あらすじ
戦後犯罪史に残る凶悪犯に降された死刑判決。その報を知ったとき、正義を信じる検察官・大友の耳の奧に響く痛ましい叫び――悔い改めろ! 介護現場に溢れる悲鳴、社会システムがもたらす歪み、善悪の意味……。現代を生きる誰しもが逃れられないテーマに、圧倒的リアリティと緻密な構成力で迫る! 全選考委員絶賛のもと放たれた、日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作。
...続きを読む感情タグBEST3
このページにはネタバレを含むレビューが表示されています
Posted by ブクログ
この話に何度も何度も出てくる、「罪悪感」という言葉についてとても考えさせられる話だった。
介護なんて、どれだけしんどくて辛いかは実際やった人じゃないと分からないと思う。大友が何もしてないくせに綺麗事言い過ぎて斯波や佐久間に共感してしまった。羽田の気持ちもすごくわかる。
そしてそう思うことについて「罪悪感」を抱いてしまった。
救われたのは最後の羽田の「きっとこの世に誰にも迷惑をかけないで生きる人なんて一人もいない」という台詞。
Posted by ブクログ
介護業界が抱える闇を抉り出す社会派ミステリー。正義とは、救いとは、罪とは何かを否応なしに考えさせられる。
安全地帯にいる者ほど、介護をビジネスにするなんてと上っ面の綺麗事に囚われてしまう。主人公である大友自身が、安全地帯から空疎な正義を語る存在であるという点が皮肉である。
人の善性を信じて疑わない大友に読者が息苦しさを感じてしまうことこそが、この作品が投げかけている問いなのだと思う。
Posted by ブクログ
一気読みしました。
後半の犯人がどんでん返し。
↓あらすじ
その日、地方裁判所ではひとりの連続殺人犯に死刑判決が下されようとしていました。彼は、のべ43人もの人間を殺害し、そのうち十分に裏が取れた32件の殺害と1件の傷害致死の容疑で起訴されています。
彼は、死刑執行で自分の存在が消え去ったあとを想像し、微笑みを浮かべていました。「後悔はない、すべて予定通りだ」。
傍聴席から彼の姿を見ていた羽田洋子は、母を殺された被害者です。しかし、これまで洋子は彼に対して怒りも憎しみも湧くことはありませんでした。
検察官と一緒に作った調書には、理不尽に家族の命を奪われた遺族として怒りを表明したものの、本心ではないと気付いていました。
こっそり他の被害者遺族の様子を伺います。「ねぇ、あなたたちは彼に救われたと思ったことはない?」。
まるで地獄。優しかった母が、髪を振り乱し、洋子のことを洋子と分からぬ様子で、ケダモノのように吼えています。
何事かとやってきた孫の颯太にも罵声を吐き、抑えようにも暴れる母は脱糞。足を滑らせまみれて泣きじゃくる颯太に、洋子は思わず声を荒げ、手をあげます。この地獄はいつまで続くの?
連続殺人犯の死刑判決を検事の大友秀樹は、遠く離れた東京で耳にします。彼の逮捕に至った経緯には、大友の父の介護問題がありました。
昨年母に先立たれ、持病の腰が悪化した父は、足腰が立たなくなり、介助が必要な車イスの生活になっていました。
大友は、老人ホームの経営母体である総合介護企業「フォレスト」で営業部長を務める同級生の佐久間巧一朗に相談します。
貿易商として財をなした父に、佐久間は裕福層向けの介護付き有料老人ホーム「フォレスト・ガーデン」を勧めます。一流ホテルのような行き届いた部屋とサービス、ひとりひとりに合わせた食事管理に看護師の常勤と、まさに天国です。
佐久間は、高齢化社会の対策として設けられた介護保険により、介護はビジネス、資本の上に乗せられ、つまりは助かるために金が必要な世の中になったと言います。
「老人格差」。介護とビジネス、相容れようのないものを掛け合わせたキメラのようなグロテスクさに、大友は耳鳴りが止まりませんでした。
地方にある訪問介護センター「フォレスト八賀ケアセンター」に勤める斯波宗典は、今日も無事、訪問介護を終えセンターに戻る途中です。
車内では看護師の猪口真理子が、亡くなった羽田のおばあちゃんの噂をしています。「ポックリ逝ってくれて娘さん助かったよね」。「そういう言い方はないと思います」と、反論するのはパートヘルパー窪田由紀です。
斯波はそんな窪田に危うさを感じていました。介護の仕事は真面目な人ほどつまずいて辞めてしまうのを知っていたからです。
介護保険法の改正で、訪問系のサービスに対する報酬は引き下げられ、「フォレスト」本社が各事業所での受注ノルマを増やしたことで、現場は給料が増えることもなく、労働だけが増していました。
フォレスト八賀ケアセンター長の団啓司は、管理職ながらも自ら現場に出なければ運営も回らなくなっていました。
心配していた窪田もみるみる意欲を失い、いつもなら上手くかわしていたセクハラに耐えられず爆発。「燃え尽き」と呼ばれる現象です。次の日からセンターに来ることはありませんでした。
そんなギリギリの環境で、介護保険法違反があったとして「フォレスト」本社が改善勧告を受ける事態が勃発。
大友は、父の「フォレスト・ガーデン」の入居も済ませた矢先のこともあり、佐久間に連絡を取りますが、「大丈夫、高級有料老人ホームは安全地帯だ」と歯切れの悪い反応でした。その後、佐久間との連絡は途切れます。
佐久間は、大友と友達のフリをしていますが、学生時代から性善説を解く大友のことを嫌っていました。本当の所、全国の事業所へ監査が入るほど不正発覚は免れない事態です。
過度なストレスで薬に手を出していた佐久間はフォレストを辞めたあと、金の工面のため、年寄りをだまし金を巻き上げる裏社会へと身を投じていきます。
佐久間はフォレストに登録されている老人の個人情報を売り、犯罪に加担していました。佐久間の最後は、仲間の裏切りにより命を落とします。
佐久間の死と共に、フォレストの各事業所の個人情報がUSBで発見され、大友の元に届きました。
大友は、その中にひと際、お年寄りの死亡率が高い事業所があることに気付きます。訪問介護センター「フォレスト八賀ケアセンター」、センター長は団啓司です。
※以下ネタバレ
彼は、緒方カズの家に仕込んだ盗聴器に耳を澄ませていました。85歳になる緒方カズは寝たきりで、週末だけヘルパーによる訪問介護を受けていました。
平日は息子の嫁が身の回りの世話に訪れていますが、イヤフォンから金切り声が聞こえてきます。「いたい、いたいよぉ」「どうして、うぅ」。どうやら食事中に失禁してしまったカズを、嫁が泣きながら叩いているようです。
心のキャパシティは人それぞれですが、限界を超えた介護の悲惨さに、彼は耳を澄ませ「調査」し、殺すにふさわしいかを見極め、殺すタイミングを把握していきます。今夜「処置」に踏み込もう。
フォレスト本部の不正発覚により、地方の介護センターへの風当たりは厳しくなる一方でした。「フォレスト八賀ケアセンター」では、石が投げ込まれガラスが割れていました。
そんな厳しい状況の中、斯波は利用者から預かっている家の鍵のひとつがコピーしたものだと気付きます。半寝たきりで一人暮らしをしている梅田久治の家の鍵のようです。
訪問介護の時間以外にセンターの誰かが梅田家に出入りしている。斯波は、夜間の張り込みを決行します。
現れたのは、センター長の団でした。挙動不審気味に辺りを見回しながら、梅田家の鍵のコピーを使い家の中へ入っていきます。
「団さん、梅田さんの家で何をしていたんですか?」。センター長の後を追いかけ声をかける斯波。能面のような顔をした団が、鉄の塊を斯波めがけて振り下ろします。
その頃大友は、不自然に老人の死亡率が高い「フォレスト八賀ケアセンター」のシフトから、ある人物を割り出していました。正社員の斯波宗典です。
斯波は、自ら父親の介護経験があり、その経験から介護士を目指したという心優しい青年であり、献身的な介護で介護家族からも信頼されていました。
大友は斯波の元を訪ねます。老人殺害の件と聞いても落ち着き払った態度の斯波は、自らの犯行を自供。
さらに、昨夜の犯行はイレギュラーであるとし、死体の隠し場所も明かします。証言通り、埋められていた死体は、フォレスト八賀ケアセンター長・団のものでした。
「今までに、43人殺しています」こともなげに答える斯波に、大友は怒りをこみ上げます。「身体が不自由で生活に助けを必要とし、大した抵抗もできないお年寄りをお前は殺したんだ」。
斯波はあくまでも涼し気に頷きます。「そうです。殺すことで彼らと彼らの家族を救いました。僕がやったことは介護です。喪失の介護、ロスト・ケアです」。
介護職より十分に睡眠時間が取れる留置室で斯波は、未来のことを考えます。ロストケアは続けることはできないが、ここからが重要だ。せめて一矢報いる。すべて予定通りだ。
羽田洋子は、検事の大友から被害者遺族として調書を受けていました。「最愛のお母様が、献身的な介護に関わらず、卑怯な手段で殺されたんです。無念ですよね」。
大友の言葉に頷きたい気持ちはあります。母を愛していたし、献身的に介護もした。でも、地獄のような介護の日々から解放された安堵、実際に生活も楽になりました。
「私、救われたんです。たぶん、母も」。ぽつりとこぼされた本音に大友はつらそうな表情を浮かべ「この部分は調書に加えません」と言い伝えるのでした。
介護の負担が重く本人も家族も苦しんでいる者を選んで殺したと主張する斯波。それは犯罪を犯したことは認めても、罪は背負わないという宣言とも取れます。
大友は押収した斯波の犯罪ノートの1冊目の1ページ目を開いて問います。「実の父親を殺したことも正しいというのか?」。
「はい」。斯波は父との壮絶な介護体験を語ります。たったひとりの身内、父が認知症を伴い脳梗塞で倒れ半身不随に。
徘徊がひどい父のために定職には付けず、貯金も使い果たし、迷ったすえに生活保護申請に行くも、「働けるなら頑張りましょう」と窓口で返されてしまいます。
これ以上何をどう頑張ればいいのか。斯波は、苛立ちを父に向けてしまうこともありました。後悔で泣き崩れる息子に、父は気が確かな時は「もう十分だ、殺してくれ」と頼むようになります。
犯行には煙草から抽出したニコチンを使用しました。警察は父の死を自然死と断定。バレなかったことで、斯波は自分にはやるべきことがあると確信します。
それは、「ロスト・ケア」。かつて自分が誰かにして欲しかったことをしよう。奇しくもフォレストの経営理念である聖書の一節が大友の頭をよぎります。「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい」。
それでも性善説を唱えたい大友に斯波は続けます。「僕を死刑にするためにあなたは取り調べをしている。あなたも一緒です。この世には罪悪感に蓋をしてでも人を殺すべきときがある」。
この事件は「ロストケア事件」と呼ばれ、マスコミはセンセーショナルに取り上げました。識者の多くは、「彼が起こした殺人は許されることではないが、本当の問題は社会の側にある」とする意見が多数でした。
世間では、事件の背景にある介護保険制度の不備、介護問題、安楽死・尊厳死の合法化など、リアリティを持って語られる機会が増えていきました。
起訴から判決まで、およそ4年。大友は怒りにも似た罪悪感に苛まれていました。もう一度あの男と対峙しよう。大友は、東京拘置所でアクリル越しに斯波と対面します。
「お前の本当の目的は、この事件が広く世に知られることだ。少しでも良い社会になることを望み、命を諦めなくてもいい世界を作ることなんだな。ならば、勝手に死ぬな。ここはお前だけの世界じゃない」。大友の声は熱く、そして濡れて震えていました。
「あなたと話ができて良かった」。本心からそう思えた斯波は、その後口を紡ぐのでした。
Posted by ブクログ
社会派な内容とどんでん返しのバランスが中山七里みたいだと思った。後者は邪魔者のようにも思えるが、ミステリー好きへのサービスでしょうね。
1番の衝撃は「相模原障害者施設殺傷事件」よりも前に発表された作品だということだ。現実の事件をモチーフにしたのだと思っていたが、フィクションが現実を先取りするなんて…
私は性善説を信仰する大友検事があまり好きになれなかったのだが、そこすらも著者の狙いだったのだろう。
「殺すことは間違っている!救いも尊厳も、生きていてこそのものだ。死を望んだんじゃなく命を諦めたんだ!」
だが、介護の世界は決して理想論では片付けられない。家が裕福でVIP待遇の老人ホームに父親を入居させた大友が言ってもただの綺麗事にしか映らない。
「あなたがそう言えるのは、絶対穴に落ちない安全地帯にいると思っているからですよ」
ストンと腑に落ちた。まさにこれが日本がいつまで経っても変わらない原因の一つなのだろう。
この作品を読んで平然としていられるのも、どこか自分とは違う世界だと逃避しているのかもしれない。だが、いつか親を介護する日はやってくる。子の顔を忘れ、糞尿を撒き散らし、暴言を吐く親を私は献身的に介護できるだろうか?少子高齢化が加速するこの国で、介護の現場は崩壊を起こさないのだろうか?本書を読んで、将来に対するあらゆる懸念が浮かび上がったが、明るい見通しは立たないまま、ただ絶望の淵に沈んで物語は終了した。