あらすじ
個人情報を提供する見返りとして、生活全般を保証する実験都市アガスティア・リゾート。理想的な環境で生きる人々が向き合うのは、進化と未来を啓示する“永遠の静寂”だった――『ゲームの王国』で話題を呼ぶSF新世代の俊英がユートピアの極北を描き出す! 解説収録/入江哲朗
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Posted by ブクログ
これがデビュー作だなんて信じられないくらい良かった。
よい生活をするためにはよい思想を持つ必要がある。物騒なことやネガティブな考えを抱いては自分の価値が下がるなんて、ゆるやかな思想統制に違いなかった。
でも労働のない安心安全な暮らしは多くの人間が望むものだろうとも思えるので、それを求める気持ちも分からなくはない。思想の自由と犯罪を事前に取り除いた社会、比べることのできないこのふたつの狭間で悩まされる読書となった。
章ごとに視点が変わっていくところが特に良かった。さまざまな立場の人間のさまざまな選択と主張から、リゾートの何が問題なのかが見えてくる。人類全員が同じ考えを持つことはできないからこそ対話の重要性を説き、一言で表すことはできない「自由」というものを、一冊を通して言葉を尽くして語っていると思った。
第四章のドーフマン視点の話が一番印象深い。被害者と加害者の未来を救うシステムであるという思いが人々に届いておらず、もっとも絶望を感じた。
ユートロニカの意味、人間は次第に無意識状態に回帰して……という話が恐ろしかった。情報が溢れた現代ではこれがもう起きているようにも思えるし、生成AIが広く使われるようになった今、この小説のような未来はそう遠くないようにも思える。
全体を通して、海外の小説を読んでいるような気分にさせられた。ほかの作品も読んでみたい。
Posted by ブクログ
「情報銀行」という言葉が出る度に、なんだか生温かい気持ちになるわけですが…面白かったです!一見するとユートピア系ディストピア小説なのですが、第二章などを読むと、単純なディストピア…でもないのかも?という気持ちになります(過去のデータを仔細に見る事で、かえって今に意識がフォーカスできる、というの良かった)。というわけで非常にニュートラルで新鮮でした。群像劇なのも良いです。第二章で出てきたリード刑事が第二章では随分と感傷的なのに、第三章では太々しい後輩刑事然としていて、これこそ群像劇の味わい!データをもとに排除されるのは、危険とレッテルを貼られた人物よりも、不確実性の高い人物…というのも今後あり得そうで、面白かったです!
ひとつだけ気になる点を言えば、マイン社のビジネスモデルがずっと気になって気になって仕方がなかったことですかね(汗)。住民の生活費を支える原資はどこから…?民間が個人情報集める目的って、適切なレコメンド広告をして、稼いだお金を自分たちに使ってもらうことなのかと。それとも行政とタッグを組んで、ベーシックインカムついでに治安の良い国作りを目指しているんですかね?(個人情報は治安維持のためしか使わない?)でも危険人物はリゾートの外に排出しちゃうし…。マイン社のやりたい事がよくわからない…けど、そのあたりは気にせず、個人情報を提供し、AI(サーヴァント)の言う事を聞く代わりに、生活を保証される世界、というのを所与のものとして楽しむのが良いのかな?
ちなみに最後の章の『アガスティア・レポート』のせいで酷い目にあう理由もよくわからなかった(汗)。リゾートに肯定的な書きっぷりなのだろうことは文脈からわかるのだけど…うーん、やっぱりよくわからない。
でも全体通して面白かったです!
Posted by ブクログ
とても素敵な一冊です。
各々の人々が立たされている現状に伴って、ユートロニカに対する考え方は大きく違ってくるのだろうと考えさせられ、現代、そして未来への風刺小説としても当てはまると思うことができました。
私ならば「こちら側」へ留まってしまう。
「あちら側」へ行くにはリスクが大きく、プライバシーなど皆無に等しい。
それでも「あちら側」へはいつか足を踏み入れてしまうだろうとも思えます。
そして後々激しく後悔するんだろう、と考えるのが楽しくとても面白いです。
Posted by ブクログ
個人情報を提供することによって、アガスティアリゾートというユートピアに住むことができる世界を描いたディストピア小説。
メインの舞台がアメリカであることや、登場人物の名前が海外ドラマのそれのようだったこともあり、翻訳ものの小説を読んでいるような感覚があった。
第五章で登場する、人間は不自由がなければ自由を感じることができないという考え方が、それまで読んできて感じていた、このリゾートのまわりに存在する様々な矛盾をよく言い表せていると思った。
Posted by ブクログ
久しぶりに結構しっかり目のSFを読んだ。
内容としては、個人情報やプライバシーを切り売りすることで働かずして暮らせるようになるという実験都市、アガスティアリゾートにまつわる人物たちを描いた作品。
サーヴァントと呼ばれるAI?の指示通り動けば大きな間違いや苦悩にぶつかることなく過ごせるというところから人々は徐々に思考(作中でいう意識)を放棄していく様に妙にリアリティを感じる。久々に「言葉で感想を上手く言えないけどなんか面白い…」と感じる作品。
ユートピア×エレクトロニカという造語も納得できるような作品。
ただし、かなり小難しい。
Posted by ブクログ
情報銀行に個人情報を預けることで収入と福祉や安全が得られるようになった社会を、主にそれに違和感や疑問を持つ人の視点で描いている。
登場人物が章ごとに変わる群像劇風。後半になるにつれて哲学的、思索的な内容が増えてくる。個人的には面白かったが読む人を選ぶと思う。
(少なくともメインの登場人物は)意識があること、考えることに価値を置いていて、その見方に立つとディストピア小説に見えるが、本当にそうなのか?意識があり自由である(と思っている)ことに、実際のところどれだけの価値があるのか?といったことについて考えてしまった。
Posted by ブクログ
登場人物たちのセリフには、欧米の翻訳風コミカルさとは異なる、独特な言い回しの癖を感じた。だが、小川先生の作品を2〜3冊読めば、その違和感も自然と馴染んでいく。本書は、小川先生の2作目の作品である「ゲームの王国」に比べると、やや表現が固い印象がある。
「アガスティアリゾート」。個人情報を全て都市に提供する代わりに衣食住・文化活動の保証を得られる完璧な管理都市。働くことも、悩むこともしなくて良い、一件ユートピアに見えるこの都市で、登場人物たちは疑問を持ち葛藤する。
「ユートロニカのこちら側」が出版されたのは2015年。管理都市のようなシステムをAIとして捉えると、Siriや検索予測のような技術が登場し始めた時期だった。いずれもまだ万全ではなく、思考の主導権はあくまで人間にあり、AIは補助的なツールに過ぎなかった。
では、10年経った現代ではどうだろうか、ChatGPTやGeminiなどの生成AIが登場し、文章・映像・音声などがAIの判断で作成されるようになった。また、AIカウンセリングが定着してきたことにより、私たちの感情にまでもAIは侵食してきている。私たちが試行錯誤する時間を省いてくれる良きパートナー又は自分の分身のような存在へと変貌してきた。
⚠︎︎ここからは、個人の感想
情報管理都市をユートピアと呼ぶか、ディストピアと呼ぶか。校則でよくある「ルールは従うもの」という意見に対して、ここは集団生活の場だからそうなんだと、不満はあれど慣れ、順応していく。例え理不尽極まりない校則だったとしても、自己が鈍化され、違和感を持たず、自ら選択を放棄した集団行動の中で安全に暮らす。協調性はあるのかもしれないが、自我や個性が摘まれていく。情報管理都市も同様である。最適化された選択肢の中で、ルールに疑問を持てば強制され思考そのものが管理対象になる。あらかじめ引かれた線路の上を疑問も抱かず歩き続ける人間は、本当に自我を持っていると言えるのだろうか。ユートピアを存続するための予定調和に過ぎないのではないか。私は異端者となったとしても考え続ける存在でありたい。
「アガスティアリゾート」のアガスティアは、5000年以上前にインドの予言の言の葉を書き残した人物だそう。私は10年前にこの小説を読んでいたら、思考の喪失という考えをフィクションだと思いこんでいたんだろうか。小川先生は、着眼点が鋭く監視社会という現代にも入り込む問題を予言していたようにも思う。小川先生の作品はとても難しいが読み応えがあり面白い。しかもこれがデビュー作というのだから、凄いという感想しか出てこない。ただ、「ユートロニカのこちら側」は、登場人物に強く感情移入するというより、どこか定点カメラで観察するような視点で読み進めていった感覚があった。私はそれが少しだけより物語を難解にしてしまったように感じたため星を4つにさせていただいた。また、読み返そうと思う面白い小説だった。