あらすじ
舞台は明治30年代後半。鄙びた甘酒屋を営む弥蔵のところに馴染み客の利吉がやって来て、坂下の鰻屋に徳富蘇峰が居て本屋を探しているという。なんでも、甘酒屋のある坂を上った先に、古今東西のあらゆる本が揃うと評判の書舗があるらしい。その名は “書楼弔堂(しょろうとむらいどう)”。思想の変節を非難された徳富蘇峰、探偵小説を書く以前の岡本綺堂、学生時代の竹久夢二・・・・・・。そこには、迷える者達が、己の一冊を求め“探書”に訪れる。「扠(さて)、本日はどのようなご本をご所望でしょう――」日露戦争の足音が聞こえる激動の時代に、本と人との繋がりを見つめなおす。待望のシリーズ第3弾!
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Posted by ブクログ
会話の中に八甲田山の行軍遭難事故が出てくるので、舞台は明治35年と思われる。
時は日露戦争開戦直前。
最早戦への道は止められぬところまできている。
甘酒屋の弥蔵。
もういい歳であり、“甘酒作って芋蒸かす外に何もするこたあねえし、したくもねえ。死ぬまで息が継げるならそれでいいのさ。”と思って日々暮らしている。
そんな甘酒屋のもとへ、その日暮らしの利吉が飛び込んでくる。
何やら“大ごと”だという。
そして利吉から“そこ”の話を耳にする甘酒屋。
そう。
“そこ”とは、“何でも揃うと評判らしい書舗”、書楼弔堂だ。
その弔堂を、徳富蘇峰(とくとみそほう)が探しているのだという。
ひょんなことから、その徳富蘇峰と共に弔堂へと足を踏み入れる弥蔵なのだった…。
本作『書楼弔堂 待宵』の語り手は、甘酒屋の弥蔵。
弥蔵とは本名ではなく拾った名だという。
彼には、過去の暗い出来事を胸のうちに秘めている節がある。
弥蔵とは以前何者であったのか。(読み進めるうちに、なんとなく見当はついてくる)
ただ、どうやら弥蔵は鳥に詳しい。
「鳶(とび)のような声が聞こえた。
だが鳶ではあるまい。
懸巣(かけす)に違いない。
懸巣は他の鳥の啼き真似をする。あれは鳶の声を真似ているのだ。」
などと、鳴き声だけで鳥の種類を判別できる。
「彼処は簡単に行ける処ではない。必ず見過ごす。あれ程巨きな建物なのに、何故か行き過ぎる。一度見過ごすと、二度目も見過ごす。二度見過ごすと、多分行き着けない。」
本当に必要とする者の前に現れ、本当に必要とすべき一冊を差し伸べる書楼弔堂。
今回も、日本の変貌の片隅で惑う人々が弔堂を訪れる。
でも今回、目まぐるしく変わってゆく世の中に一番惑っていたのは、語り手である甘酒屋の弥蔵だった。
一人部屋に横になると、いつもあの頃の幻想が迫ってくる。
自分が命をかけてやってきたことは何だったのか、全て間違っていたのではないか。
そうするべきだと思っていたのに、後に賊軍となったのは自分らの方だった。
己はただの人殺しだ。
「この明治の世は、瓦解前より良くなっているんですかね。改良されていますかね。」
「それを認めちまうとね、自分が一から十まで間違ってたと、そう認めたことになっちまう」
そんな弥蔵をそばで見つめる鶴田利吉のキャラクターが良かった。
ある意味世に背を向けて、変わることを諦めた弥蔵に対し、
利吉は、刻々と変わってゆく時代に何とかついてゆこうと、楽しもうと、奔走する。
そして、お調子者だし、職に付けずにふらふらしている利吉だけれど、
実は誰よりも弥蔵を慕っており、最終章では弥蔵の体調を身内のように心底心配する。
憎めない、愛されキャラなのだ。
弥蔵は言う。
「俺はね、どっかで間違って、曲がっちまった。だから先が見えねえ。ずっとどこで間違ったか考えてる。わからねえから後ろばかりを見てる」
弥蔵の心がどうか救われて欲しいと、
読み進めるほどにその思いが強くなっていった。
弥蔵よ、弔堂を訪れることで、何かが変わるか?
利吉がそばにいることで、何かが癒されるか?
【自分の為の用語覚書】(ほぼWikipediaより引用)
『探書拾参 史乗』
・燠(おき)…赤く熱した炭火。
・さらばえる(漢字変換できず)…痩せて骨が目立つ。
・鍾馗(しょうき)…中国の民間伝承に伝わる道教系の神。日本では疱瘡よけや学業成就に効があるとされる。
・萬朝報(よろずちょうほう)…日本におけるゴシップ報道の先駆者と知られ、権力者のスキャンダルについて執拗に追及。一時淡紅色の用紙を用いたため、赤新聞と呼ばれた。
・幸徳秋水…ジャーナリスト、思想家、共産主義者、無政府主義者。萬朝報の記者となる。
・内村鑑三…キリスト教思想家、文学者、伝道者。
・黒岩涙香…小説家、思想家、作家、ジャーナリスト。萬朝報を創刊した。
・二六新報…明治から昭和にかけて発行された日刊新聞。萬朝報などの競合紙と激しい競争を繰り広げた。
・インバネス…インバネスコート。男性用の外套の一種。
・御一新…明治維新。
『探書拾肆 統御』
・やまと新聞…日刊新聞。明治後期には東京の有力紙の1つであり、新聞錦絵や講談筆記の連載などで好評を博した。
・野口寧斎(のぐちねいさい)…漢詩人。ハンセン病による病死といわれているが、同居していた義弟(妹婿 野口男三郎)に殺害されたのではないかとも言われている。
・岡本綺堂…本名は岡本敬二。小説家、劇作家。探偵物、怪奇怪談作品を多数執筆。
・統御…全体をまとめて支配すること。思いどおりに扱うこと。
『探書拾伍 滑稽』
・宮武外骨…本名であるが、号のようにしか受け止められないことが多かった。ジャーナリスト、著作家、世相風俗研究家。当初は比較的穏健だったが、反骨精神に富み自ら新聞などを刊行して政治や権力批判を行ったため、度々差し止め処分を受けた。(禁固三年の実刑判決を受けたのも事実。)
・なまくら…刃物の切れ味が鈍いこと。
『探書拾陸 幽冥』
・夷狄(いてき)…古代中国で、東方の未開国を「夷」、北方のそれを「狄」といったことから、未開の民や野蛮な民族をいう。
・縷縷(るる)…細く長く途切れること無く続くさま。こまごまと詳しく述べるさま。
『探書拾漆 予兆』
・おこもさん…乞食。
・牽強付会(けんきょうふかい)…道理に合わないことを、自分に都合の良いように無理にこじつけること。
・舎密(せいみ)…オランダ語シェミーの訳語で化学のこと。
・藤田五郎…新選組隊士。改名している→山口一→齋藤一→藤田五郎。別名:山口二郎。
・杉村義衛…新選組隊士。改名している→永倉新八→杉村治備→杉村義衛。
・寺田寅彦…物理学者、随筆家、俳人。“金平糖の角の研究”など「形の物理学」分野で先駆的な研究も行っていて、「寺田物理学」の名を得ている。漱石の元に集う弟子たちのなかでも最古参に位置する。自分でバイオリンを弾いたりしながら、良い音を出す方法を研究。
・夏目金之助…夏目漱石の本名。
何故か心に残った文章
「下手な慰めは淋しさを不安に変え、不安は余計な悲しみを呼び込むものである。」
『探書拾捌 改良』
・彰義隊…徳川慶喜の警護などを目的として結成された部隊。戊辰戦争の一環である上野戦争で明治新政府軍に敗れて解散した。
・意趣返し…受けた仕打ちや恨みを後から報復すること。
・御陵衛士(ごりょうえじ)…孝明天皇の陵を守るための組織。
・松本良順…医師、政治家。爵位は男爵。明治4年に順に改名。牛乳を飲むことや海水浴を日本に定着させた人物としても知られる。
・佐々木只三郎…江戸末期の武士。京都見廻組隊士。
・京都見廻組…江戸末期に幕臣によって結成された京都の治安維持組織。近江屋事件も当初は新選組の犯行と考えられたが、物証はなく、明治3年元見廻組の今井信郎が自供し、見廻組の犯行と認められた。
・やっとう…剣術の称。または刀。あるいは武士のこと。
・結跏趺坐…仏教とヨーガにある瞑想する際の座法。
Posted by ブクログ
前作を読んでからしばらく経っているから、つながりはあんまり覚えなかったけど、それでも楽しめた
舞台は明治も終わりに差し掛かる30年代、日露戦争開戦直前。弔堂に至る坂の半ばに店を構える甘酒屋の主人・弥蔵を主人公として、史実の作家・劇作家・画家・地球物理学者など様々な偉人が登場する
(個人的には)恥ずかしながら、京極先生の作品を読むのは久しぶりだったんだけど、相変わらず読みやすいこと
文体に調子に語彙に内容に、懐かしさと記憶を上回るほどの満足感を覚えた
非常に面白かった
謎というものの解釈とか、記憶へのアプローチなど、京極先生らしいテーマも含まれててファン的にも満足でした
以下ネタバレ含む
ヤだった思い出に蓋をしたつもりでそれが念頭を去らないことが、むしろそれ以前にあった大切な思い出を思い出すことの制約になってしまっている、というのは割とあるなって思った
特に、そのヤな記憶ってのが自分がやらかしてしまったことの場合は、そのせいでそれ以前楽しく過ごしていたことが申し訳なく思えてしまい思い出しづらくなることも心当たりないことはない
こういうテーマも京極先生らしいね