あらすじ
娘の不可解な行動に悩む女性刑事が、我が子の意図に心動かされる「傍聞き」。元受刑者の揺れる気持ちが切ない「迷い箱」。女性の自宅を鎮火中に、消防士のとった行為が意想外な「899」。巧妙な伏線と人間ドラマを見事に融合させた4編。表題作で08年日本推理作家協会賞短編部門受賞!
...続きを読む感情タグBEST3
このページにはネタバレを含むレビューが表示されています
Posted by ブクログ
日本推理作家協会短編部門受賞作。日常の中で起きるミステリだけれど、最初にヒントがあるが、最後までなかなか本筋が見えない、卓越した面白さで楽しい。
「迷い箱」
前科があるために生活ができない人を受け入れる施設を開いている設楽結子と、利用者の一人碓井の話。
無骨で律儀な碓井の就職が決まらない、結子はいつもの頼みごとに少し気がとがめながら、幼馴染の工場に世話する。
盗癖があり、その上ごみあさりが趣味の佐藤は拾ってきたテレビを碓井の餞別代りにする。この佐藤、脇役だが味がある。部屋に溜め込んでいるごみに耐えかねて結子は佐藤に言う。「とにかく、部屋を今すぐ片付けるの」「分かりましたよ。・・・・でもなぁ」「何よ」「いざ捨てるとなると、なんかもったいなくて、決心がつかないんですよね」すると、いきなり碓井が口を開いた。
「この前、社長が言っていた。捨てるのに迷ったら、迷い箱に入れる。そしたら五.六日で捨てられる」
碓井は終業時から後に二三日不審な行動をして、川に飛び込んだ。
どこをうろついてなぜ死んだか。
彼が服役することになった罪の重みも悲しい。
「迷い箱」という言葉に象徴されるような、碓井の生き方と、結子という名前まで何かを意図したような、暖かい話がいい
「899」
消防士が恋した女性の家が延焼している。そこには赤ん坊がいたはず。赤ん坊を育てながら働いている彼女は、子供を家においてあっただろうか。
相棒の笠間と跳び込んだ育児室には、隅々まで見たが赤ん坊の姿はなかった。どの部屋にも気配がなかった
が、笠間が思いがけなく、いなかったはずの赤ん坊を救助してくる。笠間は男の子をなくして、それが大きな心の傷になっていた。彼は炊事当番の日、辛口好きの消防士たちに甘いカレーを作る。笠間が赤ん坊を救出した経緯、相棒になった恋する消防士の心理や、周りの消防士とのつながりも暖かい、結末はなんだかほろりとする。秀逸のミステリ。
「傍聞き」
母子家庭の母、羽角啓子と、娘の葉月との心理戦というか、親子喧嘩がそもそも話のメインで、面白い。
啓子は刑事である。仕事から帰る途中だった、なぜか近所のうちが騒がしい。「イアキ」に会ったというのだ。人がいるのに盗みに入るのを「居空き」と言う。被害にあったのは独り暮らしの老女フサノの家で、苗字が啓子と同じ「羽角」だった。逃げていく男は目の下に大きな傷があったという。まさか自分が手錠をかけた男の横崎か?近所に居るとしたら、薄気味悪い。しかしフサノのことも気になる、老人の孤独死の現場に、三,四回は出向いているし。
また娘からのはがきが郵便受けに入っていた、親子はまたしてもバトル中。娘は言いたいことをはがきに書いて投函する。「時間差攻撃よ」 といっている。そして何日か無言のバトルが続く。
同じ苗字のおばあちゃんのところに間違って配達されたことがある。恥さらしである。「郵便屋さんが悪いのよ」「悪いのはあんたの字でしょう、番地の9を7みたいに書くから」娘は小さいころはフサノのうちで世話になっていたからイアキ事件はもっと心配してもいいはず。通り魔事件も起きて啓子の仕事は忙しいのだ。
だが横崎が留置されて名指しで面会を求めているという。彼はそこで重大なことを伝える。それは「漏れ聞かせ」だったのか。タイミングよくというか僥倖に恵まれ、窃盗犯も逮捕される。
親子はまたもとの生活に戻ったが、まだ葉月のはがきはフサノを介して届いていた。啓子は思う、娘は「漏れ聞き効果を狙ったのだ」大雑把に言うけれど。読まなければ味わえない伏線、巧緻に張り巡らされた言葉の網が、「傍聞き」と言うテーマの通りキーワードになっている。
「迷走」
救急隊員の蓮川は救急要請で義父になる予定の室伏隊長と、初めで仕事をすることになった。
倒れたのは副検事の葛井だった。蓮川の婚約者で室伏の娘を、車椅子生活に追いやった車を運転していた検事。
受け入れ先はどこも医師が手一杯ですぐには空かず、走り続けている。乗っている葛井は命令口調で一人の医師を呼び出すように言う。葛井が不起訴になった事故、その事故の担当医師、ここにもつながりがあったのか。事故報告書に手加減を加えたのか。しかしその医師も出先のため役に立たず、車は走り続ける。
一度は病院の駐車場に近づきまた付近を走り回る。サイレンを鳴らして。
住民の苦情が届き始める。隊長はつないだままの携帯を蓮川に渡し、聞き続けるように命令する。患者の容態は少しずつ悪化している。病院から受け入れの連絡を受けた後もなぜ車は走り続けるのか。蓮川に音のない携帯を聞かせ続けるのは。
落ちは、すばらしい。
表題の「傍聞き」もいいが、この「迷走」を一位にしたい。トリックは思いもつかない方法で、新鮮だ。
すべて作品に、初期の段階で手がかりがある。情景描写だったり心理描写だったり、話の流れにうまく滑り込ませている。最後まで読んで、そうだったのか、と気持ちよい興奮を感じる。
Posted by ブクログ
4つの短編で構成されるミステリー。どの作品にも僅かな謎や違和感が散りばめられており、それらの要素を回収しながら、でも終わりでは(イヤミスのようではなく)少しほっとさせてくれるストーリー。
【迷走】
救急隊員隊長の室伏と、同じチームの隊員蓮井が主人公。蓮井の婚約相手かつ室伏の娘を車で撥ねた加害者の元検察官が刺傷を負い、彼を病院に搬送するというのが全体の流れだが、室伏の謎の言動と行動により、なかなか病院に送り届けることができない。ここまでで「私怨に取りつかれた救急隊員」という嫌な筋書きを最初は想像したが、「携帯電話を耳にあてながらサイレン音を鳴らし続ける」という行動から室伏の狙いとオチが少し読めたのは良かった。
怨恨や個人的感情、更には病院の規則や規定を抜きに、何よりも人の命を優先するという芯の強さに心打たれる作品。
【傍聞き】
タイトルの傍聞きがテーマとなる物語であり表題作。
主人公は女刑事の羽角啓子だが、娘の菜月も物語の重要な担い手である。
話は近所の老婆宅で起きた空き巣事件から始まる。しかし、同時期に発生していた通り魔殺人事件を連日担当していた啓子は、心身共に消耗した状態が続いていた。加えて娘の不可解な言動に悩まされる日々が続く。
話が進む中で、実は空き巣事件の容疑者が、我が家に危害をもたらしかねない人間であったことがわかり、読み手もハラハラさせられる展開となるのだが、こちらはあっさりと解決。
意外だったのは娘の不可解な言動に隠された意図であり、遠回しながら一人の老婆を労ろうとする純粋な心持ちに涙腺が緩んだ。
結果的にほっこりハッピーエンドで終わったのはいいが、未解決のままである通り魔事件のことを考えてしまうのは野暮かもしれない。
【899】
消防士として働く諸上が物語の語り手。
諸上は隣家のシングルマザーである新村に恋心を抱いていたが、なかなか一歩を踏み出すことができない。
そんな中、新村の隣家の老人が火事を起こし、諸上は同僚の笠間•石崎と共に消火活動及び延焼した新村宅に取り残されてしまった新村の一人娘あいりの救出に奔走する、というのが大まかな流れ。
しかし、諸上は自分が惚れている女の生活臭やそれによる雑念によってあいりの捜索に手こずり、結果同僚である笠間によってあいりは救出される形となる。
仕事に私情を挟んでしまったことを諸上は心から悔やむのだが、諸上があいりを発見することができなかったのには理由があった。
当然、あいりを救出した笠間が物語の大きなキーとなっている。しかし、彼の犯した過ち自体が自分の身の回りに起きた悲劇や、無責任な親に対する怒りというある種の信念から生まれた行動であることがなんとも皮肉で責めがたい。自分が諸上の立場でも彼の味方になることができたかどうか、とてもわからない。
【迷い箱】
迷い箱とは造語で、捨てるかどうか迷っているものを一時的にとっておく箱のこと。この迷い箱の解釈が物語の大きな鍵になっている。
更生保護施設の施設長を務めている設楽結子が主人公。
結子は刑務所から出てきた元受刑者の身寄りを一時保護し、更生や就職に向けた支援をするための活動を続けていた。しかし、変わらない元受刑者の素行等に嫌気が差し、半ば職を辞める覚悟をしていたところだった。
作中には碓井という過失致死罪に問われた元受刑者(かつキーパーソン)が登場するのだが、この碓井がテレビを使い、テレビに映っていた主人公を心の中という迷い箱に留めようとしていたのが印象的であった。自分の行動に意味を見いだせずいた主人公も、ちゃんと元受刑者の心に寄り添えていたのである。そこから彼女がこれからも仕事を続けていこうという決心をしたところで物語は幕を閉じる。
巻末作品にふさわしい、主人公の新たな出発を予期させる爽やかな終わり方だった。
Posted by ブクログ
救急、刑事、消防といった堅い職業の第一線で起こる、人情のやり取りにまつわる短編集。
全話とも「序盤にほのめかした些細なうんちくが事件解決の伏線になる」という展開で、統一感を感じる一方でやや単調な印象がある。ハッピーエンドながらどこか陰を持った話が多く、でもそれが人間味だといえるようにも思う。
Posted by ブクログ
短編はどの話もサクサク読めた。
ただ読んでいて、場面が切り替わる時がよく意味がわからないところがいくつかあり、何度か読み返した。
本の題名にもなってる「傍聞き」は内容も面白かった。
また本当にそれで終わったのかというゾクゾク感も残る。
Posted by ブクログ
4編共に中々奥深い展開からなされている。最後に大きなどんでん返しはないものの序盤からのちょっとした引っかかりをしっかり回収してくれる展開はさすがだと思う。
他の作品も読み進めて、もう少しこの作者の事を知っていきたいと思う。
Posted by ブクログ
『迷走』
想像通りの展開ではあったが、室伏隊長が私情を挟まずに職務を全うする姿が良かった。消防の仕事を続ける中で自分が燃え尽きないようにひたすら作業していた蓮川がそんな室伏の姿を見て、もう一度患者と向き合い必死に無事を祈っていたところが印象的。
『傍聞き』
表題作。タイトルにあるように、どこかで傍聞きを利用するんだろうとは予想したが、あっさり見逃していたな。横崎の作戦と更生にも驚いたが、娘の絵ハガキの意図も気付かなかった。母に教えてもらったことを自分の利益ではなく人のために活用するのが素敵だった。まだまだ子どもだと思っていた娘は思いやりのあるあたたかい子に成長してたんだな。四作の中で最も希望的に思えて好きな話だった。
『899』
炎の煙よりも何よりも怖いのは人間だが、人間を救えるのも人間しかいないのかもしれないと思った。あの3分間で、笠間はあいりだけじゃなくてあいりを傷付けていた彼女のことも救ったのかもしれない。自分が救わなければならないと咄嗟に判断できたのは、笠間が子どもを亡くしてその尊さを理解しているからこそなんだろうな。笠間と諸上が信じるように、彼女と子どもの未来が明るいものだったらいいなと願った。
『迷い箱』
疑い、信じ、また疑い、相手を知り、また相手を信じ自分自身を信じる。そういう姿が痛いほど共感できた。
確かに、物に対してだけではなく自分の感情に対しても 心に迷い箱を作って一旦仮に捨てた風にして考えてみるのもいいなと思った。
解説から、リアルに描かれたそれぞれの職場の様子が想像だったと知り驚いた。無知の人間からすれば、その職業ならではの課題や現状を知り尽くしているかのように思えたのに。ミステリーも面白かったけど、そういう仕事の裏側みたいなところも興味深かった。