あらすじ
人間は矛盾に満ちています。ときには理性的に、利己的にふるまう一方で、ときには感情的に、利他的にもふるまいます。なぜ賢いはずの人間が、愚にもつかない失敗をするのでしょうか? そのメカニズムを知るために必要なのは、自明視されてきた人間の合理性を疑い、気分や空気に流されがちなココロの声に耳を傾けることです。本書は、ココロの深奥に迫ろうとする経済学の新しい潮流を一望し、心理学、脳科学などの知見を援用しながら、謎に満ちた人間の不思議を解明します。
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Posted by ブクログ
本書は経済学の歴史を分かり易くひも解いていて、最新の経済学の方向性も示している良書。単純な行動経済学の解説本ではなく、経済学全体をマクロに捉えるには非常に分かり易い本であった。
・本書は平易な言葉で中身のレベルは落とさずに、通常の行動経済学より広いテーマを扱っている。
・古典経済学では人間は自分の利益を優先するものであり、利己的で合理的な人間をホモエコノミカスという。
・人間の心には、基準となる金額をベースにして、それよりも利得となる場合よりも、損失となる場合を非常に嫌う。これを損失回避効果という。同じ金額でも損失効果は2~3倍大きい。
・20世紀は物理学の時代、21世紀は生命科学とくに脳科学の時代になる。
・どの職業の個人も、自分の資本や労働がより大きな価値を持つように努める。その個人的利益の最大化行動が、図らずも社会的利益の最大化につながり、個人の社会的利益への配慮の結果ではない。利益が転じて公益になるのは、市場の需給調整メカニズムのおかげであり、産業間の利潤率均等化のおかげ。
・ケインズ革命によって、不確実性、期待という心理学的要素を駆使して、人間の意思決定の合理性が揺らぐことを説得的に論じた。ホモエコノミクスを否定し、経済学=モラルサイエンスと宣言した。
・人間は社会的な動物なので、どのような参照基準を自分の心の中に持つかどうかで、罪悪感や嫉妬心の感じ方が異なってくる。このような参照基準は文化的、社会的背景に大きく依存する。
・独裁者ゲーム(1万円を与えて相手に好きなだけ分配する)での分配率は、見ず知らずの他人には31.8%、顔見知りには34.5%、親しい友人には40.4%、家族には43.8%という調査結果がある。
・自分のとる社会的行動を通じて、他人が喜ぶ様を見て、自分の利他的な効用が高まる。こうした他人の幸福を自分の幸福として感じる気持ちを「ウォームブロー」と呼ぶ。
・金銭的報酬を与えると、パズルの正答率が下がる。これは内的動機が働いている状況下で、金銭のような外的動機を与えてしまうと、内的動機を損なってしまい社会的行動が減する現象を「クラウド・アウト」と呼ぶ。献金、献血、納税、節電など様々な社会的行動がある。
・人間は社会的な動物なので、社会的に比較されることに敏感であり、他者よりも多くの社会的貢献をしている場合は優越感を、他者よりも少ない場合には劣等感を感じる。
・独裁者ゲームにおいて、自分のもらえるお金が増えた場合にも、他者の取り分が増えた場合にも、同じような嬉しい気持ちが働いて、報酬系の脳の部位(線条体)が活発に活動する。
・統計的確立を適用できる出来事を「リスク」、統計的確立を適用できない出来事を「(真の)不確実性」と呼ぶ。
・自然現象や制度習慣の中には、安定的に回帰、循環するパターンが観察される。太陽の動きや四季などのパターンに合わせて、人間も自分の国道を環境のパターンに合わせるというのが「進化経済学」の考え。そこから、人々の相互作用の結果、優れた行動パターンが模倣されていき、行動のルールの束(制度)が形成される。そして、この制度の生成、消滅が社会の進化になる。
・人間の多くは、リスクを嫌う損失回避効果をもち、100%を重視する確実性効果をもつ。しかしそれでは、新しいことに挑戦しないため、急激な環境変化に対応できなかったり、社会的活力が低下してしまう。
・多くの大科学者、発明家、芸術家は、自閉症障害やアスペルガー症候群などの発達障害的特徴を持っていたと推察される。ニュートン、アインシュタイン、スティーブジョブズ、ビルゲイツ、モーツァルト、ベートーベンなど(特に数学者では変人以外を探す方が困難)。このような少数の人間が、閉塞した社会の中で、あえて空気を読まず、因習や伝統から自由にチャレンジをしたからこそ、文化文明を一歩前へ推し進めてくれる。
・ホモエコノミカスを想定する主流派経済学は、人間を冷徹無比な合理的存在だと仮定した。しかし、生身の人間は、感情に揺らぎ、その感情がゆえに、現在性効果や確実性効果に陥り、合理性から逸脱してしまう。しかし、科学技術が未発達で、やり直しがききにくい古代では、そうした感情のスイッチはむしろ生存確率を高めてくれる進化適応的な戦略であった。科学技術の発達が、人間を取り巻く制約を次第に取り除いてきたが、人間の遺伝子はまだ短時間では急激に変わらないため、こうした環境への適応障害が、現代人が直面する生き辛さの正体ではないか。だからこそ、心の弱さを認識し、心のクセと折り合いを付けながら生きていく必要がある。
・自分で手を上げて参加するオプトイン方式では参加率は高まらないが、嫌な人だけが抜けるオプトアウト方式なら参加率は高まる。こうした選択のデフォルトを上手に設定し、より良い方向に行動変容させていくのが「ナッジ(気づき)」。
・現実の意思決定と最適な意思決定との間にはかい離が生ずるが、そこにはバイアスと呼ばれる法則的な偏りが存在する。有名なバイアスとしては、人間は遠い将来よりも近い将来の利得を優先させるが、今すぐ手に入る利得を重視してしまい、やめた方が良いと分かっていても目の前の誘惑に負けて悪い習慣を立つことが出来ない「現実性バイアス」がある。もう一つは、人間にはリスクを回避する傾向があるが、100%確実な場合と1%でもリスクがある場合とでは、通常のリスク回避だけでは説明がつかないほど認知に隔たりがあり、その結果わずかなリスクを嫌いチャンスを見逃すことになる「確実性バイアス」がある。この2つのバイアスの結果として、変化を過剰に嫌う「現状維持バイアス」が出てくる。人間は今という瞬間に特別性を感じ、変化から生じるリスクを嫌う。
・人間の合理性は限定的であり、選択は選択肢の与えられ方に依存するため、為政者は人間の選択の自由を認めつつも、後悔しない選択肢を選ぶように選択肢の与え方を工夫すべきというのが「ナッジ」。ナッジの例としては、小便器にハエの絵を書くと飛び散りが80%減少する。
・現代の主流派の経済学の三本柱は、家計や企業の行動や戦略などを分析する「ミクロ経済学」、一国や世界の財サービス、金融、労働などを分析する「マクロ経済学」、経済データを統計的に分析する「計量経済学」から成り立っている。これらの根底にはホモエコノミカスがある。今後はこれらに加えて、行動経済学、実験経済学、ビックデータ経済学という未来の経済学が生まれてくる。