あらすじ
マネー、外交、政治……このままでは日本は再び敗れる! 戦時中フィリピンで生死を彷徨い捕虜となった評論家・山本七平。戦後三十年、かつての敗因と同じ行動パターンが社会の隅々まで覆っていることを危惧した筆者が、戦争体験を踏まえ冷徹な眼差しで書き綴った日本人への処方箋。北朝鮮の核保有など、国際的緊張の中に放り込まれた日本が生き残るために知らなければならないこと。執筆三十年後にして初めて書籍化された、日本人論の決定版。
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「失敗の本質」と同様に、第二次大戦での日本の敗因を論じた刺激的なタイトルの本書は、雑誌「野性時代」への連載(1975〜76年)が2004年に書籍化されたものです。
山本七平氏の著作を読むのは「空気の研究」以来ですが、とても読み応えがありました。
本書は、ガソリンの代用としてブタノールを製造する技術者としてフィリピンに派遣された、つまり軍人ではないが戦争に参加した小松真一氏の「虜人日記」をもとに、そこで氏が掲げた敗因21カ条について分析が加えられています。
その主なものを見ただけでも、精兵主義の軍隊なのに精兵はいなかったが米軍は未訓練兵でもできる作戦をやってきた、日本の不合理性と米国の合理性、反省力なき事、思想的に徹底したものがなかった、日本は人命を粗末にし米国は大切にした…等々であり、山本氏は、日本は大東亜を治める力も文化もなかったと結論付けます。
特に印象に残った分析は、日本軍には実数ではない員数主義がはびこっていた、秩序は文化ではなく暴力(恐怖心)により保たれていた、個人の持つ武芸(芸)を絶対化し合理化を怠った、非常識な前提を常識として行動した、というような点ですが、半世紀前のこれらの指摘は、未だにわが国に当てはまる部分も多いのでは、と思わざるを得ませんでした。
読んでおくべき名著だと強く思います。
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虜人日記を下敷きにした冷静な歴史の検証。
時制の峻別。その時代の目撃者の証言か後代の記録か。
我々はまだ「自由な思考」「自由な談話」ができないでいるのか。
戦時中の愚かしさと、それが今なお変わらぬことに、二重に戦慄する。
・予定稿を押し付ける記者となれ合う取材者、世論。これに侵されていない記録としての虜人日記。
◯人びとは危機を叫ぶ声を小耳にはさみつつ、有形無形の組織内の組織に要請された日常業務に忙しい。そしてこの無反応を知ったとき、危機を叫ぶ者はますますその声を大にする。しかし声を大きくすればするほど(略)人びとは耳を傾けなくなる。(略)だがそのとき、だれかが、危機を脱する道はこれしかない、と具体的な脱出路を示し、そしてその道は実に狭く(略)全員の過半数は脱出できまい、といえば、次の瞬間(略)一斉に総毛立って、その道へ殺到する。
◯バジー海峡の「死のベルトコンベア」
→制海権のない海に一坪14人の兵員を満載したボロ船で戦地に送る。戦わず何もせず死ぬ。士気、思考の喪失。
→意図、方法論、組織立ったこともなく場当たり的な対処で結果としてアウシュヴィッツ以上の効率で大量殺人装置となる。
→同一方法、同一方向へとただ繰り返し拡大にのみ終始し、その極限で崩壊。「やるだけのことは、やった」
◯「員数」という架空の数を実数と仮定しての命令だから、はじめから実行不可能。できぬといえば精神が悪いと怒られるので服従するが、実際問題として命令は実行されていない。
◯「相手を自分と同じ人間とは認めない」という立場で発言しており、その立場で相手の非を指摘することで自己を絶対化し、正当化している。
→一方で、ゲリラとの会話により交渉している個人もいた。
◯個人のもつ“芸”であっても、客体化できる“技術”ではない。
◯「それでは、西南戦争の西郷
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大蔵省出身で、陸軍専任嘱託となってフィリピンにわたり、そこで敗戦を迎えた、小松真一が残した「虜人日記」をテキストに日本軍の敗因21ヶ条を1つ1つ検証する労作。その内容は衝撃そのものでありました。
「虜人日記」とは、戦後の民主主義の洗礼をうけておらず、戦後の現実に中立の立場で書かれたものであるとしている。
大東亜戦争の日本軍と、西南戦争の敗軍とは驚くほど類似している。そして、西南戦争の教訓を、活かしきれないかったとありました。
衝撃を少し紹介すると、以下のような内容です。
■暴力と秩序
・組織の確立している間はまだしも、一度組織が崩れたら収拾がつかなくなるのは当然だ。兵隊たちは寄るとさわると将校の悪口をいう。ただし人格の優れた将校に対しては決して悪口をいわない。世の中は公平だ。
■自己の絶対化と反日感情
・日本人は一切の対日協力者を、その生命をも保証せず放り出し、あげくの果ては本多氏のように、その人たちに罵詈雑言を加えている。
■性悪説
・日本は余り人命を粗末にするので、終いには上の命令を聞いたら命はないと兵隊が気づいてしまった。
・人の口に食物をとどけることが、社会機構の基本であって、それが逆転して機構のため食物が途絶すれば、その機構は一瞬で崩壊する
・戦友も殺しその肉まで食べるという様なところまで見せつけられた
・負け戦となり困難な生活が続けばどうしても人間本来の性格をだすようになるものか。
目次
第1章 目撃者の記録
第2章 バシー海峡
第3章 実数と員数
第4章 暴力と秩序
第5章 自己の絶対化と反日感情
第6章 厭戦と対立
第7章 「芸」の絶対化と量
第8章 反省
第9章 生物としての人間
第10章 思想的不徹底
第11章 不合理性と合理性
第12章 自由とは何かを意味するのか
あとがきにかえて
ISBN:9784047041578
出版社:KADOKAWA
判型:新書
ページ数:320ページ
定価:781円(本体)
発行年月日:2004年03月
発売日:2004年03月10日
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本書は「虜人日記」(フィリピンでアルコールの製造に携わって、敗戦を迎えた小松真一氏の記録)と著者自身の体験をもとに、なぜ日本は太平洋戦争に負けたのか、そして、戦後日本にも受け継がれている日本の弱点は何かを論じている。
「虜人日記」に挙げられている敗因は21か条あり、本書は12章構成となっているが、まとめとして挙げられているのは「日本には自由がない」ということである。つまり、「建前」が「現実」を支配しており、皆がおかしいと思っていてもそれを口に出せないことが、戦前戦後の日本を貫く欠点だと述べられている。
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日本人の本質をあぶり出した素晴らしい本。歴史の勉強にもなる。
・やるだけのことはやった。これらの言葉の中には「あらゆる方法を探求し、可能な方法論の全てを試みた」という意味はない。ただ、ある一方法を一方向に、極限まで繰り返し、その繰り返しのための損害の量と、その損害を克服するため、投じ続けた量と、それを通す投ずるため払った犠牲に自己満足し、それで力を出し切ったとして自己正当化していると言う事だけであろう。
Posted by ブクログ
この本もう何度読み直しただろうか。10年以上も本棚に置いてあり折に触れ読み返している。小松真一著「虜人日記」を紹介しつつ、山本七平氏が解説を加えていく体で構成されているこの本を読めば、日本人というものがどんなものなのか、よくわかる。太平洋戦争末期の状況下における日本人たちの振る舞い。
時折「日本の軍備は実はどこそこの国よりも凄いから、日本人が戦争をしたとして弱くはないのだ」というような物言いを見かけるが、ハード重視ソフト軽視な日本人らしい見方だと思う。この本に示されている「出鱈目な人たち」は、まんま、昨今会社で見るあの人や電車で見掛けるあの人らと、何ら変わらない。今日本が戦争に参戦したとして、どんなことになるのかは、この本を読めば火を見るより明らかだ。
そして戦争に限らず、外交や諸々の政策において、日本のダメさというのは、小松真一氏が敗因二十一ヵ条としてまとめたうちのひとつ「日本文化に普遍性なき為」これが非常に大きいのだと、思わざるを得ない。
Posted by ブクログ
今も、戦前と変わらない日本人の思考様式を再発見することができる。
・いきあたりばったりの思考
・量だけ増やして同じ方法をやめれない
・ネガティブな事実をニュートラルな言葉に置き換えて、真実か目をそらす気質
・思想的貴族の、真の貴族の不在。
・押し着せられた、思考や組織を採用して、うまくいかなないときにどうにも動けない日本人
・芸の絶対化。職人礼賛的な思考様式が、結局は、その職人を成立させている前提条件が変わっても、それを認めようとせずに、それを貫きとうし、最後に崩壊するまで続ける
・思想的不徹底さ。。。
書ききれないが、すべてが現代の日本にも通じている。
Posted by ブクログ
名著、著者の体験と軍属の化学者の(きわめて客観的な)記録を下に、日本が第二次世界大戦で敗れた理由について、全11章に渡って述べている。戦争と言う極限状態において起きた悲惨な事実から、日本人の本性とそれ故に抱える問題を指摘する。さらに筆者は「日本は反省力なき」故に戦後30年経ても、それらが改善されていないと続く。戦後70年経った現在はどうであろうか?書の後半で述べられる日本の将来に向けた提言は現代でも一読の価値がある(一読の価値があることが問題であるが、反省力なきゆえ仕方ないのか)
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いちいち、つくづく、七平さんの指摘のとおりだと思いました。
以前に太平洋戦争の本を読んだときには、あの戦争は、現在の自分とは無関係の、過去の、主に男の人たちのやったことと思っておりましたが、これを読んで、今の自分の中にあるものと痛感したことが多かったです。
七平さんはこの日本人の特徴は、明治以来続いている、と書いていましたが、私は薩摩藩が関ヶ原で正面突破したときにすでにあらわれていたように思いました。
Posted by ブクログ
日本が第二次世界大戦でなぜ負けたのか?
戦前・戦中・戦後を生きた著者山本氏(戦時中軍人→捕虜→帰国)が、戦後からの視点・思い出で語られた分析・批評ではない、一国民・一文官(陸軍付き)として戦争を体験した小松真一氏(戦時中軍属文官→捕虜→帰国)の記した「虜人日記」(山本氏曰く現地性・同時性をもった目撃者の記録)を元に、日本の敗因について記述。
小松氏の挙げた敗因21ヶ条や山本氏の解説分析する出来事(バシー海峡の悲惨であまりに知られていない出来事、員数と実数、ルソンでの日本軍・軍属の出来事、山での出来事、pw・収容所での出来事、現実と虚構等々)は、現在の日本でも当てはまることが多いと痛感。
・・・戦争を経ても真の意味の反省ができておらず、あまり変わっていないかも。。。
あとがきより・・・
兵士であるのに戦場にも着けず、海の中に消え、餓死し、住民に虐殺され、人肉を喰らうところまで追いつめられ、また食われた人々。
彼らに「安らかに眠れ」とは言えない。・・略・・
敗戦の、原因と責任者の究明は、いまだ終わっていない。しかしそれをしなければ、また地獄を見る日が来るのではないか。・・・平成16年イラク報道に接しながら・・横山氏
明るい希望もある。「無一物中無尽蔵」
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medtoolz経由、ビジネス書として手に取ったが、戦争の描写がストレートで怖い。
よくある、演出された映画っぽい戦争の怖さではなく、ストレートに現場目線で書くとこうなるのか、という感じ。『虜人日記』も読んでみるかも。
ビジネス書として見た場合、敗因21ケ条は、社内でも政治でも福島でも日常的に見られる光景なので、とくに目新しいことは無い。「歴戦の臆病者」がよいね。
この記事は1975年に書かれているが、日本人はこれを読まず『中国の旅』を読んだということだろうか。
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大東亜戦争の生々しい戦闘ではなく、そこにいた人々の生き様が描写されており、生き方を、人とは何か?をあらためて考えさせられる。
現代の企業戦士も環境や状況かわれど同様と思えるところ多く、自分自身も自己認識をあらたにすべきと感じたし、非日常としりつつ日常を装っている面が少なからずあるように思ったし、そうさせられている面もあるようにもおもった。
本当の意味で事実を認識し、正しい道を選ばねばならない。
かなりハイライトをつけたが、そのひとつが以下。
「前提が違えば、前提を絶対視した発想・計画・訓練はすべて無駄になる」
一体「反省」とは何なのか。反省しておりますとは、何やら儀式をすることではあるまい。それは、過去の事実をそのままに現在の人間に見せることであり、それで十分のはずである。
この戦争で両国の最高首脳部が敵国の国力、工業力を計算し合った。米国は日本の力を大ざっぱに大きめに計算し、日本は米国の力を少な目に計算しそれにストライキ、その他天災まで希望的条件を入れて計算した。そしてその答は現実にあらわれてきているが、日本のは計算が細かすぎて大局を逸しているようだ。
Posted by ブクログ
故小松真一氏の『虜人日記』を現地性と同時性がある目撃者の記録としてとらえて太平洋戦争の敗因21ヶ条について解説している。
太平洋戦争の敗因分析は、野中郁次郎氏らの『失敗の本質』が有名であるが、それとはまた違った生々しい記録に基づいているのが本書の特徴である。
冒頭の「バシー海峡」の例からガツンと頭を叩かれた感じがする。
米軍はあの手がだめならこれ、この手がだめならあれと、常に方法を変えて来た。
一方日本軍は、50万を送ってだめなら100万を送り、100万を送ってだめなら200万を送る。そして極限まで来て自滅する。「やるだけのことはやった、思い残すことはない」と言う。
何が恐ろしいかと言うと、日本軍の話ではなく現代社会の会社においても同じ事が行われていると感じるときがあることだ。
この本の帯には、『奥田碩前会長が「せひ読むように」とトヨタ幹部に薦めた本!』と書いてある。まさにこれは、マネジメントの本である。『失敗の本質』同様太平洋戦争の敗戦という多大な犠牲から何も学ばないでは、太平洋戦争の英霊に申し訳が無い。
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例外状態によって照らし出された日本人の(自らを危機におとしめる)性質を丁寧に書き出している。原発事故に対する政府の対応を見ると、本質は何も変わっていないのではないかと薄ら寒くなる。自分もそんな日本人の一人として自己認識をし、悪しき習慣・思想から脱却したい。
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1.精兵主義の軍隊に精兵がいなかったこと、2.物量・物資・資源、3.日本の不合理性・米国の合理性、4.将兵の素質低下、5.精神的に弱かった、6.日本の学問は実用化せず、7.基礎科学の研究をしなかった、8.電波兵器の劣等、9.克己心の欠如、10.反省力なきこと、11.個人としての修養をしていない、12.陸海軍の不協力、13.一人よがりで同情心がない、14.兵器の劣悪を自覚し、負け癖がついた、15.バアーシー海峡の損害と、戦意喪失、16.思想的に徹底したものがなかった、17.厭戦気分、18.日本文化の確立なきこと、19.日本は人命を粗末にしたこと、20.日本文化に普遍性なきこと、21.指導者に生物学的常識がなかったこと
以上が敗因21箇条であり、一見すると戦争の敗因を示しているようであるが、現代にも共通する貴重な教訓を含んでいる。とりわけ反省力がないこと、文化の確立がない、不合理性、思想的に徹底したものがない、といった点は現在の政治の混迷を見ていて納得できる。日本人としてどこへ向かい、何をすべきなのか、考えさせられる一冊です。
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太平洋戦争時にアルコール醸造技術者としてフィリピンに赴いた小松真一氏が収容所で記した「虜人日記」の敗因二十一ケ条を元に、太平洋戦争の当時の日本軍の実態、日本人の精神構造から敗因を分析。 著作は1975年なのに古さを感じさせなず、日本の現状にもそのまま当てはまる普遍性が怖い。
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現代の日本の組織にもあてはまる反省事項が満載。こうやって書き留められていても忘却されてしまう。
~
再読。小松真一氏の指摘は、どれも現代日本の組織の問題としてもあてはまる。敗因二十一カ条はどれも暗唱できるほどに頭に入れるべき。『精兵主義に精兵がいなかった事』など、笑えないほど現実そのままである。
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トヨタ自動車元会長が「ぜひ読むように」とトヨタ幹部に薦めた本。マネー、外交、政治・・・このままでは日本は再び敗れる。キャッチコピーに惹きつけられて。
2004年初版、ちょっと古い気もしたがキャッチコピー補足をみて共感をもった。
~山本七平氏は戦時中フィリピンで生死を彷徨い捕虜となった。戦後三十年、かつての敗因と同じ行動パターンが社会の隅々まで覆っていることを危惧した山本七平が、戦争体験を踏まえ冷徹な眼差しで書き綴った日本人への処方箋が本書である。現在、長期の不況に喘ぐ中、イラクへの自衛隊を派遣し、国際的緊張の中に放り込まれた日本は生き残れるのだろうか・・・?執筆三十年にして初めて書籍化される、日本人論の決定版。~
本書は最初に敗因を簡潔に述べている。なぜ負けたか。「それははじめから無理な戦いをしたから」とそれにつきるとしている。そして、日本人には大東亜を治める力も文化もなかった。敗因21か条をもとに日本人の本質を分析している。
なにも変わらない日本人の思考的本質。今も昔も変わりない。
失われた30年からさらに20年も前の出版物である。
日本人の生まれながらの“気質”は変わらない。あとがきの短い文に再思三考する。歴史を通して現在位置を知り、この先の羅針盤となるヒント、アイディアがちりばめられている。
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太平洋戦争での日本敗戦の教訓について考える人におすすめ。
【概要】
●陸軍専任嘱託として徴用され、ブタノールを製造する技術者としてフィリピンに派遣された小松真一氏が書いた『虜人日記』の敗因21カ条の分析
【感想】
●『虜人日記』には、太平洋戦争のときフィリピンに派遣されていた際のことが書かれている。何の力も顧慮せずに書かれたものであることから、ありのままの内容であるため、読めば有用な教訓が得られるであろう。
●著者が書いた、小松氏の敗因21カ条の分析を読むと、今日の日本社会に通ずる内容が多々あり、なるほど改善されていないと思われる点が多々ある。反省すべきではないだろうか。
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日本という国の戦時中から現在に至るまでの体制について冷酷且つ客観的に書かれていると思う。
そして読破後、この国特に政権の進歩の無さを改めて認識することになった。
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小松真一著「虜人日記」を目にした著者が感銘を受け、自らの体験及び持論に絡めて解説した著作。
南方にて大戦を経験した両氏は、同じことを感じ、同じことを考えているのだが、その考えが戦後日本に活かされていないことを憂えている。一次資料としての「虜人日記」の高い評価と著者の力強い論理的な意見は、説得力があり、まさに正論といえよう。
内容が発散せずに、一人の戦争体験に一点集中的に焦点を当てて詳細に分析・論述しているところがすばらしい。
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戦時中に書かれたある兵士の手記を著者の体験を織り混ぜながら解説している。
これまで一般的に普及しているステレオタイプの戦争体験や戦争観を払拭するものである。内から感じとったものと外から見聞したものとは一線を画するが、内から感じ取ったものを丁寧に説明しているところが感銘を受けた。日本人としてぜひとも多くの人に読んで欲しいと感じた。
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高校生のころから読もうと思っていたのに毎回難しすぎて挫折していた本でしたが、やっとのことで読み終えました。山本氏の著書は全て現在の日本の社会状況にも敷衍して考察ができるものばかりなので好んで読んでいますが、昭和の歴史観・時代観への知識が深まることでさらに読みやすくなった気がします。
第7章の「芸」の絶対化と量については現代の企業社会にも多くあてはまるところで、「マクドナルド型」の経営を再度勉強してみたいと思う部分でもありました。また、11章の『不合理性と合理性』についても首肯する部分が多かったです。
西郷隆盛の例を出したあたりはあまりの十年一日振りに苦笑するばかりでした。良くも悪くも日本の歴史と文化と精神性というのはそうそう途切れていないんでしょうね。
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山本七平による大東亜戦争(あえてそう呼ぶ)の敗因の分析を描いた一冊。
多少重複してる部分はあるものの、実際に従軍した兵隊の日記に沿って書いてあるところは、単なる抽象論としての戦争ではなく、日本軍の実態が浮き彫りになっており、非常に興味深かった。
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先の大戦の考察を通して、日本人の物事の考え方の「癖」を指摘した本。
原発のことがあって思い出した。
多分日本人は昔からあまり変わっていない。
そう思うからもう一度読み直してみようかなぁとおもっている
Posted by ブクログ
太平洋戦争時にフィリピンに赴いた小松氏が記した敗因二十一ケ条を元に、日本軍の限界、日本人が元々もっている精神構造の問題点から、太平洋戦争の敗戦の原因を分析した本。
さすが山本七平だなあと思わせる分析力で、唸ることが多かった。元は1975年から76年の野性時代に載せたものだが、まだまだ古さを感じさせなかった。
Posted by ブクログ
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小松氏にはゲリラとも話し合いができた。そして結局、ゲリラとの話し合いのできる人間だけが、対日協力者とも話し合いができ、相互に納得できる了解に達しうることができたわけである。147
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だれ一人として、「彼らには彼らの生き方・考え方がある。そしてそれは、この国の風土と歴史に根ざした、それなりの合理性があるのだから、まずそれを知って、われわれの生き方との共通項を探ってみようではないか」とは言わなかった。従って、一切の対話はなく、いわば「文化的無条件降伏」を強いたわけである。148
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もし許されないことがあるなら、自己も信じない虚構を口にして、虚構の世界をつくりあげ、人びとにそれを強制することであると思う。簡単にいえば、日本の滅亡より自分の私物が心配なら軍人になるのをやめ、日本の運命より家作が心配なら、はっきりとそう言ってその言明にふさわしい行動をとればそれで十分だということである。307
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Posted by ブクログ
ほかの新書とちがって、「速読」が難しい本。
筆者の危機感が、「今に通じる」点が多く、読みながら考え込んでしまって、なかなか前に進めなかった。
涙や感情に訴えるのではなく、論理的にドライに、「戦争というのが割に合わないこと」と納得できたし、戦争=戦闘ではなく、ロジスティクスやマネジメントも全部ひっくるめての戦いなのだということもよくわかった。
Posted by ブクログ
戦争の敗因を分析しながら、日本人はどんな思考の癖があるのかを痛いほど教えてくれる。過去を振り返ると、思い当たる節がある。こういう思考の癖を知っておくのは大事だと思う。
・精兵でないとできない仕事ばかり要求
・不合理
・精神論でごまかす
・思想的に徹底したものがない
・戦略は気合を示すためのもの
等
Posted by ブクログ
本書は、野生時代1975年4月号~1976年4月号に連載されたものを纏めたものである。全12章(12回掲載分か?)からなり、どれも賛否両論様々な意見を持ちそうな内容に満ちているのであるが、含蓄の多い洞察がなされた内容である。ただ、本書ではあちこちに小松真一著の「虜人日記」を引用抜粋して山本氏の見解を述べたり氏の従軍体験等の見聞に照らし合わせて様々な意見を開陳されているので、「虜人日記」を読む機会があれば、そちらを読んでから本書を読んだほうが、著者と一緒に考えられる部分が拡がると思います。本書の批評は言わば、二重批評(「虜人日記」の批評文を批評しているようなもの)である。
以下全12章の概略を若干記述するが、詳細は本書に譲る。
第一章 目撃者の記録
本章タイトル「目撃者」は小松真一氏、「記録」は虜人日記を意識したタイトルである(本書を読めば自明)。山本氏は、これを足がかりに「記録」に関する見解を開陳する。
第二章 バシー海峡
本書タイトルにもある「敗因21か条」、実はこの21か条は著者の山本氏が提示したものではなく、「虜人日記」でその著者の小松氏が提示した21か条なのである。その15条目に「バアーシー海峡の損害と、戦意喪失」という項目がある。他の20か条は大なり小なり、なぜそれを敗因として指摘しているのか理由の想像がさほど難しく無いのに対し、この15条は読むだけでは敗因として列挙される意味が不明?の方も少なからずいると山本氏が推察されて、その意味するところを考察し、山本氏が小松氏の指摘する15条は当然の指摘であると結ぶ。
第三章 実数と員数
本章タイトル、実数とはまさに事実に基づいた数。員数とは、あるはずの(事実に基づかない、机上の空論。願望的内容)数である。著者は戦中の軍事物資や兵員数、戦果等等あらゆるところで、事実に基づかない数字が一人歩きし、破綻に進んだ重大要因の一つに挙げる。戦後もこの「事実に基づかない数字」が日本を蝕み続けており、この問題点を克服しない限り、また同じ種の破綻を迎える事を憂える。本章では春闘の動員数(発表20万。実際は3万)を例に挙げて戦後における虚報癖(軍事に取って代わってサヨク、マスコミがその問題を引き継いでいる)を指摘する。また虜人日記の敗因21か条の第一条の精兵主義に関連させて、この題材を取上げている。尚、本書の著者の視点はすべて昭和50年頃のものであるが、サヨク・マスコミの虚報癖は、近年においても実例を挙げると枚挙に暇が無い。
第四章 暴力と秩序
敗因21か条のうちの 第十六条「思想的に徹底したものがなかった事」、第十八条「日本文化の確立なき為」この2点を中心テーマとしている。”暴力と秩序”とは、端的に言うと、思想や文化なき人間は暴力が唯一秩序確立の手段となる事を「慮人日記」に置ける小松氏の捕虜体験における事実認識を元に指摘し、その事について山本氏の体験も交えて考察している。
第五章 自己の絶対化と反日感情
ここで取上げる問題点は、在フィリピン日本軍がフィリピン人ゲリラ(特にモロ族)に散々苦しめられた事実、このフィリピン人ゲリラがアメリカに加担した事実。フィリピン人は日本と同じアジア人でありながら、なぜアメリカ側に加勢したのか?せめて中立の立場におけなかったのか?これらの疑問を日本民族のあるメンタリティに帰着させて分析している。この分析のきっかけになるのは、「虜人日記」における敗因21か条のうちの第十三条「一人よがりで同情心が無いこと」、第二十条「日本文化に普遍性なき事」によっている。
さて、どのようなメンタリティを問題にしたかというと、本文から引用すると「自己を絶対化し、あるいは絶対化したものに自己を同定して拝跪を要求し、それに従わない者を鬼畜と規定し、ただただ討伐の対象としても、話し合うべき相手とは規定しえない。」(p149)としている。具体例を言えば、戦前ならば、「大東亜解放戦争を戦う日本人、東亜新秩序を建設するアジア人等々と”同定”し、「鬼畜英米」を討伐する」。戦後ならば「民主主義をもたらした解放軍アメリカ様と”同定”し、「鬼畜日本軍」を糾弾する」という規定である。尚、山本氏は、この戦前パターンに嵌っていた人々の一部は戦後のパターンにそのまま反省心なく移行した事実があることも指摘している。このメンタリティを現代的俗言でいえば、「上から目線」のような立ち居地に常に自分を置いておくことで、対等な対話や相互理解の障害としてしまったと言った所になるであろうか。本章ではここに、在フィリピン日本軍に対するフィリピン人ゲリラの態度が決定的に影響したと、著者は分析する。尚、本章最後では、個人レベルではこのようなメンタリティを克服している人材が日本軍内部にも一部いた事実を上げ、なぜ全体としてはこのような指導原理(問題のメンタリティを克服し指導すること。いわゆる日本文化の普遍性と関連するだろうか。また「鬼畜」と規定し糾弾するメンタリティを指して、13条の同情心が無い事と関連させている。)が成せないのだろうかと、疑問を呈して結びとしている。
第六章 厭戦と対立
本章での題材は敗因の第十七条「国民が戦いに厭きてきた」(厭戦)、第十二条「陸海軍の不協力」(対立)である。
第七章 「芸」の絶対化と量
本書で指摘されてはいないが、本章は敗因第二条「物量、物資、資源、総て米国に比べ問題にならなかった」に関連する話題であると思われる。ここで一点だけ指摘するとすれば、本章では「物量さえあれば・・・勝てた」という話ではない。そう考える事自体が敗因であることを分析している。
第八章 反省
本章では敗因十条「反省力なきこと」を題材として論じている。山本氏は、本章最後で「反省」とは、「過去の事実をそのままに現在の人間に見せることであり、それで十分のはずである(p217)」と主張する。
第九章 生物としての人間
敗因二十一条「指導者に生物学的常識がなかった事」、敗因十九条「日本は人命を粗末にし、米国は大切にした」。さて、この二点の指摘自体は前述の通り「虜人日記」著者の小松氏の指摘だが、本書著者の山本氏は小松氏の主張に多分に同意共感しつつ、独自の体験を交えてこの件を分析し、帰結で「社会機構といい、体制といい、鉄の軍紀といい、それらはすべて基本的には、「生物としての人間」が生きるための機構であり、それはそれを無視したその瞬間に、消え去ってしまうものなのである(p246)」と主張する。
第十章 思想的不徹底
敗因十六条「思想的に徹底したものがなかった事」
敗因五条「精神的に弱かった(一枚看板の大和魂も戦い不利となるとさっぱり威力なし)
敗因七条「基礎科学の研究をしなかった事」
敗因六条「日本の学問は実用化せず、米国の学問は実用化する」
これら4項目を一まとめにし、山本氏は以下のように分析している(多少長くなるが、本書から以下引用)
「以上の四項目は、相互に関連がある。徹底的に考え抜くことをしない思想的不徹底さは精神的な弱さとなり、同時に、思考の基礎を検討せずにあいまいにしておくことになり、その結果、基礎なき妄想があらゆる面で「思想」の如くに振舞う結果にもなった。それは、さまざまな面で基礎なき空中楼閣を作り出し、その空中楼閣を事実と信ずることは、基礎科学への無関心を招来するという悪循環になった。そのためその学問は、日本という現実にそくして実用化することができず、一見実用化されているように見えるものも、基礎から体系的に積み上げた成果でないため、ちょっとした障害でスクラップと化した。」(P247 ~248)
第十一章 不合理性と合理性
敗因三条「日本の不合理性、米国の合理性」
敗因十一条「個人としての修養をしていない事」
本章冒頭でこの二項目を列挙しているが、十一条の方に関しては、最後のほうで知識と教養の差として日本人と米国人を対比してその違いを暗示するに留めている。いわば今後の教育改革の課題として結んでいる(30年以上前の文章であるにもかかわらず、現代時点として考えてもそのまま通用しそうである)。さて、合理と不合理の件であるが一点だけ指摘すれば日本の軍隊の合理性と米英の軍隊の不合理性を説明(え?合理と不合理の立場が逆では??)し、実は現実世界は不合理ゆえに、超合理的な存在は不合理となり、不合理な存在は合理的であるという主張に転化していく(具体例を引用した説明等は本書に譲ることとする)。さて、この合理性と不合理性の原因はどこに起因すると考えているか?著者は輸入物か創作物であるかに原因を求めている。輸入物だとそれが「権威」となり、変化が許されざるために超合理的(堅物)な存在となってしまうのに対し、創作物だと必要に応じて作り直す(変化)が容易であるため、不合理(柔軟、矛盾)であるとする。いわば、この章の問題は大きくは文化・伝統・思想の問題に帰着することを暗喩している。著者はしばしば戦前と戦後は形を変えて同種の過失を犯していることを再三再四述べられているが、本章でも超合理的で不合理なものは戦後も存在しているとし、その対象を政治家に見出している。
第十二章 自由とは何を意味するのか
本章だけは、敗因二十一か条と直接関連させてはいない。ここでは「自由」に関して著者の思索を存分に披露しているが、まだ未完成のような感が否めない。ただ、一つ面白い事例が紹介されている。言論の自由に関してである。
オフレコを破る記者(日本人記者)に会見を求められた時、会見拒否をする(アメリカ人)のは言論の自由に反するだろうか?否。これは寧ろオフレコを破る記者のほうが言論の自由を理解していないと言えることを説明している。端的にいうと、人間の思考は基本的にフリーで現実に実行しない様々な不道徳や犯罪行為の想像は誰しも考える事があるだろう。これをもう少し場を拡大して考えてみよう。気心を許して自由に語る場(仕事や政治等々で必要に応じて)を設けたとしよう。ここでも、不道徳な発言や公にすると問題になる内容を含むことがあるであろう。これを一部スッパ抜いて衆目に晒すことがあったら、もはや自由な意見交換は成り立たなくなり、ひいては公共に資する可能性のある思考や言論をも抑制・制限することになりはしないだろうか?このようなマイナス影響を及ぼすオフレコ破りこそは言論の自由を侵しかねないのである。
山本氏の著作でも特に「空気の研究」「常識の研究」等は、氏の洞察力、観察力、分析力を十二分に展開した著作だと思うが、本書は小松氏の遺した「虜人日記」という書を読んだ山本氏がその持ち前の洞察力で存分に分析し意見開陳した書である。ただ、山本氏の引用抜粋を元に読み進める為、『山本氏の引用抜粋部分と山本氏の主張によると』という前提付きで読むことにはなります。敗因21か条に関して、どのように思うか、どのように分析されているか等等興味のある方は、一度読んでみてはいかがでしょうか?