あらすじ
清の八十翁・松齢の庭に突如咲いた一茎の黒い花。不吉の前兆を断たんとしたその時に現われたのは(黒色の牡丹)。人間稼業から脱し、仙人として生きる修行を続ける小角がついに到達した夢幻の世界とは(睡蓮)。作家「司馬遼太郎」となる前の新聞記者時代に書かれた、妖しくて物悲しい、花にまつわる十篇の幻想小説。
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Posted by ブクログ
国民的作家“司馬遼太郎”の最初期、本名の「福田定一」の名で華道の機関誌に掲載された、花をモチーフとした幻想譚10編を収録。ほとんどが10㌻前後の短い作品で、古代ギリシア神話のナルキソスのエピソードをはじめ日本、中国、モンゴルの歴史や伝承がベースになっており、どれも20㌻に満たない。後の司馬作品の代表作を愛読する人からすれば物足りなさを感じるかもしれないが、若書きで硬さはあるものの簡潔で歯切れのいい文章は、やはり読みやすい。
収録作中で怪奇幻想味がより濃いのは、農夫が項羽らの最期を幻視する「烏江の月」、『聊斎志異』を著した蒲松齡の自宅の庭に咲いた妖しい花「黒色の牡丹」、元禄期の(今でいう)催眠療法士の逸話「白椿」など。
個人的に司馬作品の有名どころの長編は読んだことがなく、既読は『果心居士の幻術』1冊のためか、かえってすんなりと馴染めたのかもしれない。
Posted by ブクログ
司馬遼太郎になる前、福田定一時代の花にまつわる幻想短編集。花の香りは妖しく、歴史の心象風景に欠かせないものだったのだな。
花を知っている人間になりたい。間違いなく、花を知っている人間は本をたくさん読んでいる。そう感じる。
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「水仙」 … ナルキッソス。美しい。どこもまでも美しい。美しいという言葉はいかにも妖しい。
「チューリップ」 … 別所長治の自害した遺骸の側に生けられていたという奇譚。チューリップは明治になってから日本に入ったはずだろ?
(別所長治:織田家臣だったが、信長が上月城を見捨て秀吉を取り立てたことで離反した。荒木村重のように三木城に籠城して対抗したが、秀吉に敗北。別所家一族の自害で開城)
「牡丹」 … 『聊斎志異』を著した清の蒲松齢の死に様。美人局で死ねるなら本望だろ。
「雛芥子」 … 虞美人草という所以。美女の死には華がある。芥子ってアヘンだよな。やはり妖しい…。
「沈丁花」 … この作品の一節がスゲーいいんだ。
-まぁ恐ろしい言い分。まだ、わからないのね。ね、お聞きなさい。あなたがどんなに間違った人生をしているか。科挙の試験なんて悲しい執念。どうせ通りっこないわ。そんなものに、人生で一番楽しい十年を、惜しげもなく磨り潰しちゃうなんて、どういう了見かしら。人生に未来なんてない。あるといえば死だけじゃないの。たしかに実在しているのは、死と、そして瞬間の生だけよ。わかる?
瞬間瞬間の集積だけが人生なの。
その瞬間瞬間を楽しめば、やがて人生をちゃんと楽しんだということになるんじゃない?たとえ通ったところで、どれほどのこともないわ。さ、楽しむのよ。-
そして子青は沈丁花の花咲く沼に飛び込んで、科挙の試験から解放された。
「睡蓮」 … 役小角(えんのおづぬ)は修験者の祖。司馬先生の別の本でも出てきた。不二の山は小角にとって大した山ではない。しかし、麓の沼で出会った睡蓮は、彼を惹きつけ、無我の境地へいざなった。彼は睡蓮に出会って、悟りを開いた。
「菊」 … 菊は美しすぎない。匂いも良いというわけではない。甘さというよりも青臭い生々しさがある。そこにエロスがある。そんな臭いのする女が菊の典侍だった。室町の貴族武士たちの複雑な政争に花を添えている。
「椿」 … 椿は山茶ともいう。病は気からという作品。君はこの花だ。チョッ キン!はい、きみ死んだ。
「サフラン」 … 笑。まったく花が出てこない。花言葉は「歓喜」「度を慎め」だと。強すぎるアブル=アリの切ない話に思った。自分を殺すのも自分しかいないなんて、どこまでも孤独。強さとは、孤独なのだろうか。
『ペルシャの幻術師』の布石か?読まなきゃ。
「桜草」 … ユーラシア大陸全域に迫ったモンゴル帝国。欧州遠征に出たバトゥが二代皇帝オゴタイ=ハンの崩御を知ったのは、死後たった十日後だった。
連絡役のエルトム=バートルは元で最高の伝騎である称号「鷲の羽」を持つ男だった。彼は休むことなく駅ごとに馬を乗り継ぎ疾走した。そんな乗馬に人体が耐えられるわけがない。しかし、彼は走りきった。内臓をつぶし血反吐を吐きながらも。
彼を影で支えたのは、恋人サラの祈りだった。森の精霊に教えてもらった、エルトルの命を具現した「桜草」を抱きながら、祈った。桜草が生気を失いそうになったとき、サラは自分の太ももに刃を入れ、桜草を突き刺した。サラの血を吸い桜草は息を吹き返した。
バトゥのもとにたどり着き、エルトルは訃報を告げ血を吐き死んだ。サラは森の中で真っ赤に染まった土の上で、草のように青くなり死んだ。
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まぁ、全体的に美人局が多い。花の妖しい香りは女のフェロモンに喩えるのがイチバン!!
こういう短編集を読むと自分も執筆したくなるよね。花と歴史はいいなー。