あらすじ
「俺が人生で輝いていたのは10歳だった」。41連戦すべて一本勝ち! サンボの生ける伝説・ビクトル古賀はいう。個人史と昭和史、そしてコサックの時代史が重なる最後の男が命がけで運んだ、満州の失われた物語。
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Posted by ブクログ
満州からの引き揚げの物語と言えば、藤原ていさんの「流れる星は生きている」が強烈な印象があるが、これは全然違うパターンの引き揚げの話。
満州でコサック出身の母と日本人商人とのハーフとして生まれ、草原で馬を乗り回し、コサックとしての誇りを抱いていた少年が、たった一人で徒歩で引き揚げてきた話。その後、「ビクトル古賀」として格闘技で有名になった主人公に取材して、その生い立ちや生々しい終戦前後の満州の様子、引き揚げのときの様子を描いたルポルタージュの大作です。
一応、正規の方法で引き揚げ隊に入り、父親の知り合いと行動をするつもりだったが、引き揚げ列車は出発した瞬間から殺伐とした感じになり、大人たちは誰も一人ぼっちの子どもに手を差し伸べようとはせず、皆自分が生きて帰ることだけで精いっぱい。(それは、藤原ていさんの「流れる星は~」でもしっかりと描かれていた)。コサックとしての訓練を受け、どんな状況でも自分で生きる力が備わっていたビクトルが、余裕の表情で鼻歌を歌っているのが気に食わなかったらしく、「お前ロシア人だろ!」と大人から蹴り飛ばされ、列車から降ろされる。
しかし本人はまったく恨んだりはせず、「あのまま日本人の大人たちと行動していたら死んでいたかもしれない」と振り返る。
弱りはてた引き揚げ隊一行は実際、盗賊たちの格好の餌食になっているし、線路わきには行き倒れになった人達の死体がごろごろと転がっていた。ビクトルは必要になったら死体から靴やベルトなどをはぎ取り、中国語やロシア語を駆使して通りかかった町のロシア人に助けてもらったりしながら、本当に、徒歩で!引き揚げてきたのだ。
ご本人は、昨年(2018年)11月に83歳で亡くなった。格闘家として有名だったようだが、その少年時代やコサックというものに注目が集まることはなかった。彼の物語を掘り起こしたことで、最後のコサックの人々にも光をあて、教科書ではなかなかわからない、終戦前後の満州やシベリアの実態も人々の暮らし目線でわかる物語になっていてとても興味深かった。
Posted by ブクログ
引き揚げに関する書籍は結構読んできたが、今回は10歳の少年が独りで、とあったので、さぞかし過酷な…と想像していた。
でも実際は違った。
これまで読んだ引き揚げ体験談は、多かれ少なかれ皆団体での行動。
この本の主人公ビクトル少年が言うとおり、団体での行動はとても危険だったのかもしれない。
置き去りにされてしまったのは想定外だったとは思うけど。
独りだったからこそ助かった命なのかもしれない。
とはいえ、相当サバイバル力がある少年。
普通の子供とはわけが違う。
コサック(どんな人たちなのか知らなかった)の人達が持つ、生きるための知力体力。
10歳にしてすでにそういう力が備わっていた。
それと、ロシア語を話せることも大きかっただろう。
太陽、空、木、水…いろんなものを見たり、音を聞いたりして判断するという、サバイバル術。
そして、過酷で悲惨な状況に置かれても、どこか楽しんでいるような少年の体験談。
読み応えのある内容だった。
以前「父親に叱られて車から下ろされた少年が、独りで歩いて自衛隊基地の施設へ移動し、そこで一夜?を過ごした」ということがあったが、それを思い出した。
人間が持つ「生きる力」も、昔とはだいぶ違うのだろうなぁ。
Posted by ブクログ
なんて凄いんだろう。なんて爽やかなんだろう。
満州からの引き揚げ話はとかく暗くなりがちだが、本書の読後感はどこか草原を吹き抜ける風のように清々しい。
こんな少年もいたということを、ずっと記憶にとどめておきたい。
Posted by ブクログ
コサックと日本人の血をひく少年ビクトル古賀。
終戦間近、ソ連軍の侵攻、中国国民党と共産党との内乱。逃れるように日本を目指すが、日本人の目にはロシア人と映る。そして引揚の汽車から降ろされてしまう。生まれ育った旧満州はロシア人、トルコ人(タタール)、中国人、モンゴル人、ユダヤ人、ツングース人、オロチョン人が住む場所。純然とした日本人では決して身につかないコミ二ケーション力がビクトルにはついている。そして抑圧されてきた民族としての生き抜くすべが、コサックの中で伝えつづけられてきた。安全な水の探し方、食べられる草、足に巻く布・・・。
辛苦ばかりが語られる引揚の中で、死を直面しながらも、少年の冒険心や溌剌とした姿が語られる。
ここで語られているのもコサック族のほんの一端だか、今まで全く知ることのなかった、時の政権に虐げられたり、利用されてきた史実を知り心痛んだ。満州時代には関東軍情報部の朝野部隊としてコサック人が対ソ謀略部隊として編成されたり、現ロシアも前線で戦う軍団として見做されている。
そのコサックの母がいい。柔道・レスリング・サンボといった武術に長け、海外に知れ渡り指導者になった息子に対し母は「強くなってもえらくない。人のために泣いたり笑ったりできる人間こそえらいんだ。」
沢山の人に知ってもらいたい。