「おったよ。中心におったよ」
「なに言いよんや。こっちが永倉を追いかけとったんじゃ。まだ追いつかん」彼は頭を振った。それから腕時計を見て、行かにゃ、と腰を上げた。
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かけがえのない青春時代、とはよく言いますが、時を経て振り返るときになればあえてそれを実感するもの。当時は今を生きるだけで精いっぱいだった。そしてそれで良かった、そんな時代。大人になったらそんなわけにはいかないから、そのがむしゃらに打ち込んでいたモノがあったあの頃がとても眩くも感じられる。
…そういうことをほろりほろりと思った、ブラバンに打ち込んだ高校生時代と現代を行き来しながらつづられるかけがえのない日々の物語。
広島弁の温かみが味わいがあって良かったですし、シニカルで容赦もあんまりない25年後の現在の人々の姿もかえってリアルで親近感もあります。
みんなその時その時一生懸命に日々を生きていて、今も昔もうまくいかなかったりもしたけれど、それでもかけがえのない音楽と絆がある、そのうつくしさを感じたのでした。
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ブラバン小説というと…「楽隊のうさぎ」とか、現役中高生を主役にしたものが思い浮かぶ。
でも、これは「その時」から遠く離れた大人からの物語。
着実な人生を歩む者、消息不明の者、そして死んでしまった者。
それぞれの人生が重なり合って、複雑な色合いが見える。
現役のブラバン中高生が読んだら…あまり面白いとは思ってくれないかも。
バンドを舞台にするだけに、登場人物が多く、また時間が交錯するので、うっかり読むとすぐにわからなくなる。
自分よりもちょっと上の世代がモデルなようだ。
ほぼ同世代の方が読んだら、その時代の空気を思い出せて、また別の面白がり方ができるのかもしれない。
私もブラバンで「弦バス」を担当したこともあって、楽器にまつわる話はちょっとわかる部分があるけれど…
やっぱり楽器に穴をあけてしまう件は、どうも感覚的に受け入れられなかった。
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うちの嫁さん、高校の時分、ブラバンやってて野球の応援で甲子園にも行ったとか。楽器が弾けたらよいよね。
私自身、不器用なので、もうハナからチャレンジすることもないのだけれど、何せ私らの世代フォークソング全盛で、ギター弾けたらそれだけで格好良かったからね…。
この本、高校時代にブラバンに所属した主人公たちが、卒業後25年経ってからメンバーの結婚披露宴をきっかけに再び集まって演奏しようするお話に、高校時代の回想が挿まって進む。
それぞれの章立て毎に使われている曲は知ってるものもあれば知らないものあるけれど、なんとなしにも良いなあという感じが伝わる。
回想の舞台となった1980年というと、私にとっては、ヒッチコックが亡くなり、オペックホースがダービーに勝ち、百恵ちゃんと王選手がそれぞれの世界から退き、米大統領選挙でレーガンがカーターに取って代り、そういうニュースを横目で見ながら、新入社員として実習に励んでいた訳で、他にもこういうことがあったのね、ということをなぞりながら読む。
書かれているように、確かに“あらゆる音楽が今よりも高価で、気高く、目映かった”。“音楽の時代だった”よねぇ。
そういう訳で、舞台設定も時代背景も凄く惹かれるところがあったのだけど、う〜ん、読み進めてもこちらの期待ほどに盛り上がらん。
楽器の種類も多く、学年も跨り、登場人物が多くなるのは仕方がないのだけれど、イマイチ、キャラ立ちに乏しい人も多くて、巻頭の登場人物一覧と行ったり来たり。
父からギターを買ってもらう件りやローマ法王のお話を聞きに行く場面をはじめとして結構いい話も多いのだけど、後半、安野先生との話とか玉川や普天間との挿話などちょっと生臭過ぎて、人生って、こういうもんかも知れんけど、ここはそれ、グレン・ミラーばりに軽妙洒脱にスイングして欲しかったで。