【感想・ネタバレ】ある島の可能性のレビュー

あらすじ

辛口コメディアンのダニエルはカルト教団に遺伝子を託す。2000年後ユーモアや性愛の失われた世界で生き続けるネオ・ヒューマンたち。現代と未来が交互に語られるSF的長篇。

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Posted by ブクログ

ネタバレ

光合成によるエネルギー自己生成が可能となったクローンと、そのオリジナルの生き様の物語。
オリジナルは成功者だけど、愛を知らない。
シニカルに人を魅力する才能の裏返しで、自分は冷めている。その虚しさを紛らわすためか、極めて廃退的な生活を送る(性描写が多く疲れる)。
そのなか、新興宗教にのめり込み、重要な立ち位置を占める。
殺人事件を教祖転生に仕立てて逃れ、奇跡があるわけではないが、それが世間に受け入れられる。信じてDNAを保存すれば入信。代わりに死後の財産は教団に寄付となり、豊かな財源でクローン技術開発を行う。
フィクションだが、なぜかリアリティーを感じた。
長いし重いし疲れるし、でも読んでしまった。

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2025年03月31日

Posted by ブクログ

ネタバレ

3年ぶりに読み返したことによって、より落ち着いて考えられた気がする。

「仲介」(本ではインターメディエーションとなってる)として人間を捉えることができると思う。ネオ・ヒューマンは確かにダニエル1の時代の人類と、未来人を橋渡しする存在であったかもしれないが、ダニエル1も結局は「遺伝子の乗り物」という意味で、各世代を繋ぐ存在にすぎなかった。

ダニエル1が自覚しつつも直視できない老いは、自身が「遺伝子の乗り物」としての役割を果たせなくなりつつあることを意味する。子供を捨てた経験のある彼は、生殖としての性に入れ込んでいたわけでもないが、愛と結びつく性の意味でも、機会を逸してしまった。イサベルとは愛はあったが性はなかったし、エステルとは性はあったが愛がなかった。ダニエル1の中で両者は切り離されないまま老境を迎え、ダニエルを愛を持って再び迎えたイサベルとの生活も長くは続かなかった。

そこで人類から老いをなくし、不死の存在にするエヒロム教団の活動にダニエルは関心を持つ。が、預言者の「再生」を通し、世間に若さと快楽の永続を約束した教団がもたらしたのは、来世への期待を胸に自死を選ぶ人々の大群だった。ネオ・ヒューマンと呼ばれる人類は、自身のオリジナルの記録を、注釈を通じて次世代に仲介するだけの存在になってしまった。

ダニエル24・25が生きる世界は、それぞれが個として分立し、電子的なやり取りを持って他者と関わる世界である。肉体的な終わりがあるがそれは精神の断絶を意味せず、入れ物が変わるだけである。個としてのネオ・ヒューマンは、<至高のシスター>の教えに従い、来るべき未来人の到来を待つ。だがその生き方は、限りある時間からくる一切の感情を人類から奪ってしまい、仲介としての存在を一層強めただけだった。かといって、ダニエルにはもう野人として生きることもできない。結局「人間は一人で生まれてきて、一人で死んでいく」運命を受忍するしかなかったのか。

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2020年07月27日

Posted by ブクログ

ネタバレ

一つの人間が生きて誰かを愛して愛そうと思って、老いてゆくありふれた生の中に、永遠の命を科学的に成立させられる宗教があり、そしてその永遠の命を獲得した1人の人間のコピーが一つの島の中で終わっていく話。
ウェルベックを読むのは闘争領域の拡大に続いて2冊目。
人によって好き嫌いが分かれるのはわかる。
金を手に入れた人間の性への執着がすごい。やたらとセックスセックス、フェラチオフェラチオ、と語彙が並ぶ。多分ここがダメだと絶対中盤でむりだと思う。
けど、いくらセックスをしても、足りないし満たされない。ウェルベックが話の主軸にしているのは愛なのではないか

「いくら誰もがある程度の抵抗力を持っているといっても、いずれ誰もが愛のために死ぬ。というより、愛の欠如のために死ぬのだ。」

主人公のダニエルは、コメディアンとして成功する。そのコメディは人間を観察して分析して笑いに変えるものだ。ダニエルは、人間をよく見ていて、なおかつ批判的で、ちょっとというかかなり斜に構えている。これはこういうものだ、こういう人間はこうだ。そういうのを理解していながら、一人の人間の膣の中でしか安らぎを得られない、幸せだと思えない。
「ふたりきりで生きる孤独は、同意ずくの地獄である。」と結婚生活を語る。
孤独とは愛がないことだ。
愛は1人で生まれない、ダニエルが欲しているのは他者からの愛であり、自己愛ではない。
「無条件の愛情が幸せになるための必須条件であることは、すでに人間も把握していた。」
信仰宗教のエロヒム教が出てきて話は変わる。
この宗教、実在した宗教らしいですね。
永遠の命を獲得するための宗教で、永遠の命の中では人間は本当に自由になる。社会は愛を嫌うようになり、自己愛の社会になる。この辺の流れがすごく好きだった。
ダニエルはこの宗教のまっただなかにいて、愛がなくても生きていけるようになるはずだった。しかし、ダニエルはそれでも愛を求める。数多くの人間が体を不要として、他者とのコミュニケーションが不要になり、愛や家庭なんて不要になった中で、ダニエルは最後まで愛が足らない。愛の欠如によって死ぬ、前時代の人間だ。
人をけなして、見下して、それでも愛が欲しい、人が生きるには愛が必要で、そして人は老いる。

「とにかく、公平な見地からみて、人間は幸せではありえない。どう考えても幸せに向いてない。」
「まったくこの世界ときたら、実にシンプルだ!おまけに出口がないときている!」

この本のいいとこ、人間が嫌いなのに(多分そうだと思う、大体バカにしてるし)人間を愛したいし、人間に愛されたいし、人間の愛が無条件の愛情、それも肉体的に与えられるものが最も幸福だと書いてあるところだと思う。そんなのほぼ幻想だと言ってるし、人間は老いるし灰になるけど、愛が1番至高なのだ、それがなくなるから人間は死ぬ。いくら永遠の命を手に入れても、愛が足らないから死ぬ。
人生は大体の人間が語りつくしているなという気持ちにさせられる良い本だった。電子書籍で読んだけれどめちゃめちゃ好きなので書籍版も買う。

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2018年07月30日

Posted by ブクログ

ネタバレ

ウエルベックは読んでいるとしんどくなる…笑
自分も老いを感じているからだろう

性行為がなくなると、相手の体が、なんとなく敵対しているものに思えてくる。それがたてる物音、その動き、その匂いが気になるようになる。そして、もはや触れることもできず、交渉を通して聖化することもできない相手の体は、少しずつわずらわしいものになっていく。残念ながら、周知の通りだ。エロチシズムの消失にはもれなく愛情の消失がついてくる。純化された関係なんて存在しない。高度な魂の結びつきなんて存在しない。それらしきもの、それをそれをほのめかすようなものすら存在しない。肉体的な愛が消えたとき、すべてが消える。毎日が陰鬱で平板な苛立ちの連続になる。しかも肉体的な愛に、ぼくはほとんど幻想を抱いていない。「若さ」「美」「力」肉体的な愛の基準というのは、ナチズムの基準とまったく同じだ。ようするに、僕は途方に暮れていた。(p.79-80)

奇妙な物語だった。悲痛な、胸の引き裂かれるような物語だったね、かわいい君(マ・べル)。…つまり僕の中のなにかは常に、自分がついには愛に出会うことを知っていた(ここで言う愛とは、相思相愛のことである。唯一、価値があり、唯一、人を実際にそれまでとはちがう認識の次元、つまり個体性がひび割れ、世界の状況がちがって見える次元に導くことのできる、唯一、継続してもよいことになっている愛だ)。(p.189)

愛は人間を弱くする。そしてふたりのうちの弱者が、もう一方によって虐げられ、苛まれ、ついには命を奪われる。虐げ、苛め、命を奪うほうには、悪気はない。そういう嗜好もない。あるのは完全なる無関心だけだ。これが、人が通常、愛と呼んでいるものだ。…
そして僕は事実を受け入れはじめた。エステルが強者なのだ。そして僕にはもう自分の人生をどうすることもできない。(p.206-7)

束縛のない愛があるとすれば、それは人が悦楽に溢れた環境で、あらゆる恐れ、とりわけ、打ち捨てられる恐れや、死に対する恐れから解放された場合だけだろう。少なくとも永遠という条件が満たされていなければいけない、それ以外にはありえないと思う。つまり、そんな条件は実現されていない。(p.219-20)

皮肉や、諧謔、ユーモアはいずれ廃れる運命なのだ。なぜなら来るべき世界は幸せの世界であり、もはやその世界には、それらの居場所はないからだ。…
そしてこの世界ではじめて、終わりのない愛を実現するかもしれない。倦怠が、愛を終わらせることはない。というか、そうした倦怠を生むのは、焦燥、肉体の焦燥なのだ。肉体は、いずれ死ぬ運命を自覚して焦り、生きたいと焦り、猶予のあるかぎりいかなるチャンスも逃したくない、いかなる可能性も逃したくないと焦り、老い先短い、落ち目の、しょぼくれた人生をめいっぱい利用したいと焦り、それなのに、人がみな、老い先短い、落ち目の、しょぼくれた存在に思えて、誰も愛することができずに、また焦るのである。(p.336)

僕らの肉体にはまったくなんの繋がりもない。僕らは同じ苦痛を味わうことも、同じ悦びを味わうこともできない。僕らは完全に別個の存在だ。(p.373)

僕は、驚愕と嫌悪とともに気づいてしまった。僕は、それでもあいかわらず(とはいえこれは純粋に理論としての話であって、自分に関してはすべてが終わってしまったのはよくわかっている。僕は残ったツキを無駄に使い果たしたのだ。僕はいままさに旅立ちのときにある。終止符を打ち、結論を出さなければならないときに来ている)、とにかくそれでも僕はあいかわらず心の底で、そしてあらゆる明証に反して、愛を信じているのだった。(p.442)

愛は個人の自由や、自立の中には存在しない。あるとすれば虚構である。思いつくかぎり最も見え透いた虚構のひとつだ。愛は、無への、融合への、自己消滅への欲求の中にしかない。かつて誰かが言った大洋の感覚のようなものの中にしかないのだ。(p.461-2)

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2026年04月18日

Posted by ブクログ

ネタバレ

人間・ダニエルと、彼をクローニングして生み出され、何十代もクローンとして再生を繰り返したネオヒューマン・ダニエルの手記が交互に語られる変則的な構成。
『素粒子』の続編的な作品と聞いて読みだしたけれど、読み終わってみると、『素粒子』よりドライでハードな物語だった。続編というよりも、訳者あとがきで説明されているように、『素粒子』の本編とエピローグの中間に位置する作品。
数多くの、真実に見えるフレーズが散らばっているけれど、総体として見たときには、やはりこの主題―性欲のみが人間の持てる唯一の欲望かつ喜びであり、若者のみがそれを享受し、それ以外の人間はその欲望の向こうに作り出した愛という概念に引きずり回されている―は無味乾燥すぎて賛成はできない(ヨーロッパ文明自体の衰退が、人間の生物学的な老いに重ね合わせられている、という解説に納得はできるが)。けれど文章は美しく、構成は技巧が凝らされている。

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2017年05月15日

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