【感想・ネタバレ】だれが中国をつくったか 負け惜しみの歴史観のレビュー

あらすじ

天下を統治できるのは天命を受けた唯一人の天子のみ。中国文明の“歴史の父”司馬遷が創造した「正統」の観念は、中国人がこだわる歴史認識を決定づけた。変化があっても認めない、記録しない。正史は永久不変の理想の姿を描くもの。ところが現実には三国時代、南北朝時代と王朝が並立、しまいには北方の遊牧帝国に侵入される始末。その屈辱を晴らすため、新興民族を夷狄と蔑む負け惜しみ、それこそが「中華思想」だ。では中国はつねに純然たる「漢人」のものだったのか? 歪められた歴史の滑稽、ここに見たり!

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Posted by ブクログ

ネタバレ

 歴代中国王朝の歴史観について、司馬遷(『史記』)、班固(『漢書』)、陳寿(『三国志』)、司馬光(『資治通鑑』)、宋濂(『元史』)、祁韻士(『欽定外蕃蒙古回部王公表伝』)の人生といった歴史家の人生と叙述法から解説した本。

 私の知識と関心の偏り具合から、宋濂と祁韻士及び彼らの編纂した歴史書についてはよく知らなかった。元には、他の歴代王朝と同様の中央集権的なピラミッド型の行政システムがあるように言われていたが、モンゴルの世襲貴族の集合体という遊牧民的な色合いが濃厚だった。

 一方、祁韻士は乾隆年間に科挙に登第した漢人官僚で、満洲語に通じていた故に乾隆帝の勅命を受けて『四庫全書』などの編纂を任されるなど重用された人物。『欽定外蕃蒙古回部王公表伝』は『史記』以来の「水草を逐って遷徙し、城郭、常處、耕田の業なし」という伝統的な遊牧民感から外れたもので、モンゴル人からも「モンゴル人がモンゴルの地で書いた」と思われていたものだとされていた。

 中国史はよく「漢人の王朝と周辺少数民族の王朝の興亡の繰り返しで進歩がない」とよく言われますが、変わらなかったのは王朝そのものではなく、「正史」の叙述法であるのだということがよくわかる一冊。

 ただ、新書という形式であるためか、史料の裏付けという点では不十分であると思った。班固が王莽を讃えるために『漢書』を書いたと言われてもねえ。

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2011年06月18日

Posted by ブクログ

ネタバレ

[ 内容 ]
天下を統治できるのは天命を受けた唯一人の天子のみ。
中国文明の“歴史の父”司馬遷が創造した「正統」の観念は、中国人がこだわる歴史認識を決定づけた。
変化があっても認めない、記録しない。
正史は永久不変の理想の姿を描くもの。
ところが現実には三国時代、南北朝時代と王朝が並立、しまいには北方の遊牧帝国に侵入される始末。
その屈辱を晴らすため、新興民族を夷狄と蔑む負け惜しみ、それこそが「中華思想」だ。
では中国はつねに純然たる「漢人」のものだったのか?
歪められた歴史の滑稽、ここに見たり。

[ 目次 ]
序章 中国人の歴史観―つくられた「正統」と「中華思想」
第1章 司馬遷の『史記』―歴史の創造
第2章 班固の『漢書』―断代史の出現
第3章 陳寿の『三国志』―「正統」の分裂
第4章 司馬光の『資治通鑑』―負け惜しみの中華思想
第5章 宋濂らの『元史』―真実を覆い隠す悪弊
第6章 祁韻士の『欽定外藩蒙古回部王公表伝』―新しい歴史への挑戦

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