あらすじ
「すみれがぼくにとってどれほど大事な、かけがえのない存在であったかということが、あらためて理解できた。すみれは彼女にしかできないやりかたで、ぼくをこの世につなぎ止めていたのだ」 「旅の連れ」という皮肉な名を持つ孤独な人工衛星のように、誰もが皆それぞれの軌道を描き続ける。 この広大な世界で、かわす言葉も結ぶ約束もなくすれ違い、別れ、そしてまたふとめぐりあうスプートニクの末裔たちの物語。
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Posted by ブクログ
まだ読んだことのない作品の方が多いけれど、今まで読んだ村上春樹作品の中でいちばんすき。日曜日の夜、明け前にすみれが記号と象徴の違いを電話で僕に問う一連のやりとりがすごく気に入ってしまって、何回も読んだ。
僕 がすみれに色んなこと(「何かを学ぶときに、 一度それはそうゆうものだと受け入れないと進まないことと、きちんと理解しないと進まないことがある。 」とか、 「簡単に説明できることには落とし穴がある。あまり急いで結論に飛びつかないほうがいい。」とか)昼夜問わず丁寧に言葉を選んで教えてくれるたび、純粋な心配からの忠告に感じたり、すみれに対する想いゆえの祈りに感じたりもした。でも、ずっと優しくて良い人だな、と思った。
果たされなかった約束を、「美しい約束の多くがそうであるように、」と言ったり、好きな表現や会話がたくさんあった。終わり方も好きだった。
Posted by ブクログ
キーパーソンの消失、海外に飛ぶ、啓示を得るみたいな流れは著者の他作品でもあるけど、この作品は中でも展開が早く、最後はすみれが戻ってくるところが良い。こちら側とあちら側の話も、生と死みたいな重いテーマよりは、今作のような性欲の有無みたいな方が自分の中では自然と馴染んだ。全体的にファンタジー要素を少し入れた現実路線の話で、「ノルウェイの森」が好きな自分には合っていた。達成されないすみれの想いやミュウの過去、僕のすみれへの慕情など絶対にくっつくことがない三者の心象描写も上手くて、恋愛小説としても新しく感じた。
Posted by ブクログ
読んでいるときは何の話なのか分からなかったけど、書いて考えてみた。
他人と分かり合えないこと。
それを乗り越えること。
色々な人と関わる中で、分かり合えないことが出てくる。私たちは分かり合えないということを知ることで、他人と本当に生きていくことができる。
ミュウは、強い人間で、一人でうまくやれる力がある。他人を必要とする経験が少なく、人との深い関わりに欠けたのかもしれない。
だからこそ、14年前の体験から、半分自分が持っていかれたまま、今も過ごしている。
すみれは、世間でいう欠陥があるのかもしれない。でも、だからこそ、僕と心で深く繋がっていたし、ミュウに激しく恋におちた。
ミュウヘの激しい恋心は、叶うことがなかった。それによって、一度はすみれの心は分断する。でも、すみれは、僕との関わりを通して、人といることの大切さを知っていたのだと思う。
だからこそ、他人と分かり合えないことを乗り越えて、こちら側の世界に戻ってこれた。
自分も、大切なことは一人で考えてきたし、一人でやっていくしかないのだと、子供の頃から思っている。この本を読んで、自分の中にあったそういう考え方を思い出した。
今でもそう持っているけど、分かり合えないから諦めるのではなくて、分かり合えないという前提で人と関わるという視点が大切なのかもしれない、と思ったりした。
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「ぼくは子供の頃からずっと一人で生きてきたようなものだった。家には両親とお姉さんがいたけど、誰のことも好きになれなかった。家族の誰とも気持ちが通じ合わなかったんだ。だからよく自分のことをもらい子じゃないかって想像したものだった。」
「学校でも親しい友だちは何人かいたけれど、心を開いて話をできる相手にはめぐり会えなかった。毎日顔を合わせれば適当に話をして、いっしょにサッカーをやっていただけだ。何か困ったことがあっても、誰かに相談なんかしなかった。そういうのが当たり前だと思っていたんだ。人間というものは、結局のところ一人で生きていくしかないものなんだって。
しかし大学生のときに、ぼくはその友だちと出会って、それからは少し違う考え方をするようになった。長い間一人でものを考えていると、結局のところ一人ぶんの考え方しかできなくなるんだということが、ぼくにもわかってきた。ひとりぼっちというのは、ときとして、ものすごくさびしいことなんだって思うようになった」
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「それはきっと、あなたが誰かになにかを期待したりしないからなのね」と彼女は言った。
その目は深く、澄んでいた。最初に彼女に出会った夕暮れの闇のように。
「わたしはそうじゃない。でもわたしはあなたのことが好きよ、とても」
Posted by ブクログ
美しかった。
たくさんのことを語っているようで、実はなにも語っていないようで、でもやっぱり大切なことを語っている小説だと感じた。
物語としてなのか文章としてなのかはわからないけれど、心に残って離れないシーンがいくつもある。
305 本当のことを言えば、ぼくがそのときに考えていたのは、いろんな人ではなく、すみれのことだけだった。そこに存在した彼らではなく、我々でもなく、不在するすみれのことだけだった。
313 ぼくらはこうきてそれぞれに今も生き続けているのだと思った。どれだけ深く致命的に失われていても、どれほど大事なものをこの手から簒奪されていても、あるいは外側の一枚の皮膚だけを残してまったくちがった人間に変わり果ててしまっていても、ぼくらはこのように黙々と生を送っていくことができるのだ。手をのばして定められた量の時間をたぐり寄せ、そのままうしろに送っていくことができる。日常的な反復作業としてー場合によってはとても手際よく。そう考えるとぼくはひどくうつろな気持ちになった。
314 すべてのものごとはおそらく、どこか遠くの場所で前もってひそかに失われているのかもしれないとぼくは思った。すくなくともかさなり合うひとつの姿として、それらは失われるべき静かな場所を持っているのだ。ぼくらは生きながら、細い糸をたぐりよせるようにそれらの合致をひとつひとつ発見していくだけのことなのだ。ぼくは目を閉じて、そこにあった美しいものの姿をひとつでも多く思い出そうとした。それをぼくの手の中にとどめようとした。たとえそれが束の間の命しかたもてないものであったとしても。
Posted by ブクログ
人と別れても、きっとその人は同じように社会を構成する歯車として、匿名的な何かとして、少なくとも社会の一員として機能し続ける。
「ぼく」はそうじゃないみたいだった。最後まで名前はわからなかった彼には、ずっと精神の核にすみれがいたし、冒頭のすみれの恋のようなドラマチックな展開で彼はすみれを失った状態から回復する(失った状態から回復する、という意味の言葉はあるかな?奪回とかだろうか?でも違うな、すみれはすみれ自身で彼にたどり着いたんだ)。
孤独は苦手だ。この本を読みおえて、顔を上げて、世界を見渡して、デジタルデバイスで人との繋がりを確認したとしても、彼とすみれに匹敵するような関係の人はいないし、そんなことはとうの昔から─と言いたかったけれど、わたしは最近このことに気づいたのだった。孤独でない状態の、幸せの味、オキシトシンの味を知っているから、余計に寂寥がわたしを襲う(ちなみに寂寥という言葉はこの本で初めて知った)。
でもきっと、わたしに足りないものなんて存在しないと信じたいけれど、わたしと人々との関係を維持したり向上させたりする努力が足りないのかもしれない。わたしは億劫になっている。人間関係の失敗が怖いのだ。原因は分からない。
ここまで来るともう感想じゃない。わたしが嫌いな人間ランキングTOP5を発表するとすれば、楽曲「ヴィラン」のコメント欄にいるポエマーとか、そういうのに近い存在だから、今のわたしは片足を突っ込んでいることになる。
この本をきっかけに、わたしを見つめて、わたしと対話して、時には夢も見ていいから、わたしの恐怖心の正体を突き止められたらいいと思う。
Posted by ブクログ
やっぱり読んでいると気持ち良いな。ちょっと面白い主人公とすみれの関係が良かったな~。夜中に電話をかけてきたり小説を持ち込むすみれに穏やかな雰囲気の僕。村上春樹はちょっとクセになる。
Posted by ブクログ
ギリシャの描写がよく描かれており海外に行った気分になれた
精神世界の話を書いていた
ある日突然人は変わってしまう
だけどすみれを信じて待つ主人公がすてきだなとおもった。
不思議な気持ちになる本だった。
Posted by ブクログ
こちら側とあちら側の世界。消滅。
この小説を読んで感じたテーマである。
主人公の僕はすみれという女性にいわば恋愛感情を抱いていた。しかしすみれはそうではない。
そんなすみれがたまたま親戚の結婚式会場でミュウと出会う。
すみれとミュウはギリシャの島に滞在していたところ、すみれは姿を消してしまう。
ある日の夜をきっかけに。
すみれはミュウを肉体的に求めていた。しかしミュウはそれを受け入れ難かった。
すみれは‘煙のように’消滅してしまったのだ。
それがスプートニクの恋人というタイトルにも繋がっているのだろう。
この小説を読んで、すみれは不完全であまりにも未熟な人間だが、うちなる部分にはとても成熟した人間性を感じる。
「考えてみれば、自分が知っている(と思っている)ことも、それをひとまず「知らないこと」として、文章のかたちにしてみるーそれがものを書くわたしにとっての最初のルールだった。…わたしたちがもうたっぷりと知っていると思っている物事の裏には、わたしたちが知らないことが同じくらいたくさん潜んでいるのだ。
理解というものは、つねに誤解の総体に過ぎない。…」
「知っていること」と「知らないこと」が混沌としている世界。
あちら側とこちら側の世界。
私はミュウが観覧車からみた自室の自分の姿を重ねて考えてみた。
実際それは偶像に過ぎないのかもしれないが、いわば自分を客観視することと似ているのかもしれない。
そしてその偶像は自分へ襲いかかる。
自分が選択しなかった世界線でのもう1人の自分、ではなく、同じ世界線に(ミュウの言葉を借りるのであれば鏡で隔てられた自分)存在するという考え方はとても興味深かった。
Posted by ブクログ
・こちら側の世界とあちら側の世界が物語の鍵となっている。
・最後、すみれは「何かの喉を切って」こちら側の世界に戻ってきたのだろうか。
・『海辺のカフカ』も、同じような2軸の世界の話であったし、本作も村上春樹の世界観を感じられる物語だった。