あらすじ
老人は何もしないから素晴らしい、「終わり」を考えるより「はじめ」の練習を、等々、これまでの老年観を一新させ、これからの生き方を示唆することばに満ちた1冊。※本作品は1991年9月、読売新聞社から刊行された『老いのみち』を文庫収録にあたり改題、再編集したものです。
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Posted by ブクログ
ヴォーヴォワールの老いについてをテレビで紹介していて、ふと気になり読んでみた。赤瀬川の老人力みたいな無理矢理賛美の本でもなく、若者でも読める人生エッセイ。再読したい。
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本書は、1991年1月~6月まで、読売新聞の夕刊に110回にわたって連載されたものの書籍化である。だから、1つのコラムはとても短い。しかしながら、その短いコラムの中で、いや短いコラムだからこそ、河合先生の投げたボールは、びしっとど真ん中ストライクで決まっている。
連載からもう30年も経っているのに、河合先生が指摘している「老い」をめぐる問題は、ほとんど変わっていないように思える。もちろん私自身を含めて。高齢者に対する態度や、自分自身が年齢を重ねていくことについての意識等…。折に触れて読み返していきたいと思う。
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付録の多田富雄さんとの対談が示唆に富む内容だった。
「入舞」という概念。河合さんの「入舞」はフルートを吹いてCDをだすことだったんじゃないかなー?奏者の河合隼雄。
私も、入舞、他人には無駄と思える終焉の舞を舞いたくなった。
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河合さんが読売新聞夕刊に110回連載したエッセイ集。自分が老いること、老いた人との付き合い方、社会のありかたなど、老いをテーマにした現実感たっぷりのエッセイには、ハッと気づかされる指摘が多い。
最後に免疫学の多田教授との対談が掲載されているが、これも秀逸。免疫的にみた老いとはそれぞれの人生における様々な外部への反応が蓄積されたもので、すべての人において異なるもの。老いはまったく一様ではない。言われてみればなるほど。。
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とにかく、読みやすい。
そして、すっきりとした言葉が真っ直ぐに考えることにたどり着く。
きっと時とともに、その理解は変わるのだろうな。
また読み返してみようと思う。
さて、老いるとは自分にとってどういうことなのか?
どういうこととするのか?
今だから考えるのではなく、生きることに精いっぱいだったときから考えておきたいことである。
元気が出る。精が出る。そして、人として、自分にも優しくなれる一冊。
Posted by ブクログ
"老いるとはどういうことか" は入試の小論文で私が出された課題そのものでした。参考になるかもしれないと本を購入したものの、読むことによって影響を受け、自分自身の考えを書くことができなくなるんじゃないかという不安から、結局今まで読むことができませんでした。いざ読んでみると、110のコラムから成るこの本は私に、新しい考えを次々と分け与えてくれました。
この本はハウツー本ではなく、こういう考え方もあるんだよという様々な引用や著者自身の考えが述べられています。見開き1ページで1つのコラムという形式から気軽に読むこともできるし、何より押し付けが全くないため素直に読むことができます。
中でも特に面白いと感じたのが、アイヌの人たちの考えた「神用語」。アイヌの人たちは、老人の言うことがだんだんわかりにくくなると、老人が神の世界に近づいていくので「神用語」を話すようになり、そのために、一般の人間にはわからなくなるのだと考える、という。痴呆といえば、ただわずらわしいものとして思われがちだけど、そう考えれば見方も変わってくる気がします。
日本はまだ福祉先進国のようなシステムの整わないうちに高齢社会になってしまったために、国としても、また国民としても戸惑いは大きいだろうし、こんなに生きるはずじゃなかったのに、という人も少なくはないはずです。そこで悔やむよりは、前向きな思考でいる方がずっと楽しく過ごせるはずです。この本はそんなきっかけを与えてくれます。
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河合隼雄先生の「老い」に関するエッセイ。河合先生の本は、読みやすい、分かりやすい、示唆に富んでいる。いつものことながら「自分は本をあまり読まない」と言われながら、非常に幅広く深い読書をされており、先生の文章の中から、また多くの人を知る機会となる。
今回も、聖路加病院の日野原重明氏の「老いてはじめる」という言葉、仏教学者の中村元氏の「自分で考えないと駄目」という言葉、フランス文学の桑原武氏の「文学もすごいのを読むと、脇の下に汗が流れるんでっせ」というようなインパクトある言葉とその背景にある「老い」に敢然と立ち向かう精神みたいなものを紹介してくださった。
鶴見俊輔著「家の中の広場」は含蓄深いエッセイ集と紹介されているので、読んで見たい気持ちになった。
本書で一番興味深かったのは、「絆」という文字についての話。「きずな」とも読むし、「ほだし」とも読まれるが、後者の意味が意外だった。仏門に帰依したいときに、親子の情などの「ほだし」が邪魔になるという意味に用いるのだそうだ。
「きずな」は深めるものであるのに対し、「ほだし」のほうは断ち切るものというイメージだ。
心理療法家である著者は、人の自立の時に、この「ほだし」を断ち切るということが必要だという。著者の考える自立の場面は、子どもから大人になるときの自立と、老いたのちに一人旅立つそのときも自立の時としている。
いわゆる「反抗期」というのは自立に必要なフェーズなのだろう。それと同様に、老いた親は、子に依存するのではなく、やはり「ほだし」を断ち切って、自立せよということなのだろうと思う。
Posted by ブクログ
物足りない。軽く読めてしまう新聞の連載。執筆時、河合さんは何歳だったのかな。ちっと「老い」との距離を感じる。的外れの文が多いが、なるほど豆知識もある。
・「いい年をして」
・視野を広げて心配事を増やす。
・おとなはみんなおなじことをいう。
・「ちっと」心配りを
・アイヌの「神用語」
・-してあげる。
・桑原武夫「文学でもすごいのを読むと、脇の下に汗が流れるンでっせ」
・苦しい死に顔は誰かの苦しみを背負った顔
・性の問題はあからさまに論じることによって、その本質を歪まされるようなところがある。
・秘密を抱えて頑張ることが支えとなるときもあるし、それを誰かに打ち明けることによって支えを得ることもある。
・能の入舞