【感想・ネタバレ】巨鯨の海のレビュー

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Posted by ブクログ

ネタバレ

江戸時代から明治にかけての紀州太地における集団鯨漁を題材にした短編小説集。さすが伊東潤ブランド、捕鯨の迫力、人間ドラマ、漁という職種のもつ悲劇性…どれも漏らすことなく丁寧に描かれていて読ませる。この人、ホンマに上手いなぁ。

捕鯨については色々意見もあるだろう。
俺は「食うために獲る命ならやむを得ないだろう」派だが、一部反捕鯨団体とそれに対する一部反反捕鯨団体の、お互いヒステリックな応酬には辟易している派でもある。
命を戴くとは、という本来一番考えなければいけないテーマをないがしろにして、ああいうバカげたことをする連中のいうことなどなんの中身もない。
捕鯨文化の歴史、鯨の生態、経済や地域に及ぼす影響などを学び、情報と意見を冷静に交換して、これからの捕鯨について見定めることが必要だと思う。
(脱線するが、実はウナギやマグロについても同じ思いがある)

そういう冷静な判断を下す、感情や怒りに流されすぎない意見を持つ大きな判断材料としても、こういう本は大切だと思う。もちろん小説としての面白さは絶品なのだが、妙なプロパガンダに流されないための、錨の役目も果たしてくれそうな1冊である。

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2018年03月15日

Posted by ブクログ

ネタバレ

 鯨漁を生業として生きる太地の男たち。躍動感のある鯨漁を背景に、6つの物語が紡がれる。
 江戸から明治にかけ、激動の時代の中、地域ぐるみで捕鯨を守る一組織であった太地。閉鎖的だがそうでもしなければ生きられない人々の悲哀や意気込みが伝わって来る。
 鯨がよく獲れた頃は羽振りもよかったが、明治になってアメリカの捕鯨船が幅を利かせるようになり、鯨の数が激減した太地は衰退して行く。その移りゆく時代に生きる、人々の心の襞を丁寧に描いており、読んでいるとつらくなってくる。
 私は学生時代から鯨に興味があり、学生時代大学の先生にお願いして鯨の眼球の解剖をさせていただいたこともある。鯨に関する本も相当読んだし、太地町立くじらの博物館にも足を運んだ。そういう知識を持ってしても、この小説に描かれた太地の組織だった捕鯨の様子、その組織の一員としての生き方は衝撃的だった。はじめは専門用語、というか太地の言葉がとっつきにくいが、最後の頃になると捕鯨船での職業の位置関係や太地弁がすんなり入って来るようになる。
 鯨漁の是非や日本における鯨漁の精神的な位置に関して問うつもりはないけれど、アメリカをはじめとする捕鯨反対の立場の人々にも読んでもらいたいと思った。いや、かえって逆効果かな……。
 以下各物語のあらすじ。
「旅刃刺の仁吉」刃刺(鯨の銛打ち)の息子の音松は、妾腹であるがゆえに虐げられて暮らしている。かわいがってくれる流れ者の刃刺・仁吉に憧れるが、仁吉には故郷で刃刺を続けられなくなった理由があって……
「恨み鯨」刃刺の息子末吉、その母は病弱で少しでも長く生きてもらいたいと願う末吉と父。そんなとき、皆で獲った抹香鯨から、龍涎香(抹香鯨の腸内にある分泌物。香水の減量などになり高価で取引される)が盗まれて……。母を思う子の心、太地の厳しい掟に消えていく命が哀しい。
「物言わぬ海」刃刺の息子、喘息の与一、その友達の耳が聞こえない喜平次。太地でしっかりした身体でないものは、捕鯨には携われない。一生下働きで終わるであろう喜平次に対し、喘息が治った与一は一人前の刃刺になっていく。ふたりの距離が開いたとき、殺人事件が起こる。太地に生まれたゆえの運命が切ない。
「比丘尼殺し」熊野信仰を伝えるべく旅をして護符などを売って歩く女たち、熊野比丘尼。食べていけないものは春をひさいでいたという。その比丘尼の連続殺人が起こり、傷の具合から鯨取りの手形包丁によるもの、しかも左利きの犯行だと推測される。岡っ引きの晋吉は潜入捜査を命じられ太地の捕鯨船に乗り込むが……。時代物ではあるが、現代のサイコパスミステリーのような切り口の作品。
「訣別の時」太地に生まれ育ちながら鯨の血をみると嘔吐してしまう太蔵。刃刺であり美しい婚約者もいる前途洋々の兄の吉蔵は、そんな太蔵にもやさしい。成長につれ、太蔵もいよいよ将来の選択を迫られる。太地で鯨漁に就けない者は丁稚か仏門しか道はない。どちらも嫌だと太蔵は捕鯨船に乗るが、その航海で兄の吉蔵が脊髄損傷になってしまう。その事故から避けられぬ運命を歩み始める太蔵。がんじがらめの掟の中で生きる太蔵の姿は、そうするしか守れない生活、現在の田舎に住む私にも共感できるところがある。
「弥惣平の鐘」地元太地の水主(かこ:船員)の弥惣平と、東京品川から流れてきた旅水主の常吉。体力の無い常吉を弥惣平はかばうが、大きな背美鯨を狙う漁でふたりを含む太地の船団は漂流を余儀なくされ……。時は明治になり、アメリカの捕鯨船に押され、太地の昔ながらの鯨漁が衰退して行く、そこで藻掻く太地びとの姿が描かれる。
 滅びの図式は哀しい。鯨の脊椎には絶滅した動物と同じ特徴がある、ということを書いた本を読んだことがある。鯨と共に生きる太地もまた、衰退は道理であるのか。何とも切ない話である。

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2015年10月18日

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