あらすじ
妻に出て行かれたサラリーマン、声しか知らない相手に恋する美容師、元いじめっ子と再会してしまったOL……。人生は、いつも楽しいことばかりじゃない。でも、運転免許センターで、リビングで、駐輪場で、奇跡は起こる。情けなくも愛おしい登場人物たちが仕掛ける、不器用な駆け引きの数々。明日がきっと楽しくなる、魔法のような連作短編集。
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Posted by ブクログ
<殺し屋>シリーズを読んで、その魅力に気づいたおかげで、最近になってようやく伊坂幸太郎を真面目に思うと気になってきた。昔一度読んだ「魔王」が妙に形而上学的な話で、とっつきづらい作家だとばっかり思っていたのだった。
本作はAudibleで推薦されて聴いてみたのだが、とにかくその技巧に圧倒されることになった。殺し屋シリーズでも短編を積み重ねていって、気がつくと一つの大きな流れができるといった作風を見ていたが、本作の場合は登場人物がかなり入り乱れており、さらに時系列も複雑にこんがらがっている。それを丁寧に紐解いていくと、最後には不思議な恋愛のストーリーになるというのが本作の仕掛けなのだが。書くときには、頭の中がどうなっているのだろうという気になってしまった。
著者が自分で言っている通り、本作は殺人も起こらなければ殺し屋も出てこないということで、ミステリーというよりは小粋な恋愛小説という感じだが、それでもかなりミステリー色が強く残っているというあたりに、著者の面目躍如というところだろう。
Posted by ブクログ
伊坂さんの作品は、簡潔かつキャラが立つ人物が多いにも関わらず、一人一人のフレーズが頭に残りやすい。これってすごいよね。
又、恋愛小説?はたまた友愛小説のどちらを目指して描いたのかはさておき、どちらも一級品。
Posted by ブクログ
友人でも恋人でも同僚でも家族でも、今ある縁も新しい出会いも大事にすること。
それは回りまわって何か面白いものに繋がっていくのだな…一期一会でも。
ミステリでない人間ドラマもなんだか爽やかで面白かったです。
「この人が誰のお嬢さんか知ってて仰ってるんですか?なんて命知らずな…」みたいな戦法が脈々と受け継がれていて笑いました。
登場人物が多くて、でもこの人はこの人の…!と入り乱れ関わり合っていく関係に「伊坂さんコレコレ〜!」と思いながら読みました。
連作短編集さすが。ちゃんと「あの人か」と思い至れる。
時系列バラバラなのに途中で気付かされるのにも、やられた!という気持ちになれます。
ラストも「お前もかよ〜!!」とツッコんでおわり。
学生時代のいじめっ子と仕事相手として再会する話の結末だけ謎が残りました。プレゼンと合コンで一勝一敗、意外な結果だったみたいだけれど結果は描写されず。合コンが勝ったとしても、忠告通りの人物なら結局負けではあります。
斎藤さんの正体も、勇敢な姉の弟が進んだ道も( ゚д゚)ハッ!となりました。パチパチ(^^)
Posted by ブクログ
短編集としても面白く、最後に出てきた人々が絡め合う小説。
それを伏線回収と言えるのかどうか
次読む時は解説から読んで、相関関係図を書いて読まなければいけないなと
Posted by ブクログ
長らく、本を貸してあげていた元教え子が、自分で本を買うようになったから、もう貸してもらわなくていいと言ってきた。何を買ったのかと聞いたら、この伊坂幸太郎の『アイネクライネナハトムジーク』だという。
この本を選んだ理由は、タイトルがかっこよかったからとのことで、彼は、この本のタイトルが、モーツァルトの作曲した有名な曲名であることを知らなかった。そのため、本当に「アイネクライネナハトムジーク」という響きのかっこよさだけに惹かれて、この本を読もうと思ったらしい。
これが曲名であることを知ってしまっている人間の身からすると、どうしても、あの曲とのつながりや、音楽にまつわる物語を期待して本を開いてしまう。そうした先入観をもつことなく、この本を開いた彼にとって、この小説の物語は、どんな風に見えたのだろうか。
実際、読後の第一の感想は、いったいどこが「アイネクライネナハトムジーク」だったのだろうか、というものだった。もっと正直に言うと、まったく一つひとつの物語が印象に残っていなかった。最終章の「ナハトムジーク」で、これまで出てきた登場人物たちの伏線が回収されているっぽいことは認識できたのだが、ほとんどの人物関係の記憶がなかったので、脳内に「?」を浮かべながら読み進めることになった。機会があれば、もう一度読み直して、きちんと張られている伏線を回収できるようにしようと思う。
そんな中でも唯一記憶に残ったのが、最終章、小野の世界チャンピオンがかかった試合で第十ラウンドのラウンドボーイをつとめ、ボードを真っ二つにした少年である。耳が聞こえないためにいじめを受けていた彼は、偶然出会ったボクサーの小野に勇気づけられるものの、あっさり世界チャンピオンから陥落してしまった小野の姿にがっかりし、意気消沈してしまう。そして、その沈んだ気持ちは、10年後、再度の世界チャンピオンがかかった試合で、再び小野が負けそうになったときには、その不甲斐なさに対する怒りとなるのである。
この気持ちは、何となく、わかる気がする。自分が尊敬した人に、ずっと尊敬されるような人でいてもらいたい。その気持ちは、とても自分勝手で、一方的な思いかもしれないが、往々にして、誰かを応援したり、推したりしたことがある人には、共感できる気持ちなのではないかとも思う。
ややずれた話になるかもしれないが、冒頭に書いた、この本を買ったという少年が、ぼくのことを称して「悪人」だと言った。彼は、ぼくが「悪人」であるという事実を、揺るがしたくないのだという。
正直に言って、少し悲しかったけれども、少し、嬉しくもあった。彼の言う「悪人」としての自分には、たくさん、心当たりがあったからである。
もしもぼくが、彼の思う「善人」になってしまったら、物語に出てきたラウンドボーイのように、怒るだろうか。「なんだその情けない姿は」とでも言うように、自分が理想に思っていた姿からかけ離れてしまったぼくに、怒りをぶつけてくれるだろうか。
彼は、ぼくのことを「悪人」として信頼してくれている。そう思うと、すごく嬉しいようにも思った。
ぼくにとってこの本は、本の内容以上に、この本を一つの区切りにして、別れることになった教え子との思い出が、心に残る一冊だった。ぼくのことを「悪人」だと思うと正直に伝えてくれる少年は、ぼくの知る限り、誰よりも優しく、賢くなれる子だと信じている。ただ、そんな彼が、ぼくから本を借りる関係を途絶える本に選んだのが、この本だったと思うと、寂しさが募る本でもある。
物語に出てくる「斎藤さん」は、お客さんの気分を聞くと、その気分にぴったりな曲を100円で流してくれるという不思議な仕事(?)をしている。そんな「斎藤さん」が、世界チャンピオンのベルトをかけた一戦を目前にした小野に聞かせた曲がある。
すぐにスピーカーからゆったりとした曲が流れてくる。
『心は何で動くのだろう。心はどうやって鍛えりゃいい。哀しみなんて吹き飛ばせ。もうすぐ君の出番だぜ。もうすぐ君の出番だぜ』
夜の歩道を取り囲む空気をぐるぐるとかき回す歌声は、最後に、『「基準は愛だ」って君の目』と続け、終わった。(p306)
高校生になった少年との関係。教育者としての自分の出番は、もう終わってしまった。「もうすぐ君の出番だぜ」。この言葉は、まだ「出番」でない彼にこそ、向けられた言葉になりうるのではないかと、そんなことを思いながら、聴いた。
斎藤さんは、この本を読み終えたぼくの気分に、どんな歌詞を選んでくれるのだろうか。この何とも言えない寂しさに、名前をくれる存在として、斎藤さんは、物語の中に表れているのではないか、そんな風に思うのだ。