あらすじ
敗戦後の岩手の山中に、己を閉塞させた高村光太郎。彼の留学体験に、父・光雲への背反、西洋文化の了解不可能性を探り、閉塞の〈実体〉を解明する。著者の文学的出発の始めに衝きあたった巨大なる対象――その生涯、芸術、思想を論じ、高村光太郎の思想的破綻を自ら全戦争体験をかけ強靱な論理で刳り出す初期の代表的作家論。
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Posted by ブクログ
軽い気持ちで読み出した。
いろいろな読書を経て、今の脳みそならどのくらいわかるようになったか測るつもりであった。
快適に読めた、鮮やかな表現に心がおどった。
しかし、感想を纏めようとして何度かなぞるうちに吉本の高村光太郎に立ち向かう迫力と文章の意味の深さに改めて愕然とする。字面を追うだけでは感受できない詩人吉本隆明の存在をかけた真剣な論考であった。自分の受け止めきれない能力と精神の弱さを暴かれた。
十代で文学や詩に目覚めた吉本は工業高校時代に今氏塾で高村光太郎の詩を教えられ強く共感し、以来戦争を挟んで四十代までの、光太郎の詩や手紙・文書を渉猟し考えたことをまとめたものである。詩人吉本隆明にとっては宮沢賢治と高村光太郎は日本の近代詩を切り拓いた象徴的な存在であり最も評価する二人である。本作は光太郎の人生の軌跡に沿って彼の芸術家精神と思想について思考を重ねた評伝でもある。思いのこもった筆圧で大胆な表現を駆使して描いた初期評論の傑作である。
光太郎は欧米留学でロダンの彫刻や印象派の絵画の洗礼を受け人種や社会の違いに気付き、日本の伝統的因習の仏像職人で芸大教授に登り詰めた父光雲の期待を背負い、彫刻家としてロダンの絶対性と自身の出自の宿命に惑う。幸徳秋水事件直前の日本に帰国し政治には関わらず「脛齧りの放蕩」のデカダンス生活を経て智恵子と結婚する。美化した『智恵子抄』の世界と裏腹の実態で二人の生活は彼女の発狂と死で幕を閉じる。吉本は『道程』『智恵子抄』など光太郎の詩をよく読み「出されなかった手紙の一束」も知り、彫刻家であり詩人の芸術家高村光太郎の存在を洞察する。
高村は太平洋戦争で翼賛会中央協力会議に参加し芸術家として大衆の国威宣揚を鼓舞した。敗戦の現実に哭き、戦後東北岩手の僻村に自己流謫し自省する。吉本にとって高村の軌跡は当時の左右知識人の戦争責任や転向を考える基軸となる。彼は反戦や厭戦思想すら知らない軍国青年で高村に強く共感するが後に違和感を覚える。
「文学者として戦争責任が最も重かった高村は戦後の文学的出発にあたって、もっともはげしく戦争責任の問題を自分に課し、戦争期の言動と理念にたいする自省はどの文学者よりも際立っていた」といい、
高村の自省は天皇制を「骨がらみの問題」として整理し、戦争期の思想退化への自己嫌悪と「我が詩を読みて人死に就けり」という謝罪であり、また敗戦後の社会的風潮にたいする反感でもあった、と分析する。
そして、彼の生涯は一貫して思想と芸術とを生死の問題においてとらえた近代古典主義最後の詩人であった、と評価する。
詩人・彫刻家として戦前戦後の激動を庶民の視点で生き抜いた高村への畏敬の念は格別なものがある。
高村光太郎の数多くの詩や彫刻、文化人の戦争責任、ファザーシップ(父性)、庶民性‥‥吉本の論考は冴え渡り、ここまで深く考えなければ本質には迫れないということを教えてくれる。