あらすじ
山野内荒野、14歳。
まだ、恋はしてない。
……たぶん。
鎌倉で小説家の父と暮らす少女・荒野。「好き」ってどういうことか、まだよくわからない。でも、中学入学の日、電車内で見知らぬ少年に窮地を救われたことをきっかけに、彼女に少しずつ変化が起き始める。少女から、大人へ――荒野の4年間を瑞々しく描き出した、たまらなくいとおしい恋愛“以前”小説。全1冊の合本・新装版。
カバーイラスト:岸田メル
感情タグBEST3
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Posted by ブクログ
中学生くらいのころから、もう10年近く何度も繰り返し読み続けている。2桁周はしたんじゃないかな。
『荒野』というタイトルで、荒野という、北鎌倉は今泉台、お座敷街の、武将みたいな名前をした人気恋愛小説家の、娘、が主人公。
初めて荒野を読んだとき、私は13歳だったはずだけど、最後の16歳まで読んでも、私の方が精神的に大人びていると感じたのをよく覚えている。
奈々子さんが大好き。朝が弱くて、少年みたくスレンダーで、センスのいい家事、くわえタバコに競馬新聞、腰に引っ掛けたジーンズ、事なかれ主義で、接触恐怖症気味の荒野に強いて触れない優しい他人。女であることをおくびにも出さない。正慶が真に愛したひとの娘を、育てた家政婦。離れにいる、愛する人と別の女を、庭から眺める女。利用された女。荒野のことだけは絶対に利用しないハングリー・アートの怪物に。追い出されて、見知らぬ家族の世話をする、荒野の優しい他人。自身が描かれてしまった小説で、荒野の女を見る目を目覚めさせる人。
蓉子さんは蓉子さんで、強かに、奈々子さんの影、荒野の母の影と戦う女だ。初めから、女として、母として描かれる。愛する男を本当は独り占めしたい。でもそれだけはどうしても叶わない。これに苛まれながらも、愛する男の子供と正妻の座を手に入れて、母を知らぬ荒野の世界を母を知る女の世界へ塗り変えてくれようとする。愛のある女。荒野が奈々子さんと小説家 山野内正慶に目覚めさせられた女を見る目、で、恐らく初めて見た人。
荒野は蓉子さんに出会って初めて母たるものを知る。この描写が、荒野を育てた奈々子さんはやっぱり母ではなかったのだと無表情に突きつける。
この二人の対比が力強くて美しい。
江里華と麻美、荒野の、仲良し三人衆も素敵。ただうわっつらだけの仲良しでなく、秘密を共有したり、ひっそり傷つけてしまったり傷ついたり、友達であることのふれあいが全体にたいしてよい割合、いい塩梅で描かれている。江里華は強くていい女だと思う。にぶい荒野の、江里華だから見抜ける、想われセンサー。切なくも、優しいから、優しくて、大好きだから、いつも教えてくれる。なんでもないような顔をして。いや、いい女。荒野のパパが言うこともわかる。
学校だと阿木くんのことも。悠也とはタイプの違う男の子。強い、ところが苦手で私はあんまり得意じゃないけれど、素敵なキャラクターだと思う。世渡りが上手くて、隠れ不良。うまい言い方が見つからないので口が悪いが、物語からすると些細なこのキャラクターにさえ、世渡りの上手い理由(ああいう関係の姉がいる)が裏づけされているの、本当に凄い。
多分、お話の主軸は、成長する荒野と、終幕後に恋愛へ発展するであろう、これまた成長する男である悠也との仲なんだろうと思う。大人の都合に振り回され、遠くへ行きたいと望む、自分の心たる文庫本を携えた少年、悠也。荒野は12歳のうち、また、14歳だったかな、悠也の離れに出入りするようになった頃、12歳の悠也の大人びたところをみる。12歳の悠也がこうまで、荒野より大人びてしまったわけを思うと、切なさもある。
16歳、そばのアパートかどこかへ帰ってきた悠也と、鎌倉で過ごした荒野の、精神的な近さが、荒野のぐんと成長したところを強調するように思える。それとも、自分の意志で遠くへ行ってきた経験が、少年の必死で背伸びしていた踵を地面に着けたのだろうか。どちらもだと思う。
優しい他人と蜻蛉のような父に軽やかで温かで透明な綿でくるまれて守られていたような荒野が、ふと揺れた吊り橋にぐわんと、ばかみたいに、揺られて、外へ飛び出してしまう。だから、悠也と恋をする。賢くて、大人びて、もてて、怒れる少年と。たしか背が伸びて、声も低くなって、荒野を大人としてじゃなく、対等に人として愛してくれる青年と。12歳の女の子とは落ちられなかった恋に落ちる。これらも、美しい構成だなと思う。
荒野は最初から、ふつうの女の子たちよりちょっぴりこども! として描かれる。これは、少女としての成長が始まる頃、小学4年生の荒野が、心を守るために適応したからだと思う。そして、12歳以降、つまり本作が始まって以降、こども! からするとショックな、性的なアクシデントに少しずつ遭遇する。それはアルバイト中だったり、教室でだったり、夜中の山野内家だったり、友達の家だったり。荒野が積極的な興味を持ったのでなく、取り巻くまわりが、荒野と大人のセクシーな世界をふれあわせる。荒野は決まって鼻血を出してしまう。これが、荒野がずっと純粋な恋をしたまま大人になっていく理由なのかなと思う。
荒野が憧れる大人の女は、スーツを纏ってカフェで休憩しながら文庫本を開くような女性で、父 正慶の小説に描かれるような(作中の具体例で言うとつけまの編集者みたいな)女ではない。小学4年生の荒野に恐ろしさを植えつけた、飢える女ではない。恐ろしさをいだいているのだから、憧れようもない。これも巧いなあと思う。一貫している。恋愛に興味はあれど、性的なことがらに関してはトラウマに由来する無意識下の忌避感を持つ少女。それでいて、いい感じにぼうっとしているからか、あの時期特有の好奇心かのか、家の中で直に聞いてしまっても、友達の家で見ても、荒野が気持ち悪いと感じる描写がないから、こちらに気持ち悪さを感じさせる描写がない。
これを、なんというのだろう、リアリティーを持たせて、矛盾なく、辻褄が合うように、美しく(けがらわしくなく)描いて、恋をさせる。小説家とはすごい生き物だ。
これまで何度も読み返したその度に、たくさんたくさん気づいたこと、思ったことはあったと思うけれど、今思える大好きなところはこのくらいかな。私自身が成長するに従って感じ方や考え方が変わるから、何度読んでも面白い。
全てが運命的にまとまっていて、読みやすく、わかりやすく、解釈や想像の余地もあって、傑作と言うほか評しようがないと思っている。10年って。あの頃、この本が好きだったなあとかじゃなく、10年近く、ずっと、いやあ本当に素晴らしい大好きと思いながら何度も読み続けている。
『荒野』に出会ったのをきっかけに、桜庭一樹さんの作品は結構いくつも読んだ。ばらばらとか、ほんとうとか、砂糖菓子とか、赤朽葉家とか、私のとか、このたびはとか、ファミリー、ブルースカイ、少女には向かない、七竈とか……。色々なのを何周かしてみたりしなかったりしているけれど、ずっとマイトップ。オンリーワン。ほぼバイブル。
惜しむらくは、オンリーワンであるがゆえに類似小説に出会えず、初見のあの感覚をもう二度と味わえないであろうことかな。いいけどね! 積み重ねてきた『荒野』の読書経験が私の人生の宝物だから。
このように、大好きな小説です! 愛、すぎる。愛しすぎている。ちょっと愛しすぎているかもしれません。この熱量で荒野の感想を書いてくれる人が、どうか、どうか増えますように!
Posted by ブクログ
1人の女の子が大人の女になっていくお話。
懐かしいく感じる部分もあったり、親の立場として寂しく感じる部分もあり、不思議でリアルなお話でした。