あらすじ
第134回芥川賞受賞作。待望の電子化!
仕事のことだったら、そいつのために何だってしてやる。そう思っていた同期の太っちゃんが死んだ。約束を果たすため、私は太っちゃんの部屋にしのびこむ。仕事を通して結ばれた男女の信頼と友情を描く芥川賞受賞作。待望の電子化。「勤労感謝の日」「みなみのしまのぶんたろう」併録。
「同期」とは不思議なもの。私には十数名の同期入社がいます。助け合い、張り合ったり、時には呆れもしますが、根っこには常に信頼と感謝の気持ちがあります。友達や家族や恋人とは違う、いわば運命共同体。同時に入社しただけで、「同期」という関係は会社を出ても年をとっても変わらず、血脈のように続くのです。
「沖で待つ」は同期の絆の物語。入社直後に福岡配属になったふとっちょの「太っちゃん」とバリバリ女子「及川」が、社会人として助け合い成長する中である約束をします。
「先に死んだ方のパソコンのHDDを、後に残ったやつが破壊するのさ。」
人に見られたくない自分の趣味嗜好の塊を託せる人、というのは同期という距離感の信頼関係があってこそ。それからしばらくして、太っちゃんは事故によって死んでしまい、及川は一人で約束を実行に移すべく彼の家へ向かうのですが…。
死によって消えるものと消えないものがそっと見えてきて、周りの人に優しくなれます。少し照れくさいけど、同期に薦めてみたい一冊。
感情タグBEST3
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良い。大好き。さらっと読めるのに全部が詰まってる。
死んだ太っちゃんが当たり前のように喋る世界。時系列が戻っていって回想のような話で進むけど、途中で、あっ、そういえば死んでいたんだった、って、死ぬシーンで思い出す。
人々の描写が、手触りがやわらかい。極限まで削ぎ落とされた優しい文章。みんな頑張って働いてて、いろんなことを考えていて、その全てが愛おしい。太っちゃんのポエムで安直にも泣きかけてしまった。
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⚫︎感想「沖で待つ」
初めての絲山さんの作品は「神と黒蟹県」(2024.4時点で最新作)だったが、15年以上前に書かれた芥川賞受賞作である「沖で待つ」にすでに絲山ワールドが完成されていたのだ…といった感想をもった。男女がベタつかない軽やかさや、全体に広がるユーモアと優しさ、少しの寂しさ、少し現実離れした不思議ワールドを感じられた。
二人はお互い先に死んだ時は残った者がハードディスクを壊し合うという約束を交わす。
「沖で待つ」は太っちゃんが妻に残したとされる詩のフレーズ。強い信頼を互いにもてて、ピンチの時は助けに行くし助けてくれる、必ず待っていてくれると思える安心感。
こちらの作品では、同期で働く男女2人の恋愛とは別の同志みたいな信頼感だったり、気のおけない感覚だったりが描かれており、とてもうらやましい人間関係だと思った。と同時に、転勤の多い方は良い人間関係を作り上げても、転勤になればまた1からスタートになるんだよな、と改めて感じた。「神と黒蟹県」も「沖で待つ」も「なんか羨ましい世界だな」と思える、ふわっとした、でも単なるいい話でもないところが好きだと思った。
解説は絲山さんと同期で働かれていたという編集者さんが書かれていて、絲山さんの会社員時代が垣間見れて面白かったし、「どこの方言もすぐにマスターし」という記述も納得だなぁと思った。
⚫︎あらすじ(本概要より転載)
同期入社の太っちゃんが死んだ。約束を果たすべく、彼の部屋にしのびこむ私。恋愛ではない男女の友情と信頼を描く表題作他全3篇
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3編ともおもしろいが、やはり表題作『沖で待つ』が特に良かった。登場人物、彼らの会話がおもしろく魅力的。会社の中での「同僚」という人間関係。時に共に喜んだり時には互いの失敗をフォローしたり、日々仕事の中で同じ体験を共有しており、飲むと学生時代の友人以上に話がはずんだり…。読んでいると、その人間関係がリアルで、自分の若かりし頃を思い返して懐かしい気持ちになる。
主人公と太っちゃんの、恋愛にはならないけど、ただの友人よりも深い、運命共同体のような同士のような関係性は、読んでいると憧れてしまう。現実味があるかといえば無いような気もするが、それ以上に二人の描写が自然で魅力的で、気にならない。
絲山秋子さんの他の著作も読んでみたいです。
Posted by ブクログ
女と男の友情・・・。
成立するのかしないのか、周りで議論されるのを何度か聞いたことがあるが、もう一つ、20年前に早逝した友人の葬儀で、彼の親友が、「エッチなビデオ一式を生前の約束通り全部処分してやった」と言っていた。
そんな僕個人の思い出が込み上げる標題作②は秀作。
③は全文ひらがなとカタカナのみ。そんな小説は、筒井康隆の「心狸学・社怪学」で目にして以来。(絵本や宮沢賢治作品ならありそうだが)
ちょっと蓮っ葉で物足りなさを感じた①だったが、「オマエ、書いてよ」と絲山先輩に命令されて書いた夏川けい子さんの解説で、その、もの足らない部分がガチン!と音を立ててハマる快感。
解説まで堪能できた。
話のついでのように貸してくれたが、楽しめました。
ツッチー、ありがとう!
【冒頭のみ】
①勤労感謝の日
36歳、無職の恭子は命の恩人であるご近所さんの勧めで見合いをすることに。
②沖で待つ
ルミエール五反田のドアをノックすると、あっさりドアが開いて太っちゃんが出てきた。3ヶ月前に死んでいるのに。
③みなみのしまのぶんたろう
さまざまな才能に恵まれて大臣まで昇り詰めた〝ぶんたろう”。でも、ひょんなことで総理大臣の逆鱗に触れてしまい・・・。
Posted by ブクログ
好みの作品に出会えました。
どちらの作品も仕事に焦点が当たっていて、さまざまな視点からの仕事観が描かれていてとても楽しかった。
勤労感謝の日、凄く良い!!
知性溢れる毒舌と皮肉混じりの後輩との会話が本当に好きすぎました。
Posted by ブクログ
3作とも最後にほろっとして微笑んでしまうものでした。
図らずも都合退職してしまった恭子の話。
同期だった太っちゃんが死んでしまった話。
ナガタチョーで大臣だった「ぶんたろう」が南の離島に左遷されてしまった話。
最後にふっと息を吐いてニンマリしました。
Posted by ブクログ
独立した3編が入った短編集。
『勤労感謝の日』
これ好き!主人公の毒におもわず吹き出しそうになってしまう。
飲み屋でのシーンが特に好きで、
毒はありつつも読み心地が良かった。
『沖で待つ』
同期の男女。
どちらかが先に死んだ時にHDDを壊す約束をするもの。
こちらもなかなか味わい深い。
太っちゃんの秘密、本当にそれだけだったのか
誰にも分からないところも良い。
『みなみのしまのぶんたろう』
ぶんたろうのモデルはやっぱりあの人?
(芥川賞の選評でタイトルが嫌いとか言っていたイメージがある)
ぶんたろうを懲らしめる展開になるのかと思ったら、不思議な展開だった。
全編漢字がなく読みにくい作品でもある。
Posted by ブクログ
過去の記録をたどると、16年ぶりに読んだらしい。
その間も、たまに思い出したりはしていた。
「仕事のことだったら、そいつのために何だってしてやる。同期ってそんなものじゃないのかと思ってました」
この言葉が心に残りすぎていて、そんなに間が空いていたとは思わなかった。
もう一編の「勤労感謝の日」は、年を重ねた今だからこそ、読んでいてものすごく楽しかった。自分の人生は自分のためのもの。
夜を買いに来る、かっこよすぎる。
Posted by ブクログ
仕事のことだったら、そいつのために何だってしてやる
この「仕事のことなら」は、必要ないんじゃないか。
現に、罪悪感を抱えながらも部屋へ忍び込むのだ。約束のために。
気の置けない、名は体をあらわした太ちゃん。男とか女とか関係なさそう。
二人に乾杯したい。
他、
「鳥飼さんのフキゲンは慣れてますからあ」と後輩に笑われる主人公のやさぐれ具合が愉快で、どこか肩の力の抜ける1作目「勤労感謝の日」もよかった。
「みなみのしまのぶんたろう」を含む全3作。
絲山作品、なんかほわっと魅かれるんだな。
Posted by ブクログ
芥川賞受賞作です。
表題の、沖で待つは会社同期の男女間を超えた絆の話。
自分自身の新人時代を思い出し、懐かしい感触が味わえる作品です。
併録の「勤労感謝の日」もテンボが素晴らしく軽快で、気持ちよく読み進められる作品です。
芥川賞というと純文学で難解な作品が多い印象ですが、この作品は非常に読みやすくて面白いですね
二編ともに当時開始された、男女雇用機会均等法の当事者である女性の視点で、仕事とはがテーマです。組織で働く人にお勧めの、少しほろ苦い小説です。
Posted by ブクログ
絲山秋子先生の作品は初めてでした。
僕個人の感想ですが、大きく起伏のある感じではありませんでしたが、しっかり登場人物に感情移入できる作品でした。3作ありましたがどれも良い作品です。中でも1話目が好きです。
Posted by ブクログ
勤労感謝の日
「あまり大袈裟じゃなく、ホームパーティーみたいな感じ」ではあっても一応お見合いで呼ばれたのに、あのナリと態度の男性の方がどうかと思ってしまう私は、主人公目線…
いや、私が彼女の母なら、その場は取り繕っても、速やかにお断りの連絡を入れるでしょう
沖で待つ
太っちゃんの言葉のチョイス
あんなノートを残されたら泣いてまうかも
みなみのしまのぶんたろう
ひらがなとカタカナだけのぶんしょうがこんなによみづらいものだったとは!
ぶんたろうがかぞくとたのしいなつやすみをおくれるといいな
Posted by ブクログ
自分が、新入社員だったころのことを、思い出しました
仕事が上手くできず、上司との関係が悪化して苦しみ、生きるのをやめようと思って、下を向いて働いていた時に、気づいたら隣にいて、笑ってくれた同期がいました
勝たなくていい、負けないでいこうや
そんな気持ちが伝わった気がします
仕事の同期は、友達とは、なんとなく違うような気もします
なかなか、弱音を吐きあうってこともないけど、ぼくが会社を辞めると決めた時も、みんな心配してくれました
本当にありがたかったです
仕事は、とても苦しかった、でも、とても大切な出会いをもらえました
男女の友情が成立するか、ということが、時々議論されたりしますが、仕事では、ままあることなのかな、と思ったりしました
自分が必死だった時に一緒に闘っていた仲間って、今、頻繁に連絡をし合うことはなくても、やっぱり大切な存在だと、読み終わって改めて思いました
Posted by ブクログ
会話分が抜群に心地よい。物語の筋に関わるわけでもない、どうでもいい会話が、自然で楽しく読める。
芥川賞受賞作「沖で待つ」もだけど、「勤労感謝の日」が特に良かった。この女性主人公がとても身近で好感が持てる。主人公の周囲への毒づきが楽しい。
Posted by ブクログ
人の本質的なものを書くのが上手だなと感じた。
文面自体も読みやすくもっと読んでいたいと思う物語であった。ジェネレーションギャップを感じる部分はあったが今の時代にもいるような登場人物に共感する部分が多く気にならなかった。もっと絲山秋子の作品を読みたいと思った。
Posted by ブクログ
いやー、好きっす!
短篇で、サクサク読み終わるが、もっと読んでいたいと思わせてくれる作品でした。そして、表題作ではなく、収録されていた
もうひとつの作品の勤労感謝の日。こちらがまた、面白かった。どちらの作品も共通して良かったのが、主人公女性のモノローグ。だよねー、って共感してしまいます!
好きだったくだりはバスの運転手の丁寧なアナウンスと裏腹のブレーキングの雑さで「危険ですので,バスが停まってからお立ち下さい」に対しての「こっちは初めから立ってんだよ!その危険の中で」とか
「何が勤労感謝の日だ!無職者にとっては単なる名無しの一日だ。」とか、口悪いけど、なんか主人公好きです。
Posted by ブクログ
あなたが結婚されている場合、それは『お見合い』結婚だったでしょうか?
二人が出会い、関係を深めていく先に行き着くところ、それが結婚です。そんな結婚に至る過程には大きく分けて『お見合い』と『恋愛』があります。とは言え、『お見合い』結婚という言葉を聞くことは昨今ほとんどなくなりました。1940年頃には実に結婚の70%近くが『お見合い』だったのが、今ではなんと5%程度にまで下がっているという現実がそこにはあります。そんな『お見合い』結婚の割合が下がるのに比例するかのごとく、結婚する人の割合自体も下がってきています。もちろん、その両者が連動しているとは単純には言えないでしょうが、理由の一つではあるのかなあ、そんな風にも思います。
さて、ここに『私の命の恩人』と思う人物に『見合い』の場をセットされた主人公が登場する作品があります。『結婚するつもりないの?』と訊かれ『こればっかりはご縁ですから』と答えたその先に『お見合い』の場に臨む主人公の姿が描かれていくこの作品。そんな場での主人公の心持ちが具に読者に共有されてもいくこの作品。そんな場で初めて発した相手の言葉が『スリーサイズ教えてくれますか』であることに『88-66-92』と即答した主人公を見るこの作品。そしてそれは、そんな主人公が『お見合い』のあった『勤労感謝の日』を振り返り、お湯割りを飲むひと時を見る物語です。
『何が勤労感謝だ、無職者にとっては単なる名無しの一日だ』と、『失業保険はあと二ヶ月しか残っていない、その間に就職できる保証はどこにもない』という今を思うのは主人公の恭子。そんな時、『恭子ちゃん、身体の方はどう?』と裏に住む長谷川に声をかけられます。『二ヶ月前…一時停止無視で出てきた車にはね飛ばされ』た時『救急車の手配から、警察への通報、家への連絡まで全てやってくれた』長谷川を『私の命の恩人』と思う恭子。そんな恭子に『結婚するつもりないの?…いい人がいるのよ』と言う長谷川は、『あなたと二つ違い…今年三十八歳…あなたの大学の先輩よ』と『息子の知り合いの』野辺山清という男性を薦めます。そして、『素早く段取り』が進み、『十一月二十三日、勤労感謝の日、大安吉日』に長谷川の家に母親と訪れることになりました。『結婚するしないは別として、いい男が来たらいいな』と思う恭子が『長谷川さんちの東の窓から通りを見おろ』すと『やや太り気味の男が立っていて、ガムを噛んでい』ます。『アイツじゃないな、ないといいな、ありませんように』と願うもその男が野辺山清でした。『ポケットティッシュを取り出してガムを丸め、その柔らかい塊をズボンのポケットにしま』うのを見て『あれが服地にくっつくとドライアイスで取らなくちゃいけない』と思う恭子。そして挨拶する野辺山の顔を見て『あんパンの真ん中をグーで殴ったような顔をしてい』ると思う恭子。『しかし、何を聞けばいいのだ。見合いなんてしたことがない』と思う恭子は『ギャンブルやりませんよねとか、変態プレイは困りますよとか』言えない…と逡巡していると、『スリーサイズ教えてくれますか』と『第一声で口に出し』た野辺山。それに『88-66-92』と恭子が即答すると、野辺山は『にへらり、と笑』いました。そして、『お仕事は?』と訊く野辺山に『無職です』と返す恭子。そんな恭子に『僕って会社大好き人間なんですよねえ』と言う野辺山は『ブランドを鼻にかけるわけじゃない』と言いつつ『一流企業って…』と『商社マンとしての活躍ぶり』を語り続けます。そんな会話の中、『負け犬論ってどう思います?』と訊く野辺山に『あれで言うと私は立派な負け犬ってことになりますね』と答える恭子。そんな恭子に『負け犬って自覚してれば許されるんですよ』と野辺山は答えました。『なんでこんなカスに許してもらわなければいけないのか』、『もう金輪際こいつと会うことはない』と怒る恭子は、『出掛けますので、どうぞごゆっくり』と言って席を立つと『どこに行くの?』と訊く母親に『とりあえず渋谷』と言うと長谷川の家を後にしました。『家に帰ったら母からさんざん責められることだろう』と思う恭子、そんな恭子の『勤労感謝の日』のその後の時間が描かれていきます…という最初の短編〈勤労感謝の日〉。強烈な個性を放つ恭子の魅力になぜか惹かれてもいく好編でした。
2006年に第134回芥川賞を受賞した表題作の〈沖で待つ〉の他に二編が収録されたこの作品。「沖で待つ」というどこか超然とした響きを持つ書名とそれを見事に表したかのようにどこか超然とした一艘の舟の写真が見事な雰囲気感を醸し出しています。しかし、しかしです。ネタバレと言われても困るのですが、そんなイメージを勝手に抱いた読者を欺くかのように本編にはそんな勇ましい描写はどこにも出てきません。もし大海原を舞台にした海の男の物語!のようなイメージを期待してこの作品を読もうとする人がいらしたら、そういう意味ではありません!とまずお伝えしておきたいと思います。では、そんな三つの短編について、概要を示した上でその内容一つひとつに順に触れていきたいと思います。
・〈勤労感謝の日〉: 近所に住む『私の命の恩人』と崇める長谷川に一方的に見合いの場を設定されてしまったのは主人公の恭子。『勤労感謝の日』に設定されたお見合いに出かけた恭子は、窓から見て『アイツじゃないな、ないといいな、ありませんように』と思った男と対峙します。いきなり『スリーサイズ教えてくれますか』と聞いてきたり、『食いっぷりが悪かった』りと、イライラさせられる恭子は『出掛けますので、どうぞごゆっくり』と言うと、場を後にして一人飛び出しました。そして、渋谷へと出かけた恭子は…。
一編目の〈勤労感謝の日〉では、主人公の恭子の感情を相手の発する言葉に連ねてこんな風に表現されます。
・『僕って会社大好き人間なんですよねえ』と言う野辺山
→ 心の声:『何とか大好き人間なんて言葉がまだこの世に流通しているとは知らなかった。しかも会社だよ、トンチキ野郎』。
・食べ物の好き嫌いを訊くと『全然ないんです。僕、コンビニのお弁当でOKだから』と答える野辺山
→ 心の声:『自分が呼んだとは言え、長谷川さんが気の毒だ。それにしてもどういう趣味で私にこんな男を紹介しようと思ったのだろう。いくらもう女じゃないからってあんまりだよ、長谷川さん』。
・『三十六歳か…』と蔑んだように低い声で呟く野辺山
→ 心の声:『そうだよ、嘘いつわりのない三十六歳だよ。求人ヤバイんだよ』。
三つ抜き出してみましたが、これだけでもこの恭子という主人公の雰囲気感が伝わってくるのではないかと思います。この短編では、このような感じで主人公の心の声が読者に逐次共有されていくことで、短編ながらもその思いがストレートに伝わってくるのを感じます。『何が勤労感謝だ、無職者にとっては単なる名無しの一日だ』という恭子の〈勤労感謝の日〉の一日を描いたこの作品。三編の中で一番気に入ったのがこの短編でした。
・〈沖で待つ〉: 『五反田に行く予定なんかなかった』という主人公の及川は、あるマンションの一室へと立ち入ります。『どうしてこんなところにいるの?』と目の前に牧原太がいるのを見て驚く及川。なぜなら彼は『三ヶ月前に死んでいたから』です。『太っちゃん』という彼のあだ名が『「名は体をあらわす」というのがこれほど当てはまる人を私は』他に知らないと思う及川。全国に拠点のある『住宅設備機器メーカー』に就職した及川は、配属先となった福岡でそんな『太っちゃん』と共に働き始めました。そして、仕事の日々の中に彼とある約束をします。
次の二編目は何と言っても芥川賞受賞作です。上記の通り〈沖で待つ〉という言葉から受ける印象とは全く異なる物語がそこに描かれます。そんな短編の主人公・及川は『住宅設備機器メーカー』に就職した女性という設定ですが、この作品の作者である絲山さんもかつて『住宅設備機器メーカー』で働かれていた方でもあり、そこに描かれるお仕事風景はやけにリアルです。そんな中に唐突にこんな言葉の登場で読者に緊張が走ります。『太っちゃんは、三ヶ月前に死んでいた』というその一文。そんな物語ではやけに働く現場のリアルさの中にそんな主人公・及川と太っちゃんの間で『協約結ぼうぜ』と一つの約束が取り交わされます。そんな約束を果たしていく及川の姿がある意味淡々と描かれるこの短編。なかなかに表現の難しさを感じますが”お仕事”の場にある友情を芥川賞的に描いたらこうなった、そこに書名の「沖で待つ」という言葉のある種の重みが効いてくる、そんな読み味の作品だと思いました。
・〈みなみのしまのぶんたろう〉: 『むかしむかし…デンエンチョーフというまちに、しいはらぶんたろう、というおとこがすんでいました』という物語の始まり。『マツリゴト』をする『ぶんたろう』は『でんりょくだいじん』になります。『あるさむいひ』に『かいぎしつに』入ると、『りっぱなおじゅうにはいったおべんとう』を目にし『とりかえちゃえ』と食べ始めました。その時『カシャリ』と音がし『ふくだいじんのへびやま』が現れ、『そのおべんとうはそうりだいじんのもの』と今撮った証拠写真を見せます。罠にハマった『ぶんたろう』は…。
そして、最後の短編〈みなみのしまのぶんたろう〉ですが、これはキョーレツ!という言葉そのままの物語です。なんとひらがなとカタカナだけで書かれています。これが読みづらい!、とにかく読みづらいと感じました。日本語は漢字かな交じりであることが如何に重要かを感じます。一方で『むかしむかし』と始まるところから考えるとこの作品は子ども向けの童話をイメージしたとも考えられます。しかし、そこで描かれる世界は妙に生臭い物語です。主人公の『ぶんたろう』は、部下の『へびやま』の策略にハメられ『おきのすずめじまげんしりょくはつでんしょのしょちょう』に任命されます。『コンピュータがはったつしてからは、しょちょうひとりでじゅうぶん』というその現場で一人きりの生活を余儀なくされる『ぶんたろう』の日々が描かれていくこの短編。ひらがなとカタカナ、かつ童話調で語られるために一見ピンときませんが、『電力大臣』を務めていた主人公の『文太郎』は、部下の『蛇山』の策略で『沖の雀島原子力発電所の所長』に左遷させられたと書くと一気にリアルさが増してきます。政治と原子力政策を痛烈に風刺したというのがこの作品の隠された姿、それをひらがなとカタカナだけの童話調の文体でオブラートにくるんだ作品、それがこの作品の本質なのだと思いました。間違いなく読みづらいですが、とてもよく練られた作品、そんな風に感じました。
芥川賞を受賞した〈沖で待つ〉を含め三つの個性的な短編が収録されたこの作品。三つの短編はそれぞれに特徴を持っており、三者三様の楽しみ方があり、そこには、とんがった個性を持つ物語がそれぞれに描かれていました。表紙や書名から受ける印象が一気に吹き飛んでしまうこの作品。芥川賞を受賞された絲山秋子さんという作家さんの個性のあり方を見るこの作品。
どこか超然とした印象も抱く〈沖で待つ〉という言葉の響きが作品の印象を支配する読後感。その一方でそれぞれに個性あふれる短編をサクッと楽しめもした、そんな作品でした。
Posted by ブクログ
「神と黒蟹県」がよかったので、同じ作家さんの本を。短編が3本、どれもサクサク読めました。
「勤労感謝の日」働く女の疲労と怒りとカッコよさと情けなさが全開。毒が効き過ぎな女子会、罵倒がキレッキレで笑っちゃう。女性総合職の第一世代。「働きマン」よりひとまわり上な感じかな?
「沖で待つ」会社の同期、という関係を特別なものとして描く。こんなふうにいろんなものを超えた関係になれるもの?
おしごと描写がリアル。あと、男のポエムが地味にリアル。三代目魚武さんとか、「一生一緒にいてくれや」とか、一時やけに流行ったあの空気。ただ「沖で待つ」というワードのかっこよさは頭ひとつ抜けてる。さすが。
第134回芥川賞(2006年1月)受賞作。ところどころ、これが氷河期前に社会人になった人の感覚かあ…という遠さを感じる。その時代に読んでいたら、さぞイマドキでリアルだっただろうな。
「みなみのしまのぶんたろう」しいはらぶんたろう。パロディじゃろ?って人名に、かな文字だけの童話口調。島流し?の理由も流され先も、展開も結末も、イヤイヤイヤなんでそうなるの???の連続で、名状しがたいシュールさがすごい。終始おちょくられた感じしかしないのに、なぜか読後感はいい。謎にいい。謎。
Posted by ブクログ
「いつか君に出会って欲しい本」で紹介されていたので読んでみる。短編が3作。
2本目がタイトルの「沖で待つ」
新卒で入った住宅関連会社の同期の男女、営業所は離れたり、片方は結婚するものの友情は続きどちらかが死んだら「パソコンのHDDを壊す」約束をする話。
新卒で入った会社で同期とワイワイやっていた事は、私もとても楽しい記憶の1つで、その頃を思い出したりして楽しい。間違いなくそれも青春の欠片だと思う。この約束の話は聞いたことがあり、この本読んだことあったっけかな?とログを見直すも無い、なんだったかな。
さんさくめは、ひらがなばかりでよみずらかったのでななぺーじめで、よむのをやめた。
1作目は少々下品だが、普段男性は見れない女性の1面を見れ感心した。主人公の勢いも嫌いじゃない。
Posted by ブクログ
忘れていた新人時代を思い出し、自分にとって大切な経験だったのだと思い至る。
芥川賞受賞作の表題作の前に「勤労感謝の日」が置かれているが、この順番で読んだことで、それぞれの面白さがより味わえたような気がする。
Posted by ブクログ
芥川賞受賞作ということで手に取った。バブル、男女雇用機会均等法成立など、何十年も前の時代背景で共感しにくさが否めなかったのが正直なところ。後書きの解説含めて、当時はこうだったんだなあ、と思った。
Posted by ブクログ
勤労感謝の日
近所の御婦人にセッティングされた最悪なお見合い。主人公の置かれた状況は決して良くはないけど、強くて自由で自分で道を切り開こうとしていて魅力的だった。
そんな主人公だから自分で気分を切り替えられるし、こういう時に立ち寄る場所があるのかな。いいな。三作の中で一番好きだった。
沖で待つ
昭和なブラックな働き方をしていると精神安定のためにヤバい趣味を始めちゃうって話か?と思ったけど多分違う。
会社で一緒に働く人達とのつながりや同期の絆。たまたま同じ会社で同じ営業所で仕事をする人たちとの関係は、学生時代の友達とは違う距離感になる。お互いに変なところやカッコ悪いところを知りながらも信頼し合う関係は特別なんだなぁと感じました。
勤労感謝の日も沖で待つもブラック企業に居た人の話だけど、切り口が違ってどちらも良かったです。
勤労感謝の日の文体が一番好き。勢いがあってユーモアもあって魅力的。
みなみのしまのぶんたろう
誰のことを書いているかすぐ分かり、いやこの短編を芥川賞受賞作と一緒に収録するんかい!と笑った。話は思わぬ方向に進んでいき、楽しそうではあるけどちょっと怖いと感じた。
Posted by ブクログ
初の絲山氏の小説。インパクトがある登場人物。そのインパクトという点では芥川賞受賞のタイトルのものより「勤労感謝の日」の方が上。ある意味女性作家でないとここまで描写できないのではないか。勤め人経験のある人ならこの2作はより楽しめるはず。
Posted by ブクログ
何かに絶望してしまった人たちに読んでほしい作品です。「沖で待つ」は、同期の社員が亡くなってしまい、その同期の家にある目的のために行くのだが、その家に亡くなったはずの同期がいた。
読んでて、どこか怪談かと思わせるような少し怖さを感じました。でも最後には、少し涙がでてくるような作品でした。
Posted by ブクログ
絶望を感じてる時、なんで自分だけがこんな目にと孤独感と苛立ちに苛まれるが、実はそばに見守って助けてくれる人がいる。そういうことに気づかせてくれる内容でした。
Posted by ブクログ
女性総合職がまだ珍しかった時代のお仕事小説「沖で待つ」。住宅設備機器メーカーの福岡営業所に同期で配属になった太っちゃんを中心に、ベテラン事務員の井口さんや先輩の副島さんなどとの日々が描かれます。
同期って特別な関係だなというのと、新人配属された部署って何とも言えない思い出があるな、というのをしみじみ感じます。
著者さんの社会人時代の後輩さんが記した解説がまたいいです。
Posted by ブクログ
【勤労感謝の日】
賃金の代わりに心の安定に感謝する日なのだ。
それは自分にしか分からない感謝の日。
誰かにそこに居てくれて良かったと思われる日。
思われてるのか分からなくても、あなたが居てくれて良かった。日日是好日。
【沖で待つ】
沖で…待つ…。胡蝶之夢。
淋しい様で、頼もしく感じる言葉。
関係性が心地好くて、人柄も相まって、羨ましく感じる。この話に嫉妬している自分がいる。
そして渇望している。
【みなみのしまのぶんたろう】
ダメな事、厭な事、不思議な事。
子供の読み聞かせに妥当。