あらすじ
2013年、水俣を訪問した天皇皇后と、水俣病患者の歴史的な対話が実現。その背後には、皇后美智子と石牟礼道子、「ふたりのみちこ」の深い信頼関係があった。戦後70年、水俣は癒されたのか。天皇皇后とはいかなる存在なのか。深く問い直す傑作ノンフィクション。
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Posted by ブクログ
ノンフィクション作家の著者が晩年の石牟礼道子と皇后美智子との交流の軌跡を綴った一冊。2013年10月の明仁天皇・美智子皇后による水俣訪問と胎児性患者をふくむ患者との面会に至る経緯から、明仁天皇・美智子皇后の水俣に対するひとかたならぬ思いを読み取っていく。現皇后の祖父がチッソの社長・会長として、水俣病患者たちと対峙したこと(より正確には、きちんと向き合おうとしなかったこと)は知らなかった。終章は、水俣病をめぐる運動史のある立場からの「おさらい」として勉強にもなった。
著者も強調しているように、天皇・皇后と会ったことで問題が解決するわけではない。しかし、この本に出て来る当事者関係者が一様に、心理的な充足感を得ているのはどうしてなのだろう。著者は水俣の運動家たちを、「義によって助太刀いたす」という義理人情に支えられた民俗的な土台の上に立った運動とまとめているが、まさにそのようなものであったから、天皇・皇后の「承認」が重要なのだというのは、いささか話が出来すぎている気がしないでもない。
Posted by ブクログ
『苦界浄土』を読み終わった直後にこの本に出会った。
タイトルにある”皇后美智子”のエピソードよりも、水俣病をめぐるできごとをなぞっていく部分が『苦界浄土』だけでは見えなかったところまで見せてくれてありがたかった。
Posted by ブクログ
水俣病と、ふたりの「みちこ」の巡り合い。
これを読んでいると、天皇という人の、象徴なんて生やさしいものではない、願われた力を感じた。
自身の言葉を喪った存在、そんな辛辣な書き方をされながらも、自らが足を伸ばし、手を差し伸べることで「何が変わるのか」をとても幅広い所まで見据えているような意志があった。
石牟礼道子もまた、「変える」側の人として、先頭に立ちながらも、皇后からかけられた言葉をずっと胸に抱いていたのだろうと思う。
こうしたあたたかな協同の思いが描かれてから、一転して、終盤に向けてチッソと被害者たちの戦いが語られてゆく。
本当に、生きるか死ぬかを賭すような意気込みで、会社に乗り込んでいく人々を描写から感じていた。
大会社、国というものの得体の知れなさ、それは東日本大震災の原発事故でも感じたものに通じる。
人間が作ったはずの、大きなものに、今度は人間が蔑ろにされて、立ち上がる気もなくしてしまう。
そんなことが、きっと本当は沢山あるのだ。
立ち上がる気をなくした人々が沢山いる。
ノブレスオブリージュという言葉をここに当てはめながら、象徴を力に変えるのは、良きにつけ悪しきにつけ、人の思いなんだろう。