あらすじ
老人は何もしないから素晴らしい、「終わり」を考えるより「はじめ」の練習を、等々、これまでの老年観を一新させ、これからの生き方を示唆することばに満ちた1冊。※本作品は1991年9月、読売新聞社から刊行された『老いのみち』を文庫収録にあたり改題、再編集したものです。
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Posted by ブクログ
ヴォーヴォワールの老いについてをテレビで紹介していて、ふと気になり読んでみた。赤瀬川の老人力みたいな無理矢理賛美の本でもなく、若者でも読める人生エッセイ。再読したい。
Posted by ブクログ
河合隼雄先生の「老い」に関するエッセイ。河合先生の本は、読みやすい、分かりやすい、示唆に富んでいる。いつものことながら「自分は本をあまり読まない」と言われながら、非常に幅広く深い読書をされており、先生の文章の中から、また多くの人を知る機会となる。
今回も、聖路加病院の日野原重明氏の「老いてはじめる」という言葉、仏教学者の中村元氏の「自分で考えないと駄目」という言葉、フランス文学の桑原武氏の「文学もすごいのを読むと、脇の下に汗が流れるんでっせ」というようなインパクトある言葉とその背景にある「老い」に敢然と立ち向かう精神みたいなものを紹介してくださった。
鶴見俊輔著「家の中の広場」は含蓄深いエッセイ集と紹介されているので、読んで見たい気持ちになった。
本書で一番興味深かったのは、「絆」という文字についての話。「きずな」とも読むし、「ほだし」とも読まれるが、後者の意味が意外だった。仏門に帰依したいときに、親子の情などの「ほだし」が邪魔になるという意味に用いるのだそうだ。
「きずな」は深めるものであるのに対し、「ほだし」のほうは断ち切るものというイメージだ。
心理療法家である著者は、人の自立の時に、この「ほだし」を断ち切るということが必要だという。著者の考える自立の場面は、子どもから大人になるときの自立と、老いたのちに一人旅立つそのときも自立の時としている。
いわゆる「反抗期」というのは自立に必要なフェーズなのだろう。それと同様に、老いた親は、子に依存するのではなく、やはり「ほだし」を断ち切って、自立せよということなのだろうと思う。