あらすじ
私は内気な女子です――無言でそう訴えながら新しい教室へ入っていく。早く同じような風貌の「大人しい」友だちを見つけなくては。小学五年の律(りつ)は目立たないことで居場所を守ってきた。しかしクラス替えで一緒になったのは友人もいず協調性もない「浮いた」存在の塚本瀬里奈。彼女が臆病な律を変えていく。(講談社文庫)
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律はおとなしい女の子だった。目立たないように、人の目を気にしながら、そっとクラスの隅にいる感じ。一方クラスメイトの瀬里奈は人目も憚らず泣き、クラスにうざったがられる女の子。
律は瀬里奈が少し強くなればいいと思って「くるみ割り人形」を読み聞かせたら、瀬里奈は大変気に入ったようで、毎日本を読み、主人公のマリーのような気分で過ごすことによって日常を克服し、毅然とした態度で振る舞えるように変わる。
律は自分のことを「マウス」おとなしい女の子だなぁと思いながら過ごしている。
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芥川賞受賞作『コンビニ人間』の
プロトタイプ的な要素を感じた
マウスにはスラング的には
臆病・小心者という意味がある
一方で、可愛らしい・魅力的なという
ポジティブな意味あいが含まれる
登場人物の心の機微や、成長も経て
次第に魅力的になっていく
ダブルミーニング的な側面も感じた
更に言えば、
実験動物のように、
与えられたもので変わっていく様を
見受けられる読者目線としての
トリプルミーニングともとれる
非常に奥深い話に思えた
久々に村田沙耶香さんの本を読んだが、
今まで最も温かみを感じた
これは、ジャンルとしては
シスターフッドものになるのかな?
世界観、衝撃度、大作という点では
世界99が未だに一番だけど、
純粋な好みとしてなら、
これが一番好きかもしれない
村田沙耶香さんの作品を読みたくて
手にした方は、少し物足りなさや違和感を
感じるかもしれない
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普段読まないタイプの本やけどとても良かった
自分の小学生時代に思いを馳せた。
主人公の考え方とは、共感できる部分はそんなに無いけれど、読書中に感じた気持ち一つ一つを大切にしたい
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友達から、好きだと思うとおすすめされて借りた本。正直自分から手に取ったものではなかったし、村田沙耶香の他の作品を読んで想像していたものは、生や性に関するパラレルワールドみたいな世界だったので気は進みませんでした。借り物だし、早く読んで返さなきゃという気持ちと、タイミング(私は積読が多すぎてどれも読みたいので決めるのが難しいのでルーレットアプリに積読本のタイトルを入力してルーレットを回して決めています)が重ならなければ一生読むことはなかったかもしれないと感じています。これまでの村田さんの作風とはだいぶ違っていて、瀬里奈の不思議な雰囲気と主人公の律に部分的に親近感を覚えてすらすらと読んでしまいました。
まず瀬里奈の不思議な感じ。一般的ではなくて、浮いていて、壊れやすそうで繊細なのにどこか大胆。私がもし瀬里奈や律と同じ教室にいたならば、小学生なりに気を惹かれていただろうなと思う。何を考えているんだろう、あの子これからどうなってしまうんだろうどうしてみんなと違うのかな。この感情が本を読む速度を上げました。そして、瀬里奈が律や物語の力によって変わっていく。それによって変わる周りの人たちや律の感情。それがまあリアルでとても興味深い。あー、この感情わかる、っていうのがたくさんあった。最初は気になって近づいて、偽善というか面白半分で頼まれてもいない世話を焼く。そのおかげで本人が変わり周囲も変わると、そうなったのは自分のおかげなのにと思ってそれがだんだん僻みだったり嫉妬に変わっていく。自分と同じ、近い…または自分より下だと思っていた人間がいつの間にか自分とは比べ物にならないほどの高いところにいた。このとき感じる嫌な感情がすっごい、リアルというかなんというか。
「あなたは環境が恵まれてるから努力しないでもそんなところにいれるんだ」
「私はあなたより頑張っているのに、あなたは許されて私は許されない」
こういう黒くて醜い救われない感情がどこかに隠れている。これって女の友情だけなのかな?男の人でそういう話はあまり聞かない。
律の、周りの評価ばかり気にしてしまう気持ちもとても共感できた。瀬里奈への感情にも。律のように、仕事などの役割があればそれを全うできる人もいれば仕事ですら上手く振る舞えない人もいる。私も、そんな考えはなかったけど仕事や苦手な人とかかわらなければいけないときは、“演技”をすることによって上手く、円滑に物事を進められるかもしれない。仕事中は自分の自我を消して店員に徹したりとか、そうするのも処世術なのかもしれない。そうしてみよう。
瀬里奈のように周りの評価を気にしない人、律のように周りの評価ばかりを気にしてしまう人、周りの普通と違うことにアイデンティティを生み出す人。いろんな人間がいる。私はどうなんだろうと考えた。周りの評価が気になるし、でもそれもバレたくなくて、うまくいかなくてそれならいっそその評価の外に出ちゃおう、比べられて悪く評価されるのが嫌ならされないような人間になろう。そんな感じなのかもしれない、自分って。
久しぶりにこんなに好きな作品に出会えた。また読み返そう
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小学生女子の閉鎖的な空気感。
過剰に空気を読めてしまう主人公。
過剰にクラスから浮いてしまう子。
人格とは、生き方とは。
主人公に共感しながら読み進めた。
私も「彼女」のように生きたい。
ガールミーツガールの名作。
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掃除用具入れの「扉」を開けて安心できる閉ざされた異空間に逃げ込むように入っていった小学五年生の瀬里奈、その「扉」をくるみ割り人形を無理矢理読んで聞かせることで中から引き摺り出した律。
無理矢理こじ開けられた事でマリーになることが出来た瀬里奈は救われた気持ちだったのかはわからない。
律はその時の光景を思い出して大人になってクローゼットの隙間に異空間への繋がりを無意識に求めていたのかもしれない。そしてクローゼットの中に閉じ籠る事で少しだけ安心できる感覚を少し理解出来た。それは「扉」を開けてクローゼットに入る事で自分の中の「扉」を開けたのかもしれないし、間接的に瀬里奈が「扉」を開けてくれたのかもしれなかった。結果的にお互いがお互いのドアを開けた(開けるキッカケになった)2人。すべては曖昧で不安定だった。
ラストのシーンの非常階段の扉は、2人が一緒に開いた最初であり最後のドアだった。異世界へ繋がってなかった事が、「何か」に逃げなくても現実で不安を抱えながらでもなんとか進んでいける状態にやっと立てた2人の心情とリンクしている気がした。
そして「マウス」というタイトル。これは両義性であり多面性も持っていると思う。
マリーが勇敢に立ち向かい、ネズミの王を倒して王子の呪いを解く。恐怖や不安や呪いや内面の弱さのようなものに打ち勝つ。律から見た自分自身が臆病者の「mouse」であり、瀬里奈もまた同じ意味での「mouse」であり、違う意味での「mouse」でもある。つまり、かわいい子・魅力のある子という意味をも帯びた「マウス」は、恐怖の象徴と救いや魅力の象徴の両義性を表しているのだと思う。
律も瀬里奈も臆病で内気であっただろうし、何かに囚われ続けていたという意味での「mouse」であったのかもしれないし、でも同時にお互いがお互いの「扉」を開けて「扉」の外の世界へ踏み出させてくれた王子でもあったのかもしれない。
律が自分の事をネズミと例えているシーンにくるみ割り人形における「ネズミの王」を重ねるとさらに深みが出る。恐怖や不安で怯えさせる存在であり、そこを超えることで出会える新しい世界の入り口にもなり得る。つまり「恐れ」と「扉」は一続きであるということ。
「mouse=臆病で内気、だけどかわいい・魅力的」という辞書のシーンの2度目の描写で若干変化がある。それはまるで律と瀬里奈の内面の変化を映してるように見えた。
「ただの弱い存在」としか思えなかったけど、互いの「扉」を開け合うことで、弱さの中にも魅力的だと思える何かがあると気づけた。その視点の変化を、辞書の言葉の変化で象徴してるのではないかと思いました。
村田沙耶香さんにしてはライトめであるものの、計算されたシンプルさなのであろうかという勘繰り。だからこそ普段はあまりやらない考察みたいなことをやってしまったのかもしれない。
学生時代のカーストの中での位置どりであったり、バイトの描写であったり、似たような描写が多作品である部分は村田さん自身を投影している部分なんだろうなぁとインタビューなどを見るとそう思う。
過激な描写がなくとも共通した読後感があるのは、自分が村田沙耶香さんの作品に求めているものは必ずしも狂気とは限らないのだなと確認できました。
Posted by ブクログ
ものすごく良かったし、一気読み。
何か自分のモヤモヤした感情、子供のころ私もそう感じていたのかな、おばさんになった今もそんな感情になるような。
それを初めてゆっくり言語化されているのを聞くような。
誰しもが一度は感じる感情なのかも。
2人は特別な感情で結ばれている感じ。縁なのか。また何年後、読み返したいと思った。
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わたしは律でもあり、瀬里奈でもあると思った。
周りに馴染むように演じる気持ちも分かるし、好きなことであれば周りにどう思われてもいいとも思う。他人に対して、個性がなくてつまらないと思うこともある。協調性と個性とが問われるグラデーションのなかで、きっとみんな生きている。世界の解像度があがった。マウス。なんて可愛いタイトルなんだろう。読み終えて、改めて表紙を眺めると、可愛さのあまりに抱きしめたくなった。
Posted by ブクログ
今まで読んだ村田作品の中で最も読後感のいいストーリーだった。
真面目な主人公がウェイトレスという形を通して世界とコミュニケーションが取れるのはすごく分かるし、コミュニケーションが取れないけど魅力的という感覚の人間に人が集まってそこを悔しく思うのもわかる。
マイノリティな人の生きづらさ
私はこの本の登場人物とそっくりで、冒頭から自分に落とし込んで読んでいました。
学校で目立たない律は社会に出てもその生きづらさを感じていた。そのとき、やっぱり一緒にいて瀬里菜は唯一の居場所だったんだと思いました。最初、瀬里菜を拒絶していた律は、自分自身の嫌いな部分だったんだろーなって。でも瀬里菜に付き合わされていくうちに、ちょっとずつありのままで生きていてもいいって風に律も気持ちが変わっていった。
私自身何故か励まされたし、生きずらいまま自分を好きになれればとりあえず生きていけそうかも。そんな風に思えた作品でした。
Posted by ブクログ
ありのままでいるだけでうっすら好かれる瀬里奈が羨ましい律の気持ちがわかるなーと思いながら読み進めた。
本音でいてくれる人の前で本音でいられる。律が瀬里奈の前では本音でいられて、大好きなワンピースを着られるようになってよかった。
Posted by ブクログ
村田沙耶香さんの作品にしてはすっごい普通の作品でした。普通とは言えど、瀬理奈の空想世界の話や物語の主人公になりきってしまう所とか若干現実離れしてる感じが村田沙耶香さんらしいなと思いました。
小学生の時自分も律みたいで内気で周りの人の目を気にするタイプだったなと過去と重ねて読みました。
Posted by ブクログ
今まで読んだ村田沙耶香さんの作品の中ではマイルド。終わり方も爽やか。
クラス替えのイヤなドキドキ感、スクールカーストのリアル感、女3人の歪さ。小学生のころ特有の苦しさを思い出した。自分自身、小学生時代の人間関係が一番苦労したから特に抉られた。
役割を与えられているときは堂々としていられるというところはわかる。何者でもない自分自身として話すのはすごく難しい。仕事とかで何をしなきゃとかが明確だと楽よね。
「瀬里奈がそんな性格で許されてるのは、綺麗だからだよ。」
こんな風に考えてしまう気持ちわかっちゃう。
でも、人の目を気にしながら、人畜無害として過ごすのも悪くはないと思う。みんなが思うがまま好きに生きてたら、世の中めちゃくちゃだろうし。人に迷惑かけない生き方をして他人にバカにされる謂れはないよな。
Posted by ブクログ
【くるみ割り人形を読みたくなる本】
くるみ割り人形につながっていて面白かった
律が瀬里奈を例えたクルミ割り
律が瀬里奈に読んだくるみ割り人形の本
瀬里奈がなりきっていたマリー
律を動物に例えるとマウス
最初は奇妙に思っていた相手が、大学生になってからも親しい友達でいるってすごい
Posted by ブクログ
村田沙耶香にしてはすっごい前向きで、すっごい元気もらった1冊だった。いつも陰キャの描写が上手くて、苦しくなるような本ばかりだけど、この本はそんな女の子を心から応援できた。終わりも超良かった
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コンビニ人間の次に好きな作品です!
自分自身がくるみ割り人形を読むサブヒロインのようにこの本をなにかでつまずいた時に
読みたいと思った。
アッサリしてるけど内容は濃く感じるし
あっという間に読めました。
もやもやとした空気感を伝えるのがうまい。
さすが村田沙耶香さん!
Posted by ブクログ
上手く周囲が溶け込めるが故に臆病なマウスとして悩む律と、物語の世界のマリーになることでしか溶け込めない瀬里奈。
瀬里奈は言わずもがな、律も腫れもの扱いされている瀬里奈を走って追いかけたりと、意外と大胆で突拍子もないところがある気がしました。正反対のようでいて、実は似ている部分を2人は持っている。だからこそ、お互いがお互いの「息つぎ」できる居場所になったのだろうなと思います。
一度大きくぶつかったからこそ、強固になった2人の関係。物語終盤の本当に気が合う、親しい間柄の人といる時の特別であたたかで穏やかな空気感が素敵でした。
ふと、小学生の一時、仲のよかったあの子はどうしたかなと懐かしくなりました。まだSNSもそこまで普及してなかったから、今は本当に繋がりがないあの子。繋がろうと思えばSNSで探せそうだけれど、変わった姿を見たい気持ちとともに、変わらないままのあの子と会いたくて、おぼろげな輪郭を記憶の中でなぞりました。
村田沙耶香さんの作品が好きなのですが、他作品と比較して本作は初めての人におすすめしやすいと感じました!
Posted by ブクログ
村田さんの作品にしては、良い意味でスッキリと落ち着いた印象の作品。『コンビニ人間』より更に女性なら共感できる人も多そうなストーリー。
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主人公(律)は、臆病で真面目な女の子。
他人からどう思われるかが気になる性格。
【臆病な女の子=ネズミ】のイメージ。
新学期にクラス替えになってから、どのグループに属するかを模索しているのは小学生ながらしたたかだな~と思った。
どこのグループにも属せなかった瀬里奈。
まわりの子と違い、少し浮いた存在。
そんな瀬里奈がある本(くるみ割り人形)がキッカケで、別人のように変わっていく。
・第一部⇒小学5年生のころ
・第二部⇒大学生になってから
主人公の律もバイトをキッカケに"仕事"という仮面をかぶると本来の自分より少し強くなれる。
⇒誰でも経験したことがありそう。
律と瀬里奈、どちらにも共感するところとイライラポイントがあって、人間らしいなと思った。
学生のころの"真面目さ"が社会に出てからも"良い評価"になるとは限らない。自分の個性(=欠点)を長所として考え方を広げるには、年齢かさねないと気づけないんだよな…。
ざわざわ
村田沙耶香さんの書く小説は,相変わらず胸がざわざわする。
けっして言葉にしたくないことを,正確に言葉にされて突き付けられた感じ。
『コンビニ人間』ほど強烈ではないものの,やはり登場人物にサイコパスみがある。
少しだけ羨ましくもあるけれど。
Posted by ブクログ
嫌悪、不快といった負の感情や感覚が生来自分に根ざしているものと思いやすいのはなぜか
これをしてもいい、くらいならあるけど、これをめちゃくちゃしたいって思えるものはあまり思い浮かばなくて、確実に自信を持って主張できるのは、これは嫌だ、っていう抵抗感だけ
そもそも、好きを探して能動的に生きることを強要されるのが意味がわからない。好きなものを無理やり模索させて開示させて「ほら大丈夫だよ、あなたにも好きなもの、夢中になれるものがあるじゃない」と、安心感が保証されたかのように慰められようものなら、豆腐にかすがい状態、フラストレーション溜まりながらも服従を受け入れる諦めモードに入る。
生きているだけじゃダメか。
と、マリーになっていない状態の瀬里奈の主張を読んで思った。
正解の範囲が暗黙の了解で決まっている「好き嫌い」を主張してそれなりに納得のいくアイデンティティを保持する面倒くさい生活。ワークブックのように愚直に都度正解を探す主人公の普段の生き方より、マニュアルが決まっているという点で、ファミレス店員とかマリーとかに嵌まり込む方が楽そう
いつもワークブックをこなし続けては、たまに三角をつけられて落ち込む主人公が、マリーをやめてワークブックの存在すら意識せず奔放に振る舞ってもやがては周囲に受容されるだろう瀬里奈を羨ましく思うのは理解できる
そのまんまの自分でもみんな分かってくれるという綺麗事はよく聞くが、まず、そのまんまの自分というものは「そのまんま」に見えているだけかもしれないし、そのまんまが、周りの許容範囲内に入っているというラッキーを手にしている人のおめでたい発言だと感じる
両者世界との触れ合い方が違うけど、どうにか生き延びたいだけなのに、互いに相手との間に努力や臆病さに差があるように感じられてしまうよね、どっちもマウスなだけなのに
他人の生き方と自分の生き方を比較しても隣の芝生は青く見えるだけ。自分を品種改変すると改良された気になるが、ただの変化をベクトルと捉え、良方向に向かっているとするのにはどうしても抵抗があるので、すっきりとしない後味のラストだった。
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スクールカースト中間あたりを慎重にキープして「正しい役割を演じること」を第一にする少女と、童話の世界に居場所を見つけなんとか自分を保つ少女のお話。
みんな何かしら自分を演じている。演じることなく過ごせたら、幸せなんだろうか。それとも物語の主人公になりきらなければ普通の学校生活を送れない瀬里奈のように、演じている方が幸せなんだろうか。
100%素の自分でいるなんて、可能なんだろうか。そもそも素の自分なんて存在するんだろうか。平野啓一郎さんの分人主義にも想いを巡らせた。
村田沙耶香作品にしては、倒錯感はかなり控えめです。
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学校ってこういう感じだったなぁ。
グループが出来るし、大人しい子を虐めの対象にしたり。そういうの大嫌いだった。嫌いな人は関わらなければいいだけなのに何故虐めるのか、胸糞悪い。女だけじゃなく見てたら男も似たような感じだったなぁ。
私は自分が好きな人にだけ好かれていたいと思うからあまり律の考えには同意出来ないけど、大人になって職場家庭友人等の相手が変わればそれぞれに見せる私も違って。
でもそれでいいと思うのです。
律と瀬里奈がお互い本当の素の自分を見せられてるのは、私で言えばもう友人以上の家族のような関係性なんだろうなと。
この本は、大人になって読むと忘れていた思春期のなんか胸が切ないようなザワザワするような感覚を思い出せるものでした。
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可愛らしい話だった。と思えるのは私がその時から遠く離れた所に来てしまっているからだろうか…
小学校五年生のクラス替え。いつも一緒にいた女の子達と離れてしまった律は あぶれてしまわないうちに急いで自分と同じような大人しそうな風貌の女の子を探さなくてはならなかった。
同じクラスにひときわ背の高い独特な雰囲気をもつ女の子がいた。それが瀬里奈だった。彼女は全く喋らないかわりによく泣いた。とても繊細であるのに周りに対してひどく無神経な瀬里奈は皆に疎まれて敬遠されていた。
しかしあるキッカケを境に瀬里奈は変わっていきクラスでのヒエラルキーも上がっていった。
そしてそのキッカケをつくったのは律だった。
中学高校と接点はなく律が大学生の時二人は再会した。その時の瀬里奈はどこから見ても「選ばれた人」だった。
二人とも繊細なのだ。繊細な部分が違うだけで…。だから相手からその繊細な部分のことを指摘されると腹が立つ…。
でもお互い〝大嫌い〟と言って別れてもそこで終わりにならない関係というのはステキなものだ。
女の子は皆どこかで異世界につながる扉を信じているのかもしれない。
私も確かにそんな時があった。
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2025年1冊目
読みやすかった。周りと摩擦することをアイデンティティーにしてしまう人もいれば、人と合わせることでとにかく摩擦を避ける人もいる。
マウスと呼ばれる主人公にすごく思い当たる節があって、もっと周りを気にせず飄々と生きられたらと思った。
特に真面目でいると馬鹿にされるからわざとアホそうだったり、怒られない程度の真面目と不真面目の間を狙って周りに溶け込もうとしていた中学生時代を思い出して歯痒くなった。不真面目さを敢えて取り入れているうちに本当の自分がどれなのかわからなくなってしまったかもしれない。
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NHK夜ドラマ(3回程度)で観たい、と思わせるほど映像がイメージしやすい。何度も読みたいとまでは思わないが、一風変わった青春小説としてオススメです
==本の紹介==
私は内気な女子です――無言でそう訴えながら新しい教室へ入っていく。早く同じような風貌の「大人しい」友だちを見つけなくては。小学五年の律(りつ)は目立たないことで居場所を守ってきた。しかしクラス替えで一緒になったのは友人もいず協調性もない「浮いた」存在の塚本瀬里奈。彼女が臆病な律を変えていく。(講談社文庫)
教室の中、女子にとって大切なこと。
同じ匂いの女子同士でつるむこと。
ヒミツを打ち明ける順番を守ること。
教室の風景に溶け込むこと。
支配している価値観を飛び越えないこと。
自分はクラスの中の脇役だと理解すること。
私は内気な女子です――無言でそう訴えながら新しい教室へ入っていく。早く同じような風貌の「大人しい」友だちを見つけなくては。小学五年の律(りつ)は目立たないことで居場所を守ってきた。しかしクラス替えで一緒になったのは友人もいず協調性もない「浮いた」存在の塚本瀬里奈。彼女が臆病な律を変えていく。
小学校の頃から、女子はたいへん。思春期、教室に渦巻いていた感情をもう一度。
「学校という場所は、スーパーに似ている。私たちは陳列されているのだ。そしてそれを評価するのは、教師じゃなくて、子どもたち。これも学校の勉強のひとつなんだよ、お母さん」
Posted by ブクログ
女の子をリアルに描いた作品でした。
律の周りの目が気になって、どうしようもない気持ちがとても共感できました。
瀬里奈と律が巡り合うことができて良かったなと思いました。
Posted by ブクログ
学生時代の頃に感じていた真面目にしていたいけど、真面目すぎると浮いてしまうことの葛藤とか、いかに見た目が良くて楽しい人間かで同級生を分類し合う息苦しさを改めて思い出した。
大人になっても人間関係って難しいけれど、子供の頃の方がやっぱり自分を作るのが大変だった気がする。今は自然と順応できてる気がしてるけど、それってなんか大切なものが麻痺したからなのかなとか考えてしまった。
Posted by ブクログ
村田沙耶香作品とは思えないくらい、正当にいい話だった。己らしくいればなんだかんだ受け入れられるのだと、そう思いたいよね。「そう思おうとする」のではなく「そう思いたい」と思っているのがダメなんだよなという感じがするけど、でも、「そう思いたい」になってしまうなあ、と思った。割と自由に振る舞っている方だと思うけど、意識的に自由に振る舞っているわけではなく漏れ出ているだけだから、本当に意識的に自由に振る舞えたらどんなにいいでしょうねえという感じがする。前衛的なワンピースを躊躇う気持ち、よくわかるなあと思った。でもそういう一歩が個性を作っていくんだよねえ。結局自由に振る舞って痛い目を見ることもあるんだろうけど、でもいつだって窮屈に生きてるよりはよっぽどいいんだろうなあとも思う。