あらすじ
渋カジは、1967~1977年生まれのおよそ10年の世代が経験した大きな流行で、戦後のアメカジの流行のなかで最も規模の大きいものだった。主な担い手は1971~74年生まれの団塊ジュニア世代(世代人口は800万人超)。男女共通の流行としてまるで"学外の制服"のように、世代全体で楽しんだのである。本書は、日本のファッション史の貴重な記録であり、この世代の青春時代の"回顧録"でもある。
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Posted by ブクログ
漠然と認識していた「渋カジ」の誕生の経緯やスタイルの変遷を追った本書。それによると、渋カジという言葉が生まれたのは1988年ごろで、チェックメイトやホットドッグプレスなど雑誌を通じて全国に広がった。それ以前の1985年からのアメカジが洗練されていったスタイルだという。85年はDCブランドブームの頂点。そこにストリートの流行としてアメカジが登場する。DCブランドに広告をもらっていた雑誌も、その流行を追随する。ちょうど団塊ジュニア世代がおしゃれに目覚めた時期もあって、巨大なムーブメントになったという。終焉は92年とされている。
チームオーダーのスタジャン、ジョッパーズパンツから始まり、リーバイス501
MA-1、アヴィレックスのB-3、レッドウイングのエンジニアブーツ、オシュコシュのワークシャツ、襟を立てたフレッドペリーのポロシャツ、10ボタンヘンリーネックシャツ、ニューバランスM1300、M996、M576など高級スニーカー、ウールリッチのマウンテンパーカー、LLビーンのフィールドコート、「キレカジ」は、ラルフローレンやブルックスブラザーズの紺ブレ、ティンバーランドのスリーアイクラシック、ラルフローレンのブラックウオッチ柄のショルダーバッグ、レスポートサック、「ハードアメカジ」はバンソンの革ジャン、ベルボトムにブーツ、ゴローズのインディアンアクセサリー
こうして挙げられたアイテムだけ見ても懐かしさが漂う。服装の好みは若いころに着ていたものに影響されると思うが、確かに私もヘインズのTシャツや、リーバイス501、ラルフローレンのポロシャツはいまだに着ているし、ベーシックで良いものと刷り込まれている。
一方、渋谷といえばチーマー。原型は、84年ごろに明大中野の遊び好きの高校生が作った「ファンキーズ」だったという。最初は都内の有名私立高校に通う頭が良くておしゃれで不良の集団が、メディアに取り上げられ、首都圏各地から集まってくる烏合の衆に。そして凶悪化し、95年の一斉取り締まりで事実上、渋谷からチーマーが消えたとしている。
服装の好みは若いころに着ていたものに影響されると思うが、確かに私もヘインズのTシャツや、リーバイス501、ラルフローレンのポロシャツはいまだに着ているし、ベーシックなものと刷り込まれている。東京にいなかった私ですらも、雑誌を通じて同時代体験をしていた。団塊ジュニアほどの巨大な塊となる世代がない今、もうこんなファッションムーブメントはなかなか起こらないのだろうなと感じた。