あらすじ
アメリカ合衆国は「移民の国」──誰もが口にするこの国のかたちは、いかに形成され、どう変貌してきたのか。移民を近代世界のグローバルな人流のなかに位置づけ、また日本や中国などアジア系移民の歴史経験に着目して、アメリカ史をとらえなおす。トランプ政権下で揺れ動く〈いま〉を考えるためにも求められる、歴史的視座。
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Posted by ブクログ
クレーブクール
アメリカの随筆家。フランスのノルマンディーの小貴族の子に生まれ,青年時代カナダに渡って,英仏の植民地抗争に加わったが,その後ニューヨーク植民地に移り,1765年市民権を取るとともに,アメリカ女性と結婚,買い求めた農園で,平和で牧歌的農耕生活を始めた。そうした自分の体験と見聞を基に《アメリカ農民の手紙》(1782)を書き,そこで〈アメリカ人,この新しい人間は何者か?〉という有名な問いを発し,新しい環境で新しい理念と社会制度に生きる〈新しい人間〉というアメリカ人像を主張することによって,この後繰り返し書かれるアメリカ論の原点となった。78年,独立革命の混乱のさなか,王党派を支持した彼はヨーロッパに戻り,彼の〈アメリカの夢〉はいったん破れることになるが,独立後は再びフランス領事として渡米し,米仏両国の友好関係の発展に尽力した。
貴堂 嘉之
(きどう よしゆき、1966年 - )は、日本の歴史学者。専門はアメリカ政治社会史など。一橋大学大学院社会学研究科長・教授。アメリカ学会清水博賞受賞。東京大学大学院総合文化研究科非常勤講師、日本アメリカ史学会運営委員会代表、同学会編集委員会代表、ジェンダー史学会代表理事を歴任。東京都生まれ[1]。1989年東京大学教養学部卒業。1992年東京大学大学院総合文化研究科地域文化専攻修士課程修了。1994年コロンビア大学大学院歴史学部博士課程中退、東京大学大学院総合文化研究科地域文化専攻博士課程中退[2]。1994年東京大学教養学部助手。1995年千葉大学文学部史学科専任講師。2000年同助教授、サンフランシスコ州立大学アジア系アメリカ人研究科客員研究員。2002年一橋大学大学院社会学研究科総合社会科学専攻歴史社会研究分野(社会史アメリカ)助教授。2010年同教授。2012年から2013年及び2013年から2014年まで東京大学大学院総合文化研究科非常勤講師[2][1][3]。2020年一橋大学大学院社会学研究科長・社会学部長[4]、一橋大学ジェンダー社会科学研究センター共同代表[5]。専門はアメリカ合衆国の政治社会史などで、2003年度に日本アメリカ史学会運営委員会代表、2007年度から2008年度まで日本アメリカ史学会編集委員会代表を務めた。2012年には『アメリカ合衆国と中国人移民―歴史のなかの「移民国家」アメリカ―』で東京大学博士(学術)の学位を取得。2013年同書でアメリカ学会清水博賞を受賞[2][6][7]。2015年世界遺産検定1級[8]。2020年から2022年までジェンダー史学会代表理事を務めた[5]。
「また、九月五日には、オバマ政権が導入した移民救済制度 DACA ( Deferred Action for Childhood Arrivals) を、半年間の猶予期間を経て廃止する方針を打ち出した。 DACAとは、子どもの時に親に連れられて米国に来た「不法移民」の若者(「ドリーマー」と呼ばれる)に対して、強制国外退去を二年間延期し、就労許可を与えるもので、約八〇万人のドリーマーの立場がいま危うくなっている。トランプは、「私は愛情と思いやりで DACAを解決すると言ってきた。しかし、我々は、職がなく苦悩する忘れられたアメリカ人に対しても愛情と思いやりを持たねばならない」と主張し、 DACAの廃止を「アメリカ人のための雇用を取り戻す」公約の一環と位置づけた。 こうしてみてくると、トランプ大統領の移民政策は、たしかに、アメリカが長年築き上げてきた移民受け入れの根本ルールの改変を試み、移民・難民を世界中から遍く受け入れる「移民国家」という例外主義 ( Exceptionalism) 世界史においてアメリカが特別の使命を背負った例外的な国だとする考え からの脱却を目指す動きにも見て取れる。」
—『移民国家アメリカの歴史 (岩波新書)』貴堂 嘉之著
「では、トランプ政権下で起こったこの移民国家アメリカの混乱ぶりは、日本からみてどう映っているのだろうか。幕末の黒船来航から今日まで、アメリカの動向に特別の眼差しを向けてきた日本人は、移民国家アメリカの歴史をどう理解し、何を学んできたのだろうか。 アメリカは言わずと知れた世界最大の移民受入国である。連邦政府が移民統計を取り始めた一八二〇年から二〇〇九年までの一〇年ごとの移民数を示した図 0‐ 2にあるように、約二〇〇年で移民総数はのべ約七五三六万人に達する。ハーバード大学の歴史家オスカー・ハンドリンは、アメリカ史の古典『根こそぎにされた者たち ( The Uprooted) 』(一九五一年)の冒頭で、「私はアメリカの移民の歴史を描こうとし、移民こそがアメリカ史そのものであることがわかった」と書いている。」
—『移民国家アメリカの歴史 (岩波新書)』貴堂 嘉之著
「アメリカ史は長らくこの「移民の歴史 =アメリカ史」という等式を自明のものとし、移民が主役の国、アメリカは「抑圧されし者の避難所」という自画像を核心に据えてきた。昔も今も、「アメリカとは何か?」という究極の問いへの答えの一つは、移民が作り上げた「移民の国 ( a Nation of Immigrants) 」という例外主義的な国民国家像なのである。 日本でも、日系人史を中心にアメリカ移民史研究には豊かな蓄積がある。しかし、移民国家アメリカの全体像を見据えた歴史がどこまで研究され、学ばれているかと言えば、それはかなり断片的なものとの印象がある。」
—『移民国家アメリカの歴史 (岩波新書)』貴堂 嘉之著
貴堂嘉之先生の「移民国家アメリカの歴史」は、近代世界システム下でのグローバルな世界史として米国移民史を解き直す良書。
「筆者は高校世界史の教科書執筆に関わっているのでよくわかるが、教科書の場合、紙幅の関係もあり、書きたいことをすべて書き込めるわけではない。アメリカ合衆国がそもそもいつ「移民国家」となったのか。植民(者)、移民、奴隷、難民はそれぞれどう違うのか。独立宣言や合衆国憲法に謳われている自由や平等の理念と、移民国家としての成り立ちはどのようにつながっているのか。合衆国市民の市民権は法律上どのように定義づけられ、なぜ「出生地主義 ( jus soli) 」の原則が採用されるのか。こうした移民国家の根幹に関することは教科書では描けていない。」
—『移民国家アメリカの歴史 (岩波新書)』貴堂 嘉之著
「学生たちに授業でアメリカ移民史を話していて常々感じるのは、トランプ政権下での移民問題をめぐるゴタゴタをむしろ反面教師のように捉え、日本政府が移民・難民の受け入れに厳格な政策を採ってきたことを評価し、移民国家アメリカの問題を自分たちとは切り離して、学生たちが理解しようとする傾向である。 しかし、一九九〇年の入管法改正以来、すでに日本は一三〇万人を超える実質的移民を受け入れてきており、多文化社会化は現在進行形である。現在まで、日本政府は移民政策を採らないとしつつ、外国人材を受け入れ続けているが、そうした社会統合政策を欠いた施策が今後も通用するとは思えない。かつては戦後ヨーロッパ諸国も、「私たちは移民国家ではない」と主張したものの、大量の出稼ぎ外国人労働者を受け入れ、その多くは労働契約が切れても帰国せず家族を呼び寄せ、定住する結果となった。」
—『移民国家アメリカの歴史 (岩波新書)』貴堂 嘉之著
「筆者の立場をあらかじめ明確にしておけば、少子高齢化が進む日本社会は遅かれ早かれ、移民受け入れを宣言するときが必ず来ると考えている。国籍や人種、民族、ジェンダー、セクシュアリティなど、多種多様な背景をもつあらゆる人々が「共生」する日本社会をつくりだすには何が必要なのか。その共生の技法の学びにも、アメリカ移民史ほど豊かな気づきの機会を与えるものはないはずだ。」
—『移民国家アメリカの歴史 (岩波新書)』貴堂 嘉之著
「もうひとつは、これまで神話化されてきた「移民国家」像を歴史的にしっかりと検証し直し、ヨーロッパ中心の「移民国家」論が前提としてきた「移民」概念や分析枠組みの問題点を修正するうえでも、アジア系移民史が重要な役割を果たすと考えているからである。 「移民国家」の神話とは何か。これについては第一章で詳述するが、一例として、ヨーロッパ人によるアメリカ文明論として知られている、ヘクター・クレヴクール(一七三五─一八一三)の『アメリカ農夫の手紙』(一七八二年)を取りあげておこう。 フランス貴族の家に生まれ、カナダを経てニューヨークに移住したクレヴクールは、アメリカで結婚し子どもをもうけた。独立戦争中にイギリスに渡り、アメリカ体験をもとにロンドンで出版したこの書簡集にて、彼は「ではアメリカ人、この新しい人間は、何者でしょうか」と問い、ヨーロッパの封建的な体制や伝統から解放された新しい自由の地で、すべての人々が一つに融け合う移民たちの社会的坩堝として、アメリカを描いた。 アメリカ移民史においては、この移民たちの楽観的な社会統合、すべての人々が同化しアメリカ化していくという見方を「クレヴクール神話」と呼ぶが、これがまさにアメリカ合衆国の「国民の物語」として長らく語り継がれてきたのである。」
—『移民国家アメリカの歴史 (岩波新書)』貴堂 嘉之著
「ではアメリカ人、この新しい人間は、何者でしょうか。ヨーロッパ人でもなければ、ヨーロッパ人の子孫でもありません。したがって、他のどの国にも見られない不思議な混血です。私はこんな家族を知っていますが、祖父はイングランド人で、その妻はオランダ人、息子はフランス人の女性と結婚し、今いる四人の息子たちは四人とも国籍の違う妻を娶っています。偏見も生活様式も、昔のものはすべて放棄し、新しいものは、自分の受け入れてきた新しい生活様式、自分の従う新しい政府、自分の持っている新しい地位などから受け取ってゆく、そういう人がアメリカ人なのです。彼は、わが偉大なる「育ての母」の広い膝に抱かれることによってアメリカ人となるのです。ここでは、あらゆる国々からきた個人が融けあい、一つの新しい人種となっているのですから、彼らの労働と子孫はいつの日かこの世界に偉大な変化をもたらすでしょう。 (『アメリカ農夫の手紙』第三の手紙、一七八二年)」
—『移民国家アメリカの歴史 (岩波新書)』貴堂 嘉之著
「物語の最後で、主人公が安アパートの屋上から自由の女神を眺めつつ口にするのが、「坩堝」という言葉である。「アメリカは神の坩堝」、「ヨーロッパのあらゆる人種が融けあい、再形成される偉大な坩堝。 ドイツ人もフランス人も、アイルランド人もイギリス人も、ユダヤ人もロシア人も、すべて坩堝のなかに溶け込んでしまう。神がアメリカを造っているのだ」と。 序章でふれたフランス人作家クレヴクールの『アメリカ農夫の手紙』(一七八二年)が、同じ坩堝論に連なる古典として読み直され、注目を浴びたのは、まさにこの時期のことである。また坩堝論の系譜でもう一人忘れてはならないのは、『アメリカ史におけるフロンティアの意義』(一八九三年)で有名な歴史家、フレデリック・ジャクソン・ターナー(一八六一─一九三二)である。 ターナーは、フロンティアでこそ、アメリカ独自の個人主義、機会の平等、デモクラシーが生まれたと唱え、「フロンティアはアメリカ人にとって、複合的な国民性の形成を促した。 フロンティアの坩堝 ( Crucible) のなかで、移民はアメリカ化され、解放され、国民性も特性もイギリス人とは異なった人種へと融合されていった」と主張した。」
—『移民国家アメリカの歴史 (岩波新書)』貴堂 嘉之著
「こうして世紀転換期に登場する「坩堝」という国民統合の比喩の系譜をたどることができるが、序章でも指摘したとおり、坩堝に参入できる集団はヨーロッパ系白人に常に限定されていた。南北戦争から半世紀が経ち、人種隔離体制が完成するこの時期に、南北戦争は「奴隷解放のための戦争」の意義を失い、「白人同士の兄弟喧嘩」へと読み換えられ、退役軍人らによる南北和解が急速に進んだ。この南部白人と北部白人の和解がヨーロッパ系移民を含む白人限定の「坩堝」論の受容を後押しし、新たな国民創生の物語を誕生させた。それが、一九一五年に公開された大人気映画『国民の創生』( D・ W・グリフィス監督)である。クー・クラックス・クランが救世主となり国家が再生されるという、史実にもとづかぬ偽史に、国民は熱狂したのである。」
—『移民国家アメリカの歴史 (岩波新書)』貴堂 嘉之著
「国民的詩人となったラザラスの詩への賞賛は、自由の女神像の人気とも連動した。自由の女神像の来訪者は一九四〇年以降に急増し、ブームは戦後にまで続いた。エリス島の連邦入国審査施設が役割を終えて閉鎖された一九五四年当時でも、およそ八〇万人の来訪者があった。女神像の足下には国立移民博物館の建設計画が進められ、数年後にこの博物館は完成し、名実ともに移民国家アメリカの象徴として、移民出自の国民の記憶を公式に管理する場となった。 第二次世界大戦後ふたたび移民の波がアメリカに押し寄せてくると、一九六五年、リンドン・ジョンソン大統領は、ラザラスの「新しい巨像」の理想に忠実たらんと、それまでの移民制限を撤廃する。彼は自由の女神像の下で新法案に署名し、ラザラスの詩にふれ、「その最も素晴らしい伝統」に立ち返ると宣言したのであった(第五章参照)。」
—『移民国家アメリカの歴史 (岩波新書)』貴堂 嘉之著
「ケネディによる移民史の出版企画は、全米最大のユダヤ人団体、名誉毀損防止同盟 ( Anti -Defamation League) が執筆を持ちかけたことで始まった。その際、ハンドリンにも声がかかり、ハンドリンは自分の教え子のアーサー・マンに下書きを依頼したため、『移民の国』はハンドリン流の移民史が下敷きとなっているのだ。 ケネディの『移民の国』は、全七章からなる壮大な移民叙事詩であるといえよう。ちなみに、ハンドリンの『根こそぎにされた者たち』の副題は「アメリカ国民を作った大移住の叙事詩」である。『移民の国』は、移民の「貢献」がアメリカを作ったという論点を柱にして、アメリカが世界的にもめずらしい平等社会であることの要因として移民国家を指摘したアレクシ・ド・トクヴィルの『アメリカのデモクラシー』(一八三五、四〇年)や、アメリカを代表する詩人ホイットマンの「諸国民からなる国民」の引用など、これでもかとアメリカ論、文化論で立論を補強する。」
—『移民国家アメリカの歴史 (岩波新書)』貴堂 嘉之著
「人が国境を越えて移動することは、人類の歴史上、日常的に繰り返されてきた。世界史上、この人の移動が本格化し、大洋を渡るようになったのは、一五─一六世紀の大航海時代に入ってからのことである。その後、すでに各海域に形成されていた航路をつなぎあわせながら、ヨーロッパ資本主義のグローバルな拡大、いわゆる「近代世界システム」の展開があり、ヒト・モノ・カネの流通網が形成され、それら流通網の拠点に領事館などの外交施設が開設されていき、近代的な外交関係が成立していった。」
—『移民国家アメリカの歴史 (岩波新書)』貴堂 嘉之著
「ただし、サンフランシスコではもともと人種・エスニシティ別の棲み分けがあまりなされることなく、階級別に分化が進んだとされる。唯一、弁髪をたらし本国での暮らしを再現した生活を送るチャイナタウンだけが、異彩を放っていたといわれる。それ以外は、市を二分する大通りであるマーケット街の南側に貧しい労働者階級の混住地区が形成され、富裕層は丘の上のノブ・ヒル地区という具合に棲み分けが行われた。 このノブ・ヒル地区に大邸宅を構えたのは、大陸横断鉄道の建設で巨万の富を得た、「ビッグ 4」と呼ばれるスタンフォードらであった。ちなみに、この地区はチャイナタウンの西側に隣接する地域であり、この富裕層が住むノブ・ヒル地区の大邸宅と、対照的なチャイナタウンの阿片窟などをめぐるスラミング(スラム街をまわる観光)がサンフランシスコ観光の定番となった。」
—『移民国家アメリカの歴史 (岩波新書)』貴堂 嘉之著
「共和党急進派の政治思想は、自由労働イデオロギーや独立宣言にもとづく自然権思想、平等主義に則っていた。万人が「自由人の有する自然権」を有するとの憲法論を展開し、独立宣言に謳われている「生命、自由、および幸福の追求」の権利をすべての人に基本的人権として保障する、普遍的な権利保障を目指したのである。」
—『移民国家アメリカの歴史 (岩波新書)』貴堂 嘉之著
「戦後社会における日系人の社会的上昇において、この二世兵士の功績が果たした役割は決して小さくないものの、勲章に飾られた軍服を着た日系人とその家族にとって、第二次大戦とは何であったのか。戦場の英雄ダニエル・イノウエは、ハワイへの帰路、立ち寄ったサンフランシスコで理髪店に入り、亭主に「ジャップの髪は切らないよ」と言われ、本土の戦友の行く末を案じた。」
—『移民国家アメリカの歴史 (岩波新書)』貴堂 嘉之著
「 「移民の国」アメリカは、長らく移民法上は、「難民」と「移民」を区別せずにきた。ピルグリム・ファーザーズについては第一章で取りあげたが、宗教的迫害を逃れ信仰の自由を求めてアメリカにやってきた彼らは、「移民」というよりは「亡命者」や「難民」と位置づけられる存在である。また、自由の女神像の台座に刻まれたユダヤ系の詩人エマ・ラザラスの詩では、自由の女神像は「亡命者の母 ( mother of exile) 」と呼ばれ、政治的・宗教的迫害から逃れてきたすべての人々の避難所とアメリカを位置づけていることも、すでに第一章で述べた。」
—『移民国家アメリカの歴史 (岩波新書)』貴堂 嘉之著
「 戦後のアジア系移民の歴史は、たしかに全体としては、主流社会からの偏見を克服し、社会的成功を勝ち取る「成功物語」としての側面を持っている。白人層よりも平均所得が高い日系人はその象徴であり、「モデル・マイノリティ」としてステレオタイプ化されたことはすでに述べた。 しかし、アジア系アメリカ人を十把ひとからげに成功者として捉えるのには無理がある。インドシナ難民はみな全米平均より貧困率が高く、とりわけモン系は最貧層に位置している。「不法移民」はヒスパニックばかりでなく、その一〇─一一%はアジア系だということも忘れてはならない。「アジア系」とは誰なのか。その問いは、常にアジアの戦後の映し鏡なのであり、彼ら抜きに、移民国家アメリカは語れない。」
—『移民国家アメリカの歴史 (岩波新書)』貴堂 嘉之著
「一九六五年移民法改正後のアジア系移民が急増する第二幕の歴史までみたところで、もう一度、二〇世紀初頭に登場した「坩堝」論に って、その後の国民統合モデルを整理しておこう。 第一章で詳説したように、「坩堝」論とは同化主義を基本とする枠組みで、移民たちがヨーロッパから持ち込んだ民族性を捨て去り、「単一のアメリカ」へと移行するモデルである。しかし、「新移民」の大波を迎え入れた米社会には、エスニックな文化を肯定的に評価する文化多元主義 ( pluralism) が登場する。この思想を米社会に広く知らしめたのは、ユダヤ系哲学者ホレース・カレン(一八八二─一九七四)である。」
—『移民国家アメリカの歴史 (岩波新書)』貴堂 嘉之著
「カレンは、一九一五年に発表した論文「民主主義対坩堝 米国国民性の研究」で、民主主義は文化の尊重を保証するものであるとし、「アングロ・コンフォーミティ」や「坩堝」の同化論モデルを牽制し、移民の非同化を攻撃する移民排斥運動を批判した。彼は、移民集団をオーケストラの楽器に喩え、異なった音色を持つ楽器(エスニックな文化の固有性)がメロディを奏でて全体として美しい交響曲( =アメリカ)が生まれるように、移民は母語や民族文化を捨て去る必要はなく、それぞれの文化を保ちながら、アメリカニズムという主流社会のイデオロギーで統一されるのだとした。これに類似したモデルが、個々の野菜が素材としての味を維持しながら、全体として「サラダ」( =アメリカ人)ができあがるとするサラダボウル論である。」
—『移民国家アメリカの歴史 (岩波新書)』貴堂 嘉之著
「ユダヤ教では、まず神の絶対的な戒律としての律法があり、それを犯す人間の律法違反の罪がある。そして、そのような罪の贖い(ゆるし)のためには、供犠が必要となる。供犠とは、簡単に言えば「生け贄」のことである。そうした生け贄を神に差し出して、自分たちが犯した罪に対する罰を代理して受けてもらい、その代わりに自分たちは神からの罪のゆるしをもらう。こうした贖罪論は現代のキリスト教会でも広く共有されているが、もともとは律法違反の罪の贖いをめぐるユダヤ教の法律的な議論であった。 ユダヤ教における律法違反の罪とは、厳密に言うと、一つ、二つと数え上げることができる複数の「罪々」である。それらの「罪々」を贖うために、何らかの供犠、代償が必要とされる。旧約聖書によれば、人間の「罪々」は、贖罪の儀式のなかで子牛や山羊の血を神殿の祭壇に振りかけることによって贖われる。たとえば、旧約聖書の〈レビ記〉では、そのような儀式の次第が事細かに述べられている(とくに 16章 11─15節)。イエスが十字架上で流した血を「究極の代償」として理解する「イエスの贖罪」という考え方は、こうしたユダヤ教の贖罪論の延長線上にある。」
—『パウロ 十字架の使徒 (岩波新書)』青野 太潮著
「アジア系で最も著名な政治家は、これまでにも言及してきたハワイ州選出で元四四二部隊のダニエル・イノウエであろう。連邦議会で五〇年近く議員を務めたイノウエは、ウォーターゲート事件追及の陣頭指揮をとるなど、民主党上院の重鎮議員として活躍した。二〇一二年に八八歳で亡くなったが、ハワイで育ったオバマ大統領は弔辞で、マイノリティである自分が政治の道へと進むきっかけを与えてくれた人物だったと語っている。二〇一七年四月より、ホノルル国際空港は「ダニエル・ K・イノウエ国際空港」へと名称変更されたことも付言しておこう。 政界に進出しているアジア系は、日系、中国系、インド系だけではなく、モン族出身者、ラオス出身者、ベトナム出身者からも、若手政治家が生まれてきている。 マイノリティの人権を擁護し、社会正義を追求する社会運動においても、アジア系アメリカ人の活躍はめざましい。序章でも取りあげたフレッド・コレマツは、アメリカで最も名の知れた市民権活動家の一人である。」
—『移民国家アメリカの歴史 (岩波新書)』貴堂 嘉之著
Posted by ブクログ
アメリカという国を「移民」という観点から覗き、建国から近代、現代へと繋がる過程の中で、彼の国は移民をどのように捉え、時には受け入れ、排除し、動員してきたかについて見事に纏めている。
その中で果たして「移民」とは何であるのか、本当にアメリカは移民の国と言えるのか(伝統の創造)、ということは大きな学びとなった。
(その他にも多々重要な観点はあるものの、本当に重要な文章が度々出てくるので1-2ページごとにマーカーを引いてしまい、遅々として進まなかった)
本書は「新書」というジャンルにも関わらず、わずか250ページほどでこれだけ広範囲なテーマを扱い、尚且つ「アメリカにおけるアジア移民」という観点から、社会における差別構造がいかに作用してきたか、また建国前後におけるグローバルな人の移動を扱ったと思いきや、第二次世界大戦下における排日の取り組み、ベトナム戦争化におけるアジア難民についても取り上げるなど、その展開は多岐にわたる。
また、特に19-20世紀でのアメリカの国勢調査の人種分類表の精緻なデータの紹介など、話のスケールの大きさの中にも随所に正確な調査に基づいた知見が伺えた。
余談として、この本を読んでいる際、日本における外国人労働者を技能実習生として受け入れた際の劣悪な扱いについて「日本における奴隷制だ」というTweetを見て、ついドキッとしてしまった。
アフリカからの黒人奴隷をプランテーションの主たる労働力に充てた後、中国人、日本人を同様に建国後のアメリカの産業発展へとあくまでも「自由労働者」として動員した背景と正に重なるイメージが自分の中でオーバーラップした。
相違点は多々あるものの、過去から学び、現在を見る目として本書を通読したい。
著者の指摘にもある通り、日本の移民政策は避けて通れず、既に多くの「外国人」は日本社会に根付いているのだから。
黒人の人種差別について学ぼうと手に取った本の3冊目、恩師の紹介ということもあったが、果たして自分は描かれていることのどれくらいを自分が消化できているのか。
恐らく何度も読み返すことになると思うが、その度に新しい発見があるのではと、今から楽しみでもある。
Posted by ブクログ
『移民国家アメリカの歴史』貴堂嘉之、2018年、岩波書店
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アジア系に焦点を当てたアメリカ移民の歴史。私はアリージャンス見るかわからないけど観劇の予習や復習にもよさそう。その出来事だけでなく、それがどこからどうつながって起こり、どこへ向かっているのかを知ることができる。
始めに来た中国系移民への差別、日系アメリカ人の第二次世界大戦時の経験、戦後の当事者の沈黙、公民権運動におけるブラックパワーとイエローパワー、「モデル・マイノリティ」というステレオタイプとの葛藤、同時多発テロ後の「愛国者法」への抗議、多様化するアジア系との連帯…
この歴史を日系アメリカ人の人々が誰のため、何のために語り継いでいるのか、そしてどんな行動を起こしてきたのかを知ることで、自分たちがこの国で何をすべきなのかを考えさせられる本だった。
本来の目的は試験勉強の参考書にということだったのだけど、アメリカへ渡った移民の歴史が授業でも参照した戯画などの資料付きで解説されていて、良い復習になった。