あらすじ
深傷を負って慶次郎のもとに引き取られた娘・おひで。惚れた男にも捨てられてやけっぱちになっていたおひでも、優しくいたわってくれる下働きの佐七には心を開くようになるが、そのとき再び凶刃が振り下ろされた……。行き場のない人間のせつない思いを、温かく受け止める慶次郎、そして晃之助や玄庵たち。お馴染みの山口屋の寮を舞台に展開する人情捕物帖。大人気シリーズ第三弾。
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Posted by ブクログ
久しぶりに時代物を読みたくなって、本棚から選ぶ。何年ぶりかで、慶次郎に触れ、相変わらずいい男だと思う。
北原亞以子は、お話の終わりを引き摺らず、音が聞こえそうなくらいにストンと幕を引く。だから余計に、登場人物たちの心情を思いやってしまうことになる。登場人物は大抵、脛に傷持つ身だ。…いや、人は誰しも、特に長く生きていれば尚更、そうなのだろう。読み進むにつれて、自分の来し方を振り返り、重ね合わせて、しみじみと傷痕を撫でることになる。
余談だが、半分くらい読んだあたりから、お煎餅が食べたくて仕方なくなる。影響されやすい方はご注意を。
また、巻末には作者と児玉清氏の対談があり、幸せな気分になる。
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慶次郎シリーズ三作目。
最初は物足りないと思っていたけれど、言い切らない良さを思い出させてくれた作品。
人生白黒だけで割り切れるもんじゃないんだよと、改めて教えてくれる。
嬉しい限りだと思う。
Posted by ブクログ
慶次郎縁側日記シリーズ第三作。再読
『仏の慶次郎』という同心時代の異名がクローズアップされる話が多かった。
『仏の何のと言われたって、たまたま手前の目についた者を助けてやるだけじゃないか。仏だというなら、小伝馬町の奴らを全部、助けてやれってんだ』
「からっぽ」より
『ちょっと厄介な女だが、ここでひきとっておけば、また仏の慶次郎の名が上がるってもんだ、そう考えてるよ』
「おひで」より
『仏の慶次郎という同心時代の異名も、悪人を捕まえるというお役目にどこか中途半端なところがあったがゆえに、つけられたのではないか』
「あと一歩」より
『人に罪を犯させまい』と奔走した慶次郎の三十年。だがそのことが『無為』だったと思える空しさもある。
慶次郎はあくまでも人間、神でも仏でもない。人を救えるのはその人自身、慶次郎が出来るのはせいぜいその背中を後押ししてあげることと『大福が食いたくなったら、根岸へくりゃあいい』と話を聞いてあげることくらいなのだ。
今回は辛い話が多い。
孤独、ままならない人生、分かっていても悪い方向へ走るのを止められない自分…。
表題作に出てくるおひでと佐七に共通する孤独は、後に佐七にもっと押し寄せる。何とか彼の辛さを埋めてくれる人間が現れたらと思うのだが。
逆にモテモテの晃之助。切れる老人にまで『狐が化けたのではないか』とうろたえさせるほどの男ぶりを見せている。
だが彼もまた『仏の慶次郎』という偉大すぎる養父の重みに苦しんでいたことが分かる。
その引き合いに出されるのが歌川豊国の息子・直次郎。実在の人物がシリーズに出てくるのは珍しいが、豊国と並び称されるほど慶次郎の名前は知れ渡っている。
その慶次郎もまたモテている。五十近いらしいが見た目は四十前の若々しさ。晃之助・皐月夫妻に八千代という初孫が生まれて爺馬鹿になっている一方で、花ごろものお登世との『色恋』に突き進めないじれったさを感じている。
岡っ引連中からも慕われ幸せそうな慶次郎だが、彼もまた先に抜粋したように『仏の慶次郎』と呼ばれるだけの達成感とは程遠い。胸のうちには『夜叉』を棲まわせているし、『生き甲斐』だった娘・三千代を奪われた苦しみはいまだ続く。
『これから、わたしはどうすりゃいいんですか。(中略)あとには何にもないんですよ』
『みんな同じだよ』
「風のいたずら」より
巻末は北原さんと児玉清さんの対談。慶次郎が誕生した理由、北原さんが作品を通じて伝えたいこと、興味深いことがいろいろあった。