あらすじ
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このとらねこ一代記が、何を風刺しているかなどと考えなくても、すごいバイタリティーをもって生き、かつ死んだ話をおもしろいと思ってみればよいと思う。上級から大人まで開いてみて、それぞれに受けとめられるふしぎなストーリーでもある。飼い主へのつながりが無視され、前半と後半が途切れているようで、みていくとつながってくるふしぎな構成である。――日本経済新聞「こどもの本」書評より
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Posted by ブクログ
100万回生きた猫。
有名作で名前と何となくストーリーを知っている程度でした。
ただ何度も生き返った猫が満足して生き返らなくなっただけでしょ、と思っていたのですが…
この本を読んだのは独身だった時と子どもが産まれてからの2回です。
そして今回は子供が産まれて読み聞かせをしてから感想を書いています。
今まで家庭環境も悪く親なりにいろいろやってくれたけど大きな感謝もなく親がやってくれた事より自分で努力して今の地位を獲得したと思っていました。
どこか冷めていて努力しない人を下に見ていた私が結婚し子供を産んでこれを読むと自分の人生と重なり何だか涙が出てきてしまいました。
特に猫が100万回生きたと繰り返し訴えるのをやめた場面。あれは子供ができて自分の地位や経歴など何でもよくてただ家族が穏やかに暮らせればいいと思えるようになったからこそ響くものがありました。
絵本は子供のうちはどんな気持ちで親が読んでくれたかわからないものですが、自分が子を持つとまた違った気持ちで読むことがそんな所がいいです。
Posted by ブクログ
普通に生きてきてこの絵本に触れない人生って
無理なんじゃないか?
と思うくらい、昔から愛されていて定番の絵本になっていますよね!
わたしも子供の頃に読んでいます。
自分で読んだのか、読んでもらったのかは
覚えていませんが。
大人になってから改めて読み返し、
読書会でこの本を囲み、友人たちと語り合いました(笑)
もうね。
絵本作家さんってすごい!!
こんなに短い文章なのに詰まってる意味合いが無限!笑。
100万回生きたねこは、100万回の人生で1回も泣かなかった。
101万回目(かな?)の人生でしろねこに出会い、
しろねこを失って初めて泣く。
このシーン「くろねこは100万回泣きました」(ニュアンス)という文章があり
もしかして今までの100万回の人生を思い返して泣いているのでは?
という可能性にたどり着き、鳥肌が立ちました。
なぜねこは100万回も生き返ったのか?
神様はくろねこに100万回の人生の中で「気づいてほしいこと」があったのかな?って思います。
それが大切な人(存在)を失うと悲しいんだよ。
ってことが1つあるのかな。
100万回の人生、くろねこは王様も船乗りも泥棒もおばあさんも女の子も大嫌いだった(笑)
でもくろねこが死んだら、みんな泣いてくれた。
100万回の人生、くろねこは飼い主のための人生を生きて(大嫌いと言いながら飼い主思いw)
101万回目は野良猫で自分のための人生だった。
自分のための人生も良いもんだよ~と、
神様は言いたかったのかもしれない。
そんな長々とした妄想を繰り広げました(笑)
Posted by ブクログ
じわります。
名前は知ってたけど読んだことありませんでした。
人生ある程度の年月過ごしてきた今読んだので、いろいろと思いにふけりながら楽しめました。
わたしは、このねこは“じぶんがだいすき”という部分がささり、無意識にそこを重心にして読んでいました。
書評にもありますが、何がテーマなのか見方はいかようにもとれるお話です。心の中にずっと長持ちしそうです。
Posted by ブクログ
これだけ有名な絵本を実は手にしたことがなかったのです。1977年に初版で、この本は127刷でした。夏川草介さんの猫がこの猫のイメージと知り、さらに夏川草介さん自身の口からこの絵本の話しのことを聞いたので、手に入れました。100万回生きて、100万回死んだけど、愛した白い猫と出会って、白い猫を見送ってからもう生き返らなかったんだ。
Posted by ブクログ
見聞きしたことはあるけど、読んだ事のなかった絵本。
百万回死んだことがあるネコの話。……それだけの回数、自分の意思通りに生きられなかったら殺してくれと思いそうだけど、そう思うことがないくらいにはそれなりに満足してしまっていたのかなとも思う。
不自由のない生活だけど、自分の意思の通りにやれることは少ないみたいな飼い殺し状態って『自分の意思』すら湧かないのかなと。
最後は愛するネコに出会って死んでいく。幸せな死に方だなぁと思う。
ごちそうさまでした。
Posted by ブクログ
「100分de名著」をきっかけに再読。番組での多部未華子さんの朗読がすてきでした。
ひとつの出会いが百万回の生を凌駕する物語。初読はかなり昔だけど、もう子供ではなかったはず。既に「永遠の名作」「究極のラブストーリー」みたいな位置づけにあって、ひねくれものの自分は、恋愛至上っぽい展開がなんとなく苦手だなあと思ったりしました。
改めて読むと、そもそも「出会い」にたどり着くまでの設定が理不尽、不条理そのもの。読む側は「そういうもの」としてなんとなく読んでしまうこともできる。でも「そういうもの」を創り出す側は違う。底知れない隔たりと、そして、その深みを見つめる「100分de」の解説が印象的でした。
とらねことしろねこの幸福を描くおだやかさもなんだか儚く思えて、ずっと哀しみを覚えながら読み通しました。
ずっと満たされず、ようやく得たしあわせは永遠に続かない。もう次の生も、何の約束も残されずにおしまい。
だからこそ、だれもが何度も読み返したくなるのかな。
なーんて
ちゃんとした解説を読んでしまったのでそれらしく考えたくなってしまいますが、それよりも、この絵本を見たまま素直に受けとめて、言葉にならない部分で愛せる人生をやってみたかったなあ…
Posted by ブクログ
“100万回生きた”ということは、“100万回死んだ”ということなんだよなあ。人生は1回きりだと思っているので、タイトルを見て不思議でした。
前半はなんだかとっても寂しいです。このねこ、自分の人生を生きていない感じ。“ねこは しぬのなんへいき”という言葉がグサリときました。
後半、“100万回生きたねこ”の人生、明るくなります。誰でもない自分の人生を生き、自分よりも大好きな愛すべき対象に出逢えたから。不満だらけだったねこが、自分の人生を生ききって本当に良かった。
読み終えて、ちょっぴりの悲しさと安心感がありました。この絵本を読むのは2度目ですが、また最後に不思議な感じが残りました。
Posted by ブクログ
たくさんの飼い主に出会ったのに、利用されてばかり。飼い主なりには愛していたのだと思うけど。次の人生こそは…と本音では思っていたのかも。100万回も生き返っているんだから。
ねこが自ら関わろうとしたのが白ねこだけ。チープだけど、愛することでとらねこは変わったのかしら。そして、白ねこと過ごした時間こそ価値があり、いない時間は耐え難かった。でも、だからこそ生き抜いたということなのかしら。
そう。ええ。と、塩対応のようで、とらねこのことをそのまま受け止めている。
Posted by ブクログ
あまりにも有名な絵本
100分de名著で取り上げていたので
読んでみた
いままで読んだことがなかったのは
なぜかわからないが
表紙の絵はよく知っている
何回死んでもまた生き返る
同じねことして‥
生をまっとうすることがなかったねこが
やっとたどり着いたところは
自分自身のための生
人間もこの世に未練があると
死にきれず
また戻ってくるという
バカリズムのドラマで何回も人生やり直す
話しがあった
何回やり直せば納得のいく人生に
なるのか
悩ましい
生き返れば生き返るほどに欲も
増えていくようで怖いけど‥
Posted by ブクログ
『100万回生きたねこ』:自分は自分のもの
【書籍情報】
書名: 100万回生きたねこ
著者: 佐野 洋子
出版社: 講談社
初版発行日: 1977年10月24日
今朝はNHKプラスで『100分de名著』を視聴。リンツのチョコを添えた至福のひとときの中で、本作と深く向き合いました。
100万回死んでも「自分の人生」を生きていなかったとらねこが、野良ねこになり放った「自分は自分のもの」という誇り高い言葉。一匹の白いねこを愛し、初めて「生」を完結させた姿に、今この瞬間を愛する尊さを学びました。
Posted by ブクログ
愛さなければ、喪失の痛みも感じ得ない。
悲しみの源泉は愛である。
その痛みは命をなめ取るように削り去っていく。
王さまも、船のりも、手品つかいも、どろぼうも、おばあさんも、子どもも、ねこを愛したがゆえに一日じゅうないた。
白いねこの死は、100万回生きたねこにとって初めての愛の喪失で、これまで1回もなかなかったねこが100万回もないて、ねこの「一生」ぶんをないて、涙が尽きてはじめて「命」も尽きたのだろうかと思う。
ねこにとって一番苦しかったのはこの生だったが、一番幸せだったのもこの生だった。
実りのある生というのは、何かを愛した生なんだろう。
愛するのは未来の傷を背負うこと。それでも何かを愛してみたいと思える、すてきな作品。
Posted by ブクログ
幼い頃に、読み聞かせられていた本。
あの頃は、どうして読み手の人が悲しそうに読むのか、よくわかってなかった。
時を越えて、改めて自分で読んでみて。
王さまも、船乗りも、どろぼうも、おばあちゃんも、こどもも大嫌いなとらねこ。
でも、みんなはねこがすき。
ねこが死ぬと、みんな悲しむ。
100万回目で、自分の人生を謳歌するねこ。
はじめて、自分以外のものを好きになったねこ。
生きる意味ってなんなのか、すごく考えられる作品なんだって、時を越えて感じました。
Posted by ブクログ
幸せな人生を歩めなければ生き返る。
心の底から幸せな人生をおくれた時に、生き返る事が出来なくなる。
多分、そう簡単には生き返ることは出来ないんだから、後悔しない幸せな人生を送ることの大切さを教える本なのかな?
Posted by ブクログ
100万回も生まれ変わり、無くなるたびに人々に悲しまれた……そんな色んな人生を生きた猫が野良猫に生まれ変わる。野良猫になってから自分の人生を生き、最愛のパートナーに出会う。そして、最愛のパートナーと満たされる日々を送る。しかし、その楽しい日々にも終わりが来る…最愛のパートナーを看取るという初めての悲しみ。彼は100万回も泣いた。そして、彼も眠りにつくんだった。
何故彼がこれ以上生き返らなかったのか、答えが具体的に書いてないため、考えさせられます。初めて自分の選んだ人生だからかな、最愛のパートナーと一緒にいたいと願ったからかな…真相は分からない。また、本を閉じた先にある裏表紙の最愛のパートナーと並ぶ絵にはグッときます。きっと2匹で天国に行けたのかな、、それとも彼の最後に思い浮かべたことかな、、、
子供の頃に読んだことがあって、話は覚えていないが、印象に残っていたから再び手をとった。小さい頃とは違った感じがして、とても良かった。また、いつか読み返したい
子どもにすすめられて読みました
美しくて悲しくて静かで、いつまでもこころの深いところをギュっとさせる物語です。
なぜかショックを受けて、涙が止まらなくなりますよw
子どもにすすめられたとおり、一度は読んでみるべき作品、でした。
よんでねヾ(*´(エ)`*)人@(*´●`*)@ノ
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作品紹介・あらすじ
100万年も しなない ねこが いました。
100万回も しんで,100万回も 生きたのです。
りっぱな とらねこでした。
100万人の 人が, そのねこを かわいがり, 100万人の 人が, そのねこが しんだとき なきました。
ねこは, 1回も なきませんでした。
読むたびにちがう気持ちになる、りっぱなとらねこの、ふしぎな物語。
*****
有名な絵本なので、存在は知っていたのだけれど、いままで読んでこなかった。なんとなく読む気になれなかった、というのが正直なところ。今回、ちょっと訳があって読んでみることにした。
実は、多くの方がレビューで書いているような「感動」はしなかった。ただ「感動」はしなかったけれど、いろいろと考察することはできた。それは例えば他人のために生きることの不幸。自分らしく生きることの発見。愛するものとの出会いと別れ。そして生まれ変わることから解き放たれる感覚など。
物語の主人公が本当の意味で亡くなった時に、「よかったね」と思えるような読書体験はあまりしてこなかったような気がする。そういう意味でも、どこか不思議な読後感だった。
Posted by ブクログ
あるときねこは、、猫は〇〇なんか大嫌いでした
でもある時初めて自分の猫になりました。自分が大好きでした。モテモテでした。でも自分が誰よりも好きでした。
でも白猫は自分に見向きもしない。いつも「そう」しか言わない。俺は100万回も、、、と言いかけて
そばにいてもいいかい?と。ええ。と返事。
子供も生まれ、100万回もの口癖もなく、白猫と子猫たちが自分より好きに。
ある日静かに隣で動かなくなった白猫。猫は100万回も泣き、そして静かに動かなくなった。
猫はもう生き返らなかった
Posted by ブクログ
なんとなく知ってる気でいて
でも一度もページをめくったことがなかった
なんとなく100万回が続いて
とくにストーリーもないのかな
なんて手に取ったら
愛の物語だった
いいお話だった
何回も読みたいな
って思った
Posted by ブクログ
100万回も飼い主を変え、誰のことも好きにならずに死ぬことを繰り返したねこ。彼が初めて「自分自身の生」を謳歌し、自らを誇らしく思う姿は、誰かの期待に応えるだけの人生に疲れた大人の胸に深く刺さります。
高慢だったねこが白ねこを愛し、寄り添い、そして失う。その悲しみを知ることで初めて、彼は100万回のループから抜け出します。「愛する人を失うのは辛いけれど、誰も愛さない人生よりはずっといい」という、残酷で美しいメッセージが描かれています。
最後、ねこはもう二度と生き返りません。それは絶望ではなく、「満足して命を全うした」という究極のハッピーエンドです。「どう死ぬかは、どう生きたかである」という哲学的な問いを、私たちに投げかけてくれます。
読み終わった後、隣にいる大切な人をそっと抱きしめたくなるような、一生ものの感動をくれる一冊です。
Posted by ブクログ
可愛がっていたねこが死ぬとどんな悪人でも悲しい。自分が失う側になった時に始めて命の大切さが分かる。人生は一回だけ。人を嫌って生きる100万回の人生より、子供に繋いで愛する人がいる一回きりの人生の方がいい。考えさせられる一冊
Posted by ブクログ
どうだった?と聞いたら、うーーん…と微妙なお顔。
ちょっと嫌だった
どうして?
んー、しんだとかいうから
悲しかった?
うん
でもさ、最後に大好きなねこと出会えたから幸せだったんじゃないかな?
うん、そうだね…
と。「死んだ」ことへのショックが大きかったよう。
メッセージを考えたくなる
深く考えずにストーリーを楽しむだけでも良いという紹介がされていましたが、それでも哲学的な物語のように感じられて、「作者はこういったことを伝えたいのかもしれない」という思考に飛ぶことがありました。
主人公のねこはゴールに辿り着くまでに、長い生を送ったなと思いました。
Posted by ブクログ
虎猫はどうして100万回も生き返るのか、白い猫が死んでしまうと、どうして虎猫も生き返らなくなったのか。解釈の余地がある物語で、小1の子供にはちょっと難しかったようです。読み聞かせている親は掛け値なしに面白いと思いました。
Posted by ブクログ
「100分de名著」を機に、何度目かわからない再読。
飼い主のエゴかもしれないけど、愛されて、泣いてもらっていた人生ばかりだったのにな、とは思ったが、やっぱり飼い主ひどいな。
愛されるより愛したいということか。
しろねことは、100万1回目のプロポーズだなと思った。
Posted by ブクログ
>号泣する人もいてはるというウワサも聞く怖ろしい絵本ゆえ、いつか読もうと思いつつ敬遠してきた一冊。なるほど、こういう話やったか。みずみずしい感性を失いすれっからしと成り果てている現在、さすがに泣いたりはせえへんかったゆえホッとしたけど。
>とらねこはじぶんいがいのぜーんぶがきらいでいつもきらいなまましんでいったけどはじめてすきなものができたとき…
>何を書いてもネタバレになりそう。