【感想・ネタバレ】松永久秀と下剋上のレビュー

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ネタバレ

Posted by ブクログ 2020年03月15日

三好長慶の忠実にして優秀な部下であった久秀が書かれている。その能吏っぷりは、梟雄として日本人の全ての人がもつ先入観を吹き飛ばした。
改元という重責を懈怠する、将軍資質に欠けたる義輝は、度重なる邪な動きをするものの、永禄元年には一応久秀と友好関係を結ぶが永禄5年には対立となる。
永禄6年には大和支配が...続きを読むかなうが直生に後見的役割をしてきた三好長興が若くして亡くなり、三好家は義継が後継となる。大殿長慶が亡くなり、久秀は息子の久通に家督を譲り、義継と久通の若い主従関係に後を任せるのだが・・・
永禄8年、実質幕府であった長慶・久秀の統治体制をさらに権威づけを試みたのか、三好三人衆と義継・久通は足利幕府を打倒として義輝を暗殺する。
目から鱗であったのが、他の兄弟は三人衆らが殺害していることから、義昭の命も風前の灯火だった・・・それを保護したのが久秀、つまり義昭の命の恩人だったこと。
この前提から、信長上洛により義昭将軍への道筋を作ったのは、(脱出した事実はあるが)義昭本人が、多くの大名に連携策を働きかけ、永禄9年には久秀も信長・義昭と同盟していた。(実現まで2年、久秀大丈夫か~)
(本文内容忘れたが)その情勢を見て義継・久通は三好三人衆と離反し親子対立は解消して手を取り合って信長に与力して、永禄11年大和支配認可される。
(5年ぶり、さすが久秀パパ)
久秀娘も信長へ接近させ、義昭妹も主君三好義継に嫁ぎ同盟は頑強なハズだったが、元亀2年、義昭は久秀のライバル筒井順慶にも養女を嫁がせ、バランスは崩れた。久秀離反・・・信長の敵となり悪名を受け現代に伝わる。

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Posted by ブクログ 2018年11月10日

詳細に資料に当たられた学術的な本であるが,とても読みやすく(名前は紛らわしいが)面白い.今まで信長側からこの時代を見ていたが,確かに三好側から見るとこのようで,久秀のあり方に深く納得した.下克上の意味の捉え方も意味深い.

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