あらすじ
本作はもはや伝説。沢木耕太郎の最高傑作がついに電子書籍化!
あのとき、政治は鋭く凄味をおびていた。ひたすら歩むことでようやく辿り着いた晴れの舞台で、61歳の野党政治家は、生き急ぎ死に急ぎ閃光のように駆け抜けてきた17歳のテロリストの激しい体当たりを受ける。テロリストの手には、短刀が握られていた。社会党委員長・浅沼稲次郎と右翼の少年・山口二矢――1960年、政治の季節に交錯した2人のその一瞬、“浅沼委員長刺殺事件”を研ぎ澄まされた筆致で描き、多くの人々の心を震わせたノンフィクションの金字塔。第10回(1979年)大宅壮一ノンフィクション賞受賞作。
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当時の風景が動画を通じて
YouTubeに実際の動画があり、当時の風景が鮮明に伝わってくる。
読む時期としては45歳の私にはちょうど良かった。良い意味で人生に少し影響を及ぼしてしまうような作品でした。
Posted by ブクログ
右派であるとか左派であるとかは関係なく、大声で人を恫喝する人や暴力で言うことを聞かせようとする人が苦手です。
そういう人の話を聞くのもちょっと無理。
なので、テロリストのノンフィクションというのは、わたしには少しハードルが高いものでした。
それでも、レッテルを貼って知った気になってはいけないと自分を鼓舞して読みました。
読んでよかった。
殺された浅沼稲次郎も殺した山口二矢も、損得で行動する人ではありませんでした。
なんとなく流されるということのない二人は、どちらも人付き合いが不器用です。
ある意味、信念に基づいて行動する、聞く耳持たない人の方が始末に負えないのかもしれません。
浅沼は年の功というか、大勢の人の中で損な役割を押し付けられても鷹揚に受け流すことが出来ても、二矢の潔癖な青臭さは妥協を許すことが出来なかったのだろうと思いました。
「政治家になりたい」と親に言ったら、「財産を減らすだけだからやめろ」と言われるような時代があったんですねえ。
浅沼稲次郎のエピソードですが、今の時代とは大違い。
んで、二矢の、というか多くの日本人の、強烈な反共感情。
過剰なほどに平等主義なのに、なぜ共産主義が嫌いなのかが、私にはよくわからないのですが、多分天皇制に対する意見の相違が大きいのかな。
二矢にとっての天皇は神聖にして犯すべからざる存在で、浅沼にとっての天皇は、個人的には崇拝の対象でありながら、政治家としては庶民の生活を守ることが大切だった。
譲れぬことは譲れぬとして、人は寛容が大事だと私は思っているので、浅沼の生き方には大変感銘を受けました。
”重大な案件が選挙のさいには国民の信を問わない。そのときには何も主張しないで、一たび選挙で多数をとったら、政権についたら、選挙のとき公約しないことを平気で多数の力で押し付けようというところに、大きな課題があるといわねばならぬと思うのであります”
歴史に学ぶって、ものすごく大事。