あらすじ
ホテルの最上階に向かうエレベーターの中で、ナイフで刺された黒人が死亡した。棟居刑事は被害者がタクシーに忘れた詩集を足がかりに、事件の全貌を追う。日米共同の捜査で浮かび上がる意外な容疑者とは!?
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Posted by ブクログ
久しぶりに読後に感無量の気持ちを味わった。
読むきっかけは著者の森村誠一さんの訃報のニュースをテレビで見たことから。自分より半世紀以上年上の方が書いた本、特に当時は戦争について興味を持っていたので悪魔の飽食を読むつもりだったのだが、こちらの方が先に目につき何気なく手に取った。
昔の人が書いた本だから読みにくいだろうかという心配は驚くくらい杞憂に終わった。
インターネットとスマホがないことを除けば全く不自然なことはない、どんどんと物語に入り込んでしまう巧みで魅惑的な文体。読みづらいなどと感じることは一切なかった。ああ世間は惜しい人を亡くしてしまったと思わされた。
作中にもある通り、西条八十の麦わら帽子の描く世界は誰の瞼の裏にも写る幻の母親だろう。初めて詩読んで感動してしまった。
そして本作で描かれる実際の母親「八杉恭子」はそんな一面を持ちつつも冷酷である。しかし文明やSNSが発達した現代では、子供を売りにSNSで有名になることを狙うなど、誰もが八杉恭子になり得る、またなりやすい時代となってしまった。
彼女は最後、非常に母親らしい一面をみせて終わったが、現実はもっと酷なのではないだろうか、救いがないのではないだろうかと、最後に思ってしまったのは欧米化し機械的になってしまった現在に生きる故のものだろうか。
また棟居の過去父親が殺された際の描写は非常に生々しく、文章なのに脳裏に焼き付く。薄まってきたところで最後にもう一度同じように描写されうっと生々しさにやられる。しかしこの描写は、戦争・戦後を経験した著者の実体験に近いものがあるのかもしれない、と感じた。実際戦後は米兵による性犯罪は多かったと聞く。そのような背景を考えるとフィクションとも割りきれず、嫌な不快感だけが作中の加害者たちに残った。
しかし、それだけで終らせないのがこの著者のすごいところなのかもしれない。作中でアメリカで独自に、積極的に捜査を行ってくれた割りに好感を持っていた刑事がその加害者だったことを知ったとき、言い表せない感情に苛まれた。許しがたいのに憎みきれない、これこそが人間の持つ二面性、人間の証明なのかもしれない。
シリーズもののようなので、ぜひ全て読んでいきたいと思う。もちろん悪魔の飽食も読みたい。