あらすじ
全色覚異常の天才画家、激しいチックを起こしながら巧みに執刀するトゥレット症候群の外科医、みずからを「火星の人類学者」と感じる自閉症の動物学者……『レナードの朝』で世界中を感動させたサックス博士が、患者たちの驚くべき世界を温かい筆致で報告し、全米ベストセラーとなった医学エッセイの最高傑作。
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Posted by ブクログ
私は脳科学系の読み物が好きで、ことに知覚で形作られる世界は個人的なもので、普遍的なものではないという見方に非常に興味を持っている。本書はまさしくその興味を揺さぶられる内容だった。
本書に描かれている人のうち数人が、自身が障害を持っているということを自覚した上で、障害を消したいとは考えない、とコメントしていたところが印象的だった。それほど彼らが抱えているものが彼らのアイデンティティとして切り離せず渾然一体となっていること、そしてそれほどに彼らが彼らの知覚している世界を守りたいと感じるのだとわかった。
健常者は、ハンディを抱える人に対して、「正常な知覚ができる状態にできれば感動的だろう」と考えることがある(本書の「見えて」いても「見えない」に出てくる妻もその考えだったのだと思う)。私もそう思っていた。もちろん、正常な知覚を得たい、取り戻したいという人もいるだろう。だが、そういった人ばかりではないということを知ることができた。そして、アイデンティティと知覚的世界を守りたいという気持ちは健常者と変わらないと思った。
Posted by ブクログ
「レナードの朝」や「妻と帽子を間違えた男」で有名な、脳神経科医オリヴァー・サックスによる症例ルポ。
患者の実生活に近づいて、彼らの人生を丹念に聞き取り、彼らと共に過ごし、彼らの内面を主観的視点から調査しようとしている。それは科学論文で見られるような冷たい客観的視点ではない。患者を単なる症例の付属物ではなく、一人の人間としてその人格、心のありようを掴もうとしているのだ。なにせ患者の住んでいる土地の美しさまで感動的な筆致で描写しているくらいなのだ。
とはいえジャーナリストが感傷的に人を描写するのとは違って、オリヴァー・サックスはやはり専門医である。ところどころに脳神経についての科学的な事実や過去の類似の症例を引き合いに出して、患者の症状を医学的に解説してくれている。
つまり本書は人体というモノを見る客観的視点と、人を見る主観的視点、この二つが見事に織り交ざった秀逸なルポルタージュなのである。
私が感銘を受けたのは著者の穏やかな知性が滲み出る文章だ。以前テレビで見た彼の話し方をそのまま写し取ったようだった(オリヴァー・サックスは2015年に逝去したが、彼がプレゼンをしたテレビ番組は今でも簡単に観ることができる。「TED」または「スーパープレゼンテーション」で検索すれば、公式動画が無料で見られる。ちなみに「火星の人類学者」に登場するテンプル・グランディンも同番組に出演したことがある)。
一番心に残ったのは「最後のヒッピー」。切なさに胸を締めつけられた。人にお勧めしたいのは表題にもなっている「火星の人類学者」。最近高機能自閉症やアスペルガー症候群について注目が集まっているので、興味のある人はそこから読んでみてもいいと思う。
Posted by ブクログ
基本的には読み終わっていない状態では更新しないのだけど
(他の呼んでいる途中の本は今のところ改めて手に取るつもりはない)。
「最後のヒッピー」というタイトルで書かれたストーリーに
あまりにも心を打たれてしまったので。
脳に損傷を受けてしまい新しい出来事を覚えられない青年グレッグの話。
脳が損傷したために新しいことを覚えられない、とか、
病気のために記憶がどんどん失われていく、とか、
こういう記憶関係の障害の話は弱い。
悲しすぎるので。
本人は喪失すら気づけず、考えようによっては幸福とも言える状態なのだけど、
でもやはり、却って、と言うか、絶対的に、悲しい。
グレッグのケースは特に、
表面の意識では知らないのだが
心の底では何かを気づいているのでは?と思わせる描写があるので、
でもどうしようもないので、
余計に悲劇に感じてしまう。
永久に損なわれてしまうって、
とてつもなく悲しい。
絶望って、こういうことを言うのではないだろうか。
永久に損なわれるという意味では、
最初のエピソード「盲目の画家」もそうなのだが、
やはりそこに自覚があるかないかの差が大きい。
因みに私の人生でのオリヴァー・サックスの登場はこれで三回目である。
高校生の時、朝日新聞か何かの書評で『妻を帽子と間違えた男』の存在を知り、購入。
これが一冊目。
それが映画『レナードの朝』の原作を書いた人だと知ったのはずっと後の話(映画は未見)。
その後TEDで
シャールズ・ボネ症候群という脳の過反応による幻覚についてのスピーチを聞いた(見た)のが、
私の中のオリヴァー・サックス登場二度目。
そして今回が三度目。
脳神経外科医である彼が取り扱う症状は、
私の好きな精神医学の分野にリンクしていることもあり、基本的に興味深い。
また文章も、上手なのもあるけれど、やはり、
変に感情に走らず、医者/学者として淡々とエピソードを語るところがとても良い。
誠実な文章である。
ちょっと、うーん、と思ったのはタイトル。
「火星の人類学者」、原題も「An Anthropologist on Mars」で同じ。
アイキャッチだとは思うけれど、
アイキャッチすぎるタイトルはあまり誠実に感じないので個人的に好きじゃない。
特にこれは何か全体の比喩ではなく、
症例として登場するある特定の人物を意味する言葉なので、
全体のタイトルとしてはどうかな、と思う。
中身の誠実さに適したタイトルがもっと他にあったのでは。
訳者の後書きに、とある辛辣な書評が引用されていた。
本に対する辛辣さ、というよりは、オリヴァー・サックスその人への辛辣さなのだが、
オリヴァー・サックスの文章には覗き見趣味が見えるという。
感じたことがなかったので(翻訳後だからかもしれないが)、
ちょっと驚きの見方であった。
うーん、そうなのかなー…。
まあそれはそれ。
『レナードの朝』も読んでみようかな。