【感想・ネタバレ】おやじはニーチェ―認知症の父と過ごした436日―(新潮文庫)のレビュー

あらすじ

朝食内容を問われ、食べてもいないのに「ふっくら炊きあがった白いごはんを食べた」と語り、取り繕う。息子を「社長」と呼ぶ。見知らぬ人に囲まれると、突然激高する。おやじは認知症だ。変容する父親に戸惑いながらも、思い出すのはニーチェの至言「健忘があるから、幸福も希望もある」。忘れることは、悲しみではなく希望だ――。ルポの名手が認知症の父と向き合う日々を綴る感涙の記録。(解説・村井理子)

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それはタイムトラベルなのでは



僕は母を見送りました。ある日行方不明となってから「地獄の2年間」は始まりました。

筆者はお父上とのやり取りを克明に記録し、言葉から「認知症」という言葉を解体して行きます。
その過程は痛快極まり無いのです。

定義できないものを定義できるように定義する

そういう「科学」に対抗できるのは「哲学」だ、と筆者はそれを武器に快進撃を始めます。
ですが、「言葉で言葉を解体する」のには無理があるように思いました。まさに

言葉にできないものを言葉にできるように言葉にする

言葉にすれば「固定」できる。

言葉を仕事にしていた筆者の願いがそこに見えたように思いました。

僕は「感動的に分からないひとたち」と付き合うのがずっと仕事でしたので、
筆者の努力の方向に光が待っているとは思えませんでした。

「生命とは情報の流れの中に生まれた結節点のようなものだ」

「Ghost in the shell」の中で人形遣いが言っています。僕もそう思います。

個体側から言えば、その結節点は環境の変化により「組み替え」されてゆきます。
筆者の言う通り、時間には区切りがあり、それはその「組み替え」時期なのです。

その時点の認知地図、つまり生命維持に必要な情報の集合、は記憶として保存されているのです。
例えば現時点で生命維持に必要な情報が欠如し、その集合体が維持できない場合、
個体はそれを放棄し、保持されたある時点での集合体を採用します。

OSのバージョン変更に似ています。

当然齟齬が生じますが、個体に必要なのはつじつまあわせではなく、生命維持のための情報なのです。
他の個体の都合など知ったことではないのです。

筆者のお父上に致命的な疾患が発見されたというのを読んで僕は「やはり」と思いました。
僕の母もそうでした。

生命維持が難しくなったので、現在の集合体を破棄し、別のものを採用した、、、
僕は母の異変をそう直感し、直後に精密な脳血管検査、その他をしてもらいました。

やはり、ありました。

生命体としての母はこれ以上の生命維持が難しいと判断し、最終的なプログラムを走らせ始めていたのです。

僕の計画はひとつ。母を静かに、母の生命体としての最後を静かに過ごさせてやることだけでした。

幸いにして僕は、母が戦前、戦後をどう生きてきたのかを、子供としてはよく知っていました。
母がどの地点の集合体を採用したのかは容易に知れました。

そこが母の最後の秘密の花園ならば、そこで暮せるように。

#切ない #深い #共感する

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2026年07月27日

Posted by ブクログ

認知症の父との日々をノンフィクション作家の息子はどう捉えたのか。
まったく他人事とは思えない状況。義父母だけど。辛いときに、読み返したい。

0
2026年07月16日

Posted by ブクログ

冒頭は認知症に関するデータや引用、哲学的な考察も多く、人によっては少し読み進めるのに時間がかかるかもしれません。

ただ、それらが土台となって、読み終えたときには「認知症とは何か」という問いだけではなく、「人とは何か」「人はどこに存在し続けるのか」ということまで考えさせられる一冊でした。

特に印象に残ったのは、お父さんが亡くなったあと、「どこへ行ったのか」という自問に対し、自分の行動やしくざの中に父の存在を感じた場面です。

「亡くなっても心の中に生きている」という表現はよく耳にしますが、本書ではそれをもっと具体的に、「自分の言葉や振る舞いの中に父がいる」と描いていたことがとても心に残りました。人は記憶として残るだけではなく、生き方や価値観、何気ない仕草として受け継がれていく。その表現に、じんわり胸が熱くなりました。

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2026年07月29日

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