あらすじ
金髪女子中学生の誘拐、双子の兄弟の葛藤、猫の魔力、美容整形の闇など、不穏な現実をスリリングに描く著者自選のホラー・ミステリ短篇集。世界幻想文学大賞、ブラム・ストーカー賞受賞。
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Posted by ブクログ
・ジョイス・キャロル・オーツ「とうもろこしの乙女、あるいは七つの悪夢」(河出文庫)を読んだ。実を言へば初めて読む作家であつた。名前は知つてゐた。しかし、それだけであつた。年齢も90にならうといふ人であり、しかも多作といふ形容詞が必ずつけられるほどの人であるらしい。それを知らずにきた。なぜか読む機会に恵まれなかつたといふだけかもしれない。それにしてもと思ふ。本書がおもしろかつたのである。
・本書は表題作「とうもろこしの乙女」が3分の1を占める。170頁弱、中編であらう。へたをするとこれで一冊にさへなりうる分量である。物語は、主人公 が6年生の時に博物館に行き、オニガラ・インディアンの展示を見たことに始まる。そこで「とうもろこしの乙女に釘付けになった。三つ編みにしたゴワゴワの黒髪、平らな顔に虚ろな目、それにぽかんと開いた口。恐怖すら通り越して驚くだけの表情がジュードのハートを射抜いた。」(8~9頁)からである。これを機に事件が起きる。同じ学校の年下のマリッサが誘拐、監禁される。警察に手がかりはない。生徒の証言から、ある臨時教師が犯人扱ひされる。さうかうするうちに……といふわけで物語は進む。このやうな物語の場合、被害者の関係者は得てして普通ではない行動をとる。ここでは母親である。帰つてこないと分かつたらすぐに然るべき手段をとれば良いのに、どうもそれをためらつてゐるらしい。わざわざ回りくどく書いてゐるだけかもしれないのだが、それにしても回りくどい。せつかちな私はこのあたりでいらだつ。しかし、これも「技を駆使したリアルな人物描写」(452頁「役者あとがき」)の一つだと考へれば納得がいく。 読む人をしていらだたせるのは相当な力量であらう。主人公のジュードにしても似たやうなものではないか。わざわざ母親を見舞つたり、手下の少女が身を引きつつある中でも譲らない態度は、ある意味、普通ではない。臨時教師にしても同様であらう。かういふのがオーツの特徴であらうか。「化石の兄弟」の兄と弟の葛藤もその例と言へる。葛藤といつても、兄が一方的に攻め弟はただ何もしないであるだけといふ感じだから、実際には葛藤などないもかもしれない。「タマゴテングタケ」の双子の弟はこれより葛藤してゐる。そして兄を殺さうと思ふのである。弟の殺意を招いた兄の態度も相当なものである。ただし、両方とも死ぬ時は一緒で、「化石」では古い家の中で、「タマゴ」では交通事故で死ぬ。兄も弟も死ぬのである。盛者必衰の理ではあるまいが、裏と表の関係は死ぬまで変はらないとでもいふのであらうか。それならばもつと書きやうがあらうにと思はないではない。そんな事情もあつて、やはり読んでゐていらだつてくることがある。 「ふだんはフタをしてあまり目を向けたくない、ちょっと油断するとすぐに暴走してしまいそうな心性を、どんな技巧を用いれば効果的に描き、伝へることができるのか。オーツの作品は、スタイル、プロット、話法、人称、構成、時代設定、果ては字体に至るまで、ベストな技巧を考え抜いた結果として存在する。」 (457頁「訳者あとがき」)のであるらしい。さう、確かにそんな「心性」を描いてゐる。それが見事であるゆゑに、オーツの登場人物から私はいらだちを感じるのであらう。それがおもしろいと言へるかどうかは、実は分からない。ただ、そんな作家はそれほど多くない。いや、ゐるのであらう、たぶん。ゐてもオーツほど見事ではないだけ、それでお終ひなのであらう。そんなわけで、私は本書をおもしろいと書いたのだが、実際はどうなのであらう。他の作品も読んでみようと思ふ。