あらすじ
5代さかのぼってようやく応神天皇につながるという遠い血縁、しかも地方出身の継体が、天皇の座に就いたのはなぜか? 緊迫する朝鮮半島との関係にどう対処したのか? 真の継体陵とされる今城塚古墳の石棺や韓国・栄山江流域の前方後円墳の発掘調査など、考古学上の成果を文献からの考察と突き合わせ、謎の大王の実像に迫る。古代史最大の「空白」がいま、明らかに――。古代史ファン待望の一冊!
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Posted by ブクログ
考古学的成果を歴史学者的発想で大胆に描く著作で評価難しい、水谷千秋主張の稚拙な纏め
継体天皇は越前より近江高島を拠点とした実力者で、想像の羽を広げれば半島に赴き百済の武寧王と交わりを持った前半生を想定してみる(大胆)その厚誼は「継体が忍坂宮にいた503年(即位前)、武寧王が長奉を念じ鏡(和歌山隅田八幡神社所蔵の人物画像鏡)を贈った」とか「武寧王の棺が日本にしか生息しない高野槙で製造」とか「任那四県割譲」とか「百済の己汶の地を巡る侵略問題への仲介」「中国から百済が招いた五経博士を求め来日させた」(凄い親密だね)
雄略天王時代から全国の豪族への威信財である広帯二山式冠(朝鮮半島における軍功への恩賞⇨継体自身も軍功者?)・捩じり環頭大刀などの分布から有明海沿岸勢力との強い関係(大和における葛城氏との対立)、近江高島という渡来人(秦氏を代表に)と朝鮮半島との結びつき
≪少しお腹いっぱい≫