あらすじ
二十歳の繭村甲斐子(まゆむらかいこ)は、大きな瞳と高い鼻、豊かな乳房とくびれたウエストを持つ女性だった。だが、彼女は名医・大曾根(おおそね)に懇願し、全身整形をする。一方、同郷の望月阿倍子(もちづきあべこ)も、社会人となった新生活を機に整形。その姿は甲斐子そっくりになった。正反対の考えのもと、整形をした二人の、整形後の運命はいかに――。美しさとは? 幸福とは? 根源を問う衝撃作。
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Posted by ブクログ
「ないものねだり」の変身願望を行動に移した2人の主人公。傷を負ったけれど「自分」に戻ろうとした阿部子は救われ、変身が定着して「自分」を見失った甲斐子は救われなかった。
「あなた」が幸せになりたいなら、「あなた」のまま幸せになろうとしなきゃ。
幸せな「他人」になろうとすると、「あなた」は不幸のまま放ったらかしになるよ。
ってことかな。
さて、ここからは余談。
「女性の美しさとは」をテーマにした作品ということで、「リアルシンデレラ」を思い出させます。どちらもとても面白いけれど、「リアル~」は「女性の美しさを審査する者」=他者の視点で美を考えているのに対し、この作品は「美しさを審査される者」=女性自身の視点で描いています。ベクトルが逆なんですね。
ベクトルという点で言うと、羨望と軽蔑、尊大と卑下といったような感情も、そのベクトルが交錯します。美しい甲斐子は美しくない顔に整形することによって望みの人生を手に入れ、美しくなかった阿部子は美しい顔に整形することによって人生を狂わせるという、これだけだと単純なベクトルのお話ですが、そうはならないところが、姫野カオルコの姫野カオルコたる所以ですね。
幸→不幸とか不美→美とか、そのベクトルが時間軸で入れ替わります。モノは全然違いますが、そういう意味では、有罪→無罪を描いた「12人の怒れる男」に対する、無罪→有罪→無罪を描いた三谷幸喜「12人の優しい日本人」を思い出しました。
Posted by ブクログ
整形の話だけど、「顔としての美しさ」と、「それがどう他者から見られるか」を切り分けて描こうとしているのが伝わった。
そもそも美人とは何なのかという話。