あらすじ
黒船がもたらしたエネルギー革命で始まる日本の近代化は、以後、国主導の科学技術振興・信仰による「殖産興業・富国強兵」「高度国防国家建設」「経済成長・国際競争」と、国民一丸となった総力戦体制として150年間続いた。明治100年の全共闘運動、「科学の体制化」による大国化の破綻としての福島の事故を経たいま、日本近代化の再考を迫る。
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Posted by ブクログ
今年2018年は明治維新から150年で、この150年は日本の近代化の歴史でもある。明治の文明開化に始まり、太平洋戦争を挟んで高度経済成長へと科学技術の進歩に支えられ、日本はひたすら邁進してきた。
明治初期の日本は兵部省、工部省、文部省が中心となり科学技術を振興してきたが、第一次大戦を通じて総力戦体制に科学技術が重要であると分かると、科学者が率先して国力増強へと協力していく。1917年に理化学研究所が創設されるのは象徴的だ。科学者が自らの立身出世に躍起になっている姿が見える。
太平洋戦争が終結すると、一転して「科学戦の敗北」「科学の立ち遅れ」がさかんに言われ、今度は「原子力の平和利用」が唱えられる。しかしその先に待っていたのが福島原発の事故ではなかったのか。大日本帝国は戦艦大和、武蔵ととともに沈んだが、今の日本は原発とともに沈もうとしているようにみえる。
明治の科学技術は工学と中心として発達してきたが、それは日本人のモノ作り志向にマッチしている。しかし一方科学を「実学」一辺倒で捉えてきたためにヨーロッパでは科学の背景にあり、それを支えた哲学や文芸を蔑ろにしてきたのではないか。それが今の理系重視、文系軽視の現状にも直結しているし、また理系分野でも数学や物理学といった基礎分野はあまり顧みられないことにも見てとれる。
科学の背景にある価値判断、何のための科学か、何が人間を幸福にするのか、といった問いかけこそが本来必要なのではないか。
前半が明治維新以来、政府が科学をどのように振興してきたか、科学技術の各分野が産業、軍事との関わり合いの中でどのように発達してきたのかが詳述されていて、特に興味深かった。
Posted by ブクログ
明治以降の150年間の産業技術について、その負の側面を痛烈に気持ちいいぐらいバッサリと批判している。さすがこの人だという傑作だ。特に第6章「そして戦後社会」では、高度成長の裏にある公害問題について、産官学マスコミを強烈に批判している。御用学者の企業援護とそれに乗っかるマスコミ。それが次章の原子力発電につながる。この部分がハイライトと感じた。何度も読み返したい名著。
Posted by ブクログ
戦後の高度経済成長の核となるものが「戦時中」にある、というのが一番インパクトが大きかったかな。具体的には1942年の食糧管理制度、1938年の国民健康保険法。戦争するには合理的な編成が必要となり、貧富の格差は是正され平等化・一元化される。これが戦時動員体制であるが、実はこの体制と福祉国家体制は類似しているのだ。
士族を由来とする技術エリートは、江戸時代から続く「職人」とは別格におかれ、軍事技術の必要性から特権的立場を得るようになる。学徒出陣で文系の学生は戦地に送られたが、理系の学生の多くは出陣を免除されていた。敗戦直後、科学者の内部からその反省は語られず、「科学戦で敗北した」という戦争指導者による口実から、敗戦の受け入れをすり抜けているのである。
平時とは来るべき戦争の準備期間であり、敗戦により軍隊はなくなったものの、総力戦思想は継続し科学研究や技術開発を推し進めることになった。そしてその契機となったのが、朝鮮戦争やベトナム戦争による特需(沖縄への米軍基地の押しつけなど、またしてもアジア人を踏み台にしている)であり、総力戦体制を維持することになった。その最たるものが「原子力」である。
なぜ1億総中流時代となったのだろう?と思っていたが、実は「戦後」の性質ではなく「戦時中」 をどんどん膨らませていったものだったのだ。
Posted by ブクログ
もうそろそろエネルギー政策をはじめとして無批判に科学技術を享受するだけではいけないとぶっといメッセージが伝わって来る。
日本は、明治維新以後、西欧の科学技術を輸入し、帝国主義を背景に軍事力を高め、日清戦争や日露戦争を通じて自らの科学技術に自身を深めた。
その後日本は、大陸の植民地化を推進し、さらに無謀な太平洋戦争へと突き進み、2発の原子爆弾で降伏を選択した。
この間、西洋の科学技術を取り入れるため、多くの科学者や理系の技術者を育成するとともに、軍事産業につながる産業の育成にも尽力していた。
産官学の総力戦は戦後になっても、経済戦争にとって変わっただけであり、戦前戦中に育成した技術者等が自己批判のないまま民間会社に流れ、さらに公害が織り込み済みの経済戦略が押し進められ、朝鮮戦争やベトナム戦争の特需を背景として、奇跡の高度経済成長を成し遂げてきた。公害においては高尚とされる専門家の根拠のない見解が行く手をはばんだ。
さらに、自身を深めた日本は、安全根拠のない原子力政策を押し進め、さらにフクシマその他の事故を発生させてもなお、その方針を変えようとしない。