あらすじ
誰もが避けては通れない、
愛する人の、
そして自分の「最期」について静かな答えをくれる、
各紙誌で絶賛された現役医師のデビュー作。
2018年6月21日のNHK「ラジオ深夜便」にて紹介され、話題沸騰中!
「生とは何か。死とは何か。答えの出ない問いへの灯りのような一冊」(書評家・吉田伸子さん)
「本書を読んで何よりも私は、救われた、と感じた」(書評家・藤田香織さん)
大学病院の総合診療科から、「むさし訪問クリニック」への“左遷”を命じられた37歳の水戸倫子。そこは、在宅で「最期」を迎える患者専門の訪問診療クリニックだった。命を助けるために医師になった倫子は、そこで様々な患者と出会い、治らない、死を待つだけの患者と向き合うことの無力感に苛まれる。けれども、いくつもの死と、その死に秘められた切なすぎる“謎”を通して、人生の最期の日々を穏やかに送れるよう手助けすることも、大切な医療ではないかと気づいていく。そして、脳梗塞の後遺症で、もう意志の疎通がはかれない父の最期について考え、苦しみ、逡巡しながらも、大きな決断を下す。その「時」を、倫子と母親は、どう迎えるのか?
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Posted by ブクログ
・あらすじ
Audibleで視聴。
大学病院の総合診療科に勤める倫子は、教授から訪問診療への異動を命じられる。
当初は急性期医療とかけ離れた「診療」に戸惑っていた倫子だったが、死にゆく患者に対して「医者」として己に何が出来るのかを自問自答していく。
・感想
医者は病気を診るプロ。
でも現代では医者はトータル的な視点を持って「人間」を診る、全人的医療が必要とされている。
本来であればチーム医療でそれぞれ役割分担ができてればいいけど中々そうもいかない現状もあるのがもどかしい。
でもなーー思想哲学している現場の医者なんかほとんどいないよ。
業務の多忙、過大な責任、訴訟対策。
諸々の問題もあるけど、ただ「勉強が得意だから」で選んだ人間が大半だろうし。
そして「老い」と「病気」を区別できない、老いを認められない国民ばっかり。
自然治癒も回復も不可能な「老化」に際限なくリソースを注ぎ込む現代日本社会。
個人的には老化による脳の機能低下に対しても「認知症」という「病名」をつけて「治療」する現状に辟易してる。
「死」は悪、忌避すべきものとして見ないふりしたって人間なんていつでもどこでも誰でも「必ず死ぬ」ということは絶対的事実なんだからそこを認めて「どうやって生きて死ぬか」という哲学を行うことが大事だと思っている。
現代日本では医療関係者にこそ「哲学的思想」が求められているんじゃないだろうかとここ数年思うようになった。
医療に携わる立場の人間として自戒を込めて。
Posted by ブクログ
いろいろな死の迎え方があるのは当たり前だけど、やっぱり本人の意思が尊重された死が理想だと思ってしまう。ただ、その人を取り巻く環境や社会的背景、制度の活用の有無など、、一人ひとりの人生も違うわけだからその最期を全員が全員理想的に迎えられる事は現実的に難しいことだなとも思う
医師の指示で動く看護職において、心が痛む終末期の事例もある。多忙な業務と並行しておこなう看取りに対して心にゆとりを持てない自分に嫌になったことがある。急変もあり、患者の最期に責任を持つこともある。「医師はふた通りいる。死に向かう患者に関心を持ち続ける医師か無関心な医師か。」という文中の台詞。医師の指示のもとでしか動けない部分と、そうでない部分。その中における看護でどれだけ自分の看護観を大切にできるかが大切だなって思った。年齢を重ねるごとに経験を増やすごとに擦り減ってるものにだけ目を向けないようにしたいーー