【感想・ネタバレ】聖地巡礼 ライジング 熊野紀行のレビュー

あらすじ

思想家であり武道家の内田樹と、比較宗教学者で僧侶でもある釈徹宗が、日本人が失っている霊性を再発見するシリーズ「聖地巡礼」。第2弾は多産の空間・熊野を巡ります。今なお日本の宗教性がむき出しとなっている聖地・熊野で内田樹・釈徹宗は何を思い、感じとったのか。巻末には、これまでの聖地巡礼を振り返って「復習」していますので、シリーズ1巻を読んでいなくても楽しめます。

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Posted by ブクログ

ネタバレ

熊野が聖地であるというのは何となくは知っていましたが、他の予備知識もないまま、この「聖地巡礼」シリーズ完読を目指して手に取りました。

本筋の巡礼そのものよりも、あちこちで語られる先生お二人の会話の名言や知識が面白かった。
1600〜1660年ほどの60年間が日本文学史上「空白期」、後世に残るような文学的成果が全く何も出ていない(p21)という巡礼本筋とは全く関係ない情報にまずは驚き。
後でこれは何かの文学史年表を確認してみようと思いました。

「8時だヨ!神仏集合」(p22) 吹き出しました。確かにネーミングセンスが(笑)
インドネシア全体はイスラム教なのにバリ島だけがヒンドゥー教というのも知らない情報でした。
近頃自分の住んでいる地域ではインドネシア系の人が増えてきていて、そのうち日本もイスラム教の人口がかなり増えるだろうと私も感じていたところ。

固有の信仰や生活習慣や食文化を持って入ってきた時に、それによって我々の社会がどういうふうに変わっていくのか、どういうふうに新しい宗教集団を受け入れて共生していくのかについてももっと真剣に考えるべきなんです(p174)
イスラム教の土葬の懸念についてもここに書かれていますが、内田先生のご指摘は、もう考えなくてはならない、喫緊と言っても良い状況のように自分も思いました。
改めて奥付を見たら発刊は2015年。
十年以上過ぎてる現状の対応がどうなっているのか気になります。

正しいことでも「正し過ぎる」と災厄をもたらす(略)「 君たちの言ってることは正しい。正しいけれど 、ちょっと手控えてね」というわけのわからない 言い分を通すためには、そういう人間にそこそこの「貫禄」がないとだめなんです(p56)
日本人は知的な負荷に耐えられなくなっている気がします(略)知的作業に関する粘りがなくなってきた(p57)なるほど。

お神輿は皆で担いで祝詞を上げて御魂入れをするとズンと重くなる(p60)ええっ、そうなんだ。さらっと書かれてますが驚き。
お仏壇によく「魂入れ」するとか、お仏壇を引き払う時に「魂抜き」をするなども言いますが、やはりそういう「世界」があるのだろうと。
そういえば人は亡くなったあと体重がすぐ何gだったか軽くなるといいますね。それも魂が抜けるからだという説があったことを思い出しました。

遺体を金属加工に使う話(p137)も驚き。遺体を奪う理由にそんなこともあるとは。事実は分からないらしいけれども伝承として残っていることがまずすごい。

イスラムの人とキリスト教の人が一緒に運営しているモスクかつ教会みたいなものが(トルコに)あるんです(p188)
これは以前読んだ何かの本で自分も知ってました。何ていう本だったか気になります。トルコの人の対日感情がいいのは和歌山県民のおかげ。
そうだったのか。

補陀落渡海って凄い行があるんですね(p207)捨て身行というものは聞いたことがあるけれど補陀落渡海は知らなかった。
わずかに食べ物を積んで屋形船の中に外から板を打ち付けられて閉じ込められて船出し、亡くなるまでお経をそのなかで唱え続ける…恐ろしすぎます。
宗教者が行う行為は凄まじいものがどの宗教にもありますが、これもかなり凄まじい。無理やり渡海させられるお坊さんの話を書いた小説もあるとか。無理矢理だったらなんと残酷な仕打ちだと思います。自分は閉所恐怖症気味なので想像するだけでザワザワします。

巡礼を進めて行くと、あちこちでかなりの階段があって階段を登ったり歩くことに嫌になってきている描写がところどころにそのまま掲載されていて笑ってしまいます。
このシリーズはその時の会話をそのまま載せてるのが面白い。
聖地のそばに世俗的なものが広がるのは、聖地の力を制御して成熟していない人間に「服用可能」な強度にまで抑制する働きを目指しているのでは(p227)
面白い考え方でした。でも内田先生が後書きにその場の霊的なものを感じようとしない人が多い、聖地のシグナルを遮断しているというようなことも書かれています。
聖地に俗なものを配置することが「服用可能な」強度にする目的だったはずかもだけれども、もはや薄めなくても現代人は聖性というものに鈍麻しているかもしれませんね。
(自分もそうかも)

身を置いて初めてわかることってたくさんありますよね(p237)
確かにそう自分も思いました。
これから先、どこにどれだけ行けるか分からないけれど、行きたいところには出来るだけ出かけていきたいと思いました。

とても面白く読みましたが、本筋の熊野巡礼とあまり関係ないところばかり自分には響いてしまったような(笑)面白かったからまぁ良いかな。

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2026年03月23日

Posted by ブクログ

ネタバレ

知識人のお二人が、巡礼部(聖地巡礼をするツアーのようなチーム)と共に熊野を訪れた際の紀行とナビゲートをまとめた書物です。

熊野という地は南方系宗教観に似ていると、たびたび登場する。王子は沖縄ことばの「オウ・チ・キュ」が訛ったのではと民俗学者の五来重さんの説。観音浄土は南。一週間ほどの食糧とともに船に閉じ込めてしまう補陀落渡海と、ポリネシアの信仰に似ている。

三十三は観音様が三十三回変身するところからの数字。青岸渡寺が廃仏毀釈を免れたのは、日本で最も古い西国三十三所だということがあるのでは。

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2021年04月28日

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