あらすじ
不幸な国ばかり取材してきたアメリカ人ジャーナリストが、人々が最も幸せに暮らす国を探して旅に出た。訪れるのは、国民の幸福度が高いスイスとアイスランド、逆に低いモルドバ、富裕国カタール、国民総幸福量を国是とするブータン、多くの西洋人を魅了するインドなど10カ国。各地で出会った人々や風習、哲学をユーモラスに紹介しながら、幸せになるために必要なものとは何かを探る。草薙龍瞬×たかのてるこ特別対談収録。
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Posted by ブクログ
幸せとは何か?という、有史以来の問いに対して幸せ指数(のようなもの)が高い国に行ってみたらわかるんじゃない?という冗談のようなテーマの本。著者のワイナー氏は海外特派員としていわゆる不幸な国の取材を重ねてきた結果、幸福な国を訪ねてみようと思ったのだとか。
本人は自称不幸な人間らしいのだが、わりと楽観的だったり西洋人らしい無頓着な(ある種、傲慢な)ところもありで、そんなに不幸ではないんでないの?と思える(そもそも、アメリカに生まれている時点で類稀なる幸運の持ち主なわけで)。
訪問した10か国の文化や風俗をルポしながら幸福に関するインタビューをしていく流れで、ちょっと旅行記の様な感じもあり、それだけでも読んでいて楽しい。
それぞれの国に色々な感想を抱いているが、どちらかというとブータン、タイ、インドあたりに対するまなざしに肯定的なものを感じる。やっぱりアジアは人気があるのだなと。
「足るを知る」という概念は、いまだかつて達成されたことがない(そして、おそらく今後も)にもかかわらず、自分たちが足りていると心のどこかで気づいているにもかかわらず足りないと感じ続ける、先進国の人を引き付けて止まないらしい。
「足るを知る」を羨ましく思うこと自体、既に物質的にはほぼ満たされている側の特権なのだが(本当に足るを知りたいなら、今すぐできるのだから)。このあたり、アメリカ生まれならではの感じ方というか、隣の芝生は青いということだろうか。
一方、カタールあたりを冷淡に取り扱っているように見えるのは、文中にある通り文化や生活感のなさを嫌っているのか、それとも成り上がり国への無意識的な軽侮か。
興味深かったのはアイスランドとモルドバ。
前者は、自然というか地球の荒々しい側面と隣り合わせでありながら(あるいは、だからこそ)自国を愛し、文化を愛し、失敗を許容し、中庸を重んじ、だけどアルコールを浴びるほど飲みながらつながりの強い社会で生き抜いている。つながりが苦手な(だけどサービスだけは欲しい)人にとっては生きづらいかもしれないが、自分には好ましい生き方と思えた。幸せを毒する最大は嫉妬、というのがブータンなどのセンスに通ずるところもあり、いつか訪れてみたいと思わされる。
モルドバは逆に、現況に対する不満が充溢していながら誰もそれを改善できず(しようとせず)に諦めきっていて、かつ、他人の幸福が許せずすぐさま引きずりおろそうとする。環境があまりにも悪ければ、そもそもその環境を変えるなどという発想は出てこないし、どだい99.9%の人にはそんなことはできない。まるで現代のどこかの国のようだと思う。
結局のところ、幸せとは何か、というテーマは(予想通り)結論は出ない。ただ、本文中で述べられているいくつかのエッセンスをつなぎ合わせると通底するものは見えてくる。安らげる我が家または故郷があること、ある程度の経済的な豊かさ(個人の資産であれ社会的なサポートであれ)があること、他者や社会との程よい文化的なつながり、失敗しても立ち直れる裕度があること、そして「足るを知る」こと。
陳腐ではあるけども、少なくともこれらが最低限あるうえで、個々の状況に応じた幸せの追及ができる環境にあること、が幸せの必要条件ということだろう。
逆にこれらが満たされない環境では、幸せなど追求しようがない。本文にある通り、トルストイの「幸せな家族はどれもみな同じように見えるが、不幸な家族にはそれぞれの不幸の形がある」は逆なのだ。最低限が満たされないのに幸せになれるわけがない。どんな環境にいても幸せは探せる、というのは満たされている人間の目線でしかない。
10年前の本なので、いまの視点でもし書かれたのならどうなるか、見てみたいと思わされた。
Posted by ブクログ
長いー!!やっと読みおわった。文章うまいなあと思う。ジョークジョークジョーク、ぽんぽんと読めてつい笑ってしまう。たんなるお国事情だけではない、もっと根底にある何かを掴もうとして、もう一歩踏み込むところが面白い。
幸せはどこにある?という曖昧な、哲学的なテーマで旅をする記録を書いた、ノンフィクション。アメリカ人である目線から、しあわせ度の高い国や極端に低い国を巡る。
そもそも、最初の幸福研究の進んでいるオランダの取材で、著者は衝撃的なスタートを切る。幸福研究の第一人者から、「(自分は研究ができればよいので、)世の中が幸せになって欲しいとは別に願っていない」と言い切られるのである。
その前に、すでに研究室内の作業員があまり「しあわせそうに見えない」というジョークも挟まっている。幸福について、考えれば考えるほど幸福は遠のくという矛盾がここにある。
触るなそれが薔薇だ、幸せについて考えすぎると不幸になる。しかしそんな啓示を振り切り、各国をめぐる旅に出る著者。
そんな著者の問いは、「幸福な国はどこか?」という単純なものから、「そもそも幸福って何なの?」となり、「いや待って、幸福より大事なこともあるんじゃない?」と形を変えていく。
宗教論やお金のことなど、既存の論理の道筋に足をとられそうになるところを、ギリギリで回避するところがすごくいい。それこそが本書の存在価値だと思う。
なぜそれが可能なのかというと、もちろん著者の取材力もあるが、旅の途中で
「(個人としては不幸であったとしても)社会には、適合者だけではなく不適合者も必要なことがある」という言及があったように、
その社会の適当な不適合者からも話を聞けていることで多角的な意見が聞き出せているからだと思う。
本書は、実際の出来事の話だけでなく、事例や学説をつかった示唆もおもしろい。
いちばん印象に残ったのは、「快楽=幸福か?」という思考実験の話だった。たしかに、快楽だけを与えられてることが真の幸福かというと納得したくない気持ちがわいてくる。
(書いていて思ったが、本書は、こうやったら幸せになれますよ、という単純なものではなく、
「個人の幸福感」vs
「それより重要な(あるいはそれに影響を与えることもあるかもしれない)何か他のもの」
という図式になってるのかもしれない。)
国と国のつなぎ方、ブリッジや話の展開や転換もすごくうまかった。ジョークもこてこてだけど、アメリカの立場を巧妙に利用して絶妙な嫌われものを演じていて、読みやすかった。
おもしろかった国は、カタールとモルドバ。お金があって文化がないカタール。そんなおとぎ話みたいな国があるんだな、と思った。お金も文化もないけど、野菜と果物がおいしいモルドバは、ほんと、いいキャラだなあと思う。どちらのケースも幸福についての示唆に富んでいた。
遊びに行きたい国は、やっぱりタイ(パッタイが美味しそう、タイ料理が好きすぎる)。次にブータン、インド、とアジアが続くのは、やっぱり仏教が好きだからか。人のにおいのするごちゃまぜ文化もおもしろそうだと思う。住みたい国はアイスランド(全員が詩人って最高)。
ちなみにこのアイスランドの失敗を推進する発想は、特に日本人の不幸と密接に関係してる気がして、ぞわっとした。
日本は、仏教的なところもあるし、スイス的なカチッとしたいところもあるし、アメリカ的なマネー成功神話や自己啓発界もあるし、なんかいろんな国の不幸がごちゃまぜになってる。日本はまちがいなく「不幸」を自覚してる国。
いろんな国のあり方、自分で選ぶことのできる範囲とできないこと、地理的条件と宗教のつながりなどが展開されていて、自分自身の「幸・不幸センサー」を把握することに役立ちそう。
幸せそうな人が何故しあわせそうなのか? あるいは 不幸に見える人がなぜそうなのか? ということを考えるきっかけを得ることができる。
中身は濃く、長い。枚数より長く感じた。千ページくらいの読後感。たぶん、文章をそのまま読むだけでなくて、示唆や皮肉、ジョークなど言外の意味が多いからだろう(翻訳なのもあるかも)。
もー長かった!でも長い旅に付き合わされた分、この著者のことはめっちゃよくわかって好きになってしまった。幸があってほしい。