【感想・ネタバレ】筒井康隆、九十歳のあとさき―老耄美食日記―のレビュー

あらすじ

二〇二四年三月二十三日。数々の傑作話題作を著した八十九歳の作家は、老いと戯れながら、愛妻や仕事仲間と美食を楽しみ、『百年の孤独』等現代文学を論じて倦まずにいたが、この日自宅で転倒して車椅子の生活となった――。しかし不敵きわまる作家魂でその日々を赤裸かつ挑発的に描き続けた空前絶後の老文豪リアルライフ!

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Posted by ブクログ

■はじめに
近ごろ、雑誌特集や新書で「日記」をテーマにしたものをよく見かける。何が火付け役なのか調べてみるも、これだ!という決定打は見当たらず、最近静かなブームとなっているZINE文化の影響説まで飛び出す始末。ともあれ、“日記界隈”がにわかに騒がしい。

そんな中、本書の著者 筒井康隆は1975年から「公開日記」を続けている大ベテラン。年季の入り方が違う。しかも連載開始時、〈おれの公開日記では、他に類例のない料理の値段を書くこととする〉と高らかに宣言。

以降2024年3月、神戸の自宅で転倒する前日まで、その日記は続く。はたして齢九十を超えた大作家は、いかなる晩餐を重ね、どんな日々を送っていたのか―

■内容
本書は『波』2023年2月号掲載の「老耄美食日記」を軸に構成されている。ただし単なる日記では終わらない。

『百年の孤独』の文庫版解説、盟友 大江健三郎追想、老境に差しかかった心情を綴る小説風随筆まで併録。読者サービス精神旺盛な、いかにも筒井康隆らしいお得な一冊となっている。

さて、この日記を読む上で押さえておきたいのは、筒井夫妻は東京と神戸の二拠点生活を送っていること。

神戸・垂水では比較的庶民的な店に通う一方、東京へ移ると様相は一変する。帝国ホテル「北京」「ラ ブラスリー」、ニューオータニ「久兵衛」「にいづ」、ザ・キャピトルホテル東急「オリガミ」…。

夫婦ふたりで5万、6万円超えは当たり前。でも驚くべきは金額より、その健啖ぶりである。筒井康隆92歳、光子夫人84歳。肉も魚もカルトからコース料理とペロリと平らげ、高級スーパー「KINOKUNIYA」で大量購入した食材も数日で食べ尽くす。

さらには夕方4時になるとアルコールを欲し始めるという…まさに鯨飲馬食。

しかも料理描写が実に執拗。値段、量、味、接客、酒―そのすべてを細大漏らさず記録していく様は、もはやグルメ日記というより「胃袋と老境の戦闘記録」のようで、そこにユーモアと毒気が混じる。

食べることへの執念と、衰えていく身体。そのアンバランスさが、筒井康隆という作家の晩年を、妙に人間臭く浮かび上がらせる。

そんな絢爛たる食生活にも、加齢は静かに影を落とし始める。身体の不調、減っていく酒量。そして2024年3月24日、神戸の自宅で転倒。以後、車椅子生活となり、夫妻で超高級老人ホームへ入居するも食欲は衰えない。入居者との外食ツアー、豪華ケータリング、編集者との会食―。身体は不自由になっても、“食べること”への執念は衰え知らず。

■感想
この日記の凄みは、単なる美食自慢に終わらないところにある。料理内容と金額を克明に記すだけでなく、味やサービスへの批評も歯に衣着せぬ、まさに論評。そこには、長年言葉で勝負してきた作家特有の“観察者の目”と飽食の限りを尽くしてきた“舌”が容赦なく、時に筆誅を喰らわす。

一方で、行間から滲み出るのは、
①光子夫人への深い愛情
「自分が先に逝ったら、光子は大丈夫だろうか」という不安が、ふとした一文からこぼれる。
②亡き息子への哀惜
老人ホーム入居後、夢に現れる愛息についての記述は胸を打つ。

つまり本書は、“豪奢な食日記”の体裁を取りながら、実のところは「老い」と「喪失」と「夫婦愛」をめぐる“私小説”でもあると言える。

■最後に
はたして、この日記は本当に終わってしまったのだろうか。

「車椅子文豪老いぼれ日記」―そんな得意の自嘲を込めたタイトルで、また何食わぬ顔で連載を再開してくれそうな気もする。

身体は衰えても、頭脳はいまだ現役。できることなら、また新作短編とともに、日々の“満腹中枢との格闘”を読ませてほしい。

読後、妙な感慨が残った。老いとは、食欲が尽きることではない。「まだ食べたい」「まだ書きたい」という欲望を、身体が追い越していくことなのかもしれない。

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2026年05月10日

Posted by ブクログ

 年を取る、ということはどういうことか、先人の経験談を知るにしかず。

 佐藤愛子氏の「90歳なにがめでたい」でだんだん行動力が細っていく様子を知った。思考や行動の幅が狭くなっていくところはこの本でも描かれているが、「ここまで食べられるのならそれも良いのでは」と思う。

 90歳でもここまで元気に食べられれば私なら本望。それも、一皿で味もカロリーも満足させるような食べ方ではなく、一流の料理屋のコース料理に近いものを食しておられる。

 「これ以上書いても同じような繰り返しになるから」ということで本書は終わっている。筒井康隆氏がそのあとも同じような楽しい食生活を維持されていることを祈る。

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2026年05月08日

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