あらすじ
仕事を辞め、夫の田舎に移り住んだ私は、暑い夏の日、見たこともない黒い獣を追って、土手にあいた胸の深さの穴に落ちた。甘いお香の匂いが漂う世羅さん、庭の水撒きに励む寡黙な義祖父に、義兄を名乗る知らない男。出会う人々もどこか奇妙で、見慣れた日常は静かに異界の色を帯びる。芥川賞受賞の表題作に、農村の古民家で新生活を始めた友人夫婦との不思議な時を描く二編を収録。
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Posted by ブクログ
表題作の「穴」だけ読んだ。
このホラー感は何?
小学生の夏休みの不思議な体験の大人版という印象。
読んでいてずっと気持ち悪さがまとわりついてくる感覚がかなり良かったですね。
(追記)
「いたちなく」「ゆきの宿」の二作もかなり良かった。こちらのほうがまだ怖くなくて良かったかな
なかなか読み解けていない部分もあるが、面白かったですね
Posted by ブクログ
表題作の『穴』が面白すぎる。
世間から張り巡らされた抑圧の描写に胃が痛くなり、散歩道に生えた草木の生々しいにおいを感じ、リアルに次ぐリアルに舗装された物語の道に、突如小さく変な穴が空く。変な奴らが登場する。黒い獣、存在を隠匿された義兄。変だけど、それぞれに生態や道理があって、地に足をつけて生きている。変だし不気味だけど、ユーモラスで憎めない。
誰しも「普通」や「まとも」に息苦しさを感じて、「ここではない世界」を夢見たことはあると思う。『穴』で表現されるのは、あまりにショボくて滑稽で、それなのに泣きたくなるような「ここではない世界」なのである。私も穴に潜り、黒い獣の湿った鼻先を感じたい。
Posted by ブクログ
第150回芥川賞受賞作。表題作に2篇の短編を加えたものが本書です。
古今東西のさまざまな文学を渉猟し、吸収して、敬愛の情を持っている人が書いた作品という気がしました。膨大に読みこんだ読書経験の量を背景に持っているので、どこかブルドーザー的な力強さを執筆に転じて発揮できているのではないか。
以下、ネタバレのある感想と解釈です。
見たことのない獣を追って穴に落ちる主人公の主婦・あさひ。主人公にとってはずっと問題のなかった「世界」を見る視座が、穴に落ちたあと気付きもせずにぐらりと変わっているといいますか、世界のほうがごろっと妙な角度に曲がってしまうといいますか。そこも僕には、読んでいて物理的に穴に落ちたシーンにはとくに何も感じず、そこが過ぎてしばらくしてから「ああ、穴に落ちたというのは……」と時間差で違和感が生じてきたのでした。継ぎ目を感じさせない移行の仕方を作っているのはすごい。
それで、僕が感じたこの移行による違和感はなにかというと、まずは「混沌」という言葉が浮かんできます。主人公が驚くようなことがいろいろ起こって、その事案にたいしての理由付けがうまくいっていないために混沌が立ち現われている。これは読者もそうなんです。主人公はうまく飲みこめていないけど、読者にはわかっているという種類の小説ってありますけども、この作品はそうではありません。細部の奇妙さは奇妙さとして断定されているように読めてしまう。それはまあ、疑って読めばいくらでも疑って読めます。しかし、自ら罠にはまっていきたがるチャレンジ精神をかきたてられるようなものがこの作品にはありました。もっと洞窟の奥深くへいってやろうじゃないか、というような気にさせる。そうしてうまく転がされます。言い方を換えれば、ぞんぶんに読者を作品世界に泳がせてくれるわけです。
で、次は「認識」という言葉から考えていきます。小山田浩子さんは認識というものの扱いが巧みなのです。主人公が自分の周囲の世界をどこまで明確に認識しているか。ある認識はべつのものを認識するときの助けになり、反対に妨げになるときもあり、ときに屈曲させてしまうものにもなる。そして、主人公は物語世界のなかで認識の解像度を上げたり上げられなかったりもする。そのようななかで集められた情報やもともともっている知識などからいろいろ考えていくのですから、地盤がゆるゆるしているなかで構築された判断ができあがっていきます。それで混沌状態を体験することになるのです。そしてこれは二重の意味でもあります。なぜなら、読者の認識についても同様に考えられていて、同様の体験をするからです。しかも、没入感をあまり持たない人でもうまく物語世界の混沌に導かれてしまうくらい、粗がない文章だと思います。
物語の結末では、また違う世界に主人公は足を踏み入れています。このあたりも、うまく認識させずに世界を移行するワザが、作家の手法のみならずこの世間というか社会というかにはあるのです、ということを暗に示唆しているのではないかと感じました。
あとの短編二作は連作です。情景や描写から登場人物の心象を推し量るような読みかたで接したのですが、そこもたぶん作家は計算しているのでしょう。「これはたぶん、女性同士の性愛の予感だ」だとか「エロティックな心象を表わしている」だとか「主人公の不安で落ち着かない心持ちを蛾の死骸の描写でトレースしているんだ」だとかありました。が、しかし、結末までいくとフェイントをかけられたみたいになったのです。まあでも、僕はまだまだ小説の読みは浅いですから、もっと鋭い読みはたくさんあると思います。これだという感想は述べられませんが、この二作もおもしろく読めました。
まだまだ自分の知らない色取りの文学世界はあって(それもこの作品以外にもたくさん)、広い世界なものだよなあ、と可能性の大空を感じるみたいに口笛をふきたくなる読書でした。
Posted by ブクログ
穴は難しかったです。姑からの振込依頼のお金が足りなかったこと、水を撒き続ける義祖父、黒い獣、義兄や子供たちの存在、そして穴。
色々考察してみたがわからないことが多い、だが一つだけわかるのはコンビニで働き始めてからは日常がもどったことだけだということ。
いたちなくは妻の語りが不気味でラストもよかった。
Posted by ブクログ
表題作を読み終わって「ああ、土地の人になったんだ……」と腑に落ちた気がした。これまではどこかお客さんのようなぎこちなさや、生活に実感もなく暮らしてる感じだったけど、義祖父の死をきっかけに嫁としてそこに居着いたという感覚。
田舎には田舎のルールがあるとでもいうような通夜の席は異様だったけど、あの場で自覚も出たのかな。そうと決まってからはグズグズ考える頼りなさみたいなものが消えている。役割を得て姑のような人になるんだろう。
義兄の言う事が印象的だったし存在自体も面白かったから、現実に居なかったのはちょっとショックだなぁ。
「いたちなく」と「ゆきの宿」は、夫目線では妻の考えが分からず不気味な人物に映った。これは夫が妻のことを何も分かっていない証拠かもしれない。洋子の前では妻は涙を見せているのである。
「穴」の主人公も夫との意思疎通は出来ていない感じだった。義父と義母の関係もそう。家族ってそういう孤独なものかもしれない。
Posted by ブクログ
なんというべきか…曖昧さの漂う雰囲気。
表題作「穴」:非正規雇用労働の話とか、夫の実家の隣で家賃ゼロで世話になるので姑問題なのかな…と思いつつ、義祖父や義兄への気がかり(主人公は淡々としてるが)…ん?幻想?等 色々思って読んでいるうちに終わってしまった。
まるでろうそくがす~っと静かに消えたような感じ。
…なのだけど、主人公はラストには違う自分にシフトしてる。
激動があるわけではないが、物事は確かに終わっている。
ずっと読んでると正直疲れるのだが、何故か読みたいと思わせられる。
不思議な惹きつけ感があるが、浸りすぎると憂うつになる;
とりあえず、表題作のみの感想。
小山田作品、好きです。