あらすじ
「人は幸福になるために生きている」という考えは迷妄であり、間違いだと逆説的に説く幸福論。自分を他人と比較し、他人の評価をたえず気にすることが不幸の元凶であり、名誉、地位、財産、他人の評価に惑わされず、自分自身が本来そなえているものを育むことが幸せへの第一の鍵であると説く。『読書について』の哲人が授ける、この七面倒くさい人間社会を生き抜く知恵。
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Posted by ブクログ
アリストテレスによれば、人生における財宝は三つに分類される。すなわち、魂の財宝、肉体の財宝、そして外的な財宝である。この三つを起点に、ショーペンハウアーは次の三つが幸福を根本規定すると述べている。一つ、その人は何者であるか。二つ、その人は何を持っているか。三つ、その人はいかなるイメージ、表象・印象を与えるか。
"すべての中で最も直接的に私たちを幸福にしてくれるのは、心根が明るいことである。なにしろ、この良き特性は瞬時に効く。快活な人には、いつも快活でいられる理由があって、それはとりもなおさず本人が快活なためである。(中略)若く美しく金持ちで尊敬されている人間がいるとしよう。彼が幸福かどうか判定しようとすると、陽気な人かどうかが問題になるだろう。これに対して、彼が陽気なら、若かろうが老いていようが、背筋がぴんと伸びていようが、背中が曲がっていようが、貧乏だろうが金持ちであろうが、そんなことはどうでもよい。とにかく彼は幸福なのである。幼少のころ、あるとき古い書物を開いたら、「多く笑う者は幸せですし、多く涙を流す者は不幸せなのです」と書いてあった。たいそう簡素なコメントで、月並な言葉なのに、その明白な真理ゆえに忘れ得ぬものとなった。だからこそ、陽気さが訪れたら、いつでも直ちに門扉を開放なさい。「いま陽気さが来られたら困る」などということはないのだから"(pp.30-1)
"「客観的に現実にいかなる事態なのか」ではなく、「私たちにとって、いかなる事態なのか、私たちが事態をどう把握したのか」が私たちを幸福にしたり不幸にしたりするのである"(p.33)
"低級な頭脳の持ち主が退屈を大いにもてあますのは、かれらの頭脳が徹頭徹尾、意志を動かす「動機の媒体」以外の何ものでもないからである"(p.44)
"ただしデカルトの場合もそうだが、外的状況が引き立ててくれなければ、みずからが自分の主人となって楽しむことはできない"(p.50)
アリストテレス曰く、"人間の幸福は、自分の際立った能力を自由自在に発揮することである"(p.51)
"精神的にもっとも劣った人間が結局のところ、いちばん幸せだという主張は、いやというほど聞かされてきたし、またそう見えないこともないが、だからといって、そうした人間の幸福をうらやむ者はひとりもいない"(p.66)
"ホラティウスの「功績によって勝ち得た誇りをわがものとなさい」という言葉も却下しえない。謙譲の美徳にしたがうと、だれもが自分のことを語るのに「私もまたろくでなしです」と言わんばかりにせねばならず、そうなると世の中にはおよそ、ろくでなししか存在しないかのように、みごとに平準化されてしまうので、おそらく謙譲の美徳はろくでなしにとって、かなりの妙案なのだろう"(p.100)
"総じて、自分の一生に対して、何が起こっても大丈夫なように事細かな準備をするのは、もっとも頻繁にみられる最大の愚行である。そういう場合、何よりもまず完璧で十全な一生を当てにしている。ところがそれを全うする人はきわめて少ない"(p.204)
"キケロは、「完全に自分だけに左右され、自分自身に全幅の信頼を置く者が、完璧に幸福でないはずがない」と言っている"(pp.226-7)
"ずっと家にこもり続けていると、身体が外部の影響に対して敏感になって、少し冷たい風にあたっただけで病気にかかりやすくなるように、ずっと隠棲して孤独でいると、気持ちが敏感になって、何でもない出来事や言葉に、それどころか単なる顔の表情にさえも、不安になったり、感情を害したり、傷ついたりする。いっぽう喧騒のなかにいる人は、そんなことはまったく気にもとめない"(pp.242-3)
"とりわけ年が若いために、孤独のわびしさに長く耐えられないという方には、自分の孤独の一部を社交へ持ち込むこと、(中略)自分の考えをすぐ他人に話したり、他人の言うことを真に受けたりせずに、むしろ道徳的にも知的にも他人の言うことにはあまり期待せず、他人の意見などどこ吹く風という姿勢をくずさないようにしなさい。それが常に称賛すべき寛大さを発揮するもっとも確実な手段である"(p.243)
"自分が持っていないものを見ると、ともすれば、「あれが私のものだったら、どんなだろう?」という考えが頭をもたげてきて、ないものねだりをしてしまう。そうではなく、自分が持っているものに対して、「これが私のものでなかったら、どんなだろう?」としばしば自問してみよう"(p.257)
"ともあれ、各自が能力にしたがって何かすればよい。(中略)仕事らしい仕事もなく、いわば自分にしっくりくる自然な生活地盤から引き抜かれるため、時折かなり不幸な気持ちになる。(中略)「いつも同じ楽しみで十分」とすると、いつしか停滞を招き、人間はそうした停滞に耐えられない。(中略)障害を克服するとき、人間は生を満喫し、障害と闘って勝つことで幸せになる"(p.263)
"世人と交わって生きていかざるを得ないなら、個性は自然が定め与えたものである以上、どんなに劣悪で憐れむべき愚かしい個性であっても、絶対に排撃してはいけない。むしろ個性は永遠の形而上的原理ゆえに、こうでしかありえない不可変のものと受け入れるべきで、ひどい場合には「こういう変わり者もいるのだ」と思えばよい"(p.274)