あらすじ
昭和20年8月15日水曜日。戦争が終わったその日は、女たちの戦いが幕を開けた日。世界のすべてが反転してしまった日――。14歳の鈴子は、進駐軍相手の特殊慰安施設で通訳として働くことになった母とともに各地を転々とする。苦しみながら春を売る女たち。したたかに女の生を生き直す母。変わり果てた姿で再会するお友だち。多感な少女が見つめる、もうひとつの戦後を描いた感動の長編小説。
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Posted by ブクログ
満州からの引き揚げ時に女性を差し出した話は知っていたが、戦後日本で公的な慰安所が作られたことは知らなかった。
搾取される側と、する側、どちらも同じ国の人間でつらい。
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鈴子の心の声が良かった!東京大空襲からの終戦、大森海岸の進駐軍相手の施設等、知らないことばかりでした。鈴子の母の生き様、様々な時代に翻弄された女性達の事、鈴子の気持ちの変化等凄く感動しました。乃南アサさんの作品まだまだ読みたいです。
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乃南アサ 7作品目。
太平洋戦争末期から終戦後1年、RAAに纏わるお母様・つたゑの娘・鈴子から見た忘備録。
「もう懲り懲りなの」お母さま・つたゑの怨念が、したたかに響く。時代に従い、親に従い、夫に従い、国に従ってきた。その結果、手にしたものは、失ったものは、あまりにも残酷だ。それは、日本中のすべての女性も同じ。ぶつける先のない怒りと悲しみと絶望。
倖いにも、変われるチャンスがあったお母さまは、その時代を切り抜けていく。
「日本に無くてアメリカにあったもの」「男にあって、女にないもの」それに拘って、強く生き変わってゆくお母さまの姿は、逞しい。娘の目を除いて。
「戦争なんか、するからだよ」「勝つ勝つって言って、負けるから」「馬鹿みたい」子供たちからは大人の勝手な戦争が自分たちを蝕んでゆく。我慢へ絶望へ貧困へ、なぜ戦争?
国民は馬鹿みたいに信じて、言われたとおりに従って、何もかもお国のためだと思って大事な息子まで差し出したけれど――結局、何一つとして報われなかった。そんな女性たちの想いが、パンパン狩りのトラックでミドリさんの怒りに繋がる。
「一人で生きていかれる人」になって欲しいといったお母さまの想いは、女学生の鈴子に、しっかりと根付いて欲しいと願う。
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まず、こんな史実があったことに衝撃を受けた。
戦争は1945年の玉音放送で終わったが、そこからが本当の戦いだったことは誰も教えてくれない。
どころか、当時も隠蔽していた事実がたくさんあったからこそ後世に知られることもない。
それだけでなく、当時の女性に対する、貞淑な妻であるべき、とか、男に3歩後ろを歩け、とか、そんな思想に疑問を感じつつも自分を殺していた人達も多かったことだろう。鈴子の母はそんなタイプだったわけだ。
変わってしまった時代背景を糧に、今までの国作りをしたすべてに恨みを晴らすべく強く生きる母と、そんな母に戸惑う鈴子。
リアルに時代を描写しており、とても考えさせられた。この本をきっかけに、RAAについて調べたが、史跡などとしては残されていなくとも、名残は今でも残っている。こんな史実を知らずに平和に生きている今の人々を見てるとなんともいえない気持ちになる。
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元々は素直で優しい鈴子が母の変化によってどんどん卑屈になって行きますが空襲で右腕を失った幼馴染の勝子ちゃんと再会した時のやり取りは心が和みました。
戦争と言う特殊な状況の中で生きていかねばならない女性たちがストーリー全体を通して圧倒的なリアルで描かれています。
戦後70年となり徐々に戦争を語る人達が少なくなる中でたくさんの事を教えてくれる作品でした。
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戦争は戦争中はもとより戦後も国民に多大な苦しみを与え続けた。戦後、残された女、子供は様々な生き方を選ばなければならなかった。鈴子の母つたゑは自分と娘が生き抜いていくために今までとはがらりと違うしたたかに生きていく道を選ぶ。つたゑにはそんな才能も強さもあった。14歳という多感な時期であった鈴子はそんな母に反感を覚えながら次第に母を理解し、一人で強く生きていくことを教える母に感謝するようになる。
鈴子の友人勝子の母は焼け野原となった東京にとどまり、爆発で腕を失った勝子を看ながら貧乏な苦しい生活を送るが鈴子との出会いをきっかけに熱海に行きまもなく事故で亡くなる。
まだ自立していない子供の人生は親の考え方、生き方によって左右されてしまう。成長とともに二人が新たな自分の人生を生きていけることを願った。
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戦時下、父やきょうだいを亡くし、母親と2人で東京で暮らす二宮鈴子。彼女の14歳の誕生日、昭和20年8月15日水曜日、戦争は終わり、日本は敗戦国となった。混乱する社会の中で、母子2人のサバイバルがはじまる。
戦争以前、女は家庭に入り、男たちを陰で支えるだけだった。しかし、敗戦国となり、多くの男手を失った日本では女たちも自立しなければならない。在日米軍の手足となる者、性を商売にする者、小料理屋、女中、キャバレー。男は女を守れなくなった日本で、奮闘する女たち。その一方で女が働くことを嫌悪する古い価値観を持つ男女もいる。
鈴子の母は英語を知っていたおかげでアメリカ軍の慰安婦施設の通訳として働くことができた。十分な報酬もらい、めぐまれた衣食住の提供を受ける鈴子と母。しかし、鈴子にとって、キャリアウーマンとして高みを目指し、米軍将校と付き合う母は昔の母ではなかった。そして、周りを見れば、その日をどうにか暮らしている貧しい女たちがいる。
豊かな暮らしをさせてもらっているのは、母のおかげ。しかし、そんな母にやりきれない気持ちを抱えつつ、自分ひとりで生きていくことにも臆病な鈴子。当時の日本は家にこもっておとなしくしている戦前の女性像と1人で生きて社会に向き合う女性像をめぐって、女たちが戸惑う時代だった。
敗戦から約1年後の水曜日、女性にとって新たな歴史的出来事によって、本作品は終結する。
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再読。
14歳の多感な時期の女の子鈴子の目線で描かれる戦後の日本。
負けた国の女達のそれぞれの生き方に、複雑な思いを感じながらも、大変興味深く読み直しました。
鈴子が嫌悪感を感じてしまう母つたゑの生き方も、この時代にはやむを得ないもので、ある意味逞しく、羨ましくすら感じました。
勝子ちゃんとの再会のシーンには、涙が止まりませんでした。
勝子ちゃんと鈴子の会話、これこそが戦争で失われてしまっていた大切なものだったと思います。
慰安所をテーマにしている部分で、語られることの少ない作品かもしれませんが、素晴らしい作品。
またいつか手に取りたいと思います。
Posted by ブクログ
8月15日
戦争に負けたその日からすべてが変わってしまった。
戦後を懸命に生き抜く女たちの生活が
14歳の鈴子を通して描かれる
英語力を生かして進駐軍相手の通訳として働く母。
男を利用しながら「力」を求める母に
反発しながらも「しかたない」と無気力になる主人公
今の80代、90代ってこんな思いをして生き抜いてきたんだなぁと改めて実感・・・
Posted by ブクログ
戦時中の従軍慰安婦問題については、韓国の執拗な追及で、しばしばマスコミに取り上げられる。
しかし、敗戦直後の日本で、占領軍のために同じような目的のものが、政府によって組織されていたとは、寡聞にして知らなかった。
著者は、戦後裏面史のこの事実を、14歳の少女鈴子の眼を通して鮮やかに描き出した。悲惨な現実ではあるが、彼女の眼を通すことによって、微妙なバランスを保っている。
しかも、ここに登場する女性たちは、時代に翻弄され、国家にさらに男たちにも裏切られながらも、絶望を突き抜けたところに立って爽快でさえある。
題名『凱歌』に象徴されるように、心地よい読後感となっている。
登場人物の一人ミドリは鈴子に、彼女の母親の気持ちを代弁し、「この国と、この国の男たちとに、そうねえ――多分、もう二度と信じるものかと思っているんじゃないかしらね。猛烈に、腹が立っているんだろうと思うわ」と、話す。
一方で、彼女はこのように言い放つ。
「あたしたちを犬畜生だとでも思っていやがるのかっ!パンパンだろうが何だろうが、あたしたちは人間なんだっ、この日本で生まれた、日本の女なんだよっ!おまえたち男がだらしないばっかりに、こうしてあたしたちが、後始末しなけりゃあ、ならないことになったんじゃないかっ」
彼女のこの啖呵に胸のすく思いがした読者(特に女性)が多いことだろう。
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だいぶ前に読んだことをすっかり忘れていて、再読。
個人的には、モトさんが1番中庸で好き。
鈴ちゃんの気持ちもわかるけど、やはり 生きていかないといけないから、お母様はいわゆる勝ち組ですね。
鈴ちゃんが理想化していたお父様は、やはり日本の男ね。男尊女卑の塊。
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戦後のRAAについて、史実をもとにした小説。
主人公は14歳の少女。
元は7人家族だったが、兄は戦死、姉は空爆で爆死。
まだ小さかった妹は、空襲から逃げる最中、行方不明になってしまった。
主人公は、残された母と2人で、戦後の混乱期を生き抜いていく。
母は、RAAに通訳として雇われる。
RAAの施設に居住するから、嫌でもRAAの事情を間近に見てしまう。
空襲の被害にあい、たくさんの悲惨な死体を見てきた主人公は、これ以上、心が傷つくことはないと思っていたが、RAAの悲劇、理不尽さに心が少しずつ蝕まれていく。
特に母が、アメリカ人の将校と付き合い出したことには強く反発する。
ついこの前まで敵だった国の人、家族を死に追いやった国の人となぜ付き合えるのか、主人公は理解できない。
そうでもしないと生きていけない時代だったということは、14歳の主人公にはまだ理解できない。
特に戦争が始まる前までは、わりと裕福な家だったから、どんどん変わっていく母に戸惑うのだろうと思う。
しかし、価値観も生活スタイルも何もかも変わっていかないと、こんな混乱期に生き抜いていくのは難しかったのだろうと思う。
幕末から明治への変革期、そして、戦後の混乱期、時代に合わせて素早く変わっていくことは日本人に身についている賢さなのかもしれない。
生きていくたために、家族のために、アメリカ兵と付き合い出した主人公の母、RAAでアメリカ人を相手に身体を売る女性、パンパンになった女性。
誰が彼女たちを責めることができるだろうか。
全ては戦争、国家、激しく移り変わる時代の混乱期の犠牲になった女性たち。
そして、そういう女性たちの悲しみの上に、今日の平和が成り立っている。
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昭和20年8月15日水曜日は、戦争が終わった日。
「凱歌」とは、「勝利を祝う歌」のこと。
14歳の鈴子が、
進駐軍相手の特殊慰安施設で通訳として働くことになった母と、
戦後を生き抜いていく物語。
生きていくために苦しみながら施設で働く女たちも登場するのですが、
暗く重い物語になっていないのは、その女たちのたくましさのせいかもしれない。
※特殊慰安施設協会とは、日本が進駐軍の性暴力に備えるために女性を募り、
東京、熱海など日本各地に、慰安所を作った実在の組織で、
5万人を超える女性が売春や娯楽を提供したとされる。
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太平洋戦争は末期に大空襲が幾度も起こり、原爆が投下され、多数の市民が死に街が荒野と化した。その印象は強烈に後世に伝わっているが、終戦直後の暮らしについては徐々に弱くなっているようだ。本著では思春期の少女の目を通してその悲惨さと、懸命に生きる特に女性の姿を描く。何も主張できず献身を強要され、犠牲になったのは婦女子で、戦後は女性の自立の幕開けでもあったことを暗く落ち込むことなく謳っている。2022.1.9
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8月に入りもうすぐ終戦記念日と思い手に取った。
戦後の日本に翻弄されながらもたくましく生きる女性達の話でした。
鈴子の気持ち、お母様の生き方、唸らされた。
Posted by ブクログ
これまであまりなかったテーマなのではないかと思う。戦争モノでは、実際に戦争に駆り出された世代か、その親世代からの目線の物、もしくは、戦時中幼い子供で、戦後苦労した世代の目線の物ならいろいろあった。本作は、戦争が終わった当時多感な思春期(12,3歳?)だった主人公の少女が、戦後、進駐軍相手に体を売って生きた女性たちを目の当たりにして成長してゆく、という設定。
主人公の少女の母は、夫を亡くし、戦後の厳しい状況を、焼きつくされた東京で生きぬかなければならなかった。体を売ることはなかったものの、亡き夫の友人や、そのツテで知り合った進駐軍の中佐を利用しながらしたたかに世を渡る。母のたくましさ、したたかさゆえに、少女は飢えることもなく、戦後を生きていくが、1年前まで空襲で逃げまどっていた記憶や、自分だって死んだかもしれないという思い、他の貧しい友達、飢えている人たちに申し訳ないという思いにさいなまれる。
最初の方は、戦時中の教育を受けたまだ子供の主人公に共感できず、「こんな考え方するものなのかな」と思いながら読んでいたが、物語の中の彼女が成長するにつれてだんだんと共感できてきて良かった。純粋な少女の目線から捉えられた母の姿が、半分は謎で、どんな風にも受け止められるところが面白い。女であることを利用してしたたかに生きた女性とも言えるし、心から娘のためを思い必死に生きた女性ともとれる。
空襲後の東京で別れた友達と再開するシーンも泣けた。
生きていくことは、きれいごとじゃないと思った。正しい道を歩みたいと思っても、生きていくことはきれいごとじゃないということを知っておくことは大事だと思った。
Posted by ブクログ
フィクションではあるし、誇張もあるかと思いますが、あの時代に各地で起こっていただろう出来事なのだと思います。たくさんの「すぅちゃん」や「お母さま」がいたと思います。
戦争について語る方が少なくなり、学校でも教えてくれなくなっていく時に、小説として読んで知り感じることはとても大事だと思います。14歳のみんなにも読んでほしい。
Posted by ブクログ
戦後の女性たちを描いた小説。
実際にあったとされる、進駐軍に向けた特殊慰安施設で働かざるをえなかった女性たち。
他に働く当てもなく、食べていく、生きていくためには仕方なかった。
そんな慰安施設での通訳の仕事を紹介してもらった鈴子の母は、英語が話せたことが幸いした。
ただ、そんな母を鈴子は受け入れられなくなる。
14才の鈴子にとって、戦争に負けたからといってアメリカ人と仲良くしたり、愛想を振り撒く母を信じられなくなる。
鈴子にとっては、自分たちの家族や友達を殺した憎き敵でしかない。
そんな鈴子の気持ちも、生きていくために娘を守るために強くならざるをえなかった母の気持ちもわかるだけに、辛くなる。
2020.8.26
Posted by ブクログ
14歳の夏に終戦を迎えた。
父親を事故で亡くし、長兄は戦死。
姉は嫁ぎ先の空襲で亡くなり、出征した次兄は帰らない。
空襲から逃げる中で妹は行方知れずになった。
母親と二人だけになった二宮鈴子。
戦時中に教えられてきた価値観が180度変わる渦の中で、
日本の防波堤となった数千人の女性たち。
「新日本女性に告ぐ。戦後処理の国家的緊急施設の一端として、
進駐軍慰安の大事業に参加する新日本女性の率先協力を求む」
RAA(特殊慰安施設協会)を設立して、敗戦国の日本は、
進駐軍兵士からの性の防波堤として女たちを差し出すことを決めた。
勝手に無理な戦争を始めて、そして負けた男たち。
今度は、女たちの戦いが始まった。
終戦混乱期の1年余りを14歳の少女目線から捉えた物語。
勝手に戦争を始めて、無理な戦争に負けて、
その尻拭いを女性に押しつけた男ども。
その史実に唖然としました。
Posted by ブクログ
戦後を生き抜く女性のお話。
恥ずかしながら、この本を読むまでRAA(特殊慰安施設協会)という存在を知らなかった。
終戦を迎えたことは1つの区切りではあるけど、それまでの思想や環境が変わっていく中でどう生き抜いていけばよかったのか、深く考えさせられた。
女性は強いとか、女性はあざといとか、そんな言葉じゃ言い表せないけど、最後はちょっとスカッとした。
Posted by ブクログ
どうしてこう、いつの時代も男はバカなのか……。
ごめんなさい、そう思わずにはいられない話でした。
戦争に負けた日本に、戦勝国のアメリカ人がいっぱいやってくる。
だから、頼まれもしないのに、慰安所を作った……。
そういうこと、我慢できねーのかよバカが、と女の私は思う。
きっと日本男子は、自分たちが我慢できないから、アメリカ人もそうだと思ったんだろう。
まあ、実際そうだったんだけど。
ホントバカ。悪いけど。
色んなことを「ずるい」と思う鈴子の気持ちもわかるし、おそらく日本の男に腹を立てている、という鈴子の母の気持ちも、わかるなあ。
Posted by ブクログ
1945年8月15日、日本にとっての第二次世界大戦は幕を下ろす。
しかし、単純に、「戦争が終わった=平和が戻る」ではなかった。
敗戦国・日本には占領軍がやってくる。物資は不足している。戦争で失われた人材も数知れぬ。
人々は「戦後」がどうなるのかをはっきりとは描けぬまま、見えない新時代へと、いわば、ハードランディングせねばならなかった。
そうした中で、国策として設立された施設があった。
RAA(Recreation and Amusement Association)。日本語では「特殊慰安施設協会」と呼ばれる(cf:『敗者の贈り物』)。
占領軍兵士向けの慰安所で、一般の婦女子が兵士たちに襲われることがないよう、「防波堤」として作用するための施設だった。有体に言えば兵士の性のはけ口であり、娼館である。
国の肝いりで、かなりの好条件で大々的に募集がかけられた。表向きは「ダンサー」や「事務員」等となっていたため、仕事の内実を知らずに多くの女性たちが詰めかけた。面接で初めてその事実を知り、ショックを受けても、実のところ、他に選ぶ余地はなく、そのまま働き始めるものも多かった。
本作はこのRAAをテーマに据えた小説である。
但し、その切り口には少々ひねりがある。
主人公は14歳の少女・鈴子。父は交通事故で亡くなっており、兄たちは出征し、姉と妹は空襲で命を落とす。鈴子は母と2人きりで終戦を迎える。
母は語学力を武器にRAAでの職を得る。これは本当に「事務職」としてであり、母は春をひさぐわけではない。
物語は鈴子の目から見る形で進むので、RAAの生々しい内情は描かれない。
だが、思春期特有の不安定だが鋭い視線で、鈴子は戦後のある時期の深層をえぐり取って見せるのだ。
鈴子は一貫して不機嫌である。
いつもどこかで、「ずるい」と思っている。「つまらない」と思っている。何の罪もない妹が死ななければならなかったこと。大人たちが子供たちを守ってくれないこと。「どうして」と聞くと叱られること。「神の国」である日本のあちこちが焼き払われていくこと。
戦争が終わっても、暮らしは元には戻らない。鈴子は、不本意なことに、米軍の上陸に備えて、襲われることのないように髪を短く刈られ、男の子の服を着せられる。
小さいながらも会社の社長の奥様であり、それまで働いたこともなかった「お母さま」は、英語ができるため、RAAで働くことになったという。
母に連れられて職場近くに引っ越した鈴子は、徐々に、そこがどういう施設なのかを朧気に知ることになる。ついこの間まで「鬼畜」と呼ばれた米兵たちの機嫌を取る仕事。実際に米兵の相手をする女性たちの中にはひどい目にあっている人もいるという。「そんなところで働いて、お母さまはそれでいいの」と怒りも沸く。
けれども一方で、彼女は知ってもいるのだ。自分が他の子よりもおなか一杯食べられ、身ぎれいにしていられるのは、お母さまの仕事のおかげであるということも。そして自分がその特典を投げうつことができないことも。
母、つたゑは、よく言えば目端が利き、悪く言えばしたたかな人である。
父を亡くした後は、父の友人の愛人となり、その後は占領軍将校を射止め、戦後の混乱を渡り歩いていく。鈴子は確かに、この母がいなければ、貧窮にあえぐことになっていたはずだ。
鈴子がいかに反感を覚えようと、また将来的には袂を分かつことになろうと、母なくしては生き延びられなかったのも確かなのだ。
本作では鈴子と母をとりまく他の女性たちの人生もまた印象的に描かれる。
人目を引く美人だが、夫が出征する際に、他の男に奪われることがないよう、顔に大きな傷をつけられたモトさん。
大学出だがダンサーとなり、男たちへの怒りをたぎらせて、将来的には驚くような転身を遂げるミドリさん。
鈴子の幼馴染で、戦争でひどい目にあう勝子ちゃん。
物語の句点となる水曜日は三度来る。
終戦の日であり鈴子が14歳の誕生日を迎える1945年8月15日。
「オフリミット」でRAAが閉鎖される1946年3月27日。
そしてエピローグの1946年4月3日。
1つの時代の終わりであり、1つの時代の始まりである水曜日。
そのいずれで女たちは高らかに歌うのか。
700ページの大部の大半は、ざらりと重苦しい。
けれども、物語の最後には、幾分かの光が差す。結局のところ、どうしようもなくても、やるせなくても、生き残った者は生きていくのだ。
その牽引力が怒りであろうとも、まだ見ぬ未来へと拓けていく道は、ほのかに明るい。
鈴子は時代を変えていくことができるのだろうか。できたのだろうか。
お母さまが願ったように、「一人で生きていかれる人」に、おそらくはなったのだろう、と、かすかに思う。
Posted by ブクログ
主人公は14歳の女の子。話は昭和20年の春から始まる。空襲で家を失い兄や妹も失ったが、かろうじて母とは再会し2人で生きていくことになる。そして終戦を迎え、母は英語力を買われある団体に雇われる。それは政府からの要請による、進駐軍を相手にする慰安婦を世話する組織だった。最初は主人公はそれがどういう施設なのかわかっていなかったが、次第に理解し慰安婦たちの状況を耳にすることにより、この施設を性被害を民間人に与えないための防波堤と言っている政府などに疑問を持つようになる。
一方でかつては良妻賢母だった母が働くようになり、ついこの間までは鬼畜と呼んでいた米兵を相手に愛想を振りまいたりする母のしたたかさにも嫌悪を覚えたりする。
春の大空襲からわずか1年の間に目まぐるしく変わっていく環境を少女の目を通して描いている。
戦中の慰安婦問題などはよく知られているが、戦後このような施設があったとは知られていない。事務職員として募集し面接の時に初めて本当の仕事が明かされる。戦後、家も働き口もなくすがる思いで応募した女性たちは他に選択肢がない。半ば強制的に身体を売ることを強いられた女性たちが全国で5万人ほどいたという。しかもある日突然解雇される。
そんな事実があったことはまるっきり知らなかったし、誰も問題にしてこなかった。戦後の混乱期だったし実質的には数ヶ月しか稼働していなかった施設とは言え、もっと知られるべきなのではないかと思った。
Posted by ブクログ
戦争が終わった終戦の日からの日々を14歳の鈴子の目線で描いた戦後の物語。
読み応えがあった。知らなかったことがたくさんあった。戦争中の悲惨な話は見聞きすることがあったけど、戦後の混乱期にこんなことがあったとは。
もちろん戦時中の鈴子の体験は凄まじく、戦争で母と二人生き残るも焼け野原となった東京同様に鈴子の心もがらんどうになってしまいます。でも母は生き延びるためにたくましく、したたかに新しい生活を始める。英語ができた母は、進駐軍相手の慰安施設というものにかかわる仕事に就く。
多感な年頃の鈴子から見える理不尽と矛盾。防波堤となった女の人たちと自分は何が違ったのか、この間まで鬼畜と教わっていたアメリカ人に奉仕するのはなぜなのか。笑顔で優しいアメリカ人が日本の女の人を買うのはなぜか。母がうまく時代を切り抜けた分、鈴子は周りより少し恵まれた生活ができます。そのことに対しても負い目や母に対する反発の気持ちを感じる。鈴子の気持ちがよくわかる。でも母の「もう懲り懲りなの。これからはちからが必要なのよ」というのもわかる。時代に背を向けるでもただ受け入れるのでもなく「受けて立つ」。そうして生き抜く気概が必要だった。変わらないと生きていけない。ただ弱い者から切り捨てられていく。
こんな戦争さえなければ。子どもたちにしてみれば、知らない大人が勝手に戦争を始めて、我慢させられ、すべてを奪われ、人生を変えられた。どうしてこんな戦争をしたの?何も悪いことしていないのに。
勝子ちゃんとの再会には涙が出た。なにもかも本音で話せる相手にやっと会えて本当に良かった。
ひとりでも生きていけるようにと言われ決意した鈴子はその後どんな仕事についてどんな大人になったのだろう。気になる。
本当に読む価値のある本でした。
Posted by ブクログ
6月-2。4.0点。
戦後直後。母以外の兄弟が死に、二人きりに。
英語の話せる母が、強く戦後を生き抜いていく。
主人公の娘は、翻弄されながら生きていく。
面白い。さすが乃南アサ。
強い女性と、その娘。後半、友との再開に感涙。
そこから一気読み。主人公の成長がとてもよく分かる。
Posted by ブクログ
昭和20年8月15日水曜日。その日誕生日でもあった鈴子は、母と敗戦を迎える。
戦争は、彼女達から多くを奪って終わった。そして、敗戦は、若い多くの女性たちに新しい苦難を与える。
戦後、RAA(特殊慰安施設協会)が設立され、若い女性達が、一般女性の防波堤として集められていく。彼女達は、自分や家族の生活の為、仕事として受け入れる。
鈴子の母親は、夫を事故で亡くし息子達を戦争に取られ、生きていく為、RAAでの通訳の仕事を得る。
RAAを近くで見た鈴子が、見聞きして理解した戦後を描く。辛い箇所はあるけれど、中学生くらいから読めるのではと思う。
鈴子は、それと共に彼女のお母さまの変貌を見てきた。戦前、妻と母親であったお母さまは、生活の為、好きだった英語を武器に通訳として、働く。娘に「自分で生きる力をつけなさい。」と教育を与える。その変化に戸惑い反発もするが、戦後を生き抜こうとする女性たちも立ち上がり始める。
多くの犠牲と労苦の上に今があるんですね。
Posted by ブクログ
超絶久しぶりの乃南アサ作品。面白いんだけど、僕この人の文章あまり得意でない、と言うことを今さらながら思い出した。この人の作品には「涙」で出会い、あれは傑作で一気読みしたけど、その頃から文章は肌に合わなかったんだな。その後数作品読んだけど、その後しばらく離れてた。エッセイの「美麗島紀行」も同じ台湾を愛するものとして楽しく読んだけど、ちょっと違うな感は有ったし。今回隔離期間用に2冊手に入れてきてこれが一冊目、さあどうするかなあ。面白くない、と言うことではなく個人のテイストだけの話なんだけどね。
Posted by ブクログ
戦後母と14歳の娘が生き抜くお話でした。
終戦までは男達が 国外に出て 戦い
戦後は女性達が 国内で戦った話です。
戦時中は 夫や息子を差し出し
終戦後は 妻や娘を手放さねばならなくなった
多くの日本の人達
何の為の戦争だったのだろうか?
戦時中は アメリカに対してのすごい嫌悪を現していたのに
戦後手のひらを返したように GHQなどに擦り寄っていく人々。
心が豊かになる10代の主人公が
戦争の恐怖 戦後の混乱、
占領下でも 生きていくには
あきらめと いえるような 生き方をするしかなかった。
少女から大人になっていく
過程でこのような状況になってしまった主人公ですが
終わりの方には 友人との再会もあって
希望が見えたような気がして 良かったです。
生き抜くというのは 本当に大変な事だと
しみじみ思いました。