あらすじ
常に時間に追われ、効率を追い求める生き方が、現代人の心を破壊しつつある。今こそ、ぼんやりと過ごす時間の価値が見直されてよいのではないか。では、そうした時間を充実させるために何が必要であり、そこにどんな豊かさが生まれるか。さまざまな書物にヒントを求め、自らの体験もまじえながらつづる思索的エッセイ。
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スマホより、ぼんやり。
串田孫一、岸田衿子、池波正太郎、高木護、ソロー、深沢七郎、山田無文、バートランド・ラッセル、寒山、鴎外、良寛、熊谷守一
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本書は大学生の頃に買って読みました。
当時感銘を受けて、結構ぼんやりの時間を楽しんでました。
就職してからは、ぼんやりとは遠い生活になってしまったけれど、再読。
ぼんやりする時間は、やはりとても素晴らしい。
ぼんやりするようになり、詩を読むようになり、
瞑想をやるようになりました。
瞑想とぼんやりは同じことだと理解しました。
GAFAMのトップ達が、瞑想するのも頷けるような
効果があると思っています。
本書は、自分の解釈では瞑想と書いてない瞑想の本でした。
Posted by ブクログ
夜静かにこの本を読んで、その日の荒れた心を癒して
もらった。
ぼんやりすることには肯定面と否定面があって、この
本は肯定面に徹底的にスポットをあてて、その効能を
やさしくきれいな日本語で教えてくれる。
「光」の恵みを考えるならば、「闇」の恵みにも思いを
いたす必要がある。「動」や「働」や「がんばり」が大切
だと考えるときは、「静」や「休」や「ぼんやり」もまた、
いかに大切であるかを考えねばならない。
こんな思いを、池波正太郎や串田孫一などの著作や
言葉を引用しながら、書きつづっている。
上で、”やさしくきれいな日本語で”と書いたが、それも
そのはず、著者は1975年から88年まで「天声人語」
を担当していたその人。
だからというわけではないだろうが、各段落が比較的
短い。でもそのリズムが疲れた頭と心にはとても心地
いい。
最後まで読み終えて、「緑があるところでぼんやりしよう」
と決めて、今日それを実行に移した。
本書にあるとおり、”貴い時間”を過ごすことができた
気がする。
Posted by ブクログ
ショート動画などコスパが要求される世の中でぼんやりする時間の貴さが説かれる。今の世の中の「絶対的にぼーっとする時間は無駄である。」という考え方をすべて崩してくれた本だった。
たまには何も考えずぼんやりしてみるのも良いかなと思えた
Posted by ブクログ
1.著者;辰濃氏は、大学卒業後、朝日新聞社に入社。ジャーナリストでエッセイスト。ニューヨーク特派員、編集委員、論説委員・・を歴任。1975~1988年まで「天声人語」担当。「文章の書き方」「文章のみがき方」「四国遍路」等、著書多数。名言は、「雨が降れば雨と共に歩く、病気になれば病気と共に歩く、風が吹けば風と共に歩く」。
2.本書;先人の言葉を傾聴し、自身の体験を交えながら、豊かさを模索したエッセイ。都市化は暮らしを便利にした反面、地球環境を破壊。時間と効率を常に追い求める生き方が現代人の心を荒廃。こうした認識で、辰濃氏は、“ぼんやりと暮らす事の価値を再認識した方が良い”と説く。三章構成(第一章;ぼんやり礼賛→常識に逆らった人、第二章;ぼんやりと過ごす為に→その時間と空間、第三章;ぼんやりと響き合う一文字)。
3.個別感想(心に残った記述を3点に絞り込み、感想を記述);
(1)第一章の中の『6.ぼおーっとして生きる』より、「深沢(七郎)が多くのエッセイで説いているのは、「終日ごろごろ寝転がって暮らせ」という事ではなく、「何もせずにひたすら森にこもれ」と説いている訳でもない。繰り返し言っているのは「楽しい時間を作れ」という事。「・・嫌な事は忘れて、楽しい瞬間をなるべく多く作る事だ。・・稼ぐのは面倒くさい事だが、楽しい瞬間を作る為にはそんな支度が必要なのだ。・・」
●感想(1)⇒「楢山節考」等の著作で知られる、深沢七郎氏の生き方です。氏の思想は、人間滅亡教(自分の食べる分だけ働いて、後はぼおーっとして暮らせばいい)と言われます。その生き方は、羨ましい反面、社会的にはやや問題です。人としての義務(仕事への貢献・子育て・・)を果たすという社会貢献が人間の責務だと思うからです。ただ、「稼ぐのは面倒くさい事だが、楽しい瞬間を作る為にはそんな支度が必要」と言っているように、“ぼおーっとして生きる”前提としての労働観に一安心。
「楽しい刹那の集積が人の一生」と言う深沢氏。しかし、この世は、楽しい事よりも、嫌な事・苦しい事の方が多いのでないでしょうか。苦しみを重ねる程、楽しさが倍加するのも事実ですが。
(2)第二章の中の『2.心安らぐ居場所で』より、「休むことが仕事に励む力を生む。・・いい静があるからこそ、いい動が生まれるのではないか。いい休みがあるからこそ、いい働きが出てくるという面もあるのではないか。暮らしの中心にあるのは、むしろ静であり、休みである。楽しい休みや、幸せな静があるからこそ、創造的な動や働が生まれるのだ。そう思えてならない」
●感想(2)⇒静の前提としての仕事について。高度成長を演出した企業には、家庭よりも仕事に力を入れる社員が多くいた、と聞きます。仕事の持帰りが当り前で、静の時を味わう事が難しかった時代です。今でこそ、働き方改革が叫ばれ、ゆとりある労働が奨励されます。評論家の中には過去の労働形態を悪のように言う人がいます。それは違います。ゆとり論議が出来るのも、先人の努力により、生活水準が向上したからです。問題はあったものの先人に感謝すべきです。私は、実務経験がなく、批判するだけの人達を信用しません。現場の苦労を身を以て理解できないのです。さて、著者が言うように「楽しい休みや、幸せな静があるからこそ、創造的な動や働が生まれる」に賛成です。“静”は難しく考えず、自分流で良いのです。私の静の一つは、連続休暇の時の家族旅行で英気を養う事でした。
(3)第三章の中の『「ぼんやり」響き合う一文字』より、「どんなに貧しい暮らしをしていても、心がたくさんの喜び、たくさんの満足、たくさんの感謝、たくさんの情け心に満ちていれば、その人は心の豊かな人、つまり“心の富める人”と言えるだろう。・・立居振舞いがいかにも閑居で、ゆったりしていて、落ち着いていて、急がず、いらだたず、こせこせせず、その一瞬を大切にする余裕のある人は“貴い人”と言っていい」
●感想(3)⇒著者が白居易の詩を自分流に解釈したものです。“心の豊かな人(富める人)”では、「たくさんの感謝、たくさんの情け心」が重要と思います。私は、幼い頃に母から、「他人様を優先しなさい、自分は後回しでよい」と言われました。それを思い出すた度に、母の“人への感謝心”を尊敬します。“謙譲の精神”は人間関係の潤滑油の一つという事でしょうか。次の“貴い人”になるのは大変難しい事です。苛立ったり・怒ったり・・は、人間の性です。「小人閑居して不善をなす」と言います。そうならないように、事ある毎に日々反省し、度量ある生活を心掛けたいものです。
4.まとめ;著者は本書の主題を、「ぼんやりする事、休む事、懶惰である事、閑な事、それらを楽しむ事の素晴しさを考える」と言っています。そして、「生を大事にする要諦は、今日という日の、今という時間を、ゆったりと、のどやかに過ごし、ぼんやりを楽しみながら生きる事だろう」と締めています。“ぼんやり時間”は生活にメリハリをつける為にも、老若男女を問わず、万人に必要と考えます。本書は12年前に出版。社会環境は大きく変化しましたが、人間の本質は変わらず、息抜きは必要です。私は、“ぼんやり時間”をリラックスタイムと解釈。現在は、「早起きし、一杯のコーヒーに舌鼓を打ちながらの読書」が至福の時です。蛇足です。愛犬を亡くし、新たな癒しを模索中。(以上)
Posted by ブクログ
勤勉で実直、頑なな平均的日本人像を地で行く人から見れば、「ぼんやりする」「ぼーとする」という言葉や行為には否定的だろう。
著者は、「ぼんやりする」ことを積極的・肯定的に捉え、余白(ゆとり、余裕でもいいかな)の時間をつくることが、豊かな人生を送る上に必要である…と説く。
朝日新聞記者として長年に亘って【天声人語】を担当した著者の文章には、言うまでもなく、無駄をそぎ落とした上での間や余白の取り方の上手さが、「ぼんやりする」ことで培った技として見事に結晶している。
Posted by ブクログ
いろいろな事例・書物・故事からぼんやりを記すエッセイ。多分そうなんだろうな、と思いますが、きっと実現するのはむつかしい。今の自分は時間の虜だから。ただ、少しでも取り込んでみたいなぁ、自分を守るためにも。
Posted by ブクログ
瞑想。結論的な言い方を言えばそうだが、そこまで高尚なものでもない。
怠惰でもない。
自然のなかで漂う空気、流れる時間にゆらり身を任せる感覚。
喧騒から外れてゼロリセットする大切さはよく解る。
人は気づかないうちに社会の渦に、価値観に、時間に巻き込まれ、およそ、その個人が持っていた本来の時間、空間的絶対感覚を失くして行く。
其れを取り戻す大切さ。
シナリオのテーマが見えてきた。
Posted by ブクログ
「貴いむだ」ということばが気に入った。生産的なことをしていないとつい焦るれけど、ぼんやりする時間をもつこと、一人の時間をもつことは大切なのだな。引用証明がちょっと多い気がしたけど、ゆったり気持ちよく読める本。
Posted by ブクログ
[ 内容 ]
常に時間に追われ、効率を追い求める生き方が、現代人の心を破壊しつつある。
今こそ、ぼんやりと過ごす時間の価値が見直されてよいのではないか。
では、そうした時間を充実させるために何が必要であり、そこにどんな豊かさが生まれるか。
さまざまな書物にヒントを求め、自らの体験もまじえながらつづる思索的エッセイ。
[ 目次 ]
1 「ぼんやり」礼賛―常識に逆らった人びと(「ぼんやり」という貴い時間;「いそがなくてもいいんだよ」;散歩の醍醐味;放浪―マムシと眠る;夢想にふけって;ぼぉっとして生きる;自然にとけこむ;気分を変えるために)
2 ぼんやりと過ごすために―その時間と空間(「むだな時間」はむだか;心安らぐ居場所で;静寂のなかでこそ;温泉の効能)
3 「ぼんやり」と響き合う一文字(「闇」―蛍と星とダークマター;「独」―独りでいること;「閑」―逆茂木に囲まれて;「怠」―「一日四時間労働」の夢;「瀬」―心の余白)
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]
Posted by ブクログ
ロハス、とかスローライフ、なんて考えてみれば、昔の日本はスローライフでロハスだったわけで、いまいちいちこういうことを考えなきゃならないのが間違っているのかもしれない(はっきりそうだと言えない自分が悲しい)。ぼんやりの先達から学ぶ、実践的ぼんやりのススメ。忙しくても自分の時間を30分、15分持ってみる。なにもしないでみる。
Posted by ブクログ
「ぼんやりする時間」がもたらしてくれる様々なことを、多くのエッセイを紹介しながら説明しています。
時間や情報に追われている現代人にとっては特に、ぼんやりする時間を作ることが難しいですが、確かにひらめきや心の整理などはぼんやりした時間にできることが多いのではないかと思います。
つい生き急ぐかのように一日をバタバタと過ごし、何も行動に移さない時間はもったいないと思ったり、無駄な時間だと感じがちですが、もっと積極的に「ぼんやりする時間」をとろうと改めて思いました。
引用されているエッセイの数々の言葉にも興味をひかれたので、読みたい本が増えました。嬉しいです。
Posted by ブクログ
「時間を大切に」みたいな書籍に触れる機会が多くなると、どうしても刺激的で密度の濃い時間を求めてしまう。そうしないと、貴重な時間の浪費という「大罪」を犯したことによる陰鬱とした気分に駆られてしまう。なんとか挽回しようと色々試みてみるものの、気持ちとは裏腹に、何も思い浮かばず、何も身に入らずで、今度は悪循環に苛まれる...。
本書は、そんな時はいっそぼんやりすることが有意義だと背中を押してくれます。しかし、それは決して時間を「有効」に使うことへの諦めではなく、それはそれで「有効」だとしているのが心強い。
「ぼんやり」に価値があるなんて、正直なところ半信半疑だったが、著者の「新幹線に乗っていると、草や木を詳しく見ることができないのと同様に、無駄な時間を切り捨てている人は、忙しい忙しいといいながら暮らしの周辺の細密な変化に気づくのが難しい。」という文章がヒントになり、ナルホド確かにと納得。では、「ぼんやり」の価値はどこにあるのか。
私たちは「動(頑張る)→静(休息)」の順序こそ当然だと考えてしまいます。が、著者はこの方向性は一度疑ってみるべきだとしています。「いい静があるからこそ、いい動がうまれるのではないか。」と。それらは一対の関係であり、両者は共存しうる。その観点で見ると、「静→動」も同等の価値がある。とすれば、一生懸命仕事を頑張ったから、ゆっくり休むという順序でなく、まず静かに休んでみることを起点にしてみたらどうだろうかと提言されていますが、この発想は目から鱗でした。
各々の方向性が同じくらい大事なんだと知ると、「動⇆静」のバランスの取れたギアチェンジが重要だと気付けたし、一端を担う「ぼんやり」にも立派な価値があると認識できました。何より、今後ダラダラする言い訳に説得力を持たせてくれた本書には非常に感謝。
Posted by ブクログ
ぼんやりすることを肯定的に考察したエッセイ。
生産的であること、達成することだけが人生の価値ではないだろう。散歩をすること、景色の美しさを楽しむこと、風を感じること、物思いにふけることも、生を楽しむことそのものだろう。
ソローの散歩の目的は、心に活力を与えること、生命力を得ること、大自然の滋養をたっぷりといただくこと。
だからこそ、森を歩き、沼地を歩き、たくさんの生きものに出会い、心を解き放つ時間を持つことが大切だった。
歩くこと、夢想すること、簡素と自立を中心にした暮らしは、天然無価の宝だった。
ソロー「森の生活」の解説
食うためには自分の食べる分だけ働いて、あとはボーっとして暮らせばいい。
嫌なことは忘れて、楽しい瞬間をなるべく多くつくることだ。
うまいものを食べたり、美しいものを見たり、恋をしたり、喜んだり、楽しんだりする刹那の集積が一生だ。
深沢七郎「生きているのはひまつぶし」「怠惰の美学」
心みちたる すなわち富めるなり
身体閑なり すなわち貴きなり
白居易「閑適のうた」
人々が生きる上で大切なのは、閑である。
働くことはすばらしいものだという考え方は、支配者、富裕階級が働くものにそう思い込ませるために言い続け、その企みが一般にも広まった。
バートランド・ラッセル「怠惰への賛歌」の解説
懶惰をよしとする人は、年中あくせくしてきりきりと働く人を冷笑し、ときには俗物扱いにする。
谷崎潤一郎「懶惰の説」の解説
Posted by ブクログ
志賀高原に樹齢800年のしなの木があるんですが、この本を読んだ時その木を思い出して、しなの木の前でいつまでもぼんやりしたいなという気分になりました。でも全体的に同じような例が繰り返し書かれているので、一気に読むとちょっと飽きてくるかも。ぼんやりしたい時に少しずつ読むのがオススメです。
Posted by ブクログ
岸田衿子などの紹介がよかった。できれば、その路線で最後まで行っていただきたかった。後半は同じことの繰り返しのような気がした。何となく書きすすめていくのではなく、もう少し系統だててほしかった。
Posted by ブクログ
非常に心地よい時間でした。ひと言でいえば…そう、肌としっくり合う感覚。
幸せな温もりを感じながら、ゆっくりと解されたひと時でした。
“ぼんやりの時間”に込められた著者の思いは、タイトルに惹かれ書店で手にした時に想像していたものより、もっとずっと豊かで奥深でした。衝動買いだったけれど、果たして正解。
気に入った描写に出遭うたび、目を閉じ、そのぼんやりの時間を共有してみるのです。聴こえてくる音に耳を澄ませ、匂いや温度を感じてみる…何とも癒されました。そして、不思議と、喜びと新たなエネルギーが生まれてくるのです。
気がつけば空を流れる雲を眺め、風の行方をあれこれ夢想し、蝉時雨の中で静穏になれる自称ぼんやり人間の私は、読みながらちょっぴり胸を張り、密かに口角を上げました。
あぁ、今の私でいい、これでよかったのだと。